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Ipomoea  作者: Tanahituzi


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第5章 古い頁の余白

 カイが温室へ入ってきてから四日目の朝、ニルは自室の机で、肘の内側にある分岐を写していた。窓を開けたままにしてあるため、紙の端が時折浮く。インク瓶を重しに置き、昨日測った線を、最初の夜の図より少し深い位置へ描き直した。隣には朝顔の茎を切り出した標本図がある。どちらも傷んだところの手前から枝が出ているが、戻る位置も、途中の太さも同じではなかった。


 ペンを離して見ると、カイの腕を写した図の細い枝だけが、妙に整って見えた。実物には、光が薄れて追えなくなる箇所もある。そこを推測で繋いだ線まで同じ濃さで写してしまったのだ。ニルはまだ確かめていない部分を破線へ変え、測定片の角度を書き添えた。これをそのまま研究所へ持っていけば、全部見えた図として使われかねない。


 紺の綴りに挟んだ古い論文には、合流部の条件が二つ、小さな字で加えられていた。印刷された式と、後から自分で書いた式を交互に見る。どちらを使えば昨夕の反応に近づくか、計算だけなら出せる。だが、カイの腕の中にあるものは、ニルが扱った試料より長く流れを保ち、図にない枝まで持っていた。似ている部分を先に見つけたせいで、違う部分を小さく扱ってはいないか。帳面を戻し、肘から上の記録も机へ並べた。


 朝顔の鉢から落ちた蔓が、紙の角へ触れていた。支柱から外れた先を戻そうと立ち上がり、ようやく、葉の裏に残る冷たさを確かめる。土はまだ湿っていて、水を足す必要はなかった。昨日咲いた花の下には、乾き始めた萼がある。その形を見て標本図に描き忘れたものを思い出し、ニルは棚の下段から植物図鑑を抜いた。


 背の布が擦り切れた本だった。何度も開く頁は、目次を辿らなくても指が止まる。朝顔の図を探す途中で、葉の小さい草を描いた頁が開いた。欄外に、鉛筆の丸が一つ残っている。今なら花と果実の形を見れば分けられる二種が、同じ丸の中に入っていた。


 


 父と見つけた草も、こんな葉をしていた。石壁の隙間から、土の見えない場所へ生えていたので、ニルは帰り道でしゃがみ込み、父の袖を引いた。荷を提げた父は少し先まで行ってから戻り、一緒に壁の根元を見た。「石を食べる草なの」と聞くと、父は笑う前に、細い茎の出ている隙間へ顔を寄せた。


「中に土があるのかもしれないな」

「じゃあ、壁の向こうまで根があるの」

「そこまでは見えない」


 父は荷を地面へ置き、落ちていた木の枝で隙間の手前を指したが、草を抜きはしなかった。


 名前を聞いても、父は知らなかった。葉を触ってよいか尋ねると、よく分からない草だから、今日は見るだけにしようと言った。父にも分からないものがあるのは、ニルには少し意外だった。それで質問をやめることにはならず、家へ着くまでに、雨がない日に何を飲むのか、冬にもここにいるのか、ほかの壁にも同じ草があるのかと、思いついた順に聞いた。父は答えられるものだけ答え、残りは覚えておくように言った。


 次の休みに入った古本屋は、外の通りより暗く、床の奥まで本が積まれていた。父が店主に植物の絵がある本を尋ねる間、ニルは低い棚の背表紙を端から見た。読める字の方が少なかったが、草の名前が外側に書いてあると思って、一冊ずつ指で辿った。店主が持ってきた図鑑は角が潰れ、表紙に薄い輪染みがあった。父は中を開き、「絵がいっぱいあるぞ」とニルの方へ傾けた。


