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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第3章
43/52

金貨100枚の賞金首

 チンピラどもが武器を片手に俺の周りを囲い込む。

 場所は裏路地を抜けた少し広い広場。

 光源は月明かりの他に魔法の光が三つ。


「貴様等、賞金稼ぎか」


 背中の二振り――木小薙刀、陽之御前と陰之御前を抜き放ち構える。


「おいおい、賞金稼ぎがこんな数で動くかよ。あいつらは大抵がソロかペアだぜ」


「ならば貴様等はなんだ」


「見ての通り、何処にでもいる寄せ集めのゴロツキさ」


「若干1名、あんたと同じ賞金首が混じってるけどな」


「金貨25枚の小物だがな」


 刃渡り1メートルを越える片刃の曲剣――蛮刀を首の後ろに乗せた鼻に傷のある男が答える。


「男の血を吸うのは久しぶりだ。しかも金貨100枚の血とは、今日はついている」


「……」


 俺も今日は憑いている気がする。

 いったいどこで選択を間違えたのか。


 マインエルダーゴブリンの依頼を受けたのがいけなかったのか。

 グレートハイドバロックの素材欲しさで欲をかき、仮面を失った所為なのか。

 そもそも入る酒場を間違えたのか。

 胡散臭い情報屋にベラベラと情報を流すべきではなかったか。

 虫の居所が悪かった給仕ラクチェに裏口への案内を頼んだのが失敗だったのか。

 これはラクチェの誘いに応じなかった罰なのか。


「観念するんだな、金貨100枚の賞金首、黒瞳灼眼のサイ・サリス。御前の命運もここまでだぜ」


「そう、それだ。何故、俺がサイだと分かった。貴様等は何処で俺の情報を手に入れた? それに、黒瞳灼眼とはいったい何の事だ」


「は? ……おいおい、あんたもしかして自分じゃ気付いてないのかよ」


「うん? どういう事だ。分かる様に説明してくれ」


「あー……面倒臭ぇな」


「馬鹿につける薬はねぇよ。いいからさっさと殺っちまおうぜ」


「んだな」


 男達が戦闘モードへと移行。

 別格と思われる蛮刀使いだけは後ろに控え、他全員が得物を振りかぶりタイミングを計り始める。


 数は6。

 背後に2人、見える範囲に4人。


「相手は曲がり形にも金貨100枚の大物だ。油断するなよ」


 最も警戒心の高い蛮刀使いが忠告する。


「此奴等を蹴散らしたら、俺の質問に答えてくれるか?」


「この数の差で勝てると思っているのか。大した自信だな」


「どう見ても質が違うからな」


「……なめやがって」


「言ってくれる。良いだろう、俺の手下を全員生きたまま(ヽヽヽヽヽ)倒す事が出来たら御前の質問に答えてやる」


 ハードルあげんなよ。

 だが、悪い条件じゃない。


「後悔する事になるぞ」


「死んだら後悔出来なくなるからな。もっとも、御前の命を助けてやるつもりは無いから期待はするな」


「その言葉、貴様にそっくり返してやろう」


 言葉の応酬は終わった。

 これよりは死と隣り合わせの戦いで語るのみ。


 この一ヶ月、ただ何もせずに過ごしていた訳じゃない。

 森を切り、石を切り、絹を編み、皮を鞣し、鉄を研ぎ、技を研いた。

 鉄並の強度があり絹並に柔軟な強絹糸(アークシルク)の製造、並の剣よりも遙かに鋭くてとても軽い複合(コンポジット)素材製武器の製作、各種装備の充実。


 モンスター相手ではいまいち性能が良く分からなかった。

 丁度良い機会だ。

 弱すぎず、強すぎず、並レベルの武器で、並レベルの実力者で、俺の作った装備がどの程度通じるのか確かめるとしよう。


「我は漆黒を呼ぶ黒瞳灼眼の使徒、常套無形の時使い、カオス弐式核弾頭サイ・サリス。貴様等の実力、我が装備の質を超えられるか!」










 キロスの街角、人気の無い裏路地の先にある広場。

 月明かりと魔法の光に照らされた7人の男が交差する。

 手には8つの武器が握られていた。


 夜の闇が落ちた街角に、斬撃が走る。

 7人の男の14の足音が鳴り響き、その一つが鋭く大地を蹴る。

 迫り来た最初の刃は、強絹糸を3重に編んだ篭手の甲を滑るだけで俺の身を傷付ける事はなかった。


「脆いな」


 ただ一度防御しただけで刃毀れを起こした剣に、つい率直な感想が零れる。


「ちょっ……刃が通らねぇって、マジで? なんて篭手だよ」


「質が違うと言った筈だ。安物の剣で俺が斬れると思うな」


「ぶぉっ」


 怯んだ瞬間を見逃さず、一歩踏み込み陰之御前の柄頭で腹を撃つ。

 男の身体がくの字に折れ曲がった。

