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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第2章
38/52

一夜明けて、仮面を被る

※作品名を変更致しました。

 目を覚ますと、アクアのうなじが目の前にあった。

 少し寒い。

 腕はアクアの細い腰へと回され彼女と密着した場所は暖かいのだが、それ以外の部分が少し冷えていた。


 だが、とても心地好い目覚めだった。


「んっ……」


 可愛いうなじにキスをすると、アクアが小さな声を漏らす。

 アクアのスベスベとした肌が気持ち良い。

 あまり食事を与えられず栄養不足に陥りかけている線の細い身体はまだ肉付きが悪いので抱き心地は最高という訳では無い。

 が、アクアの背中もお腹も腰も双子山も太腿も全て優しい肌触りだった。


 ただ触れているだけで快感が染み込んでくる。

 足を絡めて彼女の温もりをもっと奪う。

 俺に抱き付かれているアクアはほとんど身動きが取れない。

 俺より先に目覚めていたのか、彼女の肌滑りを楽しんでいる間、アクアはほとんど身動ぎしなかった。


 幸せだ。

 もう死んでも良い。

 いや、死にたくないのだが、それぐらい幸せだった。


 昨日の夜は……どうしたんだったか。

 互いの身体を清めあい、互いの全てを確かめた。

 その後、拭かれた方なのにすっかり疲れきっていたアクアが正座し、口上を述べ終わる前に唇を奪ってベッドに押し倒したんだったな。

 そして後ろに回り込み、首筋にキスをして、その後は……。


 その後は……。

 ……その後は?


 ……ん?

 記憶が無い。

 どういう事だ。

 何故、記憶が無い。

 絶対に忘れる筈が無い記憶なのに、まるっきり脳に記録が残っていなかった。


「おはよう御座います、ご主人様」


 暫く混乱していると、俺の目がすっかり覚めている事を察したアクアが朝の挨拶をしてきた。

 だが、若干その声に温度が無い。


「あ、ああ。おはよう、アクア。身体は大丈夫か?」


「はい。昨日はお気を遣わせてしまい、申し訳ありませんでした」


 良かった、ちゃんとアクアの身体に気を使っていたか。

 この分だと無茶な事をした訳では無いな。

 見た所、罪と罰を実行した名残も見当たらない。

 むしろ綺麗過ぎるぐらいだ。


 もう一戦ぐらいしても大丈夫か。

 今度はちゃんと記憶に残しておきたい。


「まだ朝は早いな」


「はい。ですが、本日街を出るという事であれば、朝市に顔を出して準備を始めた方が宜しいかもしれません。行き先はまだ聞いていませんが、何処に向かうにしても出発は早い方が良いかと」


「そうか」


 気のせいか、アクアの言葉には起伏が少なかった。

 むしろ棒読みに近い。

 それでいて、どことなく冷たさが伝わってくる。

 朝に弱いのだろうか。

 それにしては言葉はしっかりしている。


 もう一戦は諦めるべきか。

 しかし夜明けのキスぐらいはしても良いだろう。

 アクアの身体をゆっくりと俺の方へと向き直させる。


 ――そしたら、冷たい瞳が現れた。


「……寝ていないのか?」


「いいえ。ですが、あまり良く眠れた気は致しません」


 何となくアクアが怒っている様な気がした。

 もしかして激しくしなかった事が気にくわなかった?


「ご主人様はとても良くお眠りになれた様で何よりです。ご気分はいかがでしょうか?」


 違った。

 アクアの目は、暴れん坊将軍にならなかった俺を責めている色では無い。

 あれだけ散々思わせぶりな事をしたのに、結局何もしなかった俺を責めている色だった。


 やばい……眠気にあっさり負けて、あのまま寝てしまったみたいだ。

 そりゃ怒るよな。

 前座で満足しすぎた。


「……あ、アクアの事はとても大事にしたいと思っている。昨日は互いに疲れていた。なに、機会はこれから幾らでもある。何故なら、俺達は死ぬまでずっと一緒にいるんだからな」


 苦し紛れにそう言いながら、アクアの唇を強引に奪った。

 奴隷に対して言う様な言葉じゃないな。

 だがその御陰か、アクアの機嫌は直ってくれた。


 死ぬまでずっと一緒というのは、もはやプロポーズだな。










 そのまま強引に、今度こそアクアの初めてを奪う……という雰囲気でも無かったので、それはまた今度にお預け。

 身支度を整えた後、宿を後にする。


 この宿の名前、金の星の豊穣亭と言うんだな。

 金の星……金星の女神アフロディーテ繋がりか?

