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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第3章
46/52

最強種の息吹

 人生、どこで伝説の存在に出会えるか分かったものじゃない。


 ふと仕事で空港を訪れた時、何やら周囲の視線ベクトルが一致しているなと気付き振り返ると、そこには絶世の美女の後ろ姿があった。

 後で聞いた所によると、俺も良く知っている超有名歌手だったそうで、どうやら俺の真横を通り過ぎていったそうな。


 あの時は歩きスマホをしていてまるで気が付かなかった。

 非常に惜しい事をした。

 その日以来、周囲が気になりすぎて歩きスマホ出来なくなり、自然とスマホ依存生活から脱却する事になったというのは、ある意味良かったと言えよう。


「よ、よぉ……」


 伝説の存在、ドラゴンの目の前に着地した後まず俺が取った行動は、身体をカチコチに緊張させながらも右手を挙げてドラゴンに挨拶するというとても場違いな行動だった。

 ある意味、世界共通の有名人とも言える空の王が、目の前にいる。

 ただそれだけで、俺の思考は真っ白に染まった。


 とても頑丈そうな鉄格子によって四方を塞がれた広い部屋の中。

 眼前のドラゴンにとっては狭い空間に突如として入ってきた侵入者、まるで自ら餌となりに来た俺を、ドラゴンは鎌首をもたげ威嚇するように赤い二つの瞳をじっと見つめている。

 まるで蛇に睨まれた蛙のような心境だった。


 体格差、軽く3倍以上。

 爬虫類の様に鋭い瞳に、僅かに開かれた口の隙間から見え隠れする尖った歯。

 強靭な皮膚に覆われた無骨な前脚には当然の様に鋭い爪があり、軽く振るわれただけでも強絹糸製の装備など容易く斬り裂かれるだろう。

 向こうの世界では空想上の存在でしかないドラゴンは、伝え聞くものよりも随分と小ぶりだったが、俺をぱくっと一口で食べられるだけの大きさはあった。

 というか、空想上のドラゴンだと100メートルとか200メートル級の超大物になるので、そもそもこんなちんけな檻には入らないし、どれだけ頑丈に檻を作っても捕らえておける筈がない。