 下がった顎に陽之御前を握る拳で撃ち上げ容赦なくトドメをさす。


 まずは一人。


「てめぇ、この野郎!」


 数の利を活かさず単身で襲い掛かってくる方が悪い。


 同じ愚を犯した愚か者の斬撃を、速度が乗る前に腕を差し出し威力を殺す。

 普通ならば腕を斬り落とされる構図。

 だがショートソードの刃は強絹糸の編篭手に当たるとアッサリと折れた。


 刃筋も通さない、摩擦で斬る事もしない。

 そんな剣はただの鈍器だ。


「ぎゃっ」


 木小薙刀を鈍器として振るい、峰打ちにて男の意識を刈り取る。

 これで二人。


「くそっ、一斉にいくぞ! これなら腕2本じゃ対応出来ねぇ筈だ!」


 殺気を帯びた8つ瞳には、焦りの色があった。

 前後左右から男達が襲い掛かってくる。


 前方の男は剣を両手で持ち、力技で斬り降ろす。

 左の男は一点突破を試み、突きの姿勢。

 右の男は剣を左に構え、薙ぎ払う気か。

 後ろの男へ視線をやると、下段から剣を斬り上げている。


 4者4技の一斉攻撃。

 咄嗟に示し合わせたにしては攻撃方法がバラけているのは、日頃訓練でもしているからか。


「だが遅い!」


 タイミングを合わせるために時間をかけすぎだ。

 それに、俺が素直にその場に留まり同時攻撃を大人しく受けると思っているのか。


 4種の攻撃の中で、最も刃が近づいていた方向へと身を躍らせる。

 安物のショートソードの切っ先がいち早く俺の腹部へと突き刺さる。


「なにぃ!?」


 だが刺突の刃は服の上を滑り、軌道を横に反れていった。

 進行方向に対し刃が真っ直ぐでなければ力は逃げていく。

 生身であれば肉を突き刺す事は出来ただろうが、未熟な腕では柔軟且つ強度の高い強絹糸製ジャケットの防御を突破する事は出来ない。

 更にその内側にはリング状に編み込んだ多重構造の鎖帷子(くさりかたびら)が待ち構えている。


 生半可な攻撃では俺の身を傷付ける事など不可能。

 但し硬度は無いので、打撃力があればダメージは受ける。

 一点突破の刺突攻撃でも攻撃ベクトルが正しければ結果は違っただろうに。


「もう少し腕を鍛え直してから出直してこい」


 交差する瞬間に3人目の意識を奪い、追加の蹴りで横へと弾き飛ばす。

 その一瞬後を凶刃が空を斬る。

 俺が蹴らなければ、仲間の身体をバッサリいかせてしまう所だった。


「どうやら装備の質だけでなく腕の質も差があった様だな」


 相手に取って不足ありすぎた。

 残り3人をサッサと片付けて本命に向き直る。


「ま、所詮は寄せ集めのチンピラだからな。こんなものだろう」


 仲間がやられても一切動じる事のなかった蛮刀使いが答える。


「仲間じゃないのか?」


「言っただろ、手下だって。端金で掻き集めた使い捨てのゴミどもだ」


「なら斬れば良かったか」


「後片付けが面倒だから止めてくれ。それに血を見るのは趣味じゃない」


「金貨25枚の賞金が懸けられている者が言う台詞じゃないな。もっと残忍なのかと思ったが……」


「金貨100枚の御前に言われたくない」


 苦笑しつつ、蛮刀使いが月明かりの届かない物陰に身を移動させる。

 3つあった魔法の光も、使用者が意識を失ったため消えていた。


「御前の強さはだいたい分かった。素晴らしい装備だな。どこで手に入れた」


「その質問に答える前に、俺の質問に答えてもらおう」


「……鏡を見ろよ。それで御前の疑問は解消する」


「そっちはどうでもいい。この街でゴブリンを見た事があるか?」


「あん? ゴブリンか? それなら確か、街の北にある亜人専門の奴隷屋に行きゃ会えると思うぜ」


「他には?」


「俺が知ってるのはそれだけだ。そもそもゴブリンなんて種を奴隷にしようと思う時点で間違ってると思うんだけどな。まぁそこは専門店としての意地か」


 つまり、そこにエルデがいなければこの街にいる可能性はほぼ零という訳か。


「では、そのゴブリンの奴隷を買うために、貴様に懸けられた賞金を頂くとしよう」


「おい、俺の質問に答えろよ。その装備、どこで手に入れた」


「勝ってから奪え。それが答えだ」


「なるほど……それが金貨100枚の理由か」


 勘違いした蛮刀使いの気配が闇に消える。

 やはり完全な別格か。

 見事な穏業。

 だが、これで心は決まった。


「名を聞いておこう」


 右手の木小薙刀・静型Ψ陽之御前を逆手に持ちかえる。

 次いで、才能:不屈の能力(アビリティ)〈不動心〉を発動。


「……真念陰刀流一刀剣術士、闇斬りのセツナ」


 蛮刀使いがそう名乗った瞬間。




『クエストが発生しました』


 ・真念陰刀流一刀剣術士、闇斬りのセツナを5分以内に倒せ!