 壁の草だと思ったものが二つあった。葉は似ているのに、花の絵が違う。どちらかを決めようとして頁を往復していると、父はその間へ指を挟み、閉じないように持ってくれた。


「花が咲いたら分かるかな」

「あそこ、花なかった」

「今はなかったな」


 ニルが顔を上げると、父は本を買うために財布を出していた。家へ戻ってから、二つの草へ丸をつけた。次に壁へ行く時、見るところを忘れないためだった。


 窓の外で、荷車の車輪が石を踏んだ。ニルは頁に置いた手を引き、鉛筆の丸を見直した。父が持っていたのは、こちら側の厚い頁だった。自分の指では重みを支え切れず、絵を見ているうちに本が閉じてしまうことがあった。今は片手で開いていられる。ニルは朝顔の萼を確かめ、図を一箇所直してから、本を棚の同じ場所へ戻した。


 朝食のパンを取りに下りると、台所は空いていた。机へ持ち込まず、茶を淹れてそこで食べたが、食べ終えるまでに、腕の図の合流点をもう一度測りたい理由が二つ増えた。鞄へ入れる紙には、植物の図も残しておいた。カイの腕を見てから朝顔を見れば、植物の方にも、同じ形があるはずだと思ってしまう。比べる前の記録が必要だった。


     *


 実験室の中央には、カイの腕を写した図が三枚並べられていた。最初の夜、昨朝、昨夕。マレナは医師から届いた記録をその脇へ置き、測定時の遮断片の位置が図と対応しているか、ニルへ確かめた。熱は下がっていたが、意識は戻っていない。右腕の浅い枝には、二枚の片で抑えていても反応が残っていた。


「患者の側で、これ以上条件を動かすのは止める。今ある記録と、台の上で確かめられることを分けて」


 マレナが言うと、ニルは持ってきた紙を広げた。


「昨日の値なら、こちらで組み直せます。古い式と比べて、試料の配合も変えれば」

「配合はイリス。記録の比較はトーマ。ハルドには、同じ系統の株を用意してもらってる」


 ニルは図の横へ置くつもりだった計算用紙を、手に持ったまま止めた。自分の式を説明してから三人へ渡すより、先に必要なところを終えた方が早い。測定片の角度によって値が変わる箇所も、もう分かっている。


「全部、僕が一度見ます」

「見るのは構わない。手を出す前に、何をしているか聞きなさい」


 マレナは紙の端を空け、トーマの帳面を置く場所を作った。


 ハルドが浅い木箱を運び込んだ。箱には切り出した茎と、小さな試料瓶が分けて収められている。「同じ日に採ったものだけ入れた。こっちの二本は、傷を入れてからの日数が違うから混ぜるなよ」ニルが一つの瓶を取ろうとすると、蓋を指で押さえられた。「まだ札をつけてない」「こちらが三日目ですね」「見て分かるのはお前だけだ」


 ニルは瓶を戻した。ハルドの書く札を待つ間、トーマの帳面に目を向ける。昨夕の値を、測定の深さごとに揃えているところだった。戻る枝の反応だけを拾えば、もっと短く比べられる。


「ここと、ここを先に抜いた方がいいです。ほかの点は合流部から離れているので」

「離れたところの値が変わってないかを見てる」

「片の角度は、全部記録してあります」

「角度だけで補正していいか、まだ確かめてないだろ」


 ニルは帳面の横へ自分の紙を置き、使わない数値に小さな印を入れ始めた。三つ目の印で、トーマが紙を引いた。


「俺の途中の計算を、お前の結論の下書きにするな」


 ペンが止まり、インクが一滴、余白へ滲んだ。


「外していい値を確かめてる。最初から外されたら、何を比べたことになるんだ」

「戻せば使えます。元の値は消していません」

「消したかどうかじゃない」


 トーマは紙を自分の正面へ戻し、もう一冊の記録を開いた。


 ニルはペン先のインクを拭った。数を残したまま二度計算する方が、時間はかかる。だが、そう言えばまた同じ話になるらしかった。自分の紙へ戻ると、数行で足りる計算はすぐに終わった。トーマがまだ頁をめくっている間に、二つの合流条件のうち、片方では昨夕の反応を説明できないことまで分かった。


 隣の台では、イリスが硝子板へ細い溝を組んでいた。朝顔から分けた成分と、微細な魔力結晶を合わせ、切れた導路の両端に見立てた二つの試片へ渡す。人の腕とは違い、繋がらなければ台の上で反応が消えるだけだった。最初に試す量は、公開した論文の記載に揃えてある。ニルは台を覗き、戻り側の結晶が一度に置かれているのに気づいた。