 愛と美と性を司るギリシャ神話の女神、オリュンポス十二神の一柱。

 生殖や豊穣も司る精霊、地母神、春の女神でもあったな。

 この世界に送られてきた前任者の誰かが伝えたのだろう。


「朝市の場所は分かるか?」


「はい、ご主人様。こちらです」


 あまり人目に顔を曝したくないので、顔を外套で覆う。

 何しろ俺は人を殺しているからな。

 あちこちで目を光らせている奴等を見かけるので、出来る限り顔を覚えられないようにしたい。


 幸いにして、外套で顔を隠している奴はとても多かった。

 中には仮面まで付けて顔を隠している奴もいる。


「これをくれ」


「大銅貨1枚だ」


「ご主人様」


 仮面屋を見つけたので早速買おうとお金を手にしたら、アクアによって制止された。


「表面の加工は綺麗ですが、中は作りが雑ですね。銅貨6枚になりませんか?」


 どうやら値切り交渉をするらしい。

 馬鹿正直に言い値で買う癖が付いてしまっている俺をおもんばかっての事か。


「……9枚だ」


「こっちの同じ作りの仮面も買いますので、2つで大銅貨1枚」


 40%オフから50%オフになった。


「安すぎる。銅貨で17枚だ」


「こちらの売れなさそうな木彫りの人形も買い取ってあげますので、銅貨9枚にして下さい」


 間を取るんじゃなくて、更に値切る気満々だ。

 買えば買う程、安くなっていく。

 あら不思議。


 面白そうなので俺は静観する。

 但し、アクアの後ろに立って威圧だけしておく。

 コンビプレイだ。


「あんた、喧嘩売ってるのか?」


「正当な評価をしているだけです。この人形はいりませんので、仮面2つで銅貨8枚でどうでしょう」


「その倍だ」


「もう一つ仮面を買います。この大きい仮面を付けて大銅貨2枚」


「そいつは一個で大銅貨4枚だ。しかも仮面じゃなくて盾なんだがな。3つ合わせて大銅貨5枚、プラス銅貨2枚だ」


 風向きが完全にアクアへと向いている。

 アクアの値切り先が何となく読めた。


「仕方ありませんね。この大きい仮面は諦めましょう。大銅貨4枚を引いて、仮面2つで銅貨12枚をお支払い致します」


「だから盾だって言ってるだろう。……まぁ良いか。交渉成立だ。持ってけ」


「有り難う御座います」


 手に握っていた大銅貨1枚に加えて、〈アイテム空間〉から新たに銅貨2枚を探し出し店主へと払う。

 買った物を受け取り、そそくさと店を離れる。


「……ん? あれ?」


 哀れ仮面屋の店主。

 アクアが最初に呈示した、仮面1つで銅貨6枚という値段で2つも仮面を売ってしまった。


「申し訳御座いません、ご主人様。余計な出費を出させてしまいました」


「問題無い。アクアもお揃いの仮面が欲しかったんだろ?」


「はい」


 勝ち誇った笑みを浮かべたアクアの頭を撫でてやる。

 満面の笑みへと変わった顔は、仮面の裏に隠されるまで変わる事は無かった。










 仮面を付けた怪しいカップルが道を行く。

 アクアは俺の腕に抱き付いていた。

 禁断の愛を隠す為に仮面を被っていると思われない事を心から祈る。


 ちなみに、昔使っていた恥ずかしい名乗りの中には、仮面騎士をモチーフにしたものもあった。

 電光石火の仮面騎士、嵐を呼ぶ西風の覇皇ゼフィランサス、ここに参上!

 若気の至りだ。

 仮面を被った瞬間、思わず叫びたくなってしまったが。


 この世界に俺を送り込んだ女神から永遠の若さをもらった訳だが、もしかしたら身体だけでなく精神も若返っているのかも知れない。


「ご主人様の使う召喚魔法というのは、物をしまう事も出来るのですね」


「契約魔法とは違うからな。呼び出すにしても、先に置いておかなければ呼べない仕組みなんだ」


「だとしても、とても便利です。流石です、ご主人様」


 魔法ではなくスキルなのだが、一度嘘を吐いてしまった手前、誤魔化し続ける。

 と言っても、呼び方が違うだけで能力の詳細は隠していない。

 恐らく〈アイテム空間〉という能力(アビリティ)だと説明しても、完全に納得する事は出来ないだろう。

 むしろ魔法と言った方がしっくりくる。


「……ところで、契約魔法というのは何でしょうか?」


「そうだな……特定の動物などと契約を交わしておく事で、必要な時に一定時間こちらに呼びだして色々助けてもらうといった所か。場合によっては隷属化の儀式を行って契約する事もある」