 久しぶりにクエストが発生した。

 神様クエストではない所をみると、達成すれば《徳》でも貰えるのだろう。

 ゲームで言えば中ボス戦といった所か。


「闇斬りのセツナか。覚えておこう」


 だが、わざわざ殺し合いをしてやるつもりはない。

 必要な情報は手に入った。

 敵の実力が分からない以上、無駄に戦っても仕方が無い。

 俺は別に戦闘狂でも無いしな。


 才能:隠密の能力(アビリティ)〈気配隠し〉および念の為〈看破無効〉を発動させる。


「む……待て!」


 待つつもりなど微塵もある訳が無い。


 〈不動心〉――何事にも動じる事無く、何にも恥じる事無く、全く気にする事無く。

 三十六計、逃げるに如かず。


「縁があれば、また会おう」


 逃走した。











 憑いている日はすぐ休むに限る。

 これ以上、揉め事に巻き込まれるのは御免だ。

 今日街に着いたばかりだというのに、一週間分はイベントをこなした気がする。


 3度目となる装備変更を行い、素知らぬ顔でまた新しい宿へと入る。

 流石に常備している装備品もこれで打ち止めだ。


 酒場では酒だけ飲んで食事を取り損ねた。

 仕方なく〈アイテム空間〉に作り置きしている保存食で食事を済ます。

 〈アイテム空間〉内の時間が止まっていれば作りたてが食べられるというのに、残念ながらそんな都合の良い事はない。

 それどころか、時間の流れが安定していないため、数時間保管しただけで腐った事すらもあったぐらいだ。


 手早く胃袋を落ち着かせたところで、部屋のドアがコンコンとノックされる。


「お休みのところ失礼致します。お客様、本日の夜のお供はいかがでしょうか?」


 ……もう寝ようというのに、人の心を誑かす魅惑の小悪魔がやってきた。

 疲れているところにその誘惑は、正直辛い。

 いっそこのまま身を委ねてしまいたくなる。


「間に合っている。他を当たってくれ」


 心の天秤はゆっくりと拒絶へと傾く。

 アクアがゴブリン太刀に捕まる前であれば、喜んで誘いを受けただろう。


「でしたら、マッサージなどいかがでしょうか? 天にも昇る心地良さの中で眠りに落ちる、そんな至福の一時を提供する事が出来ます」


 マッサージか……確かにあれは天国だ。

 出張先でホテル泊まりの日には、よくマッサージ師を呼んで一日の疲れを癒していた。

 折角の出張手当が相殺されてしまうので財布には優しくないが、身体だけでなく不満が溜まった心も揉みほぐしてくれるので、リフレッシュするには丁度良い。

 次の日の目覚めも気持ち良くなる。


「一つ、頼めるか?」


 気が付くと、天秤の針が中央線を越えて反対側に傾いていた。

 非常に体力を使う夜の運動をするのは御免だが、マグロになって微睡みに落ちるのは大歓迎だ。


「ご利用、有り難う御座いまーす」


 声の質から少女だというのは分かったが、腕が確かならば年齢など関係ないだろう。

 何の疑問も持たず、ドアを開けてマッサージ師を招き入れる。


「しつれ……ああっ!?」


 ラクチェが現れた。

 ちょっと待て、どういう偶然だ。


「何故、御前が現れる」


「それはこっちの台詞! あんたの所為で私がどれだけ苦労してると思ってるのよ!」


 まるで掴みかかるような勢いで急激に詰め寄ってくるラクチェ。

 否、掴みかかってきた。

 その威勢の良さに、思わず後退ってしまう。


「それこそこっちの台詞だ。御前の所為で俺がどんな目にあったと思っている」


 後ろにあったベッドの淵に足が当たり、押し倒されそうになる。

 が、そのままマウントポジションに持ち込まれるのは望む所ではないため、踏ん張り耐えた。


「知らないわよ、そんなの。適当に言っただけなんだから」


「……その適当を信じた所為で、危うく命を奪われそうになったんだが」


「あっそ。でも五体満足なんだから大した相手じゃ無かったんでしょ」


「金貨25枚の賞金が懸けられる男が、大した相手じゃ無いのか」


 逃げなければ殺されていた可能性は否めない。

 いくら防御力の高い装備を身に着けていたところで、不意打ちで生身の部分を攻撃されれば一溜まりもない。

 例えなまくらのショートソードであったとしてもだ。


 闇斬りのセツナ――その名の通り死角からの不意打ち攻撃を得意とする使い手であれば、たかが装備だけ充実している俺の命など簡単にとれるだろう。


「そんな事より! ちゃんと責任取ってよね! こんなコソコソと夜這い紛いのことしてるってばれたら、何されるかわかったものじゃないんだから」


「大人しく何処かに隠れていれば良いだろうに」


「安全に隠れれる場所があればそうするわよ。良いわねあんたは。こんな高い宿を何件もポンポン借りれるなんて」


「幸いにして若い頃に汗水垂らして稼いだ金があるからな。だから当座の資金には困っていない」


「え……あんた、もしかしてお金持ち? 私を奴隷にする気ない?」


 胸倉を掴んでいたのが、お金の話を聞くと急に腕へと抱き付いてきた。

 現金な奴だ。


「生憎と、今は間に合っている」


 というか、自分から奴隷になりにくるな。

 気付かれない様に軽く調べてみると、ラクチェの身体にはどこにも奴隷紋の反応は無かった。

 綺麗なままの身体なのは結構だが、夜這いを仕掛けるほど汚れている女を奴隷にする趣味は無い。


「私、こっちの腕すっごいんだよ?」


 手を握り握りしながらラクチェが自らを売り込んでくる。

 こっちの腕というのはあっちの技術ではなく、マッサージの腕の事だろう。

 微妙に意味を勘違いしそうな言葉を吐いてきたのは確信犯か。


「あと、ついでに言っとくけど、私処女だから」


「ちょっと待て。どう考えても明らかに場慣れしている様にしか見えないんだが」


「だって私、男を手玉に取るの得意だから」


「……」


 ……俺は手玉に取られているのか?


