荷物
葉と梢の緑の連なりが、レベッカの視界の端を流れていく。
ラバに乗り、道なき道を風を友にして進む。
日差しは一日ごとに厳しくなる一方。
遮る物の無い踏み固められた安全な道を選ばず、危険は伴うが樹木傘の恩恵のある森沿いを、レベッカと彼女の荷物を乗せたラバがゆっくりと進んでいく。
前方では小川が流れていた。
地図を持たず勘による行軍だったため、せせらぎの音色と川の香りを発見した瞬間、レベッカの顔がを少し綻んだ。
そのレベッカよりも、重労働を強いられていたラバの顔色が目に見えて変わる。
レベッカが指示するよりも先に、ラバは自らの意志で小川へと向かう。
そのままラバは小川に首を斧の如く振り下ろし、主よりも先に喉を潤した。
「おっと、危ないじゃないか。せめて私が降りてからにしなよ」
そんな主の抗議を予期していたラバの耳はペタッと閉じられていた。
「ほんと良い性格してるよ。いったい誰に似たんだか」
寛ぐラバから荷を降ろし、右に左に延々と続く小川の見ながらレベッカは水筒を取り出す。
喉を潤す為に買った生温い中身を捨て、無料の冷たい水を汲む。
一度良く水筒を振り川水の冷温と清潔を奪い、また中身を捨てた後にまた汲む。
妙な所で潔癖症のレベッカは、もう一度よく水筒を振りまた中身を捨て去った。
空となった水筒は荷に引っ掛け、その後にようやく小川の水を両手ですくって喉を潤す。
「はー、生き返るね~。ただの水が買った水より美味いって、世の中とっても不思議だよ」
水不足……であればレベッカも納得するが、少し前までレベッカが訪れていた町では水税なる理不尽が罷り通っていた。
普段なら安い酒で水筒を満たし、道中を微酔い気分で暢気に進む――それがレベッカの旅のスタイル。
水に税が掛かれば酒代も高くなるのが道理。
素面のため非正常運転のレベッカは、憂さ晴らしも兼ねてモンスター遭遇率が跳ね上がる道を選んで進んでいた。
しかし結果は、昼を過ぎても犠牲者ゼロ。
「そろそろ何か起きないかねぇ。キリングマンティスとかグレートハイドバロックとかでも良いんだけど」
それは勘弁してくれと言わんばかりにラバが首を勢いよく横へ振る。
キリングマンティスは巨大なカマキリの容姿をした、死神の鎌の如き両手を持つ強敵。
恐ろしく鋭利な風魔法も行使してくるため、近距離/遠距離関係なく命を狩り取る事で酷く恐れられている。
この辺り一帯で出現するるモンスターの中では出会いたくないランキング3に入っていた。
グレートハイドバロックは、隠密行動を得意とする巨大ワニのモンスター。
川の中はおろか木の上ですら登って能力〈気配隠し〉を使用して潜むので、厄介さではキリングマンティスよりも上である。
巨大なトラバサミの如き口が不意打ちで真上から襲い掛かってくるので、気が付いた時には上半身を呑み込まれ為す術無く死に至る。
戦闘力はキリングマンティスほどではないため不意打ちさえ警戒すれば御するのは楽だが、集団で待ち構えている事も多く、出会いたくないランキングは5番手。
キリングマンティスよりランキングが低いのは、逃走が可能な事と素材売却額がキリングマンティスより高く、しかも集団で現れる事があるためである。
「ま、その辺は時の運かねぇ……うん?」
川魚の遊泳を楽しみながら軽く間食を済ませ、より鋭気を養うために枯れ葉のベッドに横たわったレベッカの瞳に、小枝に引っかかった何かが映し出される。
一瞬、レベッカはグレートハイドバロックかと喜んだ。
「ああ、なんだ……人か」
幸せが逃げていく様な深い溜め息を吐く。
転た寝に微睡んでいたラバの瞳がチラッとレベッカを見るが、出発では無い事を悟ると瞼が安心して落ちた。
「なんであんな所でぶら下がってるのかねぇ。雲の上で足を滑らしでもしたのかい」
その後たっぷり鋭気を養った後、レベッカは新しく手に入れた荷物を乗せて出発する。
荷物が増えた……ラバは幸せが逃げた事を憂う深い溜め息を吐いた後、ノロノロと歩き始めた。