「それは、例えばご主人様が私を呼び出すというのも可能でしょうか? 聞いている限りでは、召喚魔法と奴隷契約を足したものの様に思えるのですが」


 なるほど、そういう考え方も出来るか。


「俺が呼べるのは物だけだ。それに、呼び出す為には物を置いている謎の空間内にいてもらわなければならないので、命の保証はしかねる」


「試してみても?」


「断る。俺はアクアを失いたくない」


「そうですか」


 俺にその言葉を言わせたかったのだろう。

 アクアの機嫌は上々で、嬉しそうに微笑んでいた。

 仮面で見えなかったが。

 お揃いなのは嬉しいが、アクアには仮面を付けて欲しくなかった。

 これでは可愛い顔が見れないじゃないか。


「本当に便利ですね」


 巨大なジャガイモであるポトモイモを見つけたので、やはり〈アイテム空間〉に放り込む。

 もちろん、誰にも見られないように路地裏で。

 傍目にはいちゃついているように見せるため、アクアにも協力してもらっている。

 主に口付けという形で。


「徒歩の旅だと思っていましたので、覚悟していたのですが」


「金はあるから最後に馬を買う予定だ」


 昨日、互いに心行くまで楽しむ事が出来なかった分、それを取り戻すかのように回数を重ねる。

 唇を重ねようとするたびに毎回仮面を外すのはちょっと面倒だったが、キスをする為ならばそんな面倒などいくらでもしてやる。

 むしろ仮面を外すたびに期待する瞳が現れるので、キスのし甲斐があるというもの。


「……世話はどう致しましょうか? 私は馬を扱った経験がありません」


「……俺もだ」


 無計画を暴露してしまった。

 今更感はあるが。


「まぁ、最悪は肉にでもすれば良いだろう」


「2人では食べきれないかと」


「その時は諦めよう」


「はい」


 賞金稼ぎのレベッカが相棒としていた様に、馬ではなくラバにした方が良いだろうか。

 あの寝台は魅力的だ。

 だがあの高さはちょっと怖い。

 馬で慣れてからにしよう。


 一通り買いたい物は買い終え、最後に馬屋へと向かう。

 当然ながら馬は一頭だけ買った。

 一人で乗るのが怖いからじゃない。

 二人乗り出来るからこその馬だ。


 アクアを前に乗せて、その身体を抱き込む様にして馬に乗る。

 気分は白馬の王子様。

 昔に夢見ていた光景の一つが叶った。

 もっとも、俺は王子様ではなく、馬も栗毛だったが。


「私の王子様……」


 アクアにとっては俺は王子様の様だった。

 金貨2枚も払って良かったと思う。


「そういえば、アクアはどんな才能を持っているんだ?」


「ご主人様。その話は今するべきではありません」


「ああ、悪い。そうだな。この話は二人きりになった時にまた聞くとしよう」


 ……理性がまだ残っていたらの話だが。

 自信は無い。


「それに、私はご主人様の奴隷ですので、ご主人様には私の意志に関わらず私の才能が読める筈です」


「そうなのか?」


「少なくとも私はそう聞いています」


 どうやらそれは本当の様だった。

 意識して見ると、自分のものとは異なる情報が表示されているのを発見する。

 そう言えば奴隷商もそのような事を言っていたな。


「どうでしょうか?」


「読めたな。なるほど、アクアはみ……」


「ご主人様。その言葉は人前で口にするべきではありません。何処で誰が耳をすませているか分かったものではありませんので。世の中には〈聞き耳〉や〈地獄耳〉といったスキルを持っている方も多くいるのですよ」


「う、悪い。……小声でもダメなのか?」


 アクアの耳に顔を近づけてこしょこしょ話をする。

 舐めたい。

 こんな時、アクアはどんな声で鳴くのだろうか。


「獣人の中にはスキルが無くても今のご主人様の言葉を聞き取れる方が多くいます。そんな方が〈聞き耳〉〈地獄耳〉のスキルを持っていた場合、人の姿が点に見えるぐらい距離が離れていても聞き取れるそうです」


「恐ろしいな、それは。それだと防音処理された部屋でも声が筒抜けか」


「安い造りでなければ大丈夫でしょう。昨日泊まった部屋などは、魔力を込めた結界道具を壁や天井に埋め込んで中からの音は外に漏れない様にされていますので」


「その結界道具は高いのか?」


「すみません。分かりかねます。一般の市場では見た事がありませんので」


 普通に売ってるのであれば買おうと思ったんだがな。

 今夜は野宿確定なので、アクアを思い切り鳴かせてやる為に使おうと思ったのに。

 残念だ。


「さて、買い忘れた物は無いか?」


「私が思い付く限りは何も」


「なら、旅立つとしよう。今日が俺達の門出だ」


「はい。どこまでもご主人様に付いていきます」


 そんな嬉しい事を何度も言ってくれるアクアの可愛い顔は、しかしながら仮面によって見る事は叶わなかった。


 街を出たら即行で仮面を外した。

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