第15話 一パーセント
【追跡成功率:1%】
俺にできるのは、数字を減らすことだけだ。
一から一を引けばゼロ。
完全に追えなくなる。
「どうする?」
プラナが窓から丘を見る。
人影はもう消えていた。
「追わない」
「村を狙うって書いてあるのよ」
「だからだ」
俺は脅迫文を見せた。
「俺たちを村から引き離したいなら、追う方が危ない」
ガンテツがうなずく。
「村の守りを固める。王都へは明朝出る」
「犯人は?」
ゼロナが聞く。
「確率一パーセントへ賭けるより、来させた方が早い」
「どうやって?」
「石板を持って出発する」
相手が欲しいものはこちらにある。
村を襲う必要がなくなるよう、俺たちが標的になればいい。
「囮になる気ね」
「嫌なら村へ残れ」
「誰が嫌って言った?」
プラナが笑う。
傷が治りきっていないのに、引く気はないらしい。
「無理はするなよ」
「一日に五回、同じことを言わないで」
◇
翌朝、俺たちは王都へ向かった。
荷馬車の御者はガンテツ。
その隣に、両手を固定されたエインが座っている。
「捕虜に手綱を任せるのはどうだ」
「逃げないなら代わってやる」
「断る」
「なら黙って座れ」
荷台には俺とプラナ、ゼロナ。
第七減算者の石板は、ゼロナの鞄へ入っている。
「追跡者は?」
「現在、七人です」
ゼロナが答える。
「左右の森に三人ずつ。後方に一人」
「全部見えるのか」
「木々の間に存在する人間の数を見ています」
敵は姿を隠しているつもりだろう。
こちらが気づいているとは知らない。
「襲ってくる確率は?」
「この先の峡谷で百パーセントです」
「便利だな、確率」
「確定している出来事しか見えません。選択が増えると数字が揺れます」
峡谷まで二キロ。
逃げ場のない細道だ。
敵はそこで仕掛ける。
俺たちは分かっていて進んだ。
◇
両側に切り立った岩壁。
道幅は荷馬車一台分。
谷へ入った瞬間、前後の道へ木が倒れた。
予想通りだ。
「石板を置け!」
崖の上から声が響く。
黒い外套の男たちが姿を現した。
全部で七人。
その中央に、赤い弓を持つ男がいる。
「従えば命は取らない」
「さっき村を狙うと言った奴か?」
「警告を無視したのはお前だ」
「石板を渡しても、村を襲わない保証は?」
男は答えなかった。
「ないらしい」
「なら、交渉は終わりだ」
ガンテツが荷馬車から降りる。
「《固定》!」
【荷馬車の位置:固定】
車体が鉄色の光に包まれた。
「ゼロナと石板を守れ。前は俺がやる」
「後ろは私と拓郎ね」
プラナが杖を抜く。
エインは拘束された手を見せた。
「俺は?」
「座ってろ」
「六百十二年で、最も退屈な戦いになりそうだ」
赤い弓の男が矢をつがえる。
「俺はヒャク」
「聞いてないぞ」
「死ぬ者には名乗ることにしている」
「変な律儀さね」
ヒャクが弦を引く。
視界に数字が浮かんだ。
【命中率:100%】
「百……」
「そうだ。俺の《必中》からは逃げられない」
矢が放たれた。
俺は横へ跳ぶ。
矢も曲がる。
地面へ伏せる。
矢は急降下する。
「しつこい!」
プラナが杖で払う。
矢は杖を回り込み、俺の胸へ向かう。
絶対に当たる。
どれだけ避けても、結果が変わらない。
【命中率:100%】
だから一を引く。
「《減算》!」
【100% → 99%】
数字が百を下回った瞬間、矢を包んでいた赤い光が消えた。
追尾が止まる。
あとは、ただまっすぐ飛ぶだけだ。
俺は首を傾けた。
矢が耳の横を通り過ぎ、岩壁へ刺さる。
「外れた?」
ヒャクが目を見開く。
「違う」
俺は立ち上がった。
「外れる可能性を作った。避けたのは俺だ」
「一パーセントだぞ!」
「一パーセントあれば、絶対じゃない」
確率が低いから当たらなかったのではない。
百パーセントでだけ働く《必中》が、保証を失った。
普通の矢なら、動きを見て避けられる。
「なら、もう一度だ!」
ヒャクが二本目をつがえる。
【命中率:100%】
また百へ戻っている。
一分経っていない。同じヒャクの命中率には使えない。
「まずい!」
矢が放たれた。
今度の狙いはプラナだ。