「こちらは、三つに分けてください。一度に合わせると入口の方だけ通って、戻る方では流れが途切れます」


 イリスは小さな匙を持ったまま、「まず、書かれた通りでやります」と答えた。


「何が揃わないのか記録してから、次を変えるので」

「揃わない場所は分かっています。流れが入る前に、ここの幅を」


 ニルは台にあった予備の匙を取り、結晶を端へ分けた。入れる順も変えれば、次の試料まで一度で比較できる。硝子板の下へ測定片を寄せたところで、イリスが板を持つ手に力を入れた。


「私の実験です」


 ニルは彼女を見た。


「でもこの手順だと失敗します」

「だから、自分で失敗したかったんです」


 イリスの声は、最後だけ少し速くなった。


「失敗するところも含めて、何が起きるか見たかったんです。ニルが直したものでは、私が用意した条件で何が起きたか分かりません」


 台の上では、まだ魔力を流していない試片が、窓の光を返していた。ニルには、今の状態から起きることが見えていた。出口側の反応が先に途切れ、その手前に結晶が偏る。わざわざ試料を使い、同じ図をもう一枚描く必要があるのだろうか。


「それは、式からでも分かります」

「私はまだ、式だけで分かるところまで行ってません」


 イリスは匙を置き、結晶の量を書いた札を裏返した。そこには、二日分の準備時刻が記されていた。


 マレナが台の脇へ来た。


「ニル、替えた分を記録して、離れて。イリスは最初の条件へ戻せる?」

「残した試料で、もう一枚作れます」

「ではそれで。こちらはニルが操作したものとして測る」


 ニルは何を変えたかを書き、使った匙を洗う器へ置いた。すぐ直せる間違いを止めたのに、自分だけが作業を止められている。その順序には、どうしても納得がいかなかった。


 ハルドに呼ばれ、別の台で試料瓶の採取位置を確かめていても、背後の器具の音が気になった。イリスが新しく作った方は、やはり戻り側の反応が途切れた。彼女は流れを止め、溝に残った結晶を拡大硝子で見ている。ニルは言った通りの場所へ指を差しかけ、瓶を支える手を戻した。予想通りだったことと、失敗したことは変わらない。分かっていた結果を得て、イリスが帳面へ長く書き込んでいる理由は、まだ分からなかった。


 午後、トーマが二組の計算を持ってきた。ニルの出した値とほとんど同じだったが、深い導路と浅い枝が離れる箇所では、補正後も差が残っている。


「ここは外さなくてよかった。別の位置で同じずれがある」


 トーマは二枚を重ねず、上下へ置いた。


「腕の内側と外側。片の角度は違う。なのに、戻る位置に対して細くなる割合が揃ってる」


 ニルは自分の紙を隣へ寄せた。一本だけなら、測定の誤差の中に入る。他の合流点も同じ規則で細くなっているなら、見える形とは別に、枝の作り方を比べられる。古い論文の、手書きの二行を示すと、トーマは時刻別の表へ指を移した。


「こっちか」

「こちらです。ただ、元の式へそのまま入れると、深さの分だけ値がずれます」

「それはもう引いた」


 言われた列を読むと、最初の合流点でも、その上の二点でも、同じ条件を当てた値が範囲に収まった。ニルは別の条件で出した方を横へ置き直す。公開した式では、入口と出口の太さを一定の割合で定めていた。後から書いたものは、戻る先までの距離に応じて、その割合を変える。人体へ長く残す方法ではない。試料の短い橋を、流れが偏らないように繋ぐために詰めた条件だった。


「この補正は、どの論文にあるの」とマレナが聞いた。ニルは頁の端にある刊行日を見た。

「載せていません。発表した後に計算し直しました。研究院には、同じ条件で取った作業記録があります」

「あなたの手元には」

「この二行と、式を変えた時の抜き書きだけです。試料ごとの記録は、移る時に置いてきました」


 


