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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第3章
44/52

不動心

「お、おい……あれ……」


「あん? なんだよ……なっ、あいつは……」


 爽快な目覚めの後には、イラッとする出来事が待っていた。


 カモフラージュ様に持っていた財布の中には金貨1枚、大銀貨5枚、その他小銭が適当に入っていた。

 それが綺麗サッパリ消えている。

 だけでなく、身包みもほとんど剥ぎ取られていた。


 誰の仕業か。

 間違いなくあのラクチェの仕業だろう。


「おい、やべぇな彼奴。これから何かしでかすんじゃないか?」


「ああ。触らぬ神に祟り無し、ちょっと早いが街を出るか。巻き込まれるのは御免だ」


「だな」


 失っても問題無い物を盗まれただけなので、被害の程度は低い。

 だが、困っていたから泊めてやった相手に盗まれたのが少しショックだった。


 悪いのは俺だ。

 信頼するべきでは無かった。

 生きるためには何でもする。

 ここはそういう世界。

 平和ボケした日本でもたまにある様な事だが、ここでは日常茶飯事だと考えるべきだった。


「フッ、どうやら儂にも運が回ってきた様だな。ここで会ったが100年目。今日こそ貴殿の首をもら……」




『クエストが発生しま……』




「邪魔だ」


 前を塞いできた無精髭の男を一太刀で退け、先を急ぐ。

 石コロに構っている気は無い。

 後ろでドサッという音と悲鳴があがるが、後ろを振り返り確認する気も起こらない。


 一瞬クエストのテロップが見えた様な気がしたが、暫く待っても報酬が無い事からして発生には至らなかったのだろう。

 もしくは失敗したか。

 テロップももう見当たらない。


 《徳》が少ないとクエストの発生率は低く、しかも難易度が高くなる傾向にある。

 俺はまだクエスト達成で手に入る事があるという《ポイント》と呼ばれる緊急回復手段を持っていないので、出来ればマメにクエストを達成しておきたい。

 少し勿体無い事をしたか。


 森住まいの時は一切クエストが発生しなかった。

 だがこの街に入って既にもう2件発生している。

 どちらも戦闘に関する内容なのは、俺を今観察している神か誰かがそういうのが好きなタイプなのだろう。


 静かな裏通りから、賑やかな大通りへと出る。

 特徴が割れているので裏通りをずっと進みたかったが、行き止まりになっていたので仕方が無い。

 開発中に意図せず出来てしまった盲点か、それとも誰かが意図的に仕組んだ事なのか。

 この街には袋小路がやたらと多かった。


 道を行くのは半分が商人や職人達で、残りはほとんど浮浪者に近い住人と子供達。

 子供達のほとんどは重い荷物を背負っていたり、急ぎ足で走り回っている。

 恐らく商人や職人達の小間使いだろう。

 腕や足などに奴隷紋が見受けられた。


 それ以外の挙動不審な子供達はスラム住まいの犯罪予備軍か。

 彼等の体には奴隷紋が見られない。

 だからといって彼等が奴隷小間使いの子供達に比べて幸せとは限らない。

 食事の保証はあっても奴隷に落とされ無賃で働かされるか、それとも日々飢えと戦う必要がある自由という名の過酷な環境に身を置くか。

 配膳支給などという恵まれた行為など行われている筈も無い。


 ただ、子供達も浮浪者も商人職人達も、一様にして男が多かった。

 語らずともその理由は分かるだろう。

 まぁ、昨日の夜に見たように酒場で働く少女達の顔を見る限り、仕事の内容は兎も角それほど苦しんでいるという訳でも無さそうだったが。

 ラクチェなど随分と感情豊かで、しかも(したた)かだった。

 意外と女の方がこの街では住みやすいのかもしれない。


 年老いた者をほとんど見かけないのは、寿命がそこまで長く無いからだろう。

 いいとこ50ぐらいか。

 健康面、栄養面を考えれば当然の帰結だ。

 医学が発達していなければ助かる確率もぐっと落ちるし、疫病が流行れば一気に命を持って行かれる。

 加えてモンスターの類もこの世界にはいる。

 しかもかなりビッグな……。


「ふんふんふーん♪ あっ……」


 大通りを北に向かって歩いていると、やたらと上機嫌なラクチェが店から丁度出てきている所に出くわした。

 いや、ちょっと待て、いったいどういう偶然だ。

 あまりにも縁がありすぎるだろう。


「おはよー。これからお仕事?」


「……」


 しかも気さくに声をかけてきやがった。

 頭の方で何かがプチッと切れる。


