絶望のカオス 【地図画像】
本話には一部残酷な描写がありますので、御注意下さい。
俺はその日に起きた出来事を、一生忘れない。
例え永遠に生き続ける事になったとしても、俺は絶対に忘れない。
この世界の残酷さを呪う。
人一人の力ではどうしようもないこの世界の在り様を、深い悲しみと共に嘆く。
「みんな、しんじゃったね」
地下室に入って暫くして、マリンちゃんはそんな言葉から俺との会話を始めた。
「あたしも、もうすぐしんじゃう」
「そんな事を言うな。マリンちゃんだけは俺が何としてでも助ける」
それが世迷い言であるのはもう分かっていた。
俺達が降りた地下室は、地下室と呼べるほど広い部屋ではなかった。
階段を下りた先にあったのは、狭くて短い通路だけ。
あの日、マリンちゃんがあっと言う間に酸欠で死んだ場所は、一畳の広さ分ぐらいしかなかった。
入口はすぐに閉じた上に、入口の魔方陣を起動しようとすると全魔力を奪い取られる。
つまり、魔力を使い果たしたマリンちゃんにはもう開ける事が出来ず、魔法がまだ使えない俺には開ける事が出来ない。
外は火の海であり、しかも彼奴等はこの入口を知らない。
この地下室に閉じ込められた俺達が酸欠で死亡するのは、もはや逃れられない運命だった。
「ううん、あたしはもうしんでるの。あのひから、ずっとしんでるの」
「死んで、いる? マリンちゃん、なにを……」
暗闇に閉ざされた世界。
温もりだけが互いの存在を確かめる事が出来るそんな闇の中で、膝上で抱いたマリンちゃんが静かに語り始める。
「このばしょで、あたしはいちどしんじゃった。
あのひ、あたしはしんじゃった。
それは、けんにぃもしってること。
「あたしは……このせかいのあたしじゃない。
べちゅのせかいでいきていた、あたし。
このせかいには、けんにぃといっしょに、とばされてきたの。
「けんにぃ。
このせかいは、けんにぃがかんがえているほど、やさしいせかいじゃない。
「あたしはあのひ……かみさまに、ころされたの……」
マリンちゃんが、神様に……殺された?
言っている意味がまるで理解出来なかった。
俺をこの世界へ連れてきた女神の話では、この世界にも神々が存在するという。
マリンちゃんが言っているのは、この世界にいるという神の事だろうか?
その神が、わざわざ自分を殺したとマリンちゃん言う。
ならば、この世界における神の立ち位置とは、いったいどこにあるというか。
偶像の信仰対象ではなく、実在する神。
神が実在する事は、俺自身が女神に出会った事で理解は出来る。
だが、あの女神はこの世界の神ではなく、この世界の外にいる別の存在。
この世界に干渉するためには多大な力を必要とするため、あの女神はおいそれとこの世界には手出し出来ない。
だが、そこで一つの仮定を思い付く。
それは分岐世界――パラレルワールド理論。
この世界とは別に、全く同じもしくは若干異なる並行世界が同時に存在するという理論である。
女神はあの日、マリンちゃんがこの場所で死ぬという一つの未来を俺に見せた。
そしてその後、俺は夢から覚めて現実に戻った。
だがあの時、俺はマリンちゃんが死ぬという世界に本当にいたとしたら。
通常、時間を遡る事は出来ない。
タイムパラドックス理論を考えればそれは何となく分かる。
過去が変わった瞬間に、未来も変わる。
未来が変わるとそれを修正しようとする力が働いて元に戻ろうとするという説もあるが、変わってしまった未来は完全に元に戻ることはない。
もし仮に過去に行って人を殺めてしまったら、その死んだ人間が本来いた事によって産まれた生命に繋がっている者達は軒並み消え去り、その者達に関わっていた者達の運命も大きく変わっていく。
その結果、過去に飛んだその人物が存在したという未来もしくはその者の動機が消え去り、過去に行って人を殺めるという行為も無くなる。
世界を修正する力が働けば、過去に行って人を殺める存在が別にでっち上げられ同様の事が引き起こされるという可能性も考えられるが、それをすればまた歴史が変わる。
ならば最初からそういう歴史が存在したという事になるが、それでは人を殺めるという行為自体が成立しなくなる。
人を殺めなかったから今という未来が存在するのだから、過去に行って人を殺める事は出来ない。
しかし実際には人を殺める事が出来たとすれば、そこに矛盾が生じる事になる。
そんな堂々巡りの辻褄合わせが行われるよりは、パラレルワールド理論の方がしっくりくるだろう。
女神は、マリンちゃんが死ぬという世界から俺を少しだけ過去に飛ばし、その結果マリンちゃんが死なない分岐世界が生まれた。