 だからといって、狂暴な肉食獣の代表でもあるドラゴンと同じ部屋で肩を並べるというのは、どうぞ食べて下さいと言っている様なものである。

 都合良く手元には気絶した少女というもう一つの餌があったが、逃げ道が見当たらない現状では気休めにもならない。

 非人道的な事を行い――少女を生け贄に捧げるという行為で無理矢理時間を稼いでも、それで俺が助かる見込みは皆無。

 頼みの綱でもあったロープは、俺が着地したと同時にその衝撃で鉤爪が外れてしまい、ほんの僅かな望みすらも消え去っていた。


 最弱種のゴブリンを捜して、なんで最強種のドラゴンに行き着くかな……。

 俺の人生、いったい何処で間違った。


「サイっ!」


 真上から俺を呼ぶ声が聞こえていく。

 恐らくレベッカだろう。

 だがこの状況下で上を振り向けるはずもない。


 太い筋肉を束ねた前脚が掲げられる。

 指先から伸びる5本の爪は、5振りの剣。

 そのどれもが凶悪な威力を秘めており、左右に1本ずつ持っている短剣で防ぐ事が出来るとは思えなかった。


 もはやこれまでか……そう覚悟を決めたのだが、しかし足は振り降ろされる事は無く、ただ前進にのみ使用された。

 重いドラゴンの巨体を支えている地面がミシリと鳴って重々しい音色を奏でる。


 蛇のごとく長い首の先がゆっくりと俺の顔に近づいてくる。

 喰らうために……ではなく、動物に良くある習性の一つ、まずは臭いを嗅ぐために迫ってきた。

 巨大な顎に並ぶ短剣の牙の列が否応なしに良く見える。

 一瞬先にはその牙剣でバキバキと俺の頭蓋骨がいとも簡単に噛み砕かれている、そんな未来を想像する。


 勇ましき巨顔の先に付いている鼻先がゴツンと俺にぶつかる。

 ドラゴンにしてみれば、ちょん、とちょっと触れてしまった程度だっただろう。

 だが俺の身体は、どん、と突き飛ばされ一歩後ろに下がる事となった。


 その俺を追って、ドラゴンがまた一歩前に出てくる。

 ただ、一歩の距離があまりにも違ったため、気が付けば俺の身体は再度ドラゴンによって吹っ飛ばされていた。

 背後にある鉄格子に叩き付けられダメージを受ける。

 普通なら怒るところだ。

 だが、反抗的な意思はまるで沸き上がってこなかった。


 地を這うドラゴンの牙の間から蒸し暑い息吹が漏れ、風となってこの身に襲い掛かる。

 生臭くてやたらと不愉快な風は俺が抱いている少女の身にも降りかかるが、少女が意識を取り戻すことは無い。

 その方が少女にとってはきっと幸せだろう。

 恐怖を感じる事無く逝けるのだから。


 だが、事もあろうにドラゴンはその少女に鼻先を近づけ、そのシミ一つ無い綺麗な身体を舌でベロッと舐めやがった。

 剥き出しの足首あたりから脹ら脛、膝、太腿と続いて股まで一気に舐める。

 まるで味見をしているかの様に、ゆっくりと舐めあげる。

 気絶していても感じているのか、少女の身体はビクッ、ビクビクッと2度にわたって大きく震えた。


 幸いにして少女が目を覚ます事はなく、後には下着まで含めてベチャッと濡れた身体が残った。

 若干ドラゴンがニヤッと笑ったように見えたのは、きっと気のせいだろう。

 これだけ間近にドラゴンの顔があれば、恐怖で錯覚を見てもおかしくない。


 いよいよ迷い込んできた餌を喰らう時が来たのか、ドラゴンがその口を大きく開けた。

 真っ赤な喉ちんこが見えるほど開かれた口は1メートル以上も開かれ、俺と少女を同時に一口で捕食する事が可能だという事をありありと物語っていた。


 今度こそ……今度こそ、もはやこれまでか……。


 と、諦めて今か今かとその時を待ち続けていると、何故かドラゴンは口を閉じてしまった。

 しかもそのまま首を引き、ゆっくりと方向転換する。

 そして部屋の中央まで行くと、ドラゴンは猫の様に丸まって瞳を閉じた。


 あ、あれ……?