「もし良かったら道案内しよっかー? 勿論、代金は頂くけどね~。昨日の今日だし、安くしとくよ~……って、あれ? え? え? あ、あの……え?」


 歩く速度を変えないままラクチェに近づき、細い腰へと腕を回す。

 そのまま軽い体を持ち上げ、脇に抱え、一路裏通りへ。


 悪い子にはお仕置きが必要だ。

 躾は大事。

 問答無用で下着を降ろし、可愛い尻を露出させる。


「え? ちょっ……や、やめ……ひぎぃ!」













 ふぅ……スッキリ。

 何となく背徳感が後に残ったが、やりきった感で心が少しだけ満たされた。


「うう……酷い」


 おしりペンペンの刑に処されたラクチェが涙目になりながら俺を見上げてくる。

 下着は戦利品として貰ったので、今のラクチェはノーパン状態。

 背徳感の理由はそこにあった。


 下着は既に〈アイテム空間〉の中で厳重に仕舞ってある。

 質素で飾り気の無い下着だったが、今後の参考のために森に帰ったらじっくり観察するとしよう。

 この世界の勉強の一環として。

 この場にアクアがいれば買いに行かせる事が出来たのだが、いないので仕方が無い。

 そう、これは仕方が無い事だ。

 女性物の下着を作るには、やはり本物が欲しい。

 アクアにはもっと可愛くて良い下着を着てもらいたいからな。


「わ、可愛い下着。これ、貰っちゃって良いの?」


 代わりの下着をあげると、お尻の怨みはいったい何処へと行ってしまったのか、ラクチェの機嫌が急激に回復した。


「好きにしろ」


「やた。ラッキー。これ、いくらで売れるかな~」


 ……履くという選択は無かった。

 レース刺繍の入った絹の下着は、丁寧に丸めた後ポケットへと直行する。


 ちなみに後で聞いた話だが、なんと大銀貨2枚で売れたらしい。

 つまり6万円。

 どうやらオーバースペックだった様だ。


「ラクチェ、盗んだ物を返せ」


 逃がさないように壁際へと追い込み、壁に手をついて威嚇しながら言う。

 ラクチェは髪を帽子の中に収め、ズボンを履いて男の様な格好をしていた。

 この街で生きるための処世術なのだろう。

 こうして近づいて見ても、下手をすれば可愛い男の子だと勘違いしてしまいそうである。


「え? 盗んだ物? もしかして、あの宿の備品をほんのちょっとだけ貰っちゃったのばれちゃった? それならもうさっき売っ払っちゃったから手元には無いんだけど」


「違う。俺の財布と服を盗んでいっただろう。それを返せ」


 財布の中身だけで50万円相当、装備を含めたらいったいいくらになるのか分かったものではない。

 そんなものを持ち歩いていれば、ラクチェの身に危険がおよぶのは簡単に想像出来る。

 過ぎたる物を持てば碌な事にはならない。

 所用で少し足を運んだだけの俺ならば兎も角、ラクチェは今後もこの街で暮らしていくのだから、あまり目立つことはするべきでは無いだろう。

 ……俺に関わってしまった時点でもう手遅れかも知れないが。


「そっちは盗んでないよ。別の人じゃない?」


「あの部屋に入れるのは部屋を借りた俺か、あの宿の関係者だけだ」


「だったら、その宿の関係者を先に疑った方が良いと思うんだけど。私、小銭ぐらいは失敬したけど他のには手を付けてないよ。流石にちょっとやばそうだったし」


 盗んでるじゃねぇか。

 いや、まぁそれはマッサージ代として計上しておくか。


「それに、貴族でも無いのにこの街で女を買わずに良い部屋に泊まるのって、ほとんど自殺行為だし。殺されなかっただけでも感謝しないと」


「……」


 そんな裏ルールもあったのか。

 そういえば、アクアと宿に泊まった時にも似たような事があったな。

 ほんと、この街はどれだけ女を買わせたがるんだ。


「ねぇねぇ、それよりさぁ。あんたって物凄く世間知らずな所があるから、暫く私のこと買わない? なんなら奴隷にしてくれても良いよ」


「まだ諦めていなかったのか」


「そりゃそうよ。お財布の中に金貨が入ってるような独り身の気の良さそうな男を放っておく訳ないじゃん。すっごいレアものだよ、レアもの」


「俺は御前に色々と酷い事をしている気がするんだが?」


「いやいや、あれって思いっきり優しい部類に入るから。いきなり殴り付けてきたり、お金も払わず問答無用で襲い掛かってきたり、女を物として扱ったり、殺すのも全然厭わなかったり。それに比べたら、私があんたの物を盗んだと勘違いしてるのに、わざわざ人気の無い裏通りまで連れてきてお尻を叩くぐらいで済ますのって、どう考えても優しいよ。酷い事だって言うなら、せめて3人4人で取り囲んで私を無茶苦茶に犯し尽くしてからにしてよ」


