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Ipomoea  作者: Tanahituzi


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第16章 水の行き先

 水差しの口から離した水は、器へ落ちる前に二本に分かれた。ニルは一方を細く保ち、もう一方を指の脇へ回したが、アルバが下から覗くために顔を寄せると、灯の光が遮られ、合わさるところが見えなくなった。「そこではなく、こちらから」と言って器を動かした途端、細い方が縁へ触れた。水は外側を伝い、卓に置いた布へ染みていった。アルバは椅子を戻し、布の端を折って水差しの底へ押し込んだ。


「今、どっちを止めた」

「止めていません。器が当たったんです」


 ニルは水を全部下ろし、図を遠ざけてから、もう一度、空いた器を手前へ置いた。


 カイが温室へ来てから、七週目に入っていた。今日持ち帰った図には、二度の測定で反応が違った箇所を、別々の印で示してある。強く抑えれば済むものではないことは、以前にも図を見せて話した。それでも、同じ枝を通っているはずなのに、戻る側だけが先に弱くなるという説明で、アルバの指が止まった。ニルが数式を出すと、紙ではなく、肘から手首までを自分の腕で確かめた。流れる量と、通り道の保たれ方を分けて話した方がよいと思い、夕食で使った水差しを持ってきたのだった。


 洗った椀は台所に二つ伏せてあった。少年は午後に迎えの馬車へ乗り、今夜はセリュシアの家へ泊まっている。ヴァレットと翌朝も庭を見たいと言って、独楽を内袋へ入れたあと、着替えを取りに上がった。虫を入れるつもりで持ち出しかけた瓶は、まだ採取用の札がついていたので、空のものへ替えてもらった。窓側の独楽の場所は空いていたが、少年が引いた紐は卓に残っている。ニルはそこを避けて、腕の図の下へ、乾いた紙を一枚敷いた。


「ここから分かれます」


 水差しを傾け、ニルは流れの途中へ指を添えた。一本は短く、もう一本は曲がってから器へ下りる。


「短い方が元の導路、こちらが後からできた枝だと思ってください。両方が同じところへ戻ります」

「それは分かる」

「では、戻るところを狭くすると」


 ニルは曲がった方の出口だけを細くした。手前の水が膨らみ、そのすぐ下で、別の水と重なった。アルバが膨らみを指す。


「増やしたのか」

「上から入れる量は変えていません。ただ、この幅では、どこまでが溜まった分か見えにくいですね」


 二つを離そうとすると、水差しを傾ける腕まで動き、器へ落ちる量が変わった。


 ニルは水差しを立てた。器には、飲むには多すぎ、流れを作るには少なすぎる水が残った。手元の細い筋を見せるために顔を寄せてもらうと、合流するところを隠してしまう。離れて見れば、幅の差が潰れる。


 


「大量の水なら分かりやすいんですが」


 言いながら台所を見た。洗い桶もあるが、底が浅い。戻る位置を変えて見せる前に縁へ当たる。


「風呂なら、どうだ」とアルバが言った。

「湯は温めているが」

「浴槽ですか」


 ニルは器の底を見て、それから、紙に描いた二本を指で辿った。


「それなら、ここをもっと離せますね」


 アルバは濡れた布を水差しの下から抜き、器を盆へ載せた。ニルが図も持ち上げると、「紙は置け」と言われた。


「向こうでも、位置を確かめたいので」

「濡れるぞ」


 一枚なら戸の外へ置けると答えかけたが、今の図で説明し直せるのなら、水差しを取る必要もなかった。ニルは図を帳面へ挟み、インク瓶に蓋をした。卓の水を確かめているアルバの横を通り、廊下へ出る。いつもなら、水音がしている時はそこで待ち、使い終わってから浴室へ入っていた。


