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Ipomoea  作者: Tanahituzi


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第17章 抜き書きの先

 契約箱の蓋を開けると、上へ重ねてあった封筒が、内側の布へ貼りついて持ち上がった。セリュシアは角を押さえ、蓋だけを壁へ寄せた。古い書庫の窓は庭の反対側にあり、午後でも棚の下段には光が届かない。箱を卓へ運ぶために外した札には、ニルの名と、王立セレド総合魔法研究院、と自分で書いてあった。事件の最初の週、ほかの契約と混ぜずに残してほしいと頼まれ、当時の包みをまとめてここへ移した。中身を抜いた者はいない。紐の結び目も、封筒の並びも、移した時のままだった。


 ニルから今朝届いた控えには、研究院の権利台帳で控えた番号が記されていた。詳細の閲覧を求めた返事は、所管を確かめているという文で止まっている。その下に、退所時の契約に記録番号があれば、照合したい、とあった。温室へ患者が来て、八週目に入っている。セリュシアは番号のある紙を卓の左へ置き、箱から、研究費の申請、設備の使用、所属の終了に関する包みを順に抜いた。保管を頼まれた時には、必要になれば渡せるようにするだけでよかった。今日はどの紙が、院の台帳へ繋がるのかを読む用事があった。


 和解契約書は、二つ折りの厚い紙で包んであった。表に院務の番号があり、下には、受け取った日を短く記している。紐をほどくと、退所日、費用の精算、持ち出す私物と資料の範囲が、順に現れた。別紙の目録には研究名が並び、ニルの控えにある長い題も、その中にあった。セリュシアは別紙を契約の右へ置き、番号を紙へ写した。最後の頁を開く前に、どこに自分の名を書いたかまで思い出せた。


 署名の上にある条項を、もう一度読んだ。在籍中の研究成果および派生利用権を研究院側へ残す。別紙に掲げる成果について、退所後も院が利用、許諾、譲渡を行えることを確認する。その二行は、今日初めて知ったものではなかった。交渉の時にも読み、研究院側がここを残すと言ったことを承知して、セリュシアは署名した。ニルの私物を取り戻し、所属を外し、次の研究所へ移る話を進める。そのために決着させた条件の一つだった。


 欄の下では、最後の文字だけが少し細くなっていた。羽ペンを持ち直さず、名を書き切ったのである。あの日は、紙が乾くまで待たずに次の用紙を取った。条項を読まなかったわけでも、意味を知らなかったわけでもない。セリュシアは署名の脇へ置いた指を引き、別紙の研究名へ戻した。患者の腕に使われたものと同じ基礎式、そのあとで直した条件。ニルが最初にここへ来て説明した時には、研究院に残る資料を誰が見たか、という話として聞いていた。残したものを外へ渡す権利も、この紙の中にあった。


 書庫の戸が開き、使用人が灯を持ってきた。窓の光では字が細くなり始めていた。「お茶も、こちらへお持ちしますか」と尋ねられ、セリュシアは一度頷きかけたが、仕事部屋へ頼んだ。契約へ器の底を置かないためだった。灯を受け取る時、袖に引かれた紙の端が動き、署名した頁が半分閉じた。その裏にあった、資料の持ち出し目録が見えた。ニルの本と、私物の帳面には、引渡し済みの小さな印が並んでいる。


 


 一年余り前、研究院の事務室で、この目録を受け取った。私物と院の記録を分ける作業が終わっていないと言われ、セリュシアは終わる日を尋ねた。担当者は主任の確認が必要だと答えた。翌日また来ると言えば、同じ説明を繰り返されることは分かっていたので、先に確認できた物だけ引き取るよう頼み、残る物については一つずつ理由を書かせた。鞄へ収まった本の数より、まだ渡されない帳面の数の方が多かった。


