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冒険者失格  作者: 藤崎聖子


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第23話 滅びを引く

「滅亡可能回数を、減らす」


 俺が言うと、インフィニアの顔から血の気が引いた。


「やめろ」


「一から一を引けば、ゼロになる」


「それが何を意味するか分かっているのか!」


「世界が滅びられなくなる」


「そんな都合のいい話ではない!」


 固定された一秒に亀裂が走る。


 ガンテツが片膝をついた。


「話すなら、手短にしろ。俺の一秒は長くない」


「一秒が長いって変じゃない?」


「今は正しいです」


 ゼロナが世界地図の記録を開く。


 第九百九十八世界。


 減算によって滅んだ世界だ。


「あの世界の減算者も、同じことを考えた」


 インフィニアの声が震えていた。


「火山の数を減らした。病を減らした。争いを減らした。最後には、死そのものを減らそうとした」


「何を引いた?」


「生命が死ねる回数だ」


 管理室の壁に、過去の光景が映る。


 老人が倒れない。


 致命傷を負った兵士が、血を流したまま生きている。


 枯れた木から、新しい芽が出ない。


 死ねない命が世界を埋め尽くし、最後には何も生まれなくなった。


「個人の死を減らせば、そうなる」


「世界の滅亡も同じだ!」


「違います」


 ゼロナが過去の記録と、今の数字を並べた。


 【個体死亡可能回数】


 【世界滅亡可能回数】


「対象が違います。今見えているのは、世界全体の終了権です」


「数字が違っても、結果まで違う保証はない」


「あるわけないだろ」


 俺は答えた。


「初めてやるんだから」


「ならば賭けられない!」


「今の方法なら確実に何人死ぬ?」


 インフィニアは黙った。


「もう二十二人だ」


 ゼロナが訂正する。


「お前は最悪に備えてるんじゃない。怖いから、知ってる失敗を選んでるだけだ」


「私が怖い?」


「怖いだろ。九百九十八回も世界の終わりを見たんだから」


 神の目が揺れた。


 強いから平気なわけではない。


 長く生きたから慣れるわけでもない。


 九百九十八回分、恐怖が積み上がっている。


「俺は一回も見てない」


 世界地図へ手を伸ばす。


「だから、まだ試せる」


     ◇


「触らせない」


 インフィニアが手を振った。


 固定された一秒が砕ける。


 金色の嵐が爆発した。


 ガンテツが俺たちの前へ出る。


「《固定》!」


 衝撃の速度を固定する。


 止めきれない。


 押し戻されながら、ガンテツの靴が床を削った。


「プラナ!」


「分かってる!」


 【ガンテツの踏ん張る足:2】


「《加算》!」


 【2 → 3】


「足が増えたぞ!」


「細かいこと言わない!」


 鎧の腰から、光でできた三本目の足が床を踏んだ。


 ガンテツが止まる。


「これは料理に向かんな」


「戦いが終わったら戻すわ!」


 金色の槍が十本生まれた。


 速い。


 ゼロナが軌道を読む。


「右へ二歩、伏せて、左!」


 指示に従う。


 三本をかわす。


 四本目が肩をかすめた。


 五本目はプラナが杖でそらす。


 残り五本。


 俺は槍と体の距離を順番に減らし、着弾点をずらした。


 一本が頬を裂く。


 それでも前へ出る。


「来るな!」


 インフィニアが叫ぶ。


「君まで死ぬ!」


「俺を心配しながら攻撃するな!」


「止まらない君が悪い!」


「子供か!」


 世界地図まで十メートル。


 距離を九へ減らす。


 体が前へ滑る。


 九から八へは、まだ一分待たなければならない。


 別の数を見る。


 インフィニアが作った防壁。


 【展開層数:7】


 一枚減らす。


 【7 → 6】


 足りない。


 俺一人では、六枚残る。


「一枚あればいい!」


 プラナが俺の横へ並んだ。


「私が一つ足す。拓郎が一つ引く。それだけでしょ!」


「何を足す気だ」


「穴!」


「防壁に穴はないぞ!」


「だから作るの!」


 プラナが防壁をにらむ。


 【防壁の穴:0】


「《加算》!」


 【0 → 1】


 金色の壁に、人一人が通れる穴が開いた。


「そういう使い方はありかよ!」


「世界が認めたから、ありよ!」


 穴へ飛び込む。


 インフィニアがふさいでも、もう遅い。


 俺は世界地図の前へ出た。


     ◇


 【世界滅亡可能回数:1】


 数字へ触れる。


 冷たい。


 触覚が戻ったせいで、その冷たさがよく分かった。


 九百九十九の世界を終わらせてきた数字だ。