 翌日も、ニルは同じ台で記録を比べた。前日の三箇所以外に、読み取れる合流点を二つ加える。トーマはその都度、元の値まで戻って確認し、イリスは公開条件と、ニルの書き足した条件を別々の硝子板へ組んだ。ニルが昨日動かした板は、三枚目として端に残された。先に測った結果を使えば早いのにと思ったが、彼女は量を量るところからやり直し、操作した者の欄へ自分の名を書いた。


 戻り側の結晶を分け、合流位置を変えた板では、流れを弱めても枝の入口だけに反応が残ることはなかった。その変わり方は、カイの腕で片の角度を別々に動かした時の記録に近かった。長く定着している理由までは、どの板でも説明できない。だが、浅い枝の合流に使われている条件は、公開した式のままではなかった。


「ここには、僕が後から直した方が使われています」


 ニルは二枚の記録をマレナへ向けた。


「同じ形になった、というだけではありません。細くする割合と、戻す位置が、この補正で揃います」

「その記録を持っていた者は」

「当時の研究室では見られました。院の記録庫へも、控えを入れたはずです」


 言ってから、ニルは紺の綴りを開き直した。手元の抜き書きには、保管先の番号まではなかった。


 誰が見たかを並べようとすると、計算をした頃と、最後にまとめた頃とで、机の周りにいた人が違う。発表した論文なら所蔵先を探せるが、作業途中の紙は、何部作ったかも覚えていない。ニルは二行の下を指で押さえた。古い字は自分の字なのに、その先でどこへ渡ったかが分からなかった。


「研究院へ照会しましょう」


 マレナは書記用の用紙を取り出した。


「必要な帳面の時期と、試料の名前を。患者の図を全部送る必要はないわ」


 ニルは頷き、研究名を書いた。今の研究室では使っていない長い題が、筆を止めずに書けた。時期を二つに分け、基礎式をまとめた帳面と、合流部を修正した後の測定記録を指定する。まだ番号を確かめたいものが一つあり、そこは空欄にした。


 イリスは硝子板を片づけながら、最初に反応が途切れた位置を小さな図へ写していた。ニルが横を通ると、帳面を閉じるほどではないが、自分の手の方へ少し寄せた。説明を求められていないので足を止めず、照会状の下書きをマレナへ渡した。彼女が文面を読む間、ニルは試料の札を日付順に並べ直した。失敗した一枚も、成功した方と同じ場所に残っていた。


     *


 六日目の午後、セリュシアの屋敷へ着くまでに、馬車は二度、荷を下ろしている車の後ろで止まった。窓の外にはまだ夏の日射しがあり、陰へ入るたび、鞄に置いた手の白さが変わった。照会状は、最後の帳面名を確認して書記が清書し、マレナが署名したものを持っていた。封はまだしていない。姉に保管を頼む書類の時期を伝えるため、出す前にもう一度見せておきたかった。


 セリュシアは仕事部屋の隣の小さな居間にいた。卓上に置いていた紙を使用人へ渡し、ニルを見ると、椅子の脇にあった籠を床へ下ろした。


「手紙には、書類のこととだけあったけれど」


 ニルは鞄を膝に置き、照会状を取り出した。


「前の研究院にいた時の契約書を、取っておいてもらえますか。研究の申請に添えたものと、辞める時のものも」

「保管してあるはずよ。どの年のものが要るの」

「今、見せてほしいわけではありません。研究に関係するものを、まとめて残しておいてください。どれが必要になるか、まだ分からないので」


 セリュシアは差し出した紙を受け取り、宛名を読んだところで視線を止めた。それから本文を読み、紙の下にあるニルの指へ一度目を落とした。


「研究院へ、何を聞くの」


 ニルは、温室へ来た患者の腕に、以前の研究と同じ構造があったことを話した。公開した論文だけで作られたものではなく、発表後に直した条件も一部に使われている。手元には抜き書きしかなく、残した記録と照合したい。そこまで説明すると、セリュシアは照会状を卓へ置き、茶を運んできた使用人が出ていくのを待った。


