新居
奴隷のアクアと共にキロスの街を出立して一月が経った。
とりあえず西に。
これといった目的もなく、ただ落ち着いて暮らせそうな場所を探して馬旅を楽しんだ。
旅の途中、何度かモンスターと遭遇した。
荒野にポツンと木が生えていたので、本日の野宿場所として選び近づいた矢先に襲い掛かってきたオンリーツリー。
最初は吃驚して二人とも落馬し、アクアが枝に絡め捕られ宙吊りになるも、凶剣の一撃でアッサリ勝利。
1対1なら手数のせいで近づけず苦戦しただろうが、その手数をアクアの捕獲で使用したため簡単に近づく事が出来た。
刃が届けば、後は戦技〈零の太刀〉を使うだけである。
川を見つけ釣りを楽しんでいると、下流から物凄い勢いで巨大な鮭が飛びかかってきた事もあった。
トビウオの様にぴょんぴょん跳ねて川を上ってきた巨大魚フライングサーモンは、釣り竿の先に付いていた餌をパクリと食べた後、そこに尖った針があった事に怒って俺に襲い掛かってきた。
怒るぐらいなら最初から食べるなよと言いたい。
かなり威力のあった体当たり攻撃に弾き飛ばされるも、所詮は魚か。
自ら陸に上がった事で、えら呼吸が出来ずすぐに沈黙。
その後は美味しく頂いた。
思い掛けず大物が釣れたな。
川に沿って上流へと向かうと森を見つけたので、そのまま川に沿って進むこと更に一日。
その日に出会った敵は、空から降ってきた。
小休憩でアクアと並んで横になっていると、木々の間から突然にギザギザ歯が落ちて来たのだ。
あれは本当に吃驚した。
事前にアクアから話を聞いていたので警戒はしていたが、間一髪で回避する事がやっとだった。
敵は隠密行動が得意な巨大ワニ、グレートハイドバロック。
その集団。
流石に分が悪すぎるので、アクアの忠告通りに逃げた。
そのまま森の中で道を失い、彷徨うこと2日。
能力〈アイテム空間〉があるので食糧は十分に貯め込んでいる。
水はアクアが水魔法で用意してくれる。
森の幸もそれなりに豊富で、果物も幾つか見つけている。
だから飢える心配は無い。
だが、いつまたグレートハイドバロックの集団と出くわすか分かったものではなかったので気は休まらなかった。
そんな窮地を救ったのが、森の中にポツンと建っていた謎の小屋。
誰かが暮らしていた形跡はあったが、残っていた食べ物の腐り具合からして少なくとも一週間以上は小屋に帰っていない様に思えた。
背に腹は変えられないので、持ち主には悪いが暫く使わせてもらう事にする。
それから、約3週間後。
「アクア、新しい木材をくれ」
「はい、ご主人様」
すっかりその小屋に居着いてしまった俺達は、増改築作業を行っていた。
一向に帰ってこないその小屋の主には悪いが、6畳間ぐらいしかない広さでは暮らしを豊かにするにしてもすぐに限界が訪れる。
炊事場もなく、用を足す場もなく、ただ寝る事しか考えられていない空間では、男女二人プラス馬一匹が暮らしていくには狭すぎである。
ナニをするにしても、やはり広い方が良い。
せめてダブルベッドぐらいは置きたい。
「あの……ご主人様、広すぎませんか?」
ようやく骨組みが終わり、アクアが煎れてくれたお茶を飲みながら一息吐いていると、そんな質問が飛んできた。
「そうか? こんなものだろう」
「この広さは貴族の別荘に近いです」
「貴族の別荘だともっと広そうだけどな」
「1階部分だけならそうですが、2階まで含めるとなると……」
「3階建てだ」
「さ、3階建てですか……」
増改築というよりも、むしろ新築に近い一軒家。
敷地の広さはアメリカンサイズ、もちろん広大な庭付き。
3階建てにしたのはただの気分だ。
2階建ては前いた世界で飽き飽きしているので、3階にしてみた。
「それを、この短時間で……凄いです」
「先に加工済の木材を大量に用意していたからそうでも無いだろう。木なら一杯あるしな」
「その木材の調達も、普通は3日では到底用意出来ないのですが……しかも、加工も含めてとなると尚更です」
「そこはまぁ、才能様々だな」
木工関連の技術なら以前に十分鍛えてある。
