表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者失格  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/24

第3話 一万キロの岩

 《SUBTRACT/減算》の制限が、一部解除されます。


 白い文字は、三秒ほどで消えた。


「いや、どの制限だよ」


 岩は答えない。


 重さも変わらない。正確には三キロ軽くなったが、見た目は同じだ。


 試しに手で押した。


「ふんっ!」


 動かない。


「知ってた」


 俺は岩へ背を預けた。


 今の表示で分かったことは二つある。


 一つ。能力値以外の数字を初めて減らしたことで、《減算》が成長した。


 二つ。何が変わったのかは教えてくれない。


 不親切にもほどがある。


 使って確かめろということらしい。


 一分が過ぎるのを待ち、もう一度、岩へ意識を向ける。


「《減算》」


 【対象:重量】


 【9997 → 9996】


 発動した。


 待ち時間は変わっていない。


 見える数字も探してみる。


 岩の耐久値。見える。


 岩の高さ。見えない。


 道幅。見えない。


 俺と岩の距離。


 見えない。


「重量が見えるようになっただけか?」


 だとしたら、ずいぶん地味な成長だ。


 だが、昨日まで見えなかった数字が見えた。


 そこは大きい。


 俺は欠けた剣を岩の脇へ差し込み、柄を押した。


 びくともしない。


 岩の向こう側へ回ろうにも、左右は急な斜面だ。草をつかんで登ろうとすれば、そのまま谷底へ転がるだろう。


 引き返すか。


 一瞬だけ考えた。


 頭にバイロンの顔が浮かぶ。


 お前の能力なんて、誤差だ。


「……やめた」


 ここで戻れば、あの言葉を認めることになる。


 俺は岩の前へ座り直した。


 一分に一キロ。


 一時間で六十キロ。


 一日休まず続けても千四百四十キロ。


 人が押せる重さまで減らすには、少なくとも数日かかる。


 水は半日分。パンは三つ。


 普通に考えれば無理だ。


「普通なら、な」


 俺は水筒を持ち上げた。


 【水量:620】


 数字が見える。


 単位は表示されていないが、おそらくミリリットルだ。


 水分量を減らしても意味はない。


 疲労度は減らせる。一分ごとに自分へ使えば、眠らずに続けられるかもしれない。


 いや、同じ対象への使用は一分に一度だ。岩と自分は別の対象。交互に使える。


「岩を一キロ。疲れを一。岩を一キロ。疲れを一……」


 口にすると、とてつもなく地味だ。


 冒険譚の一ページ目としては最低だろう。


 それでも、ほかに道はない。


「《減算》」


 【9996 → 9995】


 俺は、一万キロの岩との戦いを始めた。


     ◇


 百回目。


 【9901 → 9900】


 岩は動かない。


 二百回目。


 【9801 → 9800】


 夕日が空を赤く染めた。


 三百回目。


 【9701 → 9700】


 腹が鳴ったので、二つ目のパンを食べた。


 四百回目。


 【9601 → 9600】


 日はとっくに沈んでいた。


 月明かりの下、俺は岩へ手を置く。


「《減算》」


 何度唱えても、光は同じだった。


 派手な音もない。


 岩の形も変わらない。


 数字だけが一つ減る。


 疲労度へ《減算》を使っても、完全には追いつかなかった。歩いた疲れ、空腹、眠気。人間の体には、俺がまだ見つけていない数字がいくつもあるらしい。


 真夜中を過ぎた頃、とうとう目を開けていられなくなった。


「くそ……」


 俺は岩にもたれたまま眠った。


     ◇


「死んでるのか?」


「縁起でもないことを言うな。棒で突いてみろ」


「お前がやれよ」


 話し声で目を覚ました。


 岩の向こう側だ。


「生きてる!」


 声を張ると、向こうで何かが落ちる音がした。


「うわっ、しゃべった!」


「人だよ!」


 立ち上がり、岩の端へ顔を寄せる。わずかな隙間の向こうに、荷馬車が三台並んでいた。


 崖崩れに足止めされた商人たちらしい。


「そっちから岩をどかせないか?」


「無茶言うな。十頭で引いても動かなかったぞ」


 ひげ面の商人が答えた。


「役人へ知らせた。撤去隊が来るのは五日後だ」


「五日……」


「兄ちゃんも町へ戻れ。ここにいても干からびるだけだぞ」


「戻れない事情がある」


「借金か?」


「似たようなものだ」


 追放された翌日に帰るくらいなら、借金取りに追われる方がまだ格好がつく。


「岩を軽くしてる。何日かあれば動かせるかもしれない」


 向こう側が静かになった。


 やがて、別の男が聞いた。


「兄ちゃん、頭を打ったのか?」


「俺もそう思う」


 笑い声が起きた。


 腹は立たなかった。説明しても信じてもらえないだろう。


「食い物はあるか?」


「パンが一つ」


「五日も持たんな」


 しばらくして、岩の上から布袋が落ちてきた。


 受け止める。中には干し肉と小さなチーズが入っていた。


「水も投げるぞ!」


「助かる!」


「岩に潰されるなよ。寝覚めが悪い」


 俺は笑い、食事を口へ詰め込んだ。


 腹が満ちれば、また引ける。


 【9558 → 9557】


 【9557 → 9556】


 【9556 → 9555】


 俺が《減算》を使うたび、岩の向こうで商人が数を数えた。