「助かった、のか……?」


 気が付くと、俺は床にへたり込んでいた。

 腰が抜けたらしい。

 身体に力が入らず、立ち上がれない。

 身体中に脂汗をかき、とても気持ち悪かった。










 心機一転。

 戦々恐々としながらも汗だくとなった服を脱ぎ、〈アイテム空間〉から換えの装備を取り出す。

 着替える前にタオルで全身を拭く。


 ついでに少女の全身も丁寧に拭いた。

 満遍なく、場所によっては念入りに。

 存分にリフレッシュした後、換えの装備を着込み深呼吸。


 ドラゴンのすぐ側で俺はいったい何をしているんだと一瞬自分にツッコミそうになったが、気持ちを切り替えるにはエロは実に有効だ。

 ただ世界はなぜもっとエロく、平和でいられないのか。

 さて、誰の言葉だったか。


 ……いや、まだ少し頭が混乱しているな。

 現実逃避はこれぐらいにして、現実を見よう。

 これ以上この無防備な少女に心を乱されないよう、アクアの為に作った服を1着〈アイテム空間〉から取り出し着せていく。


 そう言えばアクアは今頃どうしているだろうか。

 まだあれから2日しか経っていないが、ゴブリン達に酷い目にあわされていないだろうか。

 ゴブリンは繁殖のために人間の女を拉致監禁し、死ぬまで使い倒すという話がある。

 この世界のゴブリンが果たしてそのファンタジー設定の枠にはまっているのかは分からないが、そうでない事を祈ろう。

 俺のアクアを傷物にしたら、末代まで祟ってやる。


 一通り着替えが終わった所でドラゴンの様子を見る。

 何度も何度も繰り返しチラチラ見ているのだが、ドラゴンは眠りについたまま一向に起きる気配は無かった。

 あのドラゴンを捕らえておくのに、奴隷商が何の策もうっていないという訳が無い。

 恐らく、薬の効果だろう。

 餌も既にやり終え、今はお腹が一杯なのかもしれない。

 それともこの世界ではドラゴンというのは温厚な種族なのだろうか。


 考えるのは後だな。

 此処を出て森に帰れば幾らでも考える時間が出来る筈だ。

 わざわざこんな切羽詰まった状況で考え事をしても仕方が無い。


 少女の身体を背負い、ロープで身体をしっかり固定する。

 これでようやく両腕が使える様になった。

 重心も安定する。

 このままお持ち帰りコース……という訳では無いが、助けてしまった手前、当初の予定通り安全な場所までこの少女を連れて行く。

 こうしてる間にもこの建物は誰かさんが放った火によって燃え続けているのだろう、見上げると俺が降りてきた2階の辺りから黒い煙がもくもくと出ていた。

 幸いにして天井に空気穴の様なものがあるためこの部屋に充満するには時間が掛かりそうだし、酸欠に陥る心配もすぐにはない。

 だからといって気長に誰かの助けを待つつもりも毛頭ない。

 ドラゴンと一緒の部屋に閉じ込められていては命が幾つあっても足りない。

 早々に退散するとしよう。


「目が覚めませんように」


 抜き足、差し足、忍び足。

 壁沿いにそろりそろりと移動を開始する。

 向かうは反対側の壁。

 寝ているドラゴンの正面に出てしまうが、そこの壁の向こう側はこの建物の外になっていると思われるので、そちらへとゆっくりと向かう。

 何故そう思ったのかというと、その壁の上の方に窓があるからだ。

 今いる壁は俺が2階から降りてきた場所でもある。

 つまい背後は間違いなくこの建物の敷地が続く。

 それに、もしドラゴンをこの部屋に閉じ込めるならば、外から直接搬入するしかない。

 これまでこの建物内を走り回った感じからして、左右の壁の先はまだ建物内だろう。

 故に、ぶち破るならば向こうにある壁の一択。


 移動中、ドラゴンが身動ぎをして尻尾を揺らす。

 すぐに俺は伏せた。

 伏せた後で、そこはだるまさんが転んだだろうと思ったが、既に後の祭りである。

 ドラゴンは引き続き眠ったままだった。

 だが伏せた手前、何となく匍匐前進して進んでみる。

 背中に背負っている少女が重くて上手く匍匐出来ないので、すぐに止めて立ち上がった。


 程なくして任務完了。

 次のミッションに移行する。


 作戦内容は、壁をぶち破る事。

 但し、出来る限り早く行い、実行後はすぐにその部屋から出る事を課す。

 何故なら、壁をぶち破るなら間違いなく大きな音が発生し、ドラゴンが目を覚ます可能性が高いからだ。

 しかも、眠れる獅子……じゃないな、眠れる龍を起こすのだから、起こされた龍の機嫌はすこぶる悪いと考えて良い。

 不機嫌な所に小さな羽虫が目に入ればどうするか。

 プチッと殺っちゃうだろう。

 プチッとされたくないので、出来る限り一瞬でミッションをコンプリートする事を心掛ける。


 切れる手札は6枚。

 武器の数だけ手札が存在する。

 手札の数だけ目の前の壁をぶち破るチャンスがある。

 しかしそのうち2枚は材質の関係から除外するべきだろう。

 加えて、最有力候補の1枚は最初に使うべきではない。

 手札の1枚目に最有力候補を使って失敗すれば、恐らくその後の手札も全て失敗する。

 だから、ある程度耐久力が落ちた所……4番目に最有力候補の手札を投入する。

 万全を期すなら一番最後の方がベストなのだが、材質で劣る2枚は出来れば温存しておきたい。

 この場をやり過ごしても、その後で必要になる可能性が十分にあるため。


 使用する手札の順番は決まった。


 初手、捨ての壱撃目、投げナイフ。

 次手、本命の弐撃目、ククリ刀。

 連続手、本願の参撃目、マインゴーシュ。

 真撃手、渾身の肆撃目、凶剣(まがつるぎ)