     *


 浴槽の木蓋を壁へ立てると、縁の下に残っていた湿りが、灯の光で薄く見えた。底へ水を入れ、台所で温めた湯を足す。アルバが二つ目の桶を運んでくるあいだに、ニルは浴槽の中を覗き、説明する場所を決めた。窓側から戸に近い方へ流せば、灯を背にせず、曲がるところまで見える。棚の石鹸と乾いた布は、水が飛ぶ前に高い段へ移した。怪訝な顔をしたアルバに「低いところにあると濡れるので」と理由を添えた。


 湯が充分に溜まると、ニルは袖を折り上げ、片手を浅く沈めた。水差しの時のように持ち上げる必要はない。水面のすぐ下に、幅の違う二本の流れを作り、片方だけを少し遠回りさせた。反射が細い帯になって動き、壁へ届く前に、同じ位置で一つになる。


「そこです、流れが枝分かれするでしょう」


 ニルが言うと、アルバは浴槽の縁へ手をつき、身を屈めた。


「奥か」

「手前で分かれて、奥で戻っています。その間の、こちらが損傷した部分です」


 短い方を狭めると、回り道へ行く水が増えた。水面の帯も、そちらだけ少し太くなる。


「元の道が通らないから、脇へ回す」

「ええ。朝顔で見ていたのも、そのような迂回です。傷が塞がる前に、脇から別の通り道が繋がることがあります。ただ、人の身体に作った橋が、そのまま本人の導路になるわけではありません」


 ニルは出口へ近いところを細めた。膨らみは手前へ残り、二本が合わさる場所が揺れる。


「今は、こちらの道を僕が保っています。水があるだけでは、この形は続きません」

「薬が要るのと同じか」

「保つものが必要だという部分では。薬と僕の手を同じにはできませんが」


 アルバは出口の方へ顔を向け直した。肩が低くなり、縁を掴んだ腕で、手前の流れが隠れた。


 ニルはその肘を避けて、水の筋を奥へずらした。今度は浴槽の反対側へ回ってもらう必要がある。説明するたびに二人とも屈んだまま位置を変えているのが、ようやく気になった。湯はもう張ってある。「一緒に入れば分かりやすいですね」と言うと、アルバの視線が水面から上がった。ニルは流れを細く保ったまま、膝を置ける場所を指した。


「そこからなら、戻るところも見えます」

「お前、それでいいのか」

「何がです?」アルバは浴槽を見た。

「一緒に入るんだぞ」


 ニルは袖の濡れた端へ目を下ろした。入るつもりなら、ここで服のまま水へ手を伸ばし続ける方がおかしい。そう思ってから、アルバが確かめているのは袖ではないと分かった。水の筋を下ろし、指を湯から抜くと、浴室には二人分の影が残った。


「……ええ。僕は、今の流れを見てもらいたいんです。ここからだと、手前しか見えませんから」


 アルバはすぐには動かなかった。ニルは自分で立ち上がり、袖を元へ戻した。


「着替えを取ってきます」


 そう伝えると、アルバは浴槽から離れ、戸へ通じる幅を空けた。


 二階へ上がると、少年の戸は閉まっていた。自室の窓も閉めてあり、机の上には明朝使う帳面だけが残っている。ニルは寝間着と布を取り、髪の結び目を一度ほどいて、首に掛からない高さへ結び直した。浴室へ戻っても、アルバはまだ湯を足していた。持ってきたものを高い棚へ置くと、その隣へ、もう一組の着替えが寄せられた。これまで別々に使ってきた棚に、二人分が一緒に載っているのを見たのは初めてだったが、今はその下の桶を退けないと、流し場へ足を下ろせなかった。


 服を脱ぎ、桶の湯で身体を流すあいだも、ニルは浴槽へ目を向けていた。さっきの流れは消え、桶から注いだ湯の波だけが、縁に当たって戻っている。アルバが上着を畳むところで、出口を細くした時の説明を始めかけたが、まだ流れを作り直していないのだから、同じ話を言葉だけで繰り返すことになる。ニルは口を閉じ、使った桶を伏せた。浴槽へ右脚を入れようとすると、布が膝からずれた。アルバの目が、持ち上げた腿の内側で止まった。


