第14話 寿命
【残り寿命:∞】
終わりがない数字。
どれだけ待っても、ゼロにはならない。
「名前は?」
俺が聞くと、金色の騎士は剣を構えた。
「エイン」
「石板を集めてるのか?」
「質問は一つまでだ」
「今のは名前を聞いただけだぞ」
「なら、もう答えた」
「融通の利かない奴ね」
プラナが杖を抜く。
「不死者と口論しても時間の無駄です」
ゼロナの言葉に、エインがかすかに笑った。
「俺に時間の無駄はない」
地面を蹴る。
速い。
金色の刃が俺の首を狙う。
ガンテツの大盾が間へ入った。
激突。
火花が飛ぶ。
ガンテツが二歩下がった。
「重いな」
「どけ。お前に用はない」
「仲間を斬る奴には用がある」
ガンテツが盾を振る。
エインは剣で受けた。
今度は金色の騎士が吹き飛ぶ。
家の壁へ叩きつけられ、石を砕いた。
村人たちが悲鳴を上げる。
「家から離れろ! 橋の方へ!」
ゼロナが避難を促す。
壊れた壁の中から、エインが立ち上がった。
鎧はへこんでいる。額から血も流れていた。
傷が金色に光る。
血が戻る。
裂けた皮膚が閉じる。
へこんだ鎧まで元の形になった。
【体力:431 → 500】
「面倒だな」
「六百年で、何度も言われた」
「六百?」
「正確には六百十二年です」
ゼロナが数字を読む。
見た目は三十歳ほどだ。
だが瞳に浮かぶ疲れは、年齢を聞けば納得できる。
「それだけ生きて、石板一つを奪う仕事か?」
「仕事ではない」
エインが剣を払う。
「恩を返している」
「誰に?」
「二つ目の質問だ」
また踏み込んでくる。
俺は横へ跳んだ。
剣が肩をかすめる。
熱い痛み。
【体力:57 → 49】
直撃すれば終わる。
「《固定》!」
ガンテツがエインの足元へ手を向けた。
【位置:固定】
金色の騎士の動きが止まる。
「十秒だ!」
「十分!」
俺はエインへ意識を集中した。
無限の寿命。
一を引けばどうなる。
答えは分かっている。
それでも、ほかに突破口が見えない。
「《減算》!」
【残り寿命:∞ → ∞】
何も変わらなかった。
当然だ。
無限から一を引いても、無限のまま。
それなのに反動だけは来た。
頭の中へ、六百年分の時間が流れ込む。
知らない町。
知らない戦争。
死んでいく人々。
エインが見送ってきた無数の顔。
視界が白くなる。
俺は膝をついた。
「拓郎!」
プラナが駆け寄る。
「何をしたの?」
「無限から、一を引いた」
「馬鹿なの?」
「今、俺もそう思ってる」
固定が切れた。
エインが動く。
剣の柄でガンテツの顎を打ち、盾の横を抜けた。
狙いはゼロナの鞄。
石板が入っている。
「《加算》!」
プラナが杖を振る。
【エインからゼロナまでの距離:1m → 2m】
指先が鞄へ届かない。
ゼロナが後ろへ跳ぶ。
「再生の瞬間を見せてください!」
「どうやって?」
「傷をつけます!」
ゼロナは外套から小さな短剣を出した。
エインの手の甲へ突き立てる。
戦闘能力三とは思えない思い切りだ。
「こいつ、怖いな」
「今さらです!」
エインがゼロナを振り払う。
短剣の傷が光る。
体力が戻る。
「共有します!」
ゼロナの金色の瞳を通し、再生に関わる数字が浮かんだ。
【自然寿命:残り3年】
【付与寿命:1年】
【自然寿命の消費:停止】
【更新回数:無制限】
【次回更新まで:1秒】
数字がゼロになる。
付与寿命が一年へ戻る。
また一秒。
外から寿命を足され続けている。
付与寿命が先に消費される間は、本人の自然寿命も老化も止まる仕組みだった。
だから全体では無限に見えた。
「不死じゃない」
俺は立ち上がる。
「一年分の寿命を、一秒ごとにもらってるだけだ」
「結果は同じだ」
エインが剣を振る。
ガンテツが受ける。
「更新を止めない限り、俺は死なない」
「止める必要はない」
付与される寿命は一年。
その数字から一を引く。
だが更新は一秒ごとだ。同じ対象へ再び使えるまで、一分かかる。
減らしても、一秒後には一年へ戻る。
「プラナ、更新までの時間を足せ!」