 王手、苦し紛れの伍撃目、木小薙刀・静型Ψ陽之御前。

 詰み手、絶望の陸撃目、木小薙刀・巴型Ψ陰之御前。


 順番を決めた所で精神統一に入る。

 重心を僅かに下げ、やや右足を後ろに下げる。

 右手に投げナイフを持ち、刃先を目の前にある鉄格子へと当てて一呼吸。

 一番手前の鉄格子と、一番奥にある壁までの距離は1メートルもない。

 だが、その間にはビッシリと鉄格子が敷き詰められているため、1本2本を斬った所で壁まで辿り着く事は不可能。

 俺が通れるだけの隙間を確保するだけでも優に二桁は必要だろう。

 そして、それだけの隙間を確保しても、目覚めたドラゴンの攻撃から逃れる事は出来ない。

 最奥の壁を突破しない限り、俺の身の安全は保証できない。


 ……っと、そういえばまだ一本あったな。

 武器じゃないからすっかり忘れていた。


 番外手、奇跡の漆撃目、石包丁・薄刃(うすば)Ψ(サイ)菜刀(ながたん)


 強度は木小薙刀以上、投げナイフ未満といったところ。

 ククリ刀の前に使用するか。

 否。

 無駄に時間を浪費しそうなので、やはり使うのは止めよう。

 本当に最後の手段として使う事にする。


 大きく息を吸う。


 速度が決め手か。

 それとも、武器の強度が決め手か。


 ゆっくりと息を吐く。

 脱力。

 その後に、一気にまた息を吸い、息を止める。


 いざ、参る!


「はぁっ!」


 ドラゴンが目を覚ましてしまうのは覚悟済。

 気合いの声と共に戦技(アーツ)〈零の太刀〉を放つ。


 耳につんざく甲高い金属音が鳴り響く。

 いきなり投げナイフが砕け散った。

 堅い!

 鉄格子の強度は予想以上だった。


 すぐにククリ刀を抜き放ち、鉄格子へと当てる。

 精神集中、深呼吸。

 背後でドラゴンが目を覚ます気配を感じたが、能力(アビリティ)〈不動心〉を発動させて思考の外へと追いやる。

 気合い一閃、1本目の鉄格子がククリ刀の一撃によって斬り裂かれた。


 だが、鉄格子は1箇所を斬ったところで意味はない。

 排除するには上下2箇所斬らないといけない。

 つまり、鉄格子の数の倍だけ〈零の太刀〉を使用する必要があった。

 尚かつ〈零の太刀〉の特性上、刃に触れている対象しか斬る事が出来ないため、同時に2本3本斬る事は出来ない。

 しかも〈零の太刀〉発動直後にすぐに剣速を止めないと、先にある鉄格子にぶつかり武器破損してしまう可能性もあった。


 いっそ2メートル越えの両手剣である凶剣を素のままで振るって力尽くで鉄格子をまとめて斬ってしまおうか……というう考えも浮かんだが、才能:刀技の影響下に無い両手剣では刃筋をまともに通す事が出来ないため、失敗する可能性を否めなかった。

 それならば、何故だかは知らないが〈零の太刀〉は使えるので、そちらに賭けた方が断然良いだろう。


 ククリ刀による〈零の太刀〉が成功したため、マインゴーシュも抜き放ち左手に持つ。

 そしれ、それぞれ別の鉄格子へと当てる。

 必殺、二連〈零の太刀〉。


 次の鉄格子へと刀身を当てる。

 必殺、二連〈零の太刀〉。


 ドラゴンが喉を鳴らす音が耳に届く。

 気にせず二連〈零の太刀〉。


 最速最短を心掛け、一切の無駄な時間を省いて黙々と〈零の太刀〉を放ち続ける。

 武器の限界が来ない事を祈りながら〈零の太刀〉を放ちまくる。

 ようやく俺が通れるだけの隙間が出来上がった。

 しかしながら、俺一人ならば横向きになれば通れるスペースでも、背中に少女を背負っているため幅が足りない。


 背後でドラゴンが首をあげ大きく息を吸うのが分かった。

 気配だけで理解した。

 いったい何をしようというのか。

 それは次の瞬間になりすぐに判明する。


 ドラゴン……ブレス。


 あと一歩……あと一歩の所で間に合わなかった。

 最後の〈零の太刀〉、それを壁に放つのは間に合った。

 だが、ここにきて天運は俺を裏切る。

 そのタイミングでククリ刀とマインゴーシュが砕け散り、武器としての寿命を終えた。


 あと一歩の所で間に合わなかった。

 荒れ狂う炎の荒波に包まれながら、万全を期して最後は凶剣を使えば良かったと思う。


「アクア……済まない」


 そして俺は……灼熱の息吹、ドラゴンブレスにこの身を焼かれていった。

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