「四百四十三!」


「四百四十四!」


「おい、今のは本当に軽くなったのか?」


「なった!」


「見た目が変わらんぞ!」


「俺にも変わって見えない!」


「駄目じゃねえか!」


 笑い声が響く。


 一人で続けるより、少しだけ楽だった。


     ◇


 三日目。


 【重量:7412kg】


 まだ重い。


 だが、変化はあった。


 地面に深く食い込んでいた岩の底に、わずかな隙間ができたのだ。


 重量が減り、沈み込みが浅くなったらしい。


 俺は剣を差し込んだ。


 柄を押す。


「動け……!」


 岩は小さく揺れ、止まった。


「動いたぞ!」


 商人たちが騒ぐ。


 俺の手にも感触があった。


 初めて、数字以外の変化が起きた。


「縄はあるか!」


「いくらでもある!」


 荷馬車の縄を岩へ回し、馬十頭へつなぐ。俺は反対側から剣を差し込んで、てこにした。


「まだ無理だ」


 岩は七トン以上ある。


 だが、この斜面なら、重心を少しずらせば転がせるかもしれない。


 問題は剣だ。


 すでに刃が曲がっている。力をかければ折れる。


 視界へ二つの数字が出た。


 【岩の重量:7412】


 【剣の耐久値:3】


 岩を一キロ軽くするか。


 剣の耐久値を二にするか。


 どちらも意味がない。


 何か見落としている。


 俺は剣を握り直した。


 てこの力が足りないなら、人を増やす?


 こちら側にいるのは俺一人だ。


 剣が短いなら、長くする?


 俺の能力では増やせない。


 岩を押すには、もっと大きな力が必要だ。


 いや。


 本当に押す必要があるのか?


 岩は完全な球ではない。底が尖り、地面へ刺さっている。商人たちが引いたときも、岩は前ではなく、わずかに横へ揺れた。


 力が足りないのではない。


 動こうとする力を、地面が邪魔している。


 岩の底へ意識を集中する。


 土。


 石。


 擦れ合う面。


 数字を探す。


 額の奥が熱くなった。


 見えない。


「分かれ」


 歯を食いしばる。


 岩の重さは分かった。


 なら、岩が動かない理由にも数字があるはずだ。


「数字で見せろ!」


 視界が白く弾けた。


 【接地摩擦:86】


「見つけた」


 すぐに《減算》を使おうとして、手を止める。


 八十六から八十五。


 また誤差だ。


 それでも、重量を七千回以上減らすより早い。


「《減算》」


 【接地摩擦:86 → 85】


 岩が、音を立てて揺れた。


 重量を一減らしたときとは違う。明らかに動きが大きい。


「今のは何だ!」


「地面との引っかかりを減らした!」


「そんなものまで減らせるのか?」


「今、できるようになった!」


 俺は笑った。


 一分後、もう一度。


 【85 → 84】


 岩が揺れる。


 さらに一分。


 【84 → 83】


 隙間から砂がこぼれた。


「もう一度、馬を引かせろ!」


「まだ七トンあるぞ!」


「今度は重さと戦うんじゃない。滑らせる!」


 それから八十三分。


 商人たちは馬を休ませ、俺は一分ごとに摩擦を引いた。


 【50 → 49】


 岩の下から砂が流れる。


 【20 → 19】


 指で押しただけでも、岩がかすかに揺れた。


 【2 → 1】


 商人たちが縄を握る。


 十頭の馬が脚を踏ん張った。


 俺は曲がった剣を岩の底へ差し込む。


「これで最後だ」


「《減算》!」


 【接地摩擦:1 → 0】


 巨岩が、氷の上に置かれたように横へ滑った。


「引けえええっ!」


 十頭の馬が駆けた。


 岩がゆっくりと倒れる。


 地面が震えた。


 次の瞬間、巨岩は街道を外れ、斜面を転がり落ちていった。


 木々をなぎ倒す音が遠ざかる。


 道が開いた。


 商人たちが歓声を上げた。


「やったぞ!」


「本当に動かしやがった!」


「兄ちゃん、名前は?」


「吉田拓郎!」


「変な名前だな!」


「放っておけ!」


 俺は地面へ大の字になった。


 笑いが止まらなかった。


 一万キロの岩を、一で動かした。


 正確には、何千回もの一だ。


 誤差だって、積み重ねれば道を開ける。


 商人たちが荷馬車を進める。先頭のひげ面が、俺へ手を差し出した。


「南の町まで乗っていけ。飯も出す」


「助かる」


 手を取ろうとしたとき、頭の奥に鋭い痛みが走った。


 視界がぐらつく。


 三日間、ろくに眠らず能力を使い続けた反動だ。


 疲労を減らしても、空腹も眠気も消せなかった。


 膝から力が抜けた。


「おい、兄ちゃん!」


 倒れる寸前、誰かが俺の背中を支えた。


「まったく。道の真ん中で倒れるなんて、迷惑な人ね」


 若い女の声だった。


 銀色の髪が、朝の光を反射している。


 彼女が俺の額へ手を当てた。


「体力、あと一しかないじゃない」


「一なら……まだある」


「強がる元気はあるのね」


 少女の指先が光った。


「《加算》」


 【体力:1 → 2】


 初めて見る、俺とは逆向きの数式。


 少女は俺を抱えたまま、にやりと笑った。


「ほら。これで倒れても、一回分は平気よ」


「一しか増えてないぞ」


「助けてもらって最初に言うことが、それ?」


 世界最弱の《-1》が道を開いた日。


 俺は、世界で二番目に弱い少女と出会った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