 そこには、古い火傷の痕があった。細く折れた線の間を、幅のある引き攣りが不揃いに繋いでいる。字の一部に見えるところも、一つの形としては辿れなかった。ニルは布を下げ、湯へ入れる脚を一度止めた。何か聞かれる前に、自分で話した方がよいのだろうか。そう考える間に、アルバは壁の灯を少し動かした。


「ここなら見えるか」


 向けられた明かりは、ニルの脚ではなく、先ほど流れを作った水面へ落ちた。「はい」と答え、ニルは浴槽へ足を下ろした。湯は、足の裏から膝へ続いて温かかった。


 アルバが反対側へ入ると、水位が上がった。ニルは縁の近くに置いていた布を持ち上げ、乾いた板へ移した。二人で脚を伸ばせるほど広くはなく、アルバの膝が中央へ出ていたので、流れを作る場所は窓側へ寄せた。


「そこ、少し空けてください」

「どこだ」

「膝の先です。戻るところに当たります」


 アルバが脚を壁側へ動かすと、水面が大きく揺れた。ニルは波が弱まるまで待ち、両手を湯の中へ入れた。さっきよりも近い高さで、二本の帯が灯を返した。


「この太さなら、同じだけ流れているように見えるでしょう」


 ニルは短い方と、迂回する方を交互に示した。


「ですが、入口と出口を揃えても、途中の長さと、通りにくいところが違います。こちらは途中を狭くしてありますから」


 アルバは水面へ顔を近づけた。


「下の方が遅い」

「ええ。だから、外から同じだけ抑えても、両方が一緒に弱まるとは限りません」


 ニルは片方の出口を細めた。手前に水が盛り上がり、元の道へ近いところで、帯がぶつかる。


「ここを、先に塞ぐと」


 アルバが自分の手を出しかけ、ニルの指を見て止めた。


「触っていいか」

「水なら。こちらへ手を置いてください」


 アルバの掌が流れを遮った。そこまで来た水は一度横へ広がり、閉じた道の手前で小さな山になった。ニルは枝の幅を保ち、戻る先に重なるところだけを残した。


「ここへ、余計に掛かります。入る量は減っていないのに、出るところだけがなくなったので」

「こっちも閉じれば」

「一度に両方を止めるなら、水の説明はそこで終わります。でも、身体では、元の導路にも必要な流れがあります。全部を潰して済むわけではありません」

「なら、先にこっちを減らす」


 アルバは入口の手前を指した。ニルは頷き、流す量を落としてから、出口をゆっくり細くした。今度は、戻る先の盛り上がりも小さかった。


「この順なら、先へ残る分が少なくなります。ただ、道が保たれている場合です。橋そのものがほどけ始めたら、同じ幅で測っていても、通る量は変わります」


 ニルは一方の流れを緩め、形が崩れるところを見せた。


「今は、僕が道を決めているから、崩れる場所も分かります。実際には、そこが毎回同じとは限らないので」


 アルバが指を湯から上げ、二本を見比べた。


「結論」

「今、結論を説明しているんです」ニルは顔を上げた。

「そこだけ取ればいいように思うから、途中で分からなくなるんでしょう」


 アルバは口を閉じ、崩れた方が元の幅へ戻るまで、水面を見ていた。


 ニルは遠回りする枝をもう一度作った。今度は、入口を狭める前に、戻る先を少しだけ塞ぐ。アルバは盛り上がりの出る位置を見て、「そこから上だな」と言った。ニルが頷くと、先に置いていた掌を引き、入口の方へ移す。


「だから、出口だけ見て、先に塞ぐなということか」

「ええ。今、見てほしかったのはそこです」


 説明し終えてから、ニルは湯の中で肩を下げた。縁の外から覗いていた時ほど、腕を支える必要がない。手を少し動かせば見せられる幅があり、アルバも、図の上下を確かめるために頁を戻さずに済んでいた。


 