「一秒を二秒にするだけよ!」
「一秒あれば足りる!」
プラナが金色の紋章へ杖を向けた。
「《加算》!」
【次回更新まで:1秒 → 2秒】
更新が一秒遅れる。
その隙に、俺は付与寿命へ手を伸ばした。
人の寿命。
減らさないと決めた数字だ。
だが、これはエインが生まれ持った三年ではない。
外から押しつけられ、終わりなく更新される一年。
「借り物だけ返してもらう」
「《減算》!」
【付与寿命:1年 → 0年】
金色の光が消えた。
一秒後、更新が働く。
だが、戻った数字はゼロだった。
【付与寿命:0年】
契約が与える量そのものを減らした。
何度更新しても、ゼロ年しか足されない。
【残り寿命:∞ → 3年】
エインの白い髪が風に揺れた。
「俺の終わりが……見える」
声に恐怖が混じっている。
六百年生きた男でも、終わりは怖い。
「三年ある」
「短い」
「俺たちから見れば十分長い」
「お前に何が分かる!」
エインが斬りかかる。
動きが乱れていた。
ガンテツは剣を盾でそらし、懐へ入る。
「一度、眠れ」
鉄板の角がエインの腹へ食い込んだ。
体が折れる。
続けて顎を打ち上げた。
金色の騎士が地面へ倒れる。
傷は治らない。
体力はゼロではない。気を失っただけだ。
戦いが終わった。
◇
エインを村の集会所へ運び、鎧と剣を外した。
ガンテツが両手を拘束する。
「《固定》」
【拘束具の耐久値:80・固定】
「これで目を覚ましても逃げられん」
エインの胸にあった金色の円盤は、色を失っていた。
ゼロナが表面を調べる。
「遠くから寿命を送り込む装置です。送り主までは追えません」
「ナナシと同じ勢力ね」
プラナが俺の肩の傷へ布を巻く。
「不死を与えられるなんて、相手は何者なの?」
エインが目を開けた。
「神だ」
全員が彼を見る。
「六百年前、疫病で国が滅びかけた。あの方は食料を増やし、薬を増やし、人々の寿命を増やした」
「その神が、今も世界を増やしている?」
「世界を救っている」
エインははっきり言った。
「増加がなければ、人は奪い合う。食料も、土地も、時間も足りない。あの方は不足をなくそうとしている」
「谷の魔物も増えた」
「使い方を誤っただけだ。力に罪はない」
「それは《-1》にも言えるな」
エインは黙った。
「神の名は?」
「まだ、お前が呼ぶべきではない」
「質問は一つまでか?」
「よく覚えていたな」
少しだけ笑った。
ただの狂信者には見えなかった。
この男は本当に、増やす力に救われたのだ。
だから六百年、恩を返し続けている。
「石板を奪って、どうするつもりだった?」
「王都へ持ち帰る」
「どこへ?」
「繁栄大聖堂」
王国で最も大きな教会だ。
王都の中心にあり、《加算》と《乗算》を神の祝福として広めている。
俺たちが向かおうとしていた場所でもある。
「案内してもらう」
ガンテツが言う。
「断る」
「拘束したまま荷馬車へ載せる」
「元騎士が捕虜を乱暴に扱うのか」
「食事は出す」
「何が出る?」
「朝は塩漬け肉と豆のスープだ」
エインが少し考えた。
「案内だけなら」
「料理で寝返ったぞ」
「六百年生きても、うまい飯には弱いらしいわね」
◇
その夜、俺は眠れなかった。
母の顔を失った記憶。
プラナの胸に浮かんだ残り時間。
ナナシの寿命。
エインから減らした一年。
人の命へ触れるたび、自分の中の何かが変わる。
減らさないと決めた。
今回は借り物だった。
次も同じように線を引けるだろうか。
窓の外で、矢が風を切る音がした。
俺は反射的に身を伏せる。
一本の矢が壁へ刺さった。
誰もいない。
攻撃ではなく、手紙を届けるための矢だ。
矢羽根に小さな紙が結ばれている。
《石板を王都へ運べば、次は村を狙う》
短い脅迫文。
その下に、金色の紋章。
俺は窓の外を見た。
遠くの丘に、一瞬だけ人影が見える。
距離は二百メートル。
追いつけない。
だが、初めて見る数字が浮かんだ。
【追跡成功率:1%】
確率。
増やせれば追える。
俺にできるのは、減らすことだけだった。