俺は彼女の前へ出る。
矢は俺を避けて曲がり、プラナへ向かう。
標的まで三メートル。
「《加算》!」
プラナが自分へ杖を向けた。
【矢との距離:1m → 2m】
一メートル遠ざける。
だが矢は再び近づく。
絶対に当たるまで追ってくる。
「ガンテツ!」
俺の声に反応し、大男が振り向く。
前方の敵を盾で押し返しながら、片手を矢へ向けた。
「《固定》!」
【矢の位置:固定】
矢が空中で止まった。
命中率は百パーセント。
だが、動けなければ当たらない。
「一人で戦ってるんじゃないのよ」
プラナが止まった矢を杖でたたき落とした。
「勝手に標的にするなんて、失礼ね」
ヒャクの顔が引きつる。
「化け物どもが」
「必中の矢を使う奴に言われたくない」
俺は走った。
ヒャクとの距離、十四メートル。
十二。
十。
敵の手下が二人、間へ入る。
短剣が左右から来る。
片方との距離を一減らす。
体が一メートル前へ飛び、攻撃の内側へ入った。
肘で顎を打つ。
もう一人の短剣が背中へ迫る。
プラナが距離を一足す。
刃が届かない。
振り返って足を払う。
ヒャクが三本目の矢をつがえた。
狙いは俺。
命中率百パーセント。
まだ一分は過ぎていない。
「何度でも撃てる!」
「撃ってみろ!」
俺は正面から走る。
ヒャクが放つ。
矢が胸へ迫る。
俺ではなく、矢とヒャクの距離を見る。
放たれた直後、二人の間は一メートル。
俺と矢ではない。
別の距離だ。
「《減算》!」
【矢からヒャクまでの距離:1m → 0m】
矢が消えた。
次の瞬間、ヒャクの手元へ戻っている。
まだ弓を離れた勢いを保ったまま。
赤い矢が、射手の肩を貫いた。
「ぐあっ!」
弓が落ちる。
必中の標的は俺だ。
だからヒャクの肩を射抜いても、矢は止まらない。
向きを変え、またこちらへ飛ぼうとする。
「《固定》!」
ガンテツが矢を止めた。
俺はヒャクの目前まで走り、拳を振る。
「これは確率じゃない」
頬へ一撃。
「百パーセント当たる!」
ヒャクが地面へ倒れた。
◇
残る六人も、戦意を失った。
ガンテツが武器を集め、全員を縄で縛る。
ゼロナはヒャクの弓を調べていた。
「命中率を百へ固定する魔道具です。本人の数式ではありません」
「誰でも使えるのか?」
「大量の魔力が必要です。繁栄大聖堂から供給されています」
弓にも、金色の紋章が刻まれていた。
「大聖堂は、俺たちが来るのを嫌がってるようだな」
エインが荷馬車の上で肩をすくめる。
「嫌われているうちが花だ」
「六百年生きた奴の言葉は重いな」
「残り三年だ。急げ」
◇
二日後、王都へ着いた。
城壁の外まで人があふれている。
門をくぐり、俺は言葉を失った。
大通りの両側に、果物とパンが山積みになっている。
噴水からは水ではなく、甘い葡萄酒が流れていた。
花は季節を無視して咲き、街路樹には一つの枝へ何十個もの実がなっている。
人々は笑っていた。
食べ物を配り、酒をくみ、増え続ける恵みを祝っている。
「豊かな町ね」
プラナがつぶやく。
その声には喜びより戸惑いがあった。
ゼロナの瞳が光る。
「食料生産量、前年の八倍。人口は七年で二倍。王都の面積も広がっています」
「困ってるようには見えないな」
俺が言うと、エインがこちらを見た。
「だから言った。増加は人を救う」
大通りの先に、白と金の建物がそびえている。
繁栄大聖堂。
広場には何万人もの人々が集まっていた。
鐘が鳴る。
大聖堂の扉が開いた。
白い衣を着た一人の男が、階段へ姿を現す。
歓声が王都を揺らした。
「繁栄神インフィニア!」
「我らに恵みを!」
男――インフィニアが手を上げる。
空だった荷車に、黄金色の麦があふれた。
病人が立ち上がる。
枯れた花が咲く。
奇跡を目の前で見た人々が、涙を流して祈った。
インフィニアは穏やかに笑っていた。
怪物には見えない。
人々を救う神にしか見えなかった。
その目が群衆の中の俺を見つける。
距離は百メートル以上ある。
なのに、まっすぐ目が合った。
インフィニアの声が、耳元で聞こえた。
「待っていたよ、吉田拓郎」