あの日マリンちゃんが死んだ世界では、俺はきっとあの日の夜に忽然と姿を消したまま続くのだろう。
そして、あの世界の時間を体験した俺自身は、分岐したこの世界で生き続ける。
だがその時に、あの世界で死んだマリンちゃんの魂も一緒にこちらの世界へ飛ばされてきたのだとしたら。
あの世界の記憶をマリンちゃんもこの世界で引き継いでいたとしたら、マリンちゃんが語った内容と辻褄が合う。
あの世界で神様に殺されたという記憶を持っていても何ら不思議ではなかった。
そして何故、今それをマリンちゃんが俺に語るのかまるで分からなかった。
「けんにぃが、いったいどこからきたのか、あたしはしらない。
しらないけど、しっていてほしい。
あたしは、けんにぃのことが、だいすき。
だけど、かみさまのなかには、けんにぃのことがきらいなかみさまがいる。
「そとからきたけんにぃのことを、よくおもっていないかみさまが、いる。
そのかみさまのひとりが、あたしをころした。
あたしにこのばしょへかくれるくえすとをだして、ころした。
「くえすとは、ぜったいじゃない。
あれは、かみさまのどうらく。
だからたまに、かみさまはきにいらないひとに、いじわるする。
だから、えらばないといけない。
とくに、ただのくえすとは、ようちゅうい。
ほうしゅうと、ちゃんとつりあうか、かんがえて」
神という存在。
クエストが、その神の道楽の一つであるという情報。
そして、神は気紛れにそのクエストで気に入らない者へと悪さをするという。
うまい話には必ず裏があるというが、どうやらクエストもその類の様だった。
そして、この世界にいる神の中には、女神の力によって外から来た俺の存在を疎ましく思っている神もいるのだとマリンちゃんは言っていた。
神が直接的に俺へ害を及ぼす事はないみたいだが、だからといって安心出来るものではない。
俺以外の者に俺を害するクエストを発生させれば良いだけなのだから。
その最もたる例が、あの日のマリンちゃんの死なのだろう。
ほとんど嫌がらせにしかなっていないが。
俺が苦しむ姿をただ見たかっただけなのか。
だが、それ以降の危険は女神が睨みをきかせてくれた御陰なのか、何も起こっていない。
この教会をヤザが襲ってきたのは、全く別の理由。
俺があの日、あの言葉を口にしてしまったが故の結末。
隠れた部分で何処かの誰かに告げ口クエストでも発生している可能性はあるが、ヤザの話を聞く限りでは遅かれ早かれ攻め込まれていた可能性が高かった。
人一人の力など、たかが知れている。
相手が神なのだとしたら尚更だろう。
あと少しでこの命が尽きるというのに――絶望感が、上塗りされていく。
「でも、それをよくおもわないかみさまも、いる。
ううん、ほとんどのかみさまが、そう。
そのかみさまのおかげで、あたしはけんにぃのことを、しった。
「あたしはいちどしんだけど、かみさまが、いきかえらしてくれた。
ううん、たぶんちがう。
かみさまでも、いちどしんだひとは、いきかえらせることはできない。
「このせかいのあたしがしんじゃったときに、あたしがこのからだをうばったの。
このせかいのあたしのこころがしんじゃったときに、あたしはいきかえった。
だから、あたしはほんとうのあたしじゃない。
あたしはあたしだけど、けんにぃがしっているあたしじゃない。
「もういちど、だいすきなけんにぃとあえて、あたしはとてもうれしかった。
みじかいあいだだけだったけど、あたし、とてもしあわせだった。
けんにぃとはなせて、うれしかった」
マリンちゃんの声は、段々と小さくなっていた。
同時に、俺の意識も段々と朦朧としていた。
この場所に残っている酸素がもう残り少ないのだろう。
俺の瞳から涙が零れ落ちていく。
絶望に打ちひしがれた俺の心にマリンちゃんの言葉が突き刺さり、麻痺していた感情に悲しみの渦が巻き起こる。
「俺も……マリンちゃんと一緒に過ごせて、とても嬉しかった。ビックスと、ミントちゃんと、カリーちゃんと、クリスと、ユキさんと、ポッポと……みんなと一緒に暮らした毎日が、とても幸せだった」
「だけど、もう……じかんが、ない。
ほんとうはもっと、けんにぃと、いっしょにいたかった。
もっともっと、けんにぃと、いっしょにいたかった」
「違う、もっと一緒にいよう。
もっと、もっとだ。
大人になって、結婚して、子供を作って、もっともっと幸せを噛みしめるんだ。
「まだ間に合う。
まだ俺達は死んでいない。
マリンちゃんも、まだ生きている。
「別の世界からやってきた?
