第11話 減らせないもの
【残り時間:60秒】
数字が減る。
五十九。
五十八。
「プラナ!」
俺は倒れた体を抱き起こした。
黒い槍は消えている。胸の傷から、赤い血があふれていた。
プラナの目は閉じたまま。呼吸が浅い。
【体力:1】
【残り時間:55秒】
何を減らす。
疲労度。
違う。
体温。
違う。
残り時間。
五十四から一を引けば、五十三になる。
死を早めるだけだ。
「拓郎、傷口を見て!」
ゼロナが隣へ膝をつく。
金色の瞳がプラナの胸を見る。
「傷の幅、四センチ。深さ十二センチ。出血量が増えています」
数字が視界へ共有された。
【傷口の幅:4cm】
「減らせる」
俺は傷へ手を当てた。
「《減算》!」
【4cm → 3cm】
傷の左右が、一センチだけ閉じた。
流れ出る血がわずかに減る。
だが、深さは変わっていない。
出血は止まらない。
【残り時間:46秒】
「深さも減らす!」
「同じ傷です! 一分待たないと――」
「そこまで持たない!」
階段から重い足音が響いた。
ガンテツが最上階へ飛び込んでくる。
背中には炎槍を受けた跡があった。
「何があった!」
「プラナの体力を固定しろ!」
俺の声で状況を理解した。
ガンテツはプラナの肩へ手を置く。
「《固定》!」
【体力:1・固定】
鉄色の光が、プラナの全身を包んだ。
残り時間が三十二で止まる。
数字が明滅し、消えた。
「止まった?」
「体力が一より下へ落ちない限り、死にはせん」
ガンテツの額に汗が浮かぶ。
「どれくらい持つ?」
「この傷なら十分が限界だ」
「治療院まで?」
ゼロナが答える。
「最短で十二分です」
「二分足りない」
「俺が距離を減らす」
プラナを抱き上げた。
軽い。
いつもなら何か言い返すのに、声がない。
「ガンテツ、触れ続ける必要は?」
「ある」
「一緒に運ぶぞ」
ガンテツが背後からプラナの肩へ手を置く。
奇妙な姿勢のまま、階段を下り始めた。
「ゼロナ、道を見せろ!」
「治療院まで九区画!」
塔を出る。
夜の町へ飛び出した。
【治療院まで:9区画】
「《減算》!」
【9区画 → 8区画】
景色が飛ぶ。
腕の中のプラナが揺れた。
傷口から血がにじむ。
「もっと静かに運べ!」
「無茶言うな!」
八区画。
七区画。
交差点ごとに、違う区間を一つ減らす。
頭の奥が痛む。
鼻血が口へ入る。
止まれない。
「《減算》!」
【6区画 → 5区画】
プラナの体力は一で固定されている。
だが傷は広がろうとしている。
固定を維持するガンテツの顔色が悪い。
「あと何分だ!」
「七分!」
「残りは?」
「四区画!」
俺は次の数字を見る。
同じ距離を連続で減らしてはいない。
それでも、短時間で空間へ触れすぎた。
視界が暗くなる。
「拓郎、意識を保て!」
「分かってる!」
「お前が倒れたらプラナも落ちる!」
「それは困る!」
ガンテツの声へ怒鳴り返す。
あと三区画。
二区画。
治療院の白い壁が見えた。
最後の距離は一つ。
【治療院まで:1区画】
一から一。
ゼロ。
「《減算》!」
次の瞬間、俺たちは治療院の扉へ激突した。
「近すぎる!」
「減らせと言ったのはお前だ!」
「患者です!」
ゼロナが扉を叩く。
「重傷者! 残り固定時間、六分二十秒!」
中から職員たちが飛び出してきた。
担架へプラナを載せる。
老院長が傷を見て、顔をこわばらせた。
「術式による貫通傷だ。手術室へ!」
「体力を一で固定している」
ガンテツが言う。
「あと六分だ」
「十分だ。そこまで持たせてくれ」
扉が閉まる。
俺たちは廊下に残された。
◇
手術は四時間続いた。
ガンテツの《固定》は、開始から五分後に切れた。
