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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第1章
25/52

絶望のロンド

本話には、残虐な表現が多く含まれています。御注意下さい。

 俺はその日に起きた出来事を、一生忘れない。

 例え永遠に生き続ける事になったとしても、俺は絶対に忘れない。


 運命の残酷さを呪う。

 かけがえのない命を奪っていった彼奴等を、心の底から憎む。

 その時感じた絶望と怒りが、俺の全てを蝕んでいく。











 ビックスが、血塗れで項垂れていた。

 恰幅のいい謎の男に髪を鷲掴みにされ、生気の感じられない茫洋とした瞳で虚空を見つめ、口をだらしなく開けたまま血と涎を垂れ流していた。


「まだ生き残りがいたか。その体躯、その容姿……貴様がケントだな。やはりここにいたか」


 変わり果てたビックスの姿に、思考が停止する。

 理解不能な現実に、呼吸と心臓が停止する。

 俺を中心とした世界の時間が止まる。


「ふん、口もきけぬほどショックか。この小童(こわっぱ)はすぐに飛びかかってきたというのに」


 男が何かを言っている。

 だがまるで耳に入ってこなかった。


「なかなか強かったぞ。何人か負傷した。薬と火を使っておかなければ死人も出たかも知れぬな。貴様が鍛えたのか?」


 聞き捨てならない言葉に頭が反応し、停止していた時間がゆっくりと加速する。

 それと同時に、目の前にある現実をようやく認識する。


 ビックスは……既に、死んでいた。


「あ……あぁ……」


「ふむ、ちと手が疲れたな。軽くするか」


 まるで野菜を摘むように、男はビックスの首筋に剣を当てて引いた。

 支えを失った身体が地面にドサッと落ちる。

 僅かな望みすらも男は俺の目の前で断ち斬った


「おま……なに、を……」


 言葉がうまく喋れなかった。


「びっく……あた……から、だ……」


「何を言っておるのか分からぬな。もう少しハッキリ喋れぬのか。おい、そこの御前」


「はっ。何でしょうか、ヤザ様」


「少し殴って目を覚まさせてやれ。こいつだけは自分が何で殺されるのかをキッチリと説明しておきたい」


「分かりました。となると、あの娘の方はいかが致しましょう?」


「殺せ」


「先に楽しませて頂いても?」


「好きにしろ」


「有難う御座います」


 交わされた会話の意味を理解するよりも先に、腕が引っ張られて強制的に膝立ちにされた。

 騎士姿の男が目の前に現れ、手甲に守られた手が拳の形に握られる。

 両側から腕を掴まれているため逃げ出す事はもう出来ない。

 これから何が起こるのか遅まきながら理解するも、少し前にビックスの身に起きた出来事が頭から離れず、抵抗という意思はまるで浮かんでこなかった。


「10発も殴れば十分か」


「顎は砕くなよ。ひとーつ」


 斜めに振り降ろされた硬い拳が頭を撃つ。

 二つ目は横殴りに。

 その私刑をまるで楽しんでいるかのように、軽い口調であがっていく音頭とともに俺の全身が殴られていった。


「ヤザ様、終わりました」


「うむ。目は覚めたか、ウジ虫のケントよ」


「きさ、ま……ビックスをっ! ビックスを、なんでっ!!」


「なんだ、何故貴様等が殺されるのか村の者から聞いていないのか。そこから説明せねばならぬとは、貴様本当にあの村の者か?」


「何で殺されなければならない! ビックスがいったい何をした!」


「まぁ、どっちでも良いか。ここにいる時点で貴様の命はここで終わる。その事に変わりはない」


「答えろ! ビックスを何故殺したぁっ!」


「おい、五月蝿いからちょっと口を塞いでおけ。ああ、違う違う。布か何かを噛ませろ。口がきけぬほど殴ったら後で話が出来ぬではないか。あと、水をくれ」


「はっ。これを」


 水を受け取る前に、ビックスの頭が投げ捨てられる。

 血濡れの剣も必要をなさなくなったためか、地面に突き立てられる。


「……うん? やけに冷たくて美味いな。どこで手に入れた」


「小さな川がすぐ近くに流れていまして。どうやら東にある川から支流を作り、ここまで引いている模様です」


「ほぅ……ここは中々に住み心地が良さそうだな。それで居着いたか。どこから流れ着いてきたかは知らんが、それが命取りになったな」


 ヤザが俺の髪を掴み、言葉を続ける。


「いいか、良く聞け。貴様がいたこの場所は、今からおよそ15年前に魔王様へとたてついた蛮勇シラユキが生まれ育ったとされる土地なのだ。貴様もその名を一度ぐらいは聞いた事あろう。