「というのは、うっそー。本当は、この前ようやく成人したばかりなんだ。だから、お客を取るのはあんたが初めてだったんだけど……」


 急に俺の胸をつんつんつつき始めるラクチェ。

 照れ隠しをしているらしい。


「……もしかして、見た目には分からなかったが、緊張して俺の言葉を勘違いしてしまったと?」


「うん、そう……本当は、誘われた時にちゃんと確認するのが暗黙の決まりなんだよね。それがオッケーの返事にもなってるから」


 今度は蹴ってきた。

 どうやらラクチェは照れると少し暴力的になる様だ。


「でもね! あんたも悪いんだよ? こんな幼気な少女の心を誑かして、しかも夜の街に放り捨てたんだから」


 勝手に何処かへ消えていったのはラクチェの方だろうに。


「初めてのお客にそっぽ向かれて一人でいる所を誰かに見られたら、もう恥ずかしくて生きていけないんだから! だからこうして頑張って身売りしたっていうのに、その最初の相手がまたあんたなんて……」


 拳を握り、わなわなと震えるラクチェ。

 怒りの鉄拳が俺の頬を撃つのか。


「もうこれは、あなたの奴隷になるしかないよね!」


 悟りのガッツポーズを決めてラクチェが言う。

 いったいどこをどう考えればその結論へと至るというのか。

 ほとんど玉の輿を狙っているとしか思えなかった。


「ね?」


 上目遣いにラクチェが俺の目を覗き込んでくる。

 ね、じゃないだろうに。


「……一つ、聞いて良いか? 重要な事だ」


 頭二つ以上も違う少女の腕をやや強引に引き離し、真面目に問いかける。


「何でも聞いて良いよー。スリーサイズ? 今履いてるパンツの色? それとも好きなプレイの話かな?」


 そんなこと、真面目な顔をして聞くか!