 そのあいだ、ニルは別の部屋で待っていた。迎えに行くと、椅子の背へ寄り掛からず、膝に載せた薄い綴りを見ていた。セリュシアが戸を開けても、指は同じ行にあり、顔を上げたあとで、ようやく紙を閉じた。「もう帰れますか」と聞いた声は、用件を確かめる時の声だった。「帰りましょう」と答えると、次には、「明日は、ここの温室へ来なくてよいんですね」と聞かれた。セリュシアは頷き、鞄を持とうと手を出したが、ニルは自分で取った。


 研究以外の用事で呼ばれ、断れないまま通っていることは、もう分かっていた。それでも本人に、何をされたかを端から話させることはできなかった。分かった分だけで、これ以上そこへ戻す理由はなかった。セリュシアは馬車の中で、研究院や支援者から連絡が来たら、自分へ回すよう伝えた。相手を待たせることも、返事をしないことも、こちらで引き受ける。「あなたは、しばらく休んで」と言うと、ニルは鞄の留め具を押さえた。


「研究まで、休むんですか」

「まず、ちゃんと眠って。それから次を考えましょう」

「エヴァンの方は、いつから行けますか」


 窓から入る光で、綴りの白い角が明るくなった。セリュシアは、先方が受け入れを検討していることと、必要な手続きを答えた。


「今と同じ設備が、全部あるわけではないわ」

「小温室が使えるなら。あと、トーナ測定片は向こうにもありますかね」


 聞かれることへ答えるうちに、休むという話は、次の机をいつ使えるかという話へ変わった。ニルは設備の名を二つ挙げ、そのあとで、「研究できない方が困ります」と言った。


 その言葉を聞けば、何を残してやるべきか分かった気がした。所属を切り、住む場所を用意し、研究を続けられる先へ繋ぐ。院に残る成果の扱いで争えば、退所の手続きも次の受け入れも長引く。ここから出たニルが、また同じ相手へ頭を下げることだけは避けたかった。セリュシアは、研究を続けられるならよいという返事を、契約の条件についてもよいという返事のように持ち帰った。残す成果の一つ一つを見せて、どう扱いたいか尋ねることはしなかった。


 家へ着いた時にも、ニルはまず持ってきた資料を置く机を見た。以前使っていた部屋へ案内し、食事の時刻と、足りない物を買えることを伝えた。引き取ってきた本を棚へ入れてよいか聞くと、彼は、背の布が擦れた植物図鑑だけを先に受け取った。残りは机へ置いてほしいと言ったので、その通りにした。何を食べられそうか、服を替える物はあるか、明日の朝、起こした方がよいか。尋ねたことはいくつもあった。その時には、それだけ聞けていれば、本人に無理をさせずに済むと思っていた。


 戸口で、「ありがとうございます、姉様」と言われた。セリュシアは、もう謝らなくていいから、と答えかけ、礼を言われたのだと気づいて口を閉じた。ニルはそれ以上何も言わず、机へ綴りを広げた。自分の家へ連れてきたこと、研究院へ戻らなくてよくなったこと、その先の所属があること。彼がどれについて礼を言ったのか、確かめなかった。


 卓の灯が小さく鳴った。セリュシアは、持ち出し目録の本の数を見ていた手を離した。書庫には、ほかにも何年分もの契約が残っている。取引が終われば番号を振り、期限を過ぎても原本は捨てない。それと同じように、この紙も残した。今までに開く用事はなかったが、ニルの研究がここで終わったわけではないことは、目録を読んだ時から知っていた。


 契約の全文と別紙を順に重ね、包みから外した紐を脇へ置く。抜き書きにすれば、ニルが今求めている番号と条項だけで足りる。セリュシアは白紙を一枚引き寄せ、上に院務の番号を書いた。次の行へ、研究成果の、と書き始めてから、羽ペンを止めた。向こうへ渡す紙がこれ一枚でよいかどうかも、ニルには聞いていなかった。