「世界を一度滅ぼした初代魔王が約20年前に倒され、2代目魔王の時代になってから世界は再び息を吹き返した。それまで世界を支配していた魔族は北の地に引き上げ、我々は50年ぶりにようやく安寧の時を手に入れる事が出来た。それなのに彼奴(あやつ)は2代目魔王に楯突いた。楯突いただけでなく、実際に剣まで交え傷付けたという。儂等にこの世界を返してくれた魔王様を、あわや殺す所だったのだ。


「当時を知る者で蛮勇シラユキという名を知らぬ者はまずおらぬ。それほどの大罪を彼奴は犯した。だが、彼奴が自らの力だけで魔王に挑んだという事であれば、儂はここまで過剰な措置を取るつもりはなかった。彼奴の生まれ故郷を滅ぼすなどという面倒な事はしなかった。


「蛮勇シラユキは、魔王を倒すためにとある国の力を借りた。初代魔王がまだ健在だった暗黒の時代にあっても生き永らえた大国ガルジェセスは、世界が再び儂等の手に戻ってきたとしても魔王が存在する限り脅威は消えない、故に魔王を討つべし、というシラユキの言葉に賛同し、彼の愚者に助力したのだ。その結果、ガルジェセスは魔王様の怒りを買い、周囲を巻き込んで跡形もなく消し飛んだ。滅ぼされたのではなく、空より落ちて来た無数の燃える石によって、物理的にこの大陸から消し去られた。


「あの日の夜に起きた事を儂は未だ鮮明に覚えておる。突然、西の空が真っ赤に燃え上がったのだ。世界の終わりだと思うぐらいにな。天より飛来した燃える石の姿を誰もがその目で見た。まるで流星群のように、その赤い石は西の地に落ち続けた。まるで地獄を見ているような心境だったよ。


「それが魔王様の仕業だと知ったのは、わざわざ使いの魔族が報せに来てくれたからだ。たった一晩で大国の一つを灰燼に帰すという、まるで神の如き力を持った存在。初代魔王は圧倒的な数の暴力と卓越した戦術で世界を瞬く間に滅ぼしたが、2代目の魔王様はそれを個の力でねじ伏せたという。そんな雲の上の存在に、いったい誰が刃向おうと思うのか。


「刃向かったのだよ、蛮勇シラユキなる者と、ガルジェセスという大国がな。その結果、魔王様はお怒りになり、何の罪もない多くの者達が一夜にして死ぬ事となった。ただそこに住んでいたというだけで……ガルジェセスという国の側にいたというだけで、数百万という命が大地ごと跡形もなく消し飛んだ。後には巨大な窪地ができ、時が経つにつれて水が溜まり湖となった。


「魔王様が怒れば地形が変わる。逃げる暇などなく、逃げ込む場所などもなく。あらゆるものを道連れにして消し飛ばす。故に、当時を生きた者達は魔王様の怒りを買う事を何よりも恐れる。


「魔王様に手傷を負わせた蛮勇シラユキ。彼の者が生まれ育ったとされる地、ウルス。貴様もそろそろ理解出来たであろう。そんな場所が今でも残っている事が魔王様の耳に入れば、魔王様の怒りを再燃させかねないのだ。だから、誰もその名を口にする事無く、忘れ去ろうとしていた。このウルスにいる者とは一切の交流を断ち、誰もが関わりを持とうとはしなかった。どころか、いつこの地が消し飛ばされるか分かったものではないため、誰も寄りつこうとはしない。あれから十数年が経った今でも、この国から出て行く者は数多くいるが入ってくる者はほとんどいない。他国から身を守るためではなく人口の流出を防ぐためだけに壁を築いた国など、後にも先にもこの国だけだろうな。