「俺が道を作れば、お前が塞ぐところを動かせるか」


 アルバが尋ねた。ニルはその手を見た。水面を止めるくらいなら、さっきもできている。


「幅を一定にできるなら。まず、一本だけでいいです」


 自分の作った道を消し、同じ位置を示すと、アルバは手を沈めた。湯の中央が広く持ち上がり、二人の膝の間へ、丸い隆起ができた。出口と呼べるところはどこにもなかった。ニルは両手を水から出した。


「それは、全部持ち上げています」

「一本だろ」

「道ではありません。水の塊です」


 アルバが力を弱めると、隆起が端から崩れ、ニルの腹へ波が当たった。


 ニルは額に掛かった髪を片手で押し戻した。


「そんなに要りません。表面の、これくらいの幅だけです」


 二本の指で狭さを示すと、アルバはその間を見て、もう一度手を入れた。今度は細い筋が現れたが、先が曲がらず、浴槽の壁へ突き当たる。


「止まった」

「壁があるので」

「お前のは曲がった」

「先へ流す前に、そちらを空けているんです。押してから曲げるのではなくて」


 ニルは言いながら自分の指を寄せ、道を直しかけた。アルバの手がまだ動いている。先に取ってしまえば、どこを変えようとしているのかも見えなくなるので、いったん引き、曲げる位置だけを示した。


 アルバは水を押す場所を少し手前へ戻した。筋は窓側へ向き、広くなってから、また壁へ当たった。ニルが出口を指すより先に、手がその方へ移った。


「そっちを押さえないでください。出る方です」


 アルバは掌を返した。押さえていた水が急に外へ向き、細い筋のつもりだったものが、浴槽の縁を越えた。ニルの肩へ当たった湯が、戸を押し開いて隙間を抜ける。廊下で、水を落とした音がした。浴室の石の床とは、はっきり違う音だった。


「何をしているんですか!」


 ニルは流れを切り、身を起こした。戸の外へ水が広がっていた。浴槽の縁に掛けていたアルバの布も落ち、敷居の上から廊下へ垂れている。


「そこは木の床です。隙間へ入ったら、表を拭くだけでは済みませんよ」

「分かった。俺が拭く」

「拭く前に、止めてください。まだ、そちらへ出ています」


 アルバが手を湯から抜くと、縁に残っていた水だけが床へ落ちた。ニルは水を浴槽の中へ戻し、廊下へ続く筋を見た。通る幅を空けた戸が、今は水の出口になっている。


「だから、強くしないでと言いましたよね。細くできないからと、力を増やしたら、もっと違うものになります」

「強くしたつもりはない」

「今ので、つもりだけでは足りないと分かったでしょう」


 ニルは布を取りに縁へ手を掛け、アルバが先に立ち上がったので止めた。


「また水が出ます。ゆっくり立ってください」


 アルバは腰を戻し、戸口を見た。


「お前が見せた時は、こんなに飛ばなかった」

「出口を人の肩へ向けていませんから」


 言ってから、自分の濡れた肩へ触れる。湯はもう、肌の上で冷え始めていた。


 アルバがその肩を見て、次に、空になった自分の掌を見た。眉間へ力を入れたまま、指を少し曲げている。


「もうやめます。道を作るだけで、風呂を空にされたら困ります」


 ニルが言うと、アルバは「空にはしてない」と答えた。


「そうなる前に止めたんです」


 すぐに返した声が、浴室の壁で響いた。アルバは戸の外をもう一度見て、「半分も出てない」と付け加えた。


 ニルは息を吸い、縁の高さを示そうとした。けれど、今問題にしているのは廊下の水なのに、浴槽にどれだけ残ったかを答えられたのがおかしかった。口の端が緩み、止める前に、短い息が漏れた。