「何故、俺があの店であった仮面男だとすぐに分かった」


「……え?」


 ラクチェがとても不思議そうな顔をする。

 そんなおかしな質問だっただろうか。


 最初にラクチェと出会ったあの酒場で俺が身に着けていた装備は、灰色を基調としたものだった。

 強絹糸の鎖帷子の上にジャケットを羽織り、腕には黒の編篭手。

 ズボンも同じ灰色に染色した強絹糸製だが、所々に鞣した皮で若干の装飾を施し、脛の半ばまである黒の厚底ブーツを履いている。

 顔を隠す仮面はオペラ座の怪人風の作り。

 髪形を隠すためにバンダナも巻いていた。

 そして背中には特徴的な二振りの木小薙刀。


 それに対し、今の俺は色褪せた碧色と白色のラフな格好となっていた。

 前合わせの皮シャツに、飾り気の無い質素な絹ズボン。

 腕は露出し、手袋も付けていない。

 部屋の中なので靴も靴下も脱いでいる。

 顔には目元を隠すだけの布の仮面。

 若干遊びでサークレットを身に着け、手首にもリングブレスレットを付けている。

 武器は腰に歪曲した片刃の短剣ククリ刀を差しているのみ。


 前者が生粋の前衛系装備とすれば、後者は身軽なシーフ系装備といった所か。

 ここまでガラリと変われば誰も同一人物だとは思わないだろう。


「え~と……それ、本気で言ってる?」


 何となく嫌な予感がする。

 自信が音を立てて崩れ去っていく。


「あんたって、意外とおまぬけさんだったんだ」


「窓から外に放り出すか。怨むならその口の悪さを怨め」


 猫を扱うようにラクチェの襟元裏を引っ掴んで窓へと移動する。


「ああ、ウソウソ! 捨てないで、ご主人様!」


 残念だったな。

 以前の俺なら兎も角、その言葉はアクアによって使い古され耐性が出来ている。

 だからそう呼ばれて心がグラッとくる事は無い。


「にゃ、にゃー」


「可愛く鳴いてもダメだ。今日の俺は虫の居所が悪い。誰かさんの所為でな」


 ほとんど自爆だった気がするが。


「うー……私を部屋から放り出したら、あんたがここにいるって触れ回すからね!」


「む」


 ラクチェの体が窓枠を越えた辺りで腕がピタッと止まる。


「いっそのこと、口封じで殺してしまうか」


 ボソッとそう呟いた瞬間、ラクチェの体が大きくビクッと震える。

 その拍子に掴んでいた襟がすっぽ抜けた。


「……え?」


 重力に引かれてラクチェが落ちていく。

 ここは2階。

 落ちた所で死ぬ事は無いと思うが、人間の頭は重いので空中でバランスが取れなければ地面に頭を強く打ち付ける可能性もまるで否定出来ない。


「きゃ……」


「おっと」


 すぐにキャッチした。

 ついでに口も塞ぎ、少女の甲高い叫び声が夜の街に響き渡るのを防ぐ。

 ちょっと危なかった。


「きゃっ」


 ベッドの上に放り投げ、窓を閉じる。


「もっと優しく扱ってよ。サービスしないよ?」


「これ以上手荒な事をされたくなければ大人しくしていろ」


 悪人がよく吐く台詞が板に付いてきたような気がする。


「ちら。ちらちらっ」


 パンチラを見せて誘惑してきた。

 死にかけたというのに随分と余裕だな。