「ケント、貴様が殺される理由は2つ。


「1つは、この忌まわしき地に住んでいたという理由。本来ならば15年も前にこの地は人の手によって消しさられなければならなかった。当時この地を治めていた領主、儂の父ゼブトの手によって消し去られる予筈だった。だが、蛮勇シラユキとの間に少なからず交友があったと思われる父は、あろう事かそれを拒んだ。結果、儂の代になるまでこの地は残ってしまった。貴様がいったいどこから流れ込んできたのかは知らぬが、今この時にこの場所に居合わせた事が運の尽き。魔王様がお怒りになられる要因となりうるこの地とこの地に住まう者達を、儂は徹底的に消し去ると決めた。二度とこの地の名前が人々の口にあがらぬよう、その元を断つ。一人とて逃しはせぬ。一人として生かしてはおかぬ。一人でも生き残っていれば、それだけで魔王様の怒りを買う恐れがある。儂はこの地を治める領主として、その義務を果たす。


「そしてもう一つの理由……それは、貴様がこの地の名を使ってギルド登録を行った事だ。むしろこっちが本題と言えよう。貴様、この地を滅ぼしたいのか? 世間話でウルスの名を出すならば兎も角、記録として残る上にこの国だけでなく他国の王の所までその情報が届く可能性があるギルド登録情報にウルスの名を出すなど、正気の沙汰ではないぞ。儂がこうして動かなければ国軍が動いたであろうな。だけでなく、もたもたしておれば隣国が同盟を組んで一斉に攻め込んでくる可能性すらあった。それほどにこの地の名は脅威なのだ。


「答えよ。貴様は何故、この地の名を口にした」


 そこまで言って、ヤザは配下の騎士に目配せで指示を出し、俺の口を封じていた布を外させた。

 だが、答えるべき解答の無い俺には、その問いに答える事が出来なかった。


 あの日……俺がその答えを選択していなければ。

 ビザンテのギルドで受付嬢のベルから出された質問に、ウルスと答えずにニホンと答えていれば、こんな事にはならなかった。


 ウルスと答えたあの時に感じた、世界が一瞬暗転するような不思議な感覚。

 あれは、もしかしたら女神からの警告だったのかもしれない。

 しかし、マリンちゃんが死ぬという夢オチを俺に見せた事で力を消耗しきっていた女神は、この世界に干渉する事が出来なかった。

 たらればの話ではある。

 が、この最悪の未来が待っているのであれば、女神は早々に俺に死んで欲しくないと思っているので、その可能性は十分にあった。


 しかし、もはや後の祭り。

 俺は既に気付いていた。

 ヤザが長い話をしている間ずっと俺の視界の隅では、山と積まれた子供達が槍を持った騎士達の手によって何度も何度も突き刺されていた事を。

 その向こう側で、四肢を傷付けられ身動きを封じられたユキさんが衣服を破かれ、複数の騎士達によって現在進行形で代わる代わる身体を弄ばれていたという事を。


「もう……やめて、くれ……」


 その懇願は、ヤザの拳の一撃によって拒絶される。


「答えよ。貴様は何故、この地の名を口にした。まさか、まったく罪の無い数十万の命を道連れにして、この地ごと心中しようとした訳ではあるまいな?」


「それだけは、絶対にない。貴様達を道連れにするなら兎も角、関係ない者達を巻き込むつもりは微塵もある訳がない。……知らなかった、だけだ」


「ほぅ……知らぬ、か。報告では、貴様の年齢は22歳という事だったな。だが、これは虚偽の回答だとも報告に書いてあった。その後は15歳という答えか。ギルド登録する際には虚偽でも何でも答えて良い事になっておるが、貴様のその体躯で年齢を偽る理由が分からぬな。まさか永遠の若さでも持ちあわせている訳でもあるまい」


 鼓動が少し跳ねる。


「……そんな馬鹿な話、ある訳がない」


「だろうな。とはいえ、この世界には儂等のような人の種にとっては永遠の若さを持っていると言える種族が多くいる。邪法や禁術を使えば若さを保つ事も出来るという。貴様がその類であるとは……いや、それこそないか。もし仮にそうなら、あの日の恐怖を知らぬ訳がない。ウルスの名を口にするという事が己の身の破滅を呼び寄せると知っている筈だ」


 本来なら心が躍っていただろうその情報を聞いても、絶望の境地にある今となってはその情報に価値は無い。


「さて、貴様を殺す理由は述べた。貴様が何故この地の名を出したかも、とりあえずではあるが聞いた。ならば、次は貴様達を死に追いやった方法を聞かせてやろう。なに、ただの自己満足だ。一人ぐらい、どうやって自分達が死に追い込まれたのかを知ってから死んでいって欲しいからな」