     *


 夕食の皿を下げてもらったあと、セリュシアは仕事部屋へ原本を運んだ。茶はすっかり冷めていた。ラザルカが帰宅した音は聞いていたが、先に見せるつもりで置いた抜き書きには、一行しかできていない。向かいの椅子に腰を下ろした彼へ、契約と別紙を渡すと、研究名を確かめたあと、署名した頁へ戻った。「退所の時のものですね」と言われ、セリュシアは頷いた。


「ここに、私が書いたの」

「この条項は、当時もあった」

「ええ。院側へ残すと承知した。今さら、知らなかったとは言えないわ」


 ラザルカは文を最後まで読み、別紙と契約の番号を見比べた。


「院の権利台帳と、こちらの契約を結び付けられるね。外へ譲渡した記録は、登録所にも残る。先週請求した控えが、明朝受け取れる予定だよ」

「研究院からの回答とは別に?」

「院が詳細を出さなくても、譲渡の登録は確かめられる。ただ、略した題だけでは、同じ研究か決められなかった」


 彼はニルの送ってきた番号を、その脇へ置いた。


 紙を渡す場所も、受け取る者も分かれば、今夜のうちに使いを出せた。セリュシアは戸の方へ顔を向けたが、呼び鈴には手を伸ばさなかった。明日の確認で、外へ移ったことまで分かるかもしれない。研究院に権利が残っただけで、今回の患者へ繋がるとは限らない。ニルへ見せる前に、もう少し揃えた方がよいのではないか。口に出すと、ラザルカは、契約を戻した。


「揃うのを待つなら、この原本もこちらに置くことになる」

「見せないつもりじゃないのよ」

「いつ見せるかを、まだ決めていないんでしょう」


 彼は責めるような声を出さなかった。セリュシアは署名の頁を自分へ向けた。明日、関係がないと分かれば、今日は知らせずに済ませられる。その考えが、番号を確かめたいというニルの依頼へ答えるものではないことは分かった。自分で書いた二行だけを送ることも、知らなくてよい部分を、先に選ぶことだった。


 


 ラザルカが出てからも、セリュシアは包みを閉じられずにいた。研究院から連れ出したあと、ニルが休まず働き始めたことも、一人で住みたいと言ったことも覚えている。この家では落ち着けないのかと聞きたくなり、そう聞けば困らせると思って、住居を探す方へ話を進めた。彼の返事が要る場面で、その返事をしやすくする準備をする代わりに、返事がなくても済むように物を揃えてきたのかもしれなかった。


 暖炉にはまだ火を入れていなかったが、椅子へ戻るたび、窓側から冷たい空気が来た。セリュシアは肩へ薄い掛布を載せ、書庫から持ってきた封筒を一つずつ見直した。今回必要な契約だけ抜けばよい。ほかの包みまで、今夜すべて読ませる必要はない。その線を自分で決めていることに気づくと、また手が止まった。何を見せるか考えていたつもりで、ニルに何を知らせても大丈夫か、自分の側で決めようとしていた。


 窓の外では、遅い馬車の音が一度だけ続いた。もう今夜中に届けるには遅い。セリュシアは新しい紙を取り、明朝、退所時の契約を原本ごと持って研究所へ行くことを書いた。条項の内容も一行添えた。見せるかどうかを迷った時間を、書類が見つからなかった時間に替えて伝えることはできなかった。朝一番の使いへ渡すよう封をし、契約は別紙も含めて書類鞄へ入れた。ほかの申請書類は屋敷にあり、必要なら一緒に見られる。そのことも手紙に残した。


 灯を消す前に、書きかけの抜き書きが卓へ残った。番号と、研究成果の、という途中の字。セリュシアはそれを原本の代わりに使わず、引き出しへ入れた。何を読ませるか選びかけた紙として、そこに置いた。


     *


 翌朝、エヴァンの受付へ着くと、ニルはもう小温室での記録を終え、実験棟へ戻っていた。使いの手紙は先に届いており、職員が部屋を尋ねてから通してくれた。ラザルカは登録所で書類を受け取ってから来るため、別の車だった。廊下にある棚には鉢札のついた小さな箱が並び、窓の下には洗った器具が伏せてある。セリュシアは服の裾を箱へ触れさせないよう持ち上げ、ニルの研究室の戸を叩いた。


