第7話 重さのない巨人
【動力核:1】
これほど分かりやすい数字はない。
一から一を引けば、ゼロになる。
動力核がゼロになれば、目の前の巨人は止まる。
「《減算》!」
俺は迷わず力を使った。
視界に赤い文字が走る。
《実行不能》
《対象を認識できません》
「見えてるだろ!」
ゴーレムの拳が落ちてきた。
「拓郎、走って!」
プラナに突き飛ばされる。
石の拳が床を砕いた。
衝撃で体が浮く。俺たちは三方向へ転がった。
さっきまで立っていた場所に、大きな穴が開いている。
「見えることと、理解することは別です!」
ゼロナが柱の陰から叫んだ。
「動力核の構造も、役割も、あなたは知りません!」
「動かすものだろ!」
「その程度では足りないんです!」
ゴーレムが床から腕を引き抜く。
頭部が回り、赤い光が俺を捉えた。
「説明はあとだ。逃げ道は?」
「入口まで二十二メートル!」
振り返る。
石扉は閉じていた。
「いつ閉まった?」
「入った直後です」
「先に言え!」
「聞かれませんでした!」
ゴーレムが踏み出す。
一歩で床が揺れた。
俺は入口へ走る。
巨人との距離、九メートル。
速度を上げるため、扉との距離を減らす。
「《減算》!」
【石扉までの距離:18m → 17m】
体が前へ引かれた。
背後で空気が鳴る。
ゴーレムの腕が横から迫る。
「《加算》!」
プラナの声。
【ゴーレムの拳までの距離:1m → 2m】
拳が一メートル遠ざかる。
できた隙間へ身を投げた。
腕が頭上を通過し、壁を砕く。
「助かった!」
「体力を足すより、避けさせた方が早いわ!」
正しい判断だ。
攻撃を食らってから一回復させても、潰れた頭は元に戻らない。
扉へたどり着く。
押す。引く。動かない。
「開け方は?」
「守護者を停止させれば開く設計です!」
「先に言え!」
「聞かれませんでした!」
「そのやり取り、二回目よ!」
ゴーレムがこちらへ向き直る。
逃げられない。
倒すしかない。
俺はゴーレムの数字を見る。
動力核は触れない。
防御力は999。一減らしても、俺の折れた剣では傷一つつかない。
重量は64トン。
これなら理解できる。
「《減算》!」
【重量:64t → 63t】
ゴーレムの足元に白い光が走った。
巨体が一トン軽くなる。
それでも見た目は変わらない。
「一トン減りました!」
ゼロナが叫ぶ。
「残り六十三回か!」
「同じ対象には一分待つ必要があります!」
「一時間ここで逃げろと?」
「正確には六十三分です!」
「細かい!」
ゴーレムが突進する。
軽くなったせいか、さっきより速い。
「悪化してるじゃない!」
プラナと左右へ逃げる。
巨人は止まりきれず、石扉へ肩から激突した。
塔全体が震える。
扉には傷一つない。
ゴーレムも無傷だった。
「軽くすると速くなるのか」
「動力の出力が同じなら、加速は大きくなります!」
「先に言え!」
「今、分かりました!」
実験しながら戦うには、相手が大きすぎる。
ゴーレムの拳がプラナを狙う。
「きゃっ!」
プラナは転んだ。
距離を足す暇がない。
俺は折れた剣を投げる。
剣先からゴーレムの顔まで、七メートル。
一減らしても届かない。
だが、狙うのは顔ではない。
剣と、振り上げた右腕の関節。
距離は二メートル。
「《減算》!」
【2m → 1m】
折れた剣が空間を飛び越え、肘の隙間へ挟まった。
振り下ろされた腕が途中で止まる。
剣が砕けた。
だが一秒、稼いだ。
プラナが床を転がり、拳を避ける。
「私の剣!」
「俺のだ!」
「次に買う分は共有財産でしょ!」
「まだ買ってない!」
ゴーレムが腕を引き戻す。
石の関節が欠けた程度で、動きに問題はない。
何を減らす。
重量は正解ではないのか。
いや、結果が悪かっただけだ。
速度が上がった。
つまり能力は効いている。
どこから重量を減らすかが間違っている。
全身を均等に軽くすれば、動きが速くなる。
なら、均等にしなければいい。
「ゼロナ! 部位ごとの重さを見せろ!」
「何をする気です?」
「こいつを、自分の体についていけなくする!」
ゼロナの瞳が光る。
ゴーレムの全身へ、細かな数字が浮かんだ。
【右腕:11t】
【左腕:11t】
【右脚:14t】
【左脚:14t】
【胴体:11t】
【頭部:2t】
合計は六十三トン。
「それぞれ別の対象として認識できます!」
「なら、待ち時間も別だ!」
ゴーレムが右腕を振り上げる。
まず、その腕。
「《減算》!」
【右腕:11t → 10t】
一トン軽くなった腕が、想定より速く振り下ろされる。
ゴーレム自身が速度を制御できていない。
拳は俺たちを越え、床へ深く突き刺さった。
「効いた!」
「次、左脚を!」
ゼロナが指す。
「《減算》!」
【左脚:14t → 13t】