 どういう理屈だそれは。

 最後のは下手したらほとんど即死刑ものだ。

 ……いや、それがこの街では一般的なのだろう。

 まるで自覚は無いが、この街の常識に照らし合わせればきっと俺は優しすぎるのか。

 贅沢過ぎる環境を頑張って作り上げた結果、その平和な世界で育った日本人は堕ちた所でたかが知れているのだと少し痛感させられた言葉だった。


「もう御前には用はない。じゃあな」


「あ、ちょっと待ってよ。ねぇ、ちょっと! ねぇってば!」


 引き留めにかかるラクチェの腕を強引に振りほどき、足早にその場を去る。

 偶然が続こうが縁が深かろうが、これ以上ラクチェを関わらせる気は無い。


 ここから先は命のやりとりが間違いなく発生する。

 一路、北にあるという奴隷屋へと向かう。

 そこで誰が網を張って待ち受けているのか、半ば確信しながら。











 わざわざ遠回りする事もなく、一直線に目的地へと向かう。

 途中、屋台で適当に串焼き肉を数本買い、朝の食事を済ます。

 肉は街の外に蔓延る巨大モンスターの肉であり、大量に仕入れる事が出来るためか時には普通の動物の肉よりも安く取引される。

 味は残念な場合が多いが、1串あたりブロック肉が3つ刺さったもので銅貨5枚前後だった。


 単純に腹を満たすだけならモンスター肉で事足りる。

 不味さをタレで誤魔化している店は良心的。

 タレを付けず値段を高く設定している店はハズレ。

 逆に安すぎる店は当たり外れが多く、8割方はハズレ。

 当たりを引きたければもう1本。

 色んな店で1本ずつ買って食べ比べてみた結果、当たりは一つも無かった。

 単純に自分で焼いて食った方が美味い。

 どの店の主人も、料理関係の才能を持っていないか、もしくは修行中なのだろう。


 アクアもそうだったが、才能を持っている者は意外と少ないらしい。

 平民なら平均で2個、商人ならその倍を最低でも持っていると言われている。

 貴族ならば5個以上が当たり前という事だが、だいたいは宝の持ち腐れ。

 冒険者の場合はギルドランクが高い者ほど所持している才能が多い傾向にあり、多い者では軽く10を越える。

 商人や冒険者の才能数が多いのは、単純に彼等は頑張って才能を伸ばしていかないと死活問題となるからだと思われる。

 逆に貴族の場合は、生まれが恵まれているため幼少時に英才教育を受ける事が出来るからだろう。

 大抵が活かされないまま腐り果てる様だが。


 また、いくら才能を持ち合わせていても、それに付随する各種スキルを鍛えていかなければ何の意味もない。

 そういう目で見ると、屋台の主人達は現在進行形で料理系のスキルを頑張って伸ばしている最中だとも見えなくもない。

 串焼き肉で言えば、技術(テクニック)〈○○肉のブロック切り〉〈○○肉の串刺し〉〈○○肉焼き〉だとか〈○○肉の串焼き肉〉あたりか。

 俺ならば技術〈料理・基礎〉に全て含まれるが、彼等の場合は細かく分けられているスキルを一つ一つ地道に経験値を稼いでスキルを伸ばしていく必要がある。


 とはいえ、才能が無くても料理は出来るのだから、せめてもう少し美味しく調理して欲しいものだ。

 まぁこの辺りの問題は、調味料関係があまり発展していないからだろう。

 地味にモンスターの肉が調理し難いのかもしれないが。


 そうこう思っているうちに、目的地である奴隷屋の前に辿り着く。

 串焼き肉を1本買うごとに屋台の主人から件の奴隷屋の情報をそれとなく聞き出し、ようやく辿り着いた先では、店の扉は大きく開け放たれていた。

 まるで入ってきて下さいと言わんばかりの様相に、一切迷う事無く正面口を避けて裏口へと回る。


 俺は奴隷を買いに来たのではなく、まずは目的のゴブリンがこの奴隷屋にいるのかどうかを確認しにきただけである。

 だからわざわざ店に入って奴隷商に会い、ゴブリンがいるかどうか聞く必要は無い。