 開いた戸の向こうで、ニルは髪を結び直していた。片手を後頭部へ残したまま、「おはようございます、姉様」と言い、机の上を見てから、隣の椅子へ掛けていた上着を取った。


「こちらへ。紙を置くところも空けます」


 窓際の浅い皿には、短く切った茎が二本あった。セリュシアが鞄を置く場所を探すと、ニルは皿を動かすより先に、床の荷箱を壁へ寄せた。こちらを座らせるための動きが済んでから、自分の椅子へ戻った。


 持ってきた小さな食べ物の包みも出すと、ニルは礼を言って受け取った。


「あとで食べます」

「今日、持ち帰る物が多いなら、これは置いていくわ」

「大丈夫です。鞄には、まだ入ります」


 セリュシアは、食べられるかと聞くつもりだったのに、荷物の話になったことへ気づいた。彼は包みの角が試料皿へ掛からない場所を選び、机の端へ置いた。いつもなら、そこで昼食のことも聞いたはずだったが、今朝は先に、書類鞄の留め具を開いた。


「昨日、箱を開けて見つけたの。ここに、退所した時の契約と、成果の目録があるわ」


 ニルは差し出した包みを受け取り、机へ広げた。持ち出し資料の頁では、二つの帳面名を読んで指を止めたが、手紙に書いた条項を探して、その先へ進んだ。セリュシアは最後の頁が出るまで待ち、「私が署名した」と言った。ニルの目が、印の脇にある字へ下りた。


「僕を出すためでしょう」


 そう返ってくるまで、ほとんど間がなかった。ニルは頁を閉じず、セリュシアへ顔を向けた。


「研究院に成果が残ることは、その時も聞きました。持って出られない記録があることも。姉様が悪いわけじゃありません」


 口元が少し緩み、こちらの返事を待つ顔になった。セリュシアも頷きかけたが、喉が詰まり、返事にする息が出なかった。その顔へ頷けば、今朝するべき話まで終わりそうだった。鞄の持ち手から手を離し、膝へ置いた。昨日、原本を渡そうか迷った時には、怒られることを恐れているのだと思っていた。こうして先に慰められる方が、どこへ言葉を戻せばよいか分からなかった。


「出したかったのは、本当よ。でも、その条件でよいか、あなたへ聞かなかった」

「研究は、続けられましたから」

「それと、聞かなくてよかったことは別よ」


 ニルの目が紙へ戻った。セリュシアは、そこへ指を差して読み方を教えるようにはしなかった。


「私は、この条件を受けると決めてから、あなたに伝えたの。まだ変えられるうちに、どうしたいかを尋ねなかった。それを、私が悪くないと言って片づけなくていいわ」


 窓の下で、荷車の車輪が低く鳴った。ニルは署名の頁を少し奥へ押し、別紙の目録を自分の正面へ置き直した。「でも、姉様が来てくださらなければ」と言ってから、その先を続けずに、研究名へ指を添えた。セリュシアは待った。あの時にしてやれたことを、今すべて悪かったものへ変える必要はない。そう伝えればニルは頷くかもしれなかったが、その説明をしても、彼が今この紙をどう思ったかは分からないままだった。


「こちらの目録まで、院へ渡した権利に入っているんですね」


 ニルが尋ねた。


「ええ。番号が同じものは、この契約に含まれるわ」

「公刊した論文だけではありませんね。ここには、別綴へ移した作業記録もあります」


 彼は机の綴りを開き、研究院で写した番号を探した。読む場所が決まると、言葉も速くなった。


「この後に合流部を直しています。別の研究として外へ出たのではなく、ここに含めた続きを渡せた、ということですか」

「契約上はそう読めるわ。実際に渡した先は、これから確かめます」


 ニルは余白へ二つの番号を書いた。セリュシアには、その細かい題の違いだけで同じ研究かどうかは決められなかった。彼が頁を戻すあいだ、昨日の抜き書きだけを渡していたなら、目録にある作業記録へ辿り着けたかと考えた。今、必要なものは、署名の上の二行だけではなかった。ニルは原本を折り目に沿って戻しかけ、もう一度広げた。