木を切り倒すのも、賞金稼ぎレベッカの忘れ形見である大剣を使って戦技〈零の太刀〉を使えば一瞬だ。
「才能の一言でこれは片付けられるのでしょうか……」
アクアの中で常識が音を立てて崩れ去っている様だった。
俺からして見れば、才能という見える力があるならば、これぐらいの事は出来る人材がホイホイいても別に不思議では無いと思っている。
どんな才能を持っているかを知っていれば、その才能を伸ばしていけばいい。
無理して出来ない事を出来る様にしようとしても、結果は中々伴わない。
それでなくとも、この世界には魔法という夢の力が存在する。
俺の知っている前世界では考えられないような大剣を2本もぶん回す美人の賞金稼ぎもいれば、巨大化したモンスターもいる。
ここはファンタジー世界だ。
だから、豪邸クラス一軒家の骨組み作業が半日で終了するというのも、別に大した事では無い筈だ。
「完成予定はいつ頃でしょう」
「何言ってる。今日に決まってるだろう」
「……は?」
「何の為に下準備に3日もかけたと思ってるんだ。流石に内装は明日以降に回すが、家は今日中に完成させる予定だぞ」
骨組みは終わった。
後は板を張り付けていくばかりだ。
屋根瓦も出来ている。
ちんたら作業して雨でも降ったら余計な手間ばかり増えてしまう。
「あの……3階建て、なんですよね? 強度は大丈夫でしょうか」
「問題無い。安全係数はかなり取ってある。良い素材が手に入れば、そのうち補強もしていく予定だしな」
「安全けいすう? よく分かりませんが、ご主人様がそう言うのであればそうなのでしょう。完成が楽しみです」
少しだけ棒読みになっていた。
さては信じていないな?
ならば見せてやろう。
電光石火の名が伊達では無い事を証明してやる。
でも嵐は呼ばない。
所詮は木工建築なので、嵐が来たら色々壊れてしまう。
ゼフィランサスの名は良くも悪くもありだ。
……と思った所で、キロスの街からの付き合いである馬が姿を現した。
「その前に、少し早いが食事にしようか。ちょうどエドガーも散歩から帰ってきた事だしな」
「はい。すぐに御用意致します」
エドガーという名前はアクアが付けた名である。
オスだったのでエドガーだ。
メスだったらエレナという名前を付けたとも聞いている。
「今日もまた新しい友達が増えたみたいだな」
手を上げて挨拶すると、頭や背中の上に大量の動物を乗せたエドガーがトコトコと歩き向かってくる。
エドガーは切り株の椅子に座ってお茶を飲んでいる俺の近くまで来ると、しきりに頭を上下させてて餌はまだか餌はまだかと催促を始める。
この場所に住み始めたばかり頃は慣れない環境のためか体調を崩しがちだったのに、随分と元気になったものだ。
最近ではこうして一人で散歩をして、食事時になったら友達を連れて帰ってくるのが日課となっていた。
どうも逃げないようにと繋ぎっぱなしだった事と、俺とアクア以外には友達がいなくて寂しかった事が原因だった模様。
そのまま衰弱して死んでいくのは可哀想だから逃走覚悟で縄を外して自由の身にしてみたら、問題は一気に解決する方向へと向かっていった。
「鶏に栗鼠に狸に、そいつはムササビか? 狐も初めてだな。兎の親子は相変わらずか。今日は猫はいないのか。狼もいないな」
食事が出てくるまでは、動物達はエドガーの上からは降りてこない。
近づいて撫でようとすると逃げるのは過去の経験上分かりきっているので、愛撫したい気持ちをぐっと堪えて眺めるだけにとどめておく。
これがアクアだったら動物達は一切抵抗する事無く為されるがままなのだから、世の中は本当に不公平だ。
俺が男だからダメなのか。
「ほんと、この森には色んな動物が住んでいるんだな。今日はどこまで散歩してきたんだ?」
と問うた所で、エドガーが言葉を返してくる筈も無く。
いつまで経っても餌をくれない俺に愛想をつかし、エドガーと森の動物達はアクアのいる方へと向かっていった。
初めて見る狐だけが俺の方を見ているだけで,他の動物達は皆香ばしい匂いが漂ってくるアクアがいる方へと顔を向けている。