 そんな事をすれば関係ない奴隷を色々紹介されて時間稼ぎされた挙げ句、俺に賞金を懸けた件の2大派閥に通報され騎士やら賞金稼ぎやらがワラワラと集まってくる事だろう。

 ハッキリ言ってそれは面倒だ。

 俺の命にも関わってくる。

 正面から行くのは下策としか言い様がない。


 だから、コッソリ侵入する。

 折角便利な能力があるのだから使わない手は無い。

 こういう時、才能:隠密があるのは非常に便利である。

 昨晩も、隠密技能を持っていると思われる闇斬りのセツナを簡単に撒く事が出来た。

 期待して良いだろう。


 奴隷屋に到着する以前から発動していた能力(アビリティ)〈気配隠し〉〈看破無効〉に加えて、突然目の前に誰かが現れても心が揺れ動かないように〈不動心〉も発動させる。

 いくら〈気配隠し〉を使用していたとしても、俺自身が驚いて声などをあげてしまえば解除されてしまう。

 目の前でドアが勝手に開いたらそりゃ驚くだろう。


「異常なし」


 運が良かったのか、それとも悪かったのか。

 〈不動心〉を発動させる方が一瞬早く、ドアから見回り兵士らしき男が顔を出しても俺は驚かなかった。

 ドアが開いた瞬間、落ち着いてドアの裏へと身を隠してやり過ごす。

 男はドアの裏も確認してきたが、建物の壁と化して気配を断っていた俺には遂に気付かずに建物の中へと消えていく。

 〈気配隠し〉というより、もはや透明人間になっているような気がしないでもないが、気にしないでおく。


 ちなみに、〈気配隠し〉はその使いやすさと経験値の稼ぎやすさから暇を見て発動させていた結果、経験値が凄い事になっているスキルだったりする。

 しかも俺の事を意識している者が多ければ多いほど経験値の溜まり具合は良くなる。

 つまり、賞金首となったうえに街中に俺の存在が知られている現状だと、大通りで使うと……。

 まぁ、森の動物達に囲まれている時に使った時とあんまり変わりない訳だが。


 あと、接触は完全NGである。

 視覚、聴覚、味覚、嗅覚は騙せても、触覚や第六感以上の感覚は騙せない。

 聴覚を騙すにしても、衣擦れや呼吸などの小さな音は掻き消す事は出来ても、言葉を発したり大きな音を立ててしまったりすれば気付かれてしまう。

 嗅覚は……まぁ体臭には要注意と言った所か。

 同じくガスもである。

 犬などの嗅覚に優れた相手がいる場合にも騙すのはほぼ不可能。

 視覚の場合は動かなければ基本的に問題無い。

 味覚は語るまでも無いだろう。


 見回り兵士が現れてから十分に時間が経った後、ゆっくりとドアを開けて中に入る。

 ドアを見られていればその時点で終了だが、幸いにしてドアの向こう側には見える範囲では誰もいなかった。

 俺自身の動きは〈気配隠し〉で察知出来なくとも、ドアが独り手に動けば馬鹿でも気が付く。

 これ幸いと、忍者さながらに忍び足でそそくさと通路を進む。

 夜ならば兎も角、明るい時分にこんな事をするとは思わなかった。

 が、それは相手方にとっても同じ事だろう。

 いくらなんでも、こんな時間に堂々と忍び込んでくるとは思わない筈である。

 余談だが、夜に〈気配隠し〉を使えば隠密ボーナスが発生する。


 まずはマッピング作業に努める。

 外から見れば2階建ての建物だが、いったいどれだけの奴隷を扱っているのか、店は異常に広かった。

 その理由は少し奥の部屋を覗いた所で分かる。

 この店の奴隷商は、亜人だけでなくモンスターも扱っている様だった。

 むしろそっちが本命か。

 厳重な檻に入れられた各種モンスター達は、四肢を鎖で繋がれ薬を打たれているのか元気が無い。

 あまり大きなモンスターは扱えないので、ほとんどが部屋に入るサイズのモンスターばかりであるが、巨大な蟻やバッタ、食虫植物ならぬ食人植物、大蜥蜴、兎など、いったい何処の動物園だと言わんばかりの種類の多さだった。