 ちょっと頭が痛くなってきた。


「話を戻す。何故、俺が店にあった男だと一目で分かった」


「むー……大抵の男はこれをすれば落ちるって聞いてたのに、あんた、本当に男なの? もしかしてあっち系?」


 本当に頭が痛くなってきた。


「ノーマルだ」


 一応、答えておく。


「最後通告だ。これ以上俺を怒らすなら、御前の心まで隷属化して人形奴隷にするぞ」


「え? あんた、そんなことも出来るの?」


「出来る」


 たぶんだが。

 実際に試した事が無いので正確には何とも言えない。

 しかし本気で隷属処置を行えばそうなるだろうという確信はある。


「答えろ。何故、俺だと分かった。女の勘か?」


「はぁ……もう、しょうがないなー。あんた、本当に気が付いていないみたいだから教えてあげるね」


 まだ脅し足りないというのか。

 俺ってそんなに怖く見えないのだろうか。


「目」


「……め?」


「そう、目。あんたの右目、赤く光ってる。いくら仮面被っててもこの街にそんな人っていないから、すぐにあんただって分かるんだけど」


「……」


 沈黙が流れる。


「もしもーし。あれ、もしかしてマジで気付いてなかった?」


 やべー、忘れてた。

 馬のエドガーを隷属化する時に技術(テクニック)〈魔力紋操作・魔王位〉を使ったんだった。

 このスキルを使うと右目が赤くなる事をすっかり忘れていた。


「黒瞳灼眼のサイって字名(あざな)は今日レベッカさんによって付けられちゃったみたいだけど、右目を赤く光らせた金貨100枚の賞金首って言ったら町中の人が知ってるよ?」


 完全にまずった。

 まさか最初から筒抜けだったとは。

 ギルドで見た似顔絵は白黒だったから見落とした。

 下に書かれてあった文章をもう少しよく読んでおけばすぐに気づけたというのに。


「……だが、ほとんど誰も俺を賞金首として扱っていない気がするんだが。この宿の主人も特にそんな様子は見受けられなかった」


「いや、だって昼過ぎにあんたがレベッカさんと殺し合った時点で町中にあんたの情報が出回っちゃったから。金貨100枚なんていう賞金首に手を出そうと思うのって、基本的にそういう人達ぐらいだよ? この宿の主人も、あんまり関わりたくないから言いふらさないだけ。やっぱ命が惜しいし」


「酒場にいた連中は?」


「情報屋が真っ先にコンタクト取ってきたでしょ。それ以外は普通にこの街で働いている人達ばかりだし。たまにレベッカさんみたいな凄腕の賞金稼ぎもお店に入ってくるけど、ギルドから近い訳でもないから早々そういう人はあの店には入って来ないって」


 そうか……レベッカは凄腕なのか。

 やっぱりあの時、逃げて正解だったな。

 氷門白刃剣界とかいう凄い戦技だか魔法だかも使ってきたし。


「……ラクチェは俺が怖くないのか?」


「いや、だって金貨100枚の賞金が懸けられた理由を知ってるから。この街で暴れて何十人も人を殺したとか、問答無用で気に食わない奴を殺しまくってるとか、そういう類の危ない噂も全然聞かないし。あ、賞金首のサイさんだ、ってぐらいにしかみんな思わないと思うよ」