「……悪趣味だな」


 反射で殴られた後にヤザの言葉が続く。

 ヤザがこのウルスという地名を地図上から消す理由と、俺達を殺す理由は全く違うものなのだとその説明でハッキリ分かった。


「貴様ももちろん知っていようが、ここはウルスではない。あの建物は何やら教会のような形をしておるが、ここがいったい何であるのかは儂にも分からぬ。初代魔王に攻め込まれ滅ぼされる以前の先代文明の事を綴った歴史書では、魔族の侵攻を食い止めるために建てられた砦だという事だが、まぁそんな事はこの際どうでも良い事だな。


「この場所に来る前に、南東にあるウルスの村を滅ぼしてきた。どうやら奴等も自分達の命が長く無い事を知っておったようだな。クエストの名を借りた神からのお告げでもあったか。抵抗する事もなく殺されていったよ。実に詰まらない作業だった。最後に村長だけは火だるまにして踊ってもらったがな。だが、枯れた老人の踊りとも言えぬ踊りを見ても詰まらぬだけだったな。やはり火踊りさせるのは活きの良い若者の方が良いと改めて思ったものだ。


「そして次がここだ。昨晩から見張りを立たせて貴様等を見張らせておいた。もし貴様等が外に出るようなら個別に殺していけと命じていたのだが、誰一人として外出しなかったな。わざわざ昼を過ぎるまで待ったというのに。村を焼き討ちした事で煙が上がっていたというのに、それすらも貴様等はまるで気付かないという。実に詰まらんかった。


「故に、儂は一計を謀った。貴様等が楽しく逃げ惑えるように、風に乗せて遅効性の睡眠薬を散布した。そして、一つを残して出口に火を付けて待ち続けた。


「貴様等が眠気に負けてそのまま焼け死ぬか、それとも何とか外に這い出てくるか。


「儂は8割が焼け死ぬのに賭けたのだがな。部下達もほとんどが5割以上が焼け死ぬと踏んでおったよ。だが実際に蓋を開けてみればどうか。まさか全員があの中から脱出してくるとは思わなかったぞ。見事、と言っておこう。賭けは貴様の一人勝ちだ。クククっ……」


 ヤザは、この殺戮劇を明らかに楽しんでいた。

 周囲にいる騎士達も、ほとんどが己が犯している罪を罪とも思っていない。

 何をしても許される無法の集団が、俺の目の前にいた。


「貴様、等は……腐ってやがる……命をいったい……何だと、思っているん、だ……」


「貴様等の命に関して言えば、誰も何とも思っていないな。最初から存在してはいけない命だったのだ。あの子供達は産まれてくるべきではなかった。だが折角この世に生を受けたのだ。最後ぐらい誰かの役に立っても良いだろう。儂等を楽しませる、というな」