 そんな中に混じって、オークやリザードマン、ハーピーなどといった人型の亜人が檻に入っている。

 ハーピーは見た目でハッキリ女性だと分かったが、オークやリザードマンはどう角度を変えて見ても性別が分からなかった。

 性別不問の労働力として捕まえられた種か。

 それとも、女性向けの特殊な男娼として売られるのか。

 想像するのも嫌だし考えたくもない。


 どちらにしても、亜人を扱っている奴隷商という肩書きは思い切り歪められた言葉であり、ここは普通ではまず扱っていない奴隷を販売しているという店だという事は分かった。

 ここには犬や猫、狐や狸、兎や栗鼠のような亜人の奴隷はいない。

 もしかしたらあの伝説の美女エルフと会えるかもしれないと密かに期待していたのだが、世の中そんなに甘くは無いらしい。

 あわよくば俺の奴隷にしてしまおうかと考えていたというのに。

 しかしゴブリンの奴隷がいても不思議ではない店なので、アタリと言えばアタリか。


 大小様々な部屋を一つ一つ虱潰しに捜していく。

 途中、何度も見回り兵士や飼育員?と遭遇したが、物陰はいくらでもあるので見つかる事は無かった。

 逆に檻の中にいるモンスターや亜人達には嗅覚やら第六感やらで見つかってしまう事もしばしば。

 だが、彼等は一様にして薬を盛られ意識が朦朧としているため、これといって騒ぎになるような事は無い。

 近づきすぎれば腕や触手、蔦、舌などを伸ばして捕まえようとしてくるが、そのたびに体に刻まれた魔力紋が自動発動し未遂に終わる。

 そういう使い方も出来るのかと、少し学習させてもらった。


 暫くして1階部分の捜索が終わり、地下へと向かう。

 1階には奴隷商らしき男も、雇われた傭兵や賞金稼ぎ、騎士等の姿も無かった。

 予想していた闇斬りのセツナの姿も無い。

 夜間襲撃を警戒し徹夜でもした後、俺がいつまで経っても現れなかったため諦めて帰ったのだろうか。

 それとも、情報は流さないで、別のタイミングで俺の首を取る機会を待っているのか。

 しかしそれでは正面入口を開け放っていた理由に説明がつかない。

 まさか普段から開きっぱなしという訳でもあるまい。

 この規模の店で門番がいないというのもおかしな話だ。


 そんな事を考えながら地下に降りていくと、ほどなくして近くの部屋からとても特徴的な粘着質な音と細く弱々しい悲鳴が聞こえてきた。

 何をしているのか見なくとも分かった。

 事前にハーピーという十分にそういう事の対象となる個体種を見ていたし、ここはそもそも無法の奴隷屋である。

 間違いなく一方的に楽しんでいる最中だろう。


 ただ、か細い悲鳴からしてモンスターや亜人の類とはどうしても思えなかったので、念のため顔を覗かせて確認する。

 すると、その部屋には5人の半裸の男達と、衣服を破かれ淫らな姿となりはてたラクチェの姿があった。


 少し前に彼女自身が酷い事の例としてあげた行為が現在進行形で行われていた事に、しかし俺の感情は一切揺らぐ事は無かった。

 これまで見てきた部屋と同様に、そこにあった景色の一つとして記憶するのみ。

 それに近い景色は、1階でも何度か見ていた。

 惨殺された巨大芋虫の死体、虚ろな瞳をした汚れたままのラミア、共食いをしている蜘蛛。

 売り物でありながらあまり大事に扱われていない奴隷達の姿に、普通なら嫌悪感や怒りを抱くものだが、俺は何も思わなかった。


 今回に至っても、何も思わずその部屋を後にする。

 知り合いの少女が……一晩を同じ部屋で過ごしたまだ12歳でしかない幼気な少女が、複数人の男達の手によって乱暴に扱われていても、何とも思わない。

 その頬には殴られた痕があり、地面に赤い血溜まりがあり、指が数本あり得ない方向に曲がっていてもまるで気にしなかった。

 尋問や強姦だけでなく拷問も行われていた事は明白であり、正常な精神の持ち主であれば即刻死刑を言い渡すような酷い状況だったとしても、俺はあっさりとラクチェを見捨てる。


