第21話 最後の世界
【世界容量:99】
数字がまた下がる。
【98】
世界の内容量は百のまま。
器だけが小さくなっていく。
「余剰を減らせば?」
プラナが聞く。
「容量の縮小が止まらない限り、何度でもあふれます」
ゼロナの指が世界地図を走る。
「縮小速度、一時間で一。九十八時間後には容量がゼロです」
「四日か」
「正確には四日と二時間」
「今は細かくていい」
俺はインフィニアを見る。
「九百九十八回も経験してるなら、止め方を知ってるだろ」
「止め方は一つだ」
「何だ」
「世界を再構築する」
プラナの顔が強張る。
「今いる人たちは?」
「肉体は失われる。魂の記録から、新しい世界へ戻す」
「記憶は?」
「消える」
「それは助けるって言わない」
プラナの声が震えた。
「今の私たちは死ぬってことでしょ」
「そうだ」
インフィニアは否定しなかった。
「やらせない」
「できないんだ」
神が、さらに悪いことを言った。
「再構築する材料が残っていない」
◇
インフィニアが管理室の床へ手を置く。
世界地図の外側に、暗い空間が現れた。
そこには何もない。
「世界を作るたび、外側に残った物質と時間を使ってきた」
第一世界の残骸から第二世界を作った。
第二世界の残りから第三世界を。
再構築するたび、使える材料は少なくなった。
「第九百九十九世界を作った時点で、すべて使い切った」
「なら、なぜ今まで黙っていた?」
ガンテツが問う。
「再構築ができないと分かれば、人々は絶望する。私は、この世界を滅ぼさず維持するつもりだった」
「増やし続けて?」
「失われる容量を、加算で補ってきた」
インフィニアが世界容量へ手を向ける。
「《無限加算》」
【世界容量:98 → 99】
一つ戻る。
だが、数字の奥では小数以下の崩壊が続いている。
ゼロナが一時間後の予測値を重ねた。
【予測容量:98】
その時点でもう一度足せば、九十九へ戻せる。
「これを続けてきたのか?」
「六百年」
エインが救われた大飢饉。
あの頃から、世界は寿命を迎えていた。
インフィニアは食料や水だけではなく、世界の器そのものへ一を足し続けていたのだ。
「だから止められなかった」
ゼロナが気づく。
「一度でも世界容量への加算を止めれば、崩壊が始まる」
「そうだ」
「でも足すたび、ほかの物まで増えた」
「容量だけを狙っていた。力が強すぎて、世界全体へ漏れた」
魔物。
植物。
土地。
寿命。
星。
すべては、世界を延命する加算の余波だった。
「なぜ俺たちへ話した?」
「限界だからだ」
インフィニアの手が震えている。
初めて気づいた。
顔色が悪い。
神も疲れている。
「六百年、眠っていない。加算を止めた時間は一秒もない」
「今も?」
「話している間も続けている」
世界容量が九十九へ戻る。
表示されない端数は、今も下がり続けている。
一人で、六百年。
止めれば世界が死ぬ。
続ければ世界が増えすぎる。
どちらを選んでも、終わりへ近づく。
「だから、協力しろと言ったのか」
「君が余剰を減らし、私が容量を足す。君の寿命も私が補えば、あと数百年は保てるかもしれない」
「俺もエインと同じにする気か」
「望まないなら強制はしない。だが、君一代では数十年しか延ばせない」
「根本的な解決ではない」
「今を生きる人々には、数百年がすべてだ」
言い返せない。
百年後の正しさより、今日生き延びることを選ぶ人は多い。
俺だって、プラナたちが生きられるなら迷う。
◇
管理室を出たあと、俺たちは大聖堂の客室へ集まった。
インフィニアはいない。
四人だけだ。
「どうする?」
ガンテツが聞く。
「協力して、俺の寿命まで足させれば、何百年か延ばせる」
ゼロナが数字を書き出す。
「ただし拓郎とインフィニアは休めません。拓郎は寿命まで管理されます。どちらかが倒れた時点で終わります」
「断れば四日」
プラナが窓の外を見る。
「選べるようで、選べないわね」
「ほかの方法を探す」
俺は言った。
「四日で?」
「四日と一時間はある」
「細かい言い方がゼロナに似てきたわよ」
「悪い傾向です」
「本人が言うな」
それから半日、思いつく限りの方法を試した。
世界容量の縮小速度を減らす。
対象は一時間に一。
俺の《減算》でゼロにできるように見えた。
だが、減らせたのは一時間分の縮小だけだった。次の一時間が始まると、新しい一が現れる。
「病気の進行を一度遅らせるのと同じです」
ゼロナが記録する。
「原因は残っています」
ガンテツが世界容量を九十八で固定した。
十秒後、彼の腕に亀裂が入った。
「解除して!」
プラナが叫ぶ。
「まだ持つ」
「世界と力比べしないで!」
固定を解いた瞬間、容量は九十七まで落ちた。
止めていた分を、まとめて取り戻された。
「固定も駄目か」
「料理なら逃げんのだがな」
「世界と煮込みを比べないでください」