「そんな事がっ! 許されると、思っているのかっ!」


「ああ、許される。何故なら、これはクエストだからな」


「!?」


 絶句するしかなかった。

 こんな悪逆非道な行いをやれと指示するクエストが存在するなど、思ってもみなかった。


 だが、それならおかしい点が存在する。

 クエストが発生するには、《徳》が高くなければならない。

 《徳》は悪い行いをすれば下がるというのは、この身を以て体験した事実である。

 どう考えても目の前にいる男の《徳》はゼロかマイナスのどちらかとしか思えなかった。


「さて、そろそろ次の余興に入るとしようか」


 疑問が解決する前に、ヤザの視線が下を向く。

 瞬間、俺は背筋が凍った。

 俺がずっと恐れていた事を……視線すらも向けず、無駄とは思いつつ必至に気付かせないように努力していた事を、ヤザは最初から見抜いていた。


「活きの良い火踊り、貴様も見たくはないか?」


「やめろ!」


 それをさせまいと暴れるが、両脇にいる騎士達の束縛から抜け出す事は叶わなかった。


 ヤザが血の乾いた剣を地面から引き抜く。

 それでいったい何をするのか。

 ヤザはすぐ目の前に落ちていた塊を、剣で斬りつけた。


「ぎゃっ!」


「クリス!」


 突き刺すのではなく浅く薙いだ剣に俺の上着が斬り裂かれ、その中に隠れていたクリスが姿を現す。

 浅めに斬られたので腕が少し斬られただけで命には別状ないが、そんなものこの状況下では何の慰めにもならない。


「お、おにーちゃん……たす、けて……」


 ガクガク震えるクリスが必至に喉から言葉を絞り出し、助けを求めてくる。

 俺にはどうする事も出来なかった。


 だが、次の瞬間。


「クケーッ!」


 同じ場所に隠れていた鶏もどきのポッポがけたたましく鳴いて、ヤザに襲い掛かった。

 ポッポの体格はヤザとは比べようもないが、ポッポはかつてビックスすらも圧倒したという。

 藁にも縋りたいと思っていた俺の脳裏に、僅かな希望が生まれる。


「ふんっ! グラチャボ風情が、調子に乗るな!」


 しかし、ポッポはヤザが適当に振るった裏拳によって呆気なく撃墜された。

 俺達同様に睡眠薬と煙によって衰弱していたのだろう。

 ポッポの動きには精細がまるで無かった。


「ぽっぽ!」


 殴り飛ばされたポッポの身を案じたクリスが、ポッポのもとへと向かおうとする。

 その向かおうとした先の地面に何があるのかを忘れたまま、動く。

 未だ俺の上着の中にくるまれているそれの上に、クリスの膝が落ちる。


「……あっ」


 音はなかった。

 だが、グシャッと言う感覚はハッキリとあったのだろう。

 クリスの身体が急激に強ばり、動きが止まる。


「あああああっ!」


 自分が何を潰してしまったのか、クリスはすぐに理解した。

 理解して絶叫した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 肺の中にあった空気が全て絶叫に使用され、辺りに響き渡る。