 これは、別に俺が非常な人間だからではない。

 困った事に、今の俺は絶対精神防御とも言える能力(アビリティ)〈不動心〉を発動中であるため、目的以外のあらゆる事には意識を向ける事が出来ない状況にあったからである。


 ちなみに優先順位は、闇斬りのセツナなどの敵に対する警戒、エルフの確保、救出対象のエルデもしくはゴブリン種の確認、となっている。

 何気にエルフの方が救出対象であるエルデよりも上なのは御愛嬌。

 しかもエルフの場合は確保、エルデの場合は確認だけという、明らかに優先度の格差も見られる訳だが、そこは俺の目的を敵が知っているからこその撹乱策として納得して欲しい。


 ゴブリンと見せかけて、実はエルフ……そう思わせてゴブリンへの警戒心を下げた所で、ゴブリンを救い出す。

 普通に考えて、わざわざゴブリンを救出しようとする者はまずいない。

 つまりこれは心理を逆手に取った、一石二鳥の策という訳である。

 まぁ、肝心のエルフがいなければ何の意味も無いが。


 どちらにしても、乱暴を受けているラクチェを見捨てた事には変わりない。

 ただ、記憶はしているので、どこかで〈不動心〉を解除した際に思い切り後悔する事は確実だろうが。

 その後で時間軸がおかしい事に気付き、あれが実は誰だったのかもすぐに気付くだろうが、今はどうでも良い事なので考えない。


 1階にいた見回り兵士よりも明らかに戦闘力が高いだろう身体付きをしていた5人の男性を見た事で、一層に警戒心が高まる。

 好んで男の身体を見たい訳では無いが、部屋の隅に散らばっていた装備品を見る限り、雇われ傭兵か賞金稼ぎの類である事はすぐに分かった。

 つまり、間違いなく情報は漏れている。

 とはいえ、既に昼近い時刻となっているので、緊張感が薄れているのは確かだろう。

 もしくは、俺にそう思わせるための策としてこの状況をとらえる。


 要所要所で歩みを止め、見えない範囲にある周囲の音を慎重に確認した後、ドアの無い部屋の中を確認していく。

 ドアがある部屋はとりあえず後回し。

 そうして何部屋かそれで捜索を後回しにした所で、俺はドアの無い部屋で堂々と楽しんでいたあの男達の事を思い出した。


 わざわざ見られやすい様にしていたという事は、あれは十中八九、罠だと気付く。

 酷い光景を見せる事でカッとなった俺をあの男達に襲いかからせて騒ぎを起こさせる算段か。

 騒ぎを起こす迄には至らなくとも、怒りで注意散漫になり警戒心を下げる効果はあるかも知れない。

 警戒レベルをあげる。


 地下は鉄格子によって部屋が区切られた区画もあり、当然のことながらそこにもモンスターや亜人の姿があった。

 但し、1階では檻1つの中に一体という隔離方法だったが、この地下牢では数体がまとめて入れられている。

 牢に入れられていたのは子供のハーピーやラミア、羊の角を持った胸の大きな亜人の少女、蝙蝠の翼を生やして天井にぶら下がっている亜人の幼女、周囲に霜を降ろしている白い肌が特徴的な見た目には人の子としか思えない小柄な女の子などなど、成人を迎えていないような子供ばかりが入れられた牢もあれば、牛や豚や猪や鳥にしか見えないサイズだけがおかしい動物モンスター達が入っている牢もあった。