「なんだ、その温い反応は……」


 威厳もへったくれもあったものじゃないな。

 金貨100枚の賞金が懸けられて、俺だけが一人はしゃいでいたみたいじゃないか。


 ちなみに、賞金が懸けられた理由は、やはりあの奴隷商を殺したからだった。

 ただ、あの奴隷商は並の奴隷商ではなく、この街の2大派閥の間を取り持っていた街の重要人物の一人だったという。

 何を使って取り持っていたのかは言わずともしれよう。

 奴隷屋が扱っている商品は基本的に奴隷。

 その奴隷を巧みに使って、派閥抗争の矛先を希少奴隷の奪い合いや奴隷自身に向けさせるなどして無駄に街に血が流れる事を防ぎ続けていたという。

 良い話なんだか、碌でなし共の悪い話なんだか。


 そんな街の均衡に一役買っていた奴隷商を、俺が殺してしまった。

 だから賞金額が高くなったと。

 どうでもいい100人のチンピラを殺すよりも、たった1人の重量人物を殺した方が罪は重くなる。

 その良い例だった。

 どうでも良い事だな。


「ところで、ねぇ~……」


 ベッドに腰掛けて盛大に落ち込んでいると、ラクチェが子猫の様にすり寄ってくる。

 ごろにゃーごという言葉が聞こえてきそうなほど甘えてくる。


「夜伽なら他をあたれ。今日はそんな気分じゃない」


「そっちじゃなくて~。私を奴隷にする気、なーい? ねぇ~」


「ない」


「そんなこと言わないでさ~。この街にずっと顔を見せていなかったって事は、どこか別の場所で暮らしてるんでしょ? 私もそこで暮らしたいな~。ごろにゃーご」


 本当に言いやがった。


「一晩を明かしたいなら今日だけはこの部屋に泊めてやる。だがそれ以上はない。大人しく寝ろ」


「う~……ケチ」


 奴隷は最底辺のクラス階級だと思っていたんだがな。

 ラクチェを見ていると、なんか段々とそのイメージが崩れてきている様な気がする。

 まるで身請け前に身をとりあえず落ち着けておくだけの仮身分の様である。


「それじゃ、最初の約束通りマッサージしてあげるから、お小遣い奮発してよ」


 まるでパパに懇願するかの様に目をキラキラと輝かせてくる少女。

 成人になったばかりという事は、恐らく12歳か。

 アクアと同じ年齢だ。

 そんな子供から腕に抱き付かれてお小遣いを請求されたら、ついつい財布の紐が緩んでしまうじゃないか。


「……ふぅ、仕方ないな。だが、その先は無しだぞ」


「分かってるって。今日は色々あってあんたも疲れてると思うから、そっちはまた明日っていうことで……」


「それも無い」


「奴隷にしてくれるのも?」


「くどいな。それも絶対に無い」


 ラクチェを奴隷にしたら毎日が五月蝿くなりそうだ。

 それはそれで悪くは無いが、アクアが捕まっているというのに新しく奴隷を増やしたらアクアに何と思われてしまうか。

 俺の事を心の底から慕ってくれている少女の思いを裏切るようで少し心苦しい。

 せめて半年は経ってからじゃないと2人目の奴隷は持ちたくない。

 でないと、ずるずると5人10人と奴隷を増やしてしまいそうだからな。

 男の欲望に際限はない。


「あ~~~~、生き返る……」


「親父臭い……あんたっていくつ?」


「さぁな。もう数えるのはやめた」


 永遠の若さを女神にもらった事で年齢不詳にもなってしまったし。


「極楽、極楽」


 予想以上に腕の良いラクチェのマッサージに天へと昇りながら、俺は微睡みの中へと意識を埋没させていった。


 次の日の朝、財布と一緒にラクチェがいなくなっているとはまるで思わずに。

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