 肉塊の山を串刺しにしていた騎士達が、何事かと一斉にクリスの方へと向く。

 遅まきながら何が起きたのかを知ったポッポが目を大きく見開いたまま固まってしまう。


 ポッポが産んだ卵に宿っていた生命は、あろう事かクリスの手によって摘み取られた。


「うるさいな」


 そんな軽い言葉と共に振るわれたヤザの剣によって、クリスの絶叫は唐突に終わりを迎えた。

 喉を断ち斬られたクリスの首から、おびただしい程の血が渋く。

 その赤く染まった血の雨がポッポの身へと降り注ぐ。

 度重なる強烈なショックを受けたポッポはそのまま倒れ、そして二度と動く事はなかった。


 僅か数秒の出来事に、俺の心臓もショックで止まる。


「ぐぁっ!」


「ぎゃっ!」


 しかし次の瞬間、再び俺の予想を大きく上回る出来事が起きた。

 血塗れの死体と化した子供達が積み重なった山の中から高速で飛んできた何か。

 それが俺の両脇を拘束していた騎士達の鎧にぶつかり、騎士達の身体を大きく弾き飛ばした。


「にぃに! にげて!」


 既に殺されたと思っていたカリーちゃんが死体の中から這い出てきて、そんな叫びとともにヤザの身体に体当たりしていた。

 止まった時が――俺の心臓が、再び動き始める。


「まだ《ポイント》が残っていた者がおったか!」


「にぃにはころさせない!」


 そう言いながら必至にヤザが剣を持っている腕に抱き付いて動きを封じようとするカリーちゃんの身体には、どう考えても瀕死と言える傷や穴が幾つもついていた。


 ヤザが叫んだ《ポイント》とは、クエストを達成する事で手に入るものの一つ。

 その《ポイント》を任意のタイミングで使用する事で、疲労などを回復する事が出来る。

 ただ、それはあくまで体力や精神力を回復させるものであり、傷を治す力ではない。

 しかし大量の《ポイント》を一度に使用する事で、瀕死の状態でも一時的にではあるが普段通りに動ける様になるという。


 カリーちゃんは、間違いなくその《ポイント》大量消費を行っていた。


「けんにぃ、こっち。ながくは、もたない」


 いつの間にか側まで来ていたマリンちゃんが俺の腕を引いてこの場から逃げるよう促す。

 先程飛来した物は、マリンちゃんが放った水弾の魔法だった。

 騎士達の鎧を貫通しなかったという事は、威力よりも連射性能を重視したのだろう。

 その分、マリンちゃんの顔には酷い疲労の色が浮かんでいた。

 身体の傷の方はさほどでもなかった。


「二人とも、生きていて……」


 ビックスが殺された。

 クリスも殺された。

 他の子供達も死体の山から動き出し始めるような奇跡は無く、みんな殺されていた。

 だが、二人はまだ生きていてくれた。

 こんな状況でも俺はその現実を喜び、涙を流した。


 しかしすぐにもう一つの現実を思い出す。


「カリーちゃんを助けないと!」


 マリンちゃんに腕を引かれるまま走っていた俺の足が減速する。


「だめ。もうむり」


「いや、まだ間に合う筈だ! それに、カリーちゃんを見捨てて俺だけ逃げる訳にはいかない!」


「だめなの! もう、かりーねぇは……」


「にぃに、いって! わたしはも……」


 そこまで言った所で、必至にヤザの腕を押さえつけていたカリーちゃんの背中が騎士の剣によって斜めに斬り裂かれた。

 時間の流れがスローモーションとなり、カリーちゃんの身体がゆっくりと崩れ落ちていく。

 その顔がゆっくりと俺の方へと振り向き、最後の力を振り絞って口を動かす。


 ありがとう。

 そして……さよなら、と……。


 その言葉は俺の耳に届く事はなかったが、ハッキリとそう呟いていた。


「カリーちゃん! きっさまら~っ!!」


「だめ……けんにぃ、だめ。むだにしないで……」


 衰弱しているマリンちゃんの制止を振りきる事は簡単だった。

 だがそんな事をすれば、間違いなく俺もマリンちゃんも死ぬのは明らか。

 否。

 まだ体力が残っている俺はもしかしたら辛うじて逃げきる事は可能かもしれないが、マリンちゃんは絶対に不可能。

 既に魔法を使う事が出来ないほどマリンちゃんは憔悴しているため、俺がこの場から離れればすぐにでも周囲にいる騎士達が殺してしまうだろう。


「うぅっ……くっ! くっそぉぉぉぉぉっ!!」


 俺はマリンちゃんを抱き抱え、走った。

 だが、マリンちゃんが俺の手を引いて向かっていたのは、既に赤い炎に包まれていた教会の方。

 騎士達の姿は当然教会の付近には無かったが、周りを見れば完全に俺達は包囲されている。

 ここからどの方向に進路を変えても、剣を構えた騎士達を最低5人以上相手にしなければならないのは確実だった。


「けんにぃ、なかに」


 マリンちゃんが荒れ狂う火の海へと指を向ける。

 教会の正面、聖堂の入口に俺を誘導する。

 正気とは思えなかった。

 だが、どこに逃げても同じ。

 奴等の手に掛かって死ぬぐらいなら、マリンちゃんと一緒に焼死した方がまだマシだろう。


 それをマリンちゃんが望んでいるのであれば、もはや躊躇う理由はない。

 一縷の望みすら捨て去り、俺はマリンちゃんを胸に抱いて火の中へと飛び込んだ。


 その寸前に、身体中が水浸しになり、炎が左右に分かれ道が出来る。

 マリンちゃんの水魔法だとすぐに理解した。


 炎熱地獄と化した聖堂に入る。

 背後で炎の道が閉じ、退路を断たれる。

 身体中に浴びた水が蒸発を開始し、全身が勢いよく焼かれていくのが分かった。


「あそこに」


 もはや焼け死ぬのを待つだけだと思っていたのだが、マリンちゃんが再び指差して俺を誘導する。


「あそこは……」


 その時ようやく、俺はマリンちゃんが何処へ導こうとしていたのかを察した。


 その場所は、かつて夢オチの世界でマリンちゃんが死んだ場所。

 聖堂の中央。

 月光によって謎の魔方陣が浮かび上がる場所。

 あの事故が起こらない様に俺が作業場とし、色々な素材を置いて隠していた部分。


 いつの間にかその素材が退けられて、床が姿を現していた。


「いま、あける」


 しゃがみ込んだ俺の胸に抱かれたまま、マリンちゃんが手を翳し魔力を注ぎ込む。

 マリンちゃんの魔力に呼応し魔法陣が浮かび上がる。

 少しして魔法陣が描かれていた床が消え去り、地下へと降りる階段が姿を現す。


「あいた」


 悲しみに心を焼かれる思いをし、炎に身を焼かれる思いをした俺達は、最後の希望としてその謎の地下室へと逃げ込んだ。

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