「半分も出ていれば、こんな話をしていませんよ」


 言い終えると、また息が漏れた。アルバは、ニルの肩から顔へ目を戻した。


「怒ってるだろ」

「怒っています。あなたが、違う話にするので」


 答える途中で声が揺れ、ニルは濡れた手を頬へ当てた。怒る方の言葉はまだあったが、今それを全部続けることはできなかった。


     *


 浴槽を出て着替えると、ニルはまず、戸口に落ちた布を持ち上げた。敷居に溜まっていた水が、その下から浴室の床へ戻る。廊下には細い筋が残り、壁際の棚の脚まで届いていた。アルバは台所から空の桶と布を持ってきて、乾いた方へ置いた。「ここからか」と聞かれ、ニルは棚の下を指した。


「奥から、こちらへ。先に手前を拭くと、また戻ってきます」


 アルバがしゃがんだので、ニルは反対側へ膝をついた。


 表に残る水を浴室へ寄せ、板の継ぎ目には布の角を押し込む。ニルの作った細い水の筋は、敷居を越えたところで桶へ落ちた。アルバはそれを見て、「今のを、できればよかった」と言った。


「今のは道が一本で、どこにも分かれていませんから。比較的簡単な方です」

「……嫌味か?」

「違います。まあ、廊下まで濡らした人に言うには、少し意地が悪かったかもしれません」


 言い返すと、喉にまた笑いが残った。ニルは下を向き、布の湿った面を内側へ折った。アルバが棚の脚を片手で持ち上げたので、隠れていた水まで拭けた。下ろす前に言われ、ニルは指を抜いた。


 浴室から来る湿った空気が、廊下では少しずつ冷えた。濡れた髪の先が襟へ触れていたので、ニルは結び紐をほどき、肩へ布を掛け直した。水を拭く時には、端を背へ回しておく。アルバは持ち込んだ二枚を交互に使い、絞った方を桶の縁へ掛けていた。風呂の中で細い流れを作った時より、ずっと速かった。ニルが布を替えるために顔を上げると、向こうもこちらを見たが、すぐ床へ目を戻し、棚の奥にあった水の跡を手前まで拭いた。


 


「外から同じだけ押さえても、中が同じだけ止まるわけじゃない」


 アルバが、濡れた布を返しながら言った。ニルは指を止めた。


「ええ」

「それで、出る方から先に塞ぐと、手前に残る」

「そうです。そこは分かりましたか」

「分かった」


 アルバは桶へ布を沈めた。ニルは次に、戻る側の幅が変わる場合も説明しようとして、浴室を見た。湯はまだ残っているが、もう服を着ている。床の水が減ったからといって、もう一度やり直すわけにはいかなかった。「では、今日はここまでで」と言うと、アルバは「最初から、そう説明しろ」と返した。


「最初にそれを説明して、どちらが入口か分かりましたか」


 ニルが尋ねると、アルバは布を絞ったまま、しばらく答えなかった。


「水差しでは、見えなかった」

「だから、こちらへ来たんです」

「あれは狭い」


 返事に、ニルは口を閉じかけて、また笑った。そこまでなら、同じことを考えていたのだった。桶の水面が揺れ、灯を映した明かりが、濡れた布の裏へ小さく走った。ニルは笑いが収まるまでその形を見てから、敷居の隙間に残った水を、布の端へ吸わせた。


 板はもう、触れても手へ水がつかなかった。壁際まで確かめると、アルバは浴室の桶を空け、落ちて濡れた布を別にした。ニルも最後に使った一枚を洗い、絞ってから、乾かす棒へ掛ける位置を空けた。


「ここへ。そちらの二枚は、厚いので離してください」


 アルバが布を受け取り、言われた通りに端をずらす。ニルは、桶の縁へ載せた残りを見て、また口元を緩めた。


「水差しで使った分より、拭いた水の方が多くなりましたね」

「量ってない」

「量ってなくても分かりますよ」


 差し出すために布を持ち上げたが、すぐには取られなかった。ニルが顔を上げると、アルバの手は棒の端へ残っていた。空けた場所にも、絞った布にも目を移さず、こちらを見ている。ニルはまだ笑っていた。口元へ手をやる前に、アルバが布を受け取ったが、その目は、いつもより少し長く、ニルの顔に留まっていた。

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