「これは、今日、こちらで預かってもいいですか」

「もちろん。全部持ってきたのは、そのためよ」

「写しを作って、マレナさんにも見てもらいます。ほかの契約は、まだ屋敷にありますか」

「研究費と設備の分も、箱ごと残してあるわ。別にしまっている物があれば、それも確かめる」

「では、そちらも。今回使うかどうかだけでなく、何が残っているか、一度見たいです」


 セリュシアは頷いた。自分から内容を選んで送ると答えず、箱に入っている物の一覧を用意すると伝えた。ニルは手元の紙へ、その用事を加えた。


 


 戸口へ職員が来て、ラザルカの到着を知らせた。ニルが椅子をもう一脚借りに出ると、セリュシアは原本の端へ伸ばしかけた手を引いた。別紙が少し斜めになっていて、署名した頁の下へ入っている。先に揃えてやらなくても、番号のあるところは読めた。廊下で二人の声がし、ラザルカが薄い綴りを抱えて入ってきた。ニルは椅子を机の脇へ置き、食べ物の包みを棚へ移した。


 登録所から受け取った写しには、研究院が院外へ譲渡した権利の一覧と、その根拠となる契約番号があった。ラザルカは該当する頁を開き、ニルの控え、セリュシアの原本と、三つを並べた。研究名は短くなっているが、権利台帳の番号が一致した。その行の下にある院務の番号も、和解契約の表紙と同じだった。ニルが目録の枝番号を一つずつ確かめる間、セリュシアは、譲渡を登録した日を読んだ。自分が署名した日よりも、あとの日付だった。


「この時に、院から外へ移っている」とラザルカが言った。

「受け取ったのは、民間の法人だね。目録の範囲について、派生利用を含む権利が譲渡されているよ」

「記録も一緒ですか」とニルが聞いた。

「こちらには権利の登録だけなんだ。どの資料を引き渡したのかは、受渡しの記録を別に取る必要があるね」


 ニルは頷き、同じ番号の横へ、照会するものを書いた。


「僕が置いてきた記録が使われているから、院の中で続きを作ったのかと思っていました。でも、これなら、外でも同じ条件を使えますね」


 セリュシアは、ニルが持ってきた照会の控えを見た。院に残した式を探す宛先の下へ、初めて、別の相手の名が加わった。


 セリュシアは譲渡先の名を指で辿った。医薬の取引で見た覚えはなかった。


「この会社が、治療をしているの」

「そこは、また別に調べてみるよ」とラザルカが答えた。

「権利を受け取ったことと、患者をどこで扱ったかは分けて確かめなければならない。ただ、院の記録だけを待っていても、外で作られた続きを拾えないことは分かりました」


 ニルは手元の作業記録を、譲渡の日付より前とあとに分けかけた。比較したいものを思いついた時の指の速さだったが、次の紙を抜く前に、ラザルカの綴りへ戻った。


「この写しも預かれますか」

「君の分だよ。原本は登録所にある」


 ラザルカは綴りの残りを取り出し、法人についての控えを隣へ置いた。セリュシアはその頁も見た。旧い名の下に、後の資本関係が記されている。譲渡を受けた時の会社だけ調べれば済むわけではなかった。ニルは自分で契約を手前へ引き、別紙をもう一度開いた。セリュシアの署名は、その脇に出たままだった。


「ルーヴェ薬剤研究社」と、セリュシアは譲渡先の名を読み上げた。

「今も、この名で残っているの?」


 ラザルカは法人の控えにある行を示し、それからニルへ顔を向けた。


「現在は、ヴェルク医薬工業の系列だね」

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