 どちらもいずれ食べる事を目的として牢に入れられているのだろう。

 前者と後者で食べるという意味がまるで違うが。


 そんな牢に混じって、中を窺う事が出来ない部屋が幾つか存在していた。

 開けたらきっと後悔する、そんな雰囲気を持ったドアが牢の近くに3つ。

 牢がある区画からかなり離れた位置にあるドアが2つ。


 正直、ドアを開けるべきかかなり迷った。

 たかがゴブリンを閉じ込めておくのに隔離された個室を使うというのは、これまで見てきた檻や牢を見るからにどう考えてもあり得ない。

 だが、俺の襲撃を警戒してゴブリンを個室に移したという事であれば納得出来なくもない。

 しかしドアを開けるのはリスクが高すぎる。


 いっそ見つかる事を覚悟して開けてしまうか……。

 などと、奥にあるドアの近くで身を潜めながら暫く悩んでいると、ドアの方から開いてくれた。

 瞬間、俺は内心でラッキーとほくそ笑む。

 俺には〈気配隠し〉があるため、向こうからドアを開けてくれる分にはまるで問題が無い。

 基本、動かなければドアから出てきた者に気付かれる様な事は無い。

 何らかの拍子に接触してしまわない限り。


「ふぁ……ちょっと寝過ぎたかねぇ」


 部屋から出てきたのは、なんとレベッカだった。

 豊満な胸を強調するかの様なへそだしレザーアーマーを着込み、腰の両側にはいつぞや撃ち合った鋼鉄の剣が2本。

 言葉通り起き抜けなのだろう、額当てでそれとなく隠してはいるものの赤い髪には寝癖がまだ残っており、褐色の頬にも若干の跡が付いていた。

 だが街中で遭遇した時よりも装備はきちんと身に着けられており、寝起きにも関わらずほとんど隙が無い。

 もし俺が何らかの騒動を起こしていれば、彼女の美貌は間違いなく一瞬で闘争一色に染まりあがり、嬉々として俺へと襲い掛かってくるだろう事がひしひしと伝わってきた。


 金貨25枚の賞金首である闇斬りのセツナだけでなく、やりにくい相手である賞金稼ぎのレベッカまで雇われているのか。

 というか、賞金首と賞金稼ぎは水と油なのに、同じ仕事を受けて大丈夫なのだろうか。

 一応、闇斬りのセツナには隠密技能があるので、頑張って隠れてレベッカをやり過ごしているのかも知れない。


 一瞬、レベッカと目があった気がしたが、レベッカは何事もなくすぐに視線を俺のいる方から外す。

 また〈不動心〉の御陰で助かった様だ。

 但し、事が事だけに警戒レベルを更にもう一段階あげる。


 レベッカを無事にやり過ごした後、そそくさとその場を後にする。

 今日はこのまま撤退するとしよう。

 流石に分が悪すぎる。

 才能を過信して捜索を続けるよりも、聞き込み調査や張り込みにシフトした方が良いだろう。

 もしくは、依頼を放棄してしまうか。


 〈気配隠し〉を使えばマインエルダーゴブリン達の目を欺く事は容易な筈だ。

 〈看破無効〉もあるので、俺自身がヘマをしない限り見つかる可能性も低い。

 こんな修羅場を潜るよりも、コッソリ彼等の住処に侵入しアクアを救出する方が実は楽なミッションの様な気がしてきた。

 もう2、3日頑張ってみて成果が上がらなければそうするか。

 流石に1週間も経ってしまうとアクアの命の方が心配だ。


 元来た道をゆっくりと戻る。

 たっぷりと時間をかけながら慎重に建物内を捜索していたせいで、恐らく既に昼は過ぎている筈。

 昼食を食い損ねたせいと、ほとんど動いていなかったせいか、少し肌寒かった。

 地下室は地上よりも涼しいので、その影響もあるだろう。

 ついでに、捕まっている奴隷の中に雪女みたいな子供もいたしな。

 夏用にいつか確保する事にしよう。

 冷房代わりだ。


 地下牢の前を抜け、迷路の様な長い通路を戻り、地上へと上がる階段まで辿り着く。

 例のBGMは既に聞こえなかった。

 気にせず階段に足をかける。


 俺の気配は消せても、助け出した者の気配は消す事は出来ない。

 相応のメリットが無い限り、俺は誰も助けないと予め決めていた。

 だから誰も助けない。


 思考はクールに。

 身体もクールに。


 ……というか、なんか随分と寒いな。

 外では雨か雪でも降っているのだろうか。

 ここに潜入してそれなりに時間が経っているし、そういう事もたまにはあるのだろう。

 それとも誰かが禁術でも使用して天候を狂わせでもしたか。

 この世界には魔法があるぐらいだから、そういう事があっても別に不思議では無い。


 ……。

 ……。

 ……。


 まぁ、そんな訳は無いか。


「待っていましたよ、サイさん。逃げ道は塞がせて頂きました。覚悟は宜しいでしょうか」


「良い訳無いだろう」


 初めて出会う美女……白い肌をした白髪の剣士に、俺は問答無用で斬り掛かった。

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