「拓郎!」


 インフィニアが背後から腕をつかむ。


 力が強い。


 骨がきしむ。


「それをゼロにして、世界が消えたらどうする!」


「謝る」


「誰にだ!」


「一緒に消える全員に」


「遅い!」


「じゃあ、消えない方へ賭ける」


 インフィニアの手に力が入る。


 俺も離さない。


「神様。全員を救いたいんだろ」


「当然だ」


「なら、一人で決めるな」


 管理室の外から声が届いた。


 バイロンが叫んでいる。


「やれ、拓郎!」


 マメタの声。


「失敗したら一発殴る!」


 ヒャク。


「九十九パーセント、成功する方へ賭ける!」


 エイン。


「三年しかないんだ。四日で終わらせるな!」


 知らない兵士も、街の人も叫び始めた。


 神には届かなかった世界の声が、大聖堂を揺らす。


 インフィニアは目を閉じた。


 つかんでいた手から、力が抜ける。


「責任は取れるのか」


「取れない」


「言い切るな」


「世界一個分なんて、誰にも取れない。だから全員で背負う」


 長い沈黙のあと、インフィニアが俺の腕を離した。


「私は、君のそういうところが嫌いだ」


「俺もお前の頑固なところが嫌いだ」


「似てるのよ、二人とも」


 プラナが余計なことを言った。


「一緒にするな」


 俺とインフィニアの声が重なった。


     ◇


 数字を見る。


 一。


 引ける。


 だが、今までとは重さが違った。


 岩でも、距離でも、存在人数でもない。


 世界の終わりそのものだ。


「ゼロナ。対象は間違いないか」


「はい。個人の寿命にも、死にも触れていません」


「ガンテツ。数字を固定できるか」


「変化したあとのゼロを固定する」


「プラナ」


「ここにいる」


 背中へ手が触れた。


 温かい。


「戻ってきて」


「どこから?」


「知らない。でも戻ってきて」


「分かった」


 約束できることではない。


 それでも答えた。


 俺は数字をつかむ。


「《減算》」


 【世界滅亡可能回数:1 → 0】


 音が消えた。


 光も消えた。


 自分の体がどこにあるのか分からない。


 記憶が一つ、二つ、剥がれていく。


 母の声。


 故郷の道。


 初めて握った剣の重さ。


 プラナの手だけは離さなかった。


 誰の手だったか分からなくなっても、離さなかった。


     ◇


 最初に戻ったのは音だった。


 誰かが泣いている。


「拓郎」


 名前を呼ばれた。


 それが自分の名前だと思い出すまで、少しかかった。


 目を開ける。


 プラナが泣いていた。


「戻った?」


「たぶん」


「私が誰か分かる?」


「足を三本にする治癒術師」


「よかった。だいたい合ってる」


「合ってないだろ」


 ガンテツが三本目の足を指さす。


「早く戻せ」


 笑い声が上がった。


 外を見る。


 空を覆っていた金色の糸は消えていた。


 朝日が、今度こそ王都へ差し込んでいる。


 世界地図の容量はゼロになった。


 インフィニアが足していた《世界容量》は、世界を終わらせる仕組みと表裏一体だった。滅亡の仕組みを消したため、器を示す数字も一緒に消えたらしい。


 それでも山はある。


 海も、人も消えない。


 器という数字を失って、世界は初めて自分の形を保っていた。


「成功、です」


 ゼロナが座り込む。


「世界はもう滅びません。個々の命は巡り、物は壊れます。でも世界全体を終了させる仕組みだけが消えました」


 ガンテツがゼロへ手を伸ばす。


「《固定》!」


 鉄色の紋章は数字へ届く前に砕けた。


「固定できん。これはもう世界の中にある数ではない。消えた仕組みの残骸だ」


 歓声が遠くから広がっていく。


 インフィニアが世界地図を見つめていた。


「終わったぞ」


 俺は言った。


「ああ」


 神は、初めて肩の力を抜いた。


「六百年ぶりに、足さなくていい」


 その頬を涙が伝った。


 次の瞬間。


 風が止まった。


 朝日も、空を飛ぶ鳥も動かない。


 インフィニアの右手が勝手に持ち上がった。


「何だ?」


「違う。私ではない」


 金色の光が指先へ集まる。


 消したはずの数字が震えた。


 【世界滅亡可能回数:0】


「《加算》を止めろ!」


「止めている!」


 インフィニアが自分の腕を押さえる。


「これは私の意思ではない。神の機能だ!」


 世界は、滅亡機能のない状態を認めていなかった。


 新しい数字が浮かぶ。


 【世界に必要な神の数:1】


 世界を救うには、最後に神を消さなければならない。


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