ゴーレムが右腕を引き抜き、踏み出す。
左右で脚の重さが違う。
左足だけが早く持ち上がり、歩幅が狂った。
巨体が傾く。
それでも倒れない。
右脚が床を踏みしめ、無理やり姿勢を戻した。
「胴体を減らせば?」
プラナが叫ぶ。
「中心を軽くしたら、もっと不安定になる!」
「《減算》!」
【胴体:11t → 10t】
ゴーレムの上半身が跳ねるように起きた。
頭だけが遅れて揺れる。
赤い目が天井を向く。
「今よ!」
プラナが走り、床に転がっていた石片を拾った。
「何をする?」
「頭を殴る!」
「硬さ999だぞ!」
「頭じゃないわ!」
石片を、ゴーレムの右足の前へ投げる。
ただの石だ。
高さは拳一つ分。
だが、左右の重さが狂った巨人には十分だった。
ゴーレムの右足が石を踏む。
足首が傾く。
左脚は一トン軽い。戻す動きが早すぎる。
胴体も軽く、上半身が振られる。
巨人が初めて、片膝をついた。
「倒れない!」
「まだ右脚が重いから支えているんです!」
ゼロナの言葉で気づいた。
重い右脚が錨になっている。
なら、錨を消す。
「《減算》!」
【右脚:14t → 13t】
左右の脚が同じ重さになる。
均衡が戻る。
一見、助けたように見える。
だがゴーレムは、右脚の重さを使って踏ん張っていた。
一トン分の支えが、突然なくなる。
巨体が前へ倒れた。
「逃げろ!」
三人で走る。
背後から、塔が崩れたような音が響いた。
床が波打つ。
俺たちは揃って転び、石の破片を浴びた。
振り返る。
ゴーレムはうつ伏せに倒れている。
動力核は、まだ赤く光っていた。
両腕を床につき、起き上がろうとする。
「まだ動くぞ!」
「防御力は下がっていません!」
「倒しただけだもの!」
巨人の右腕が床を押す。
十トン。
左腕は十一トン。
また左右が違う。
体を持ち上げれば、軽い右側が先に上がる。
その下に隙間ができる。
赤い光。
胸の中央。
動力核が露出していた。
「核そのものは壊せない!」
「核を壊す必要はない!」
俺は床に落ちていたゴーレムの破片を拾った。
拳ほどの石だ。
全力で投げても、核まで届かない。
【石片から動力核まで:3m】
距離を一減らしても二メートル。
足りない。
「プラナ! 投げる力を足せ!」
「一しか増えないわよ!」
「それでいい!」
プラナが俺の肩へ触れる。
「《加算》!」
【投擲力:18 → 19】
わずかな力が腕へ加わる。
俺は助走し、石を投げた。
距離、三メートル。
二メートル。
「《減算》!」
【石片から動力核まで:2m → 1m】
石片が空間を飛び越える。
赤い核へ直撃した。
ひびが走る。
しかし割れない。
「足りない!」
「いいえ!」
ゼロナの金色の瞳が見開かれる。
「核の耐久値、残り一です!」
【動力核耐久値:1】
これは理解できる。
人形で何度も減らした数字だ。
動力核そのものは消せない。
だが、その耐久値なら。
「《減算》!」
【動力核耐久値:1 → 0】
赤い光が砕けた。
ゴーレムの腕が床へ落ちる。
振動が止まった。
静かになった広間で、俺たちはしばらく動けなかった。
「勝った?」
プラナが聞く。
「停止しています」
ゼロナが答える。
「本当に?」
「停止率百パーセントです」
「やった!」
プラナが俺へ抱きついた。
勢いを受け止めきれず、二人で尻もちをつく。
「重い!」
「女の子に向かって何てこと言うの!」
「お前じゃない。荷物が!」
「先にそう言いなさい!」
ゼロナが倒れたゴーレムへ駆け寄る。
その表面に浮かんだ古代文字を、夢中で紙へ写していた。
「二人とも、来てください」
「何か見つけたか?」
「この守護者は、敵を倒すために作られたのではありません」
胸の文字を魔導灯が照らす。
《増加量、規定値を超過》
《減算者の到着まで、観測を継続せよ》
「減算者……」
俺以外にも《-1》を持つ者がいた。
少なくとも、この塔が建てられた時代には。
その下には、さらに短い一文が刻まれていた。
《世界重量、前日比+1》
「世界の重さが増えてる?」
プラナが眉をひそめる。
ゼロナは答えなかった。
金色の瞳で、文字の奥にある数字を見つめている。
やがて、顔を上げた。
「塔が観測していたのは、ゴーレムの重量ではありません」
「じゃあ、六十四トンは?」
「世界からあふれた重さを、この守護者が引き受けていたんです」
俺たちが倒したのは、敵ではなかった。
増え続ける世界を支える、錘だった。
その瞬間、塔の外から爆発音が響いた。
続いて、聞き覚えのある怒鳴り声。
「ジン、下がれ! ココラは右へ回れ!」
バイロンだ。
俺は閉ざされていた石扉を見る。
守護者が停止したため、ゆっくりと開き始めていた。
隙間の向こうで、黒い翼が空を覆う。
巨大な魔物が炎を吐き、《白銀の牙》を森ごと焼いていた。