新しい出会いを祝して、狐に対し手を上げて挨拶すると、くいっと顔を横に動かされそっぽを向かれた。
どうやら俺は動物には好かれない質らしい。
「ご主人様、お待たせいた……きゃあっ」
野獣達に餌を見せたアクアが襲撃を受け、手に持っていた料理があっと言う間に奪われる。
「もう、また貴方達ですか! ご主人様が先だと、何度言えば分かるのです!」
何度言っても分かる訳が無い。
少なくとも、寝所でアクアが無防備な姿で寝ていれば、俺は何度言われても襲い掛かるのを止めないだろう。
「はぁ……今日もまた作り直しです。申し訳ありません、ご主人様。もう暫くお待ち頂けますでしょうか?」
「いや、今日は時間が惜しい。俺が作ろう」
そう口に出した瞬間。
エドガーと常連の兎親子が急にピタッと食事を止めて、俺の方へと振り向いた。
そして、くれくれコールの熱い視線を送ってくる。
「あまり凝った料理は作らないぞ?」
それでも良いと言わんばかりにエドガーが首を縦に振る。
馬は賢い生き物だと聞いた事がある。
きっとエドガーは俺の言葉を理解している。
そして、才能持ちの俺が作る料理が、異常を通り越してあり得ないほど美味いという事も知っていた。
……そう言えば、最初の頃は草ばかり食べさせていたな。
縄を外した日に一度俺の料理を振る舞ってやった記憶もある。
もしかして、味を占めたから逃げなかったのだろうか。
毎日の様に森で出会った動物達を連れてきているのも、あまりに美味しくてその喜びを分かち合おうとでもしているのか。
あの兎親子は……俺の料理を食べた事があるな。
「ご主人様のお作りになる料理は反則です」
一口食べただけで酷い言われ様だった。
まぁそれも仕方ないか。
同じ材料を使い、同じ調理行程なのに、俺とアクアが作った料理には味に天と地の差が出てしまう。
才能の所為だからと納得出来る訳が無い。
……俺のは単なる料理じゃなくて、半分は錬金術に分類されているのだが。
まだこの事は秘密だ。
説明に困るので。
ちなみに本日のメニューは、森で採れる果物と野草、およびキロスの街で買い溜めした細長い米を使用したリゾットである。
フランスではピラフと呼ばれているとか。
米に様々な具を混ぜて炒めているのでチャーハンの様にも思えるが、リゾットもしくはピラフでは炊いていない米から直接作る。
故に、炊いた米を使うチャーハンとはその点に於いて明らかに調理方法が異なっている。
更にもうちょっと細かく言うと、研いでいない米を使うのがリゾット、研いだ米を使うのがピラフ。
米を炊く時間を惜しみ、米を研ぐ面倒も省いたので、今日の炒めしはリゾットだった。
更に余談だが、リゾットの食事効果は作業速度アップである。
この後の建築作業の事も考えて、今日の昼食に選んでみた。
「え? え? え? あ、あの……それはあまりにも……非常識、では……」
昼食後、早速家造りを再開すると、それを見たアクアはかなり困惑していた。
流石に分身する程の速度では無かったが、まるで早送り再生の様に急ピッチで進んでいく家造り。
やっている本人も驚きの作業速度だった。
が、実際には……。
「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……いくら作業が早くなっても……ぜぇ……ぜぇ……体力が持たなければ、意味ないな……」
10分ほど動いた所で地面に突っ伏した。
体力Lv1程度の才能では、ほとんど全力疾走しているのと変わらない作業ピッチには全然足りないらしい。
もしくは、経験値不足か。
体力を使う作業とか訓練とか、あまりしてこなかったからな。
移動もエドガーを使っているし。
微妙に体力の回復効果があるお茶を自分で煎れて飲み、引き続き頑張った。
「……ご主人様は、とても非常識です」
その甲斐あって、日が落ちる寸前で家は完成した。
「さて、早速使い心地を確かめてみるか」
「え?」
アクアの肩を強引に抱いて、新築の家へと入る。
本日の夕食は、色々とグサッとくる言葉を言ってくれたアクアのフルコース。
とても美味しく頂きました。