夢だよ、それは。
悪い夢だ。
とっても悪い夢だ。
忘れよう。
そして生きるんだ。
「みんな死んでしまったが、そのみんなの分も精一杯に生きるんだ。
一生懸命、生きるんだ。
「俺達は、生きるんだ。絶対に……絶対に、生きるんだ……」
悲しかった。
苦しかった。
こんなに苦しい思いをするなら、いっそのこと一思いに殺して欲しかったと思う。
胸が苦しかった。
張り裂けそうなほど、胸が苦しかった。
もうほとんど呼吸が出来ない。
だが、そんな物理的な苦しみよりも、心の痛みが辛かった。
「けんにぃ……おねがいが、あるの……」
首に抱き付いてきたマリンちゃんが、か細い声で耳元で囁いてくる。
「なんだ、なんでも聞くぞ。マリンちゃんのお願いだからな。何だって叶えるぞ」
「あたしの、ほしよみの、ちが……つぁいらーぐの、ちが……おしえて、くれたの……」
星詠み一族、ツァイラーグ。
確かそれはマリンちゃんの種族の名。
俺がこの教会を初めて訪れた際に、マリンちゃんはその血の力によって能力〈気配隠し〉を使っていた俺を見つけた謎の力。
「これから、あたしがすること……ゆるして、ね……」
「何を……っ!?」
その瞬間。
俺の唇に柔らかい何かが押し付けられ……唇を噛み切られた。
あまりに突然の出来事に、俺は後ろに倒れて頭を地面に打ち付ける。
その倒れた俺の上をマリンちゃんが這い、奥へと向かう。
いったい何が起きているのか分からなかった。
マリンちゃんが俺にキスをして、俺の唇を噛み切って、奥へと向かった。
それは分かったが、マリンちゃんがいったい何をしようとしていたのかがまるで分からなかった。
だがその答えはすぐにやってきた。
『才能:魔王Lv1を取得しました』
『才能:魔力Lv1を取得しました』
『才能:魔法Lv1を取得しました』
理解出来ない事象が突然に起こる。
「なっ!? な、なにが……」
その現実を朦朧とした頭が認識するよりも先に、より強い現実が立て続けに起こされる。
とても邪悪な色をした闇紫色の光が、狭い部屋を埋め尽くした。
目の鼻の先にあった奥の壁。
そこが突然に発光し、唇を真っ赤に染めたマリンちゃんの姿を映し出す。
そのマリンちゃんの後ろには祭壇があった。
神秘的とも言える形をした祭壇が、およそ似付かわしくない邪悪な色をした光を放っていた。
その祭壇には、接吻の跡。
だがそんな些細な事よりも、俺の瞳はマリンちゃんの手に握られた物に釘付けとなっていた。
マリンちゃんは、両手で俺が作った石ナイフを持ち、その先端を自身の胸へと向けていた。
魔王、祭壇、血……。
そして、そこから結びつく――最悪の事象。
「けんにぃは、いきて……わがみをいけにえに、もんよ、ひらけ!」
あの日……俺がその答えを選択してしまったために……。
運命の歯車は、カオスギアへと切り替わった。
その結果。
マリンちゃんは自らの命を投げだして俺を命を救った。
俺はその日に起きた出来事を、一生忘れない。
例え永遠に生き続ける事になったとしても、俺は絶対に忘れない。
以下は、本作中のIF分岐後の簡単なエピソードです。
●第3話:ケントが最初に向かった方向に伴う、その後の変化。
◆ビザンテの町に辿り着く →【ノーマルルートA・冒険王】 冒険者として身をたて名を残す。が、力を過信し魔族領へと入り、死亡。
◆カターゴに辿り着く →【ノーマルルートB・悪徳王】 欲望に溺れ、奴隷商となる。後に裏世界のボスとなるが、暗殺者によって殺された。
◆北に向かう →【ノーマルルートC・世捨人】 モンスターに襲われ即行死亡。女神によって生き返らされるも、トラウマとなり引き籠もる。あらゆる存在を拒むため大迷宮を作り、その奥で永遠の眠りにつく。
◆教会に辿り着く →【正史】
●第14話:ビザンテのギルドにて、受付嬢ベルの質問に対する答えに伴う、その後の変化。
◆出身をニホンと答える →【ロウルート】突入。平和な時を過ごしていたが、3年後に野心家グレッグの襲撃を受け済し崩しで戦乱の世へ。領主ヤザ、周辺の領主連合、王国の順に襲撃を受け全てを退けた後、皆の後押しにより王位に着く。世界を統一した後、彼は何処かへと消え去った。一説には、今も教会で孤児達を育てながら暮らしているとか。
◆出身をウルスと答える →【正史・カオスルート】突入。領主ヤザの襲撃確定。
●第22話:領主ヤザ襲撃前日に発生したクエストに伴う、その後の変化
◆壁を造り、落とし穴を掘る →【バッドエンド】 領主ヤザと徹底抗戦するも力及ばず。その場で斬り捨てられた。
◆荷車に素材を摘み、睡眠薬を作る →【カオスルート・狂人】 子供達の命を領主ヤザに売り、賄賂を送って命を永らえる。色んな発明をしてヤザに貢献。ヤザの命令により多くの奴隷を人体実験に費やす日々を送るが、徐々に精神崩壊。領主ヤザが暗殺された後、狂気の発明家として世界を混沌に導いていった。
◆何もしない →【正史・カオスルート】