ゼロナが真顔で言った。
プラナは容量へ一を足す。
九十八へ戻る。
すぐ九十七へ落ちた。
「私がインフィニアと交代すれば?」
「一回ごとにしか足せません。六百年間、常時発動できる無限加算とは違います」
「二人で交代すれば、眠る時間くらいは作れる」
「あなたは百年も生きません」
ゼロナの言い方は冷静だった。
目だけが冷静ではない。
「ごめんなさい」
「謝らないで。事実だもの」
プラナは椅子へ座った。
「次の世代の子供に《加算》が出たら、引き継がせる?」
誰も答えなかった。
生まれてもいない子へ、世界を支える役目を押しつける。
それを代々続ければ、何百年かは延ばせるかもしれない。
「やらない」
俺は言った。
「今いる人間が助かるために、次の人間の人生を決める方法は選ばない」
「そう言うと思った」
「なら聞くな」
「私一人で考えると、怖い方へ答えが寄るから」
プラナが正直に言った。
「何百年も延ばせるなら、それでもいいって思いそうになる」
「俺もだ」
「拓郎も?」
「四日後にお前たちが消えるよりは、何でもましに見える」
正しい答えを選んでいるわけではない。
間違えたくないだけだ。
インフィニアと同じだった。
◇
夕方、王都周辺へ集まり始めた仲間と通信石をつないだ。
エインは北門の救護所で、運び込まれた負傷者を手伝っている。
王都近郊の収容所では、監視兵に挟まれたヒャクが通信石をのぞき込んでいる。弓は取り上げられたままだ。
バイロンとマメタは、西街道の宿営地まで来ていた。《白銀の牙》の仲間も一緒だ。
世界が四日で終わるかもしれない。
隠さず伝えた。
「数百年延ばす方法はある」
俺は続ける。
「ただし、誰かが寿命を足されながら、休まず能力を使い続ける。拒めば、次の世代へ同じ役目を渡すことになる」
最初に答えたのはエインだった。
「俺は六百年、生きすぎた」
残り三年になった男が、静かに笑う。
「長ければいいってもんじゃない。終わりを知って、やっと今日を選べるようになった」
「四日でいいと言うのか」
「言わない。生きる方法は探してくれ。でも、誰か一人を柱にするのはやめろ」
ヒャクが指先で机を鳴らす。
「成功率は?」
「出てない」
「ならゼロじゃない」
バイロンは腕を組んだ。
「昔の俺なら、確実な方を選べと言っただろうな」
「今は?」
「お前を誤差だと切り捨てて失敗した。一番小さい可能性を、もう一度切り捨てる気はない」
マメタが横から顔を出す。
「難しいことは分からん。でも拓郎、お前は一人で決めるなよ」
「決めてない」
「一人で背負う顔をしてる」
幼なじみには通じなかった。
「四日後も文句を言いたい。だから必ず呼べ」
「何に?」
「世界を救う時にだ」
通信が切れた。
答えは見つからない。
それでも、一人で背負わなくていいことだけは分かった。
プラナが俺の隣へ座った。
手を握る。
感触はまだない。
「手、分かる?」
「見えてる」
「そうじゃなくて」
「分からない」
プラナは俺の手を両手で包んだ。
指先が淡く光る。
「あなたが減らしてなくしたなら、私が足せるかもしれない」
「何を?」
「触覚」
視界に数字が出る。
【触覚:0】
「《加算》」
【0 → 1】
最初に、温かさが戻った。
次に、細い指の感触。
握る力。
手のひらから、世界が戻ってくる。
「分かる?」
「ああ」
声が少しかすれた。
「痛みは?」
プラナが俺の手の甲をつねる。
「痛い」
「よかった」
「いきなり試すな」
「痛いって、大事ね」
手を離そうとしない。
俺も離さなかった。
「私たちって、相性いいと思わない?」
「+1と-1だからゼロになるぞ」
「ゼロって悪い数字じゃないでしょ」
前にも似た話をした。
あの頃は、ただの冗談だった。
今は違う。
減らしすぎた俺を、プラナが戻してくれた。
「そうだな」
俺は握った手へ、少しだけ力を返した。
◇
夜明け前、世界中の空が赤く光った。
王都だけではない。
北の山も、南の海も、同じ光に覆われる。
管理室へ駆け込む。
世界地図の上に、巨大な数字が現れていた。
【世界滅亡まで:1】
「一日?」
ガンテツが聞く。
「一時間かもしれません」
ゼロナが単位を探す。
表示には何もない。
インフィニアは両手を世界地図へ向けていた。
容量を足し続けている。
それでも数字は消えない。
「私の加算を最大まで上げる」
「待て」
「待てない。これがゼロになれば世界は終わる」
インフィニアが管理室の権限を閉じる。
俺たちとの間に金色の壁が立った。
「何をする気だ!」
「世界中の魔力と生命力を、一つに集める」
「人が死ぬぞ!」
「世界が消えるよりはいい!」
神の声が管理室を震わせた。
外で、王国軍の鐘が鳴る。
大聖堂へ魔力を奪われ始めた各国が、王都へ兵を進めていた。
インフィニアは世界を救うため、世界すべてを敵に回した。