「その患者は、あなたを訪ねてきたのね」

「僕の名前を知っていました。論文の写しも持っていましたが、どうしてこちらの研究所が分かったのかは、まだ聞けていません」

「あなたが何かしたと、思っているの」

「入ってきた時は、そう言いました」


 ニルはカップの取っ手へ指を入れた。持ち上げると表面が揺れ、茶の色の下に沈んだ葉が少し動いた。


「でも、目が覚めないので。図を比べる方を先に進めています」


 セリュシアはニルの顔を見たまま、すぐには次を尋ねなかった。卓の端には、切り分けた菓子がある。いつもなら、食べながら話せばいいと言われるところだった。ニルは茶を一口飲み、研究院へ送る図には患者の名を入れていないことを付け加えた。姉が気にしているのは、照会の仕方かもしれない。


「顔色が悪いわ。眠っているの」

「寝ています。最初の夜は、あまり寝られませんでしたが」


 それはもう数日前だった。昨夜も、普段より短いだけで眠っている。


「研究院へ行くつもり?」

「今は記録を送ってもらえれば。どの帳面が残っているか、返事を待たないと分かりません」

「そこへ連絡して、平気なの」


 ニルは照会状の題を見た。使われていた条件が分かった時には、残りの計算もすぐ読みたかった。今も、どの試料で同じ結果が出たか確かめたくて、返事を待つ数日を長く感じている。それとは別に、この題を受け取る部屋や、紙を開く人の顔を考えると、茶の熱さが分かりにくくなった。カップを皿へ戻し、「大丈夫です」と答えた。


 セリュシアの手が、菓子の皿の手前で止まった。指につけていた輪が卓へ触れ、小さな音を立てる。彼女は皿を取らず、そのままニルを見ていた。何か言い足した方がよい気がして、ニルは、患者には今の医師がついていることと、資料を扱うのは自分だけではないことを話した。トーマの名前を出したところで、セリュシアはようやく頷いた。


「契約書は、ほかの書類と混ぜずに残しておくわ。必要になったら言って」

「ありがとうございます」

「それと、何か来たら知らせて。研究院からでも、ほかからでも」


 ニルは返事をし、菓子を一つ取った。細かい木の実が入っていて、噛むと香りが残った。茶がまだ温かいうちにもう一口飲むと、今度は舌の奥まで熱さが分かった。


「アルバには話したの?」とセリュシアが尋ねた。

「事件のことなら。軍で調べている記録もあるので、分かったことは届けています」

「家でも?」

「説明しました。長いと言われましたが、短くすれば分かるというものでもないので」


 セリュシアの口元がわずかに動いた。ニルは菓子の落ちた欠片を皿の中へ寄せた。


「合流部は、覚えてもらわないと困ります」


 セリュシアは茶を注ぎ足し、それ以上は聞かなかった。ニルは照会状を手元へ戻した。王立セレド総合魔法研究院。その下に部門名、記録庫の担当者へ回すように添えた一行。今使っている帳面なら、棚を開ければ出てくるものを、これだけの言葉で頼まなければならない。指定した時期の幅を狭くしすぎてはいないか、もう一度読んだ。


 


「帰りに出すの」

「はい」

「こちらの使いに預けてもいいわ。今からなら、先方の受付が閉まる前に着ける」


 ニルは窓の明るさを見てから、頷いた。セリュシアが呼び鈴を鳴らすと、使用人が来て宛先を確かめ、封をする道具を持ってきた。ニルは茶器から離れた場所で紙を折った。合流条件の二行は、添付の抜き書きに写してある。新しい字の下に、古い記録の所在を尋ねる言葉が続いていた。


 封筒へ入れる前に日付を確かめ、折った紙を奥まで差し込む。小さな灯で温められた封蝋が、口を重ねたところへ落ちた。ニルは鞄から自分の印を出し、まだ柔らかい蝋へ押した。引き上げると、端にわずかな筋が残ったが、封は切れずに繋がっている。使用人が手を差し出すまで、ニルは冷えていく蝋を見ていた。


 封をした紙が、自分が離れた研究院へ戻っていく。

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