その時点で血管が縫い合わされ、治癒術師が体力を回復させていた。
夜が明ける頃、院長が手術室から出てきた。
「命は助かりました」
その場に座り込みそうになった。
ガンテツが背中を支える。
「面会は?」
「まだ眠っています。しばらく安静が必要です」
「後遺症は」
「今は何とも。ただ、心臓から指二本分の場所を通っています。一センチずれていたら助からなかった」
一センチ。
たった一。
数字を聞いて、吐き気がした。
俺は治療院を出た。
◇
朝の路地で、ナナシを載せた護送車とすれ違った。
時計塔で気を失ったあと、駆けつけた衛兵に捕らえられたらしい。
生きていた。
窓の格子越しに目が合う。
視界へ数字が浮かんだ。
【残り寿命:23年】
足が止まった。
昨日まで見えなかった数字だ。
プラナの死までの時間を見たせいで、俺は人間の命を有限の数として理解してしまった。
二十三年。
一を引けば、二十二年。
何度も引けば、ゼロにできる。
ナナシが口元を歪めた。
「やってみろ、減算者」
「何をだ」
「見えているんだろう。俺の命が」
俺は答えなかった。
「仲間を殺しかけた男だ。減らす理由は十分ある」
胸の奥に怒りが残っていた。
こいつが仕掛けた魔法で、プラナは死にかけた。
あと一センチずれていたら。
ガンテツが間に合わなかったら。
俺が治療院への道を縮められなかったら。
そのどれか一つでも欠けていたら、プラナはもういない。
「減らせよ」
ナナシが笑う。
「お前の力は、そのためにある」
俺は格子へ手を伸ばした。
護衛の兵士が剣へ手をかける。
ナナシは動かない。
寿命二十三年。
「《減算》」
白い光が走る。
ナナシの顔から笑みが消えた。
【対象:痛み】
【痛み:76 → 75】
「何のつもりだ」
「傷が痛そうだったからな」
「俺を哀れんだのか」
「違う」
俺は手を下ろした。
「俺が何を減らすかは、俺が決める」
護送車が動き出す。
ナナシはもう笑わなかった。
◇
プラナが目を覚ましたのは、二日後だった。
病室へ入ると、彼女はベッドの上で果物を食べていた。
「遅い」
「起きたなら知らせろ」
「今、起きたところよ」
「りんごを半分食べる時間はあったんだな」
「病人には栄養が必要なの」
いつもの声だ。
力が抜けた。
椅子へ座る。
「痛むか?」
「少し」
「減らそうか」
「一だけ?」
「一だけだ」
「じゃあ、お願い」
俺はプラナの肩へ手を置いた。
いくつもの数字が見える。
体力。
傷の深さ。
痛み。
寿命。
最後の数字から目をそらす。
「《減算》」
【痛み:31 → 30】
「どうだ?」
「よく分からない」
「正直だな」
「でも、少し楽になった気はする」
プラナが残りのりんごを俺へ差し出した。
「食べる?」
「病人のだろ」
「半分あげる」
「《加算》で一個に戻せないのか?」
「りんごの個数を増やすなんて、まだ無理よ」
「俺も、人の寿命は減らさない」
言葉にすると、胸のつかえが少し取れた。
プラナは驚かなかった。
「見えるようになったのね」
「ああ」
「怖い?」
「怖い」
「なら、大丈夫よ」
「どうして」
「怖くなくなったときの方が危ないもの」
プラナはりんごを一口かじった。
「能力が数字を選ぶんじゃない。あなたが選ぶの」
「ナナシにも同じことを言った」
「真似したわね」
「今、お前が真似したんだ」
どちらからともなく笑った。
命は数字になった。
だが、数字に見えるからといって、勝手に引いていいものではない。
減らせないのではない。
減らさない。
その違いだけは、忘れない。
病室の扉が開いた。
ゼロナが古い革張りの手帳を抱えている。
「ナナシの荷物から見つかりました」
開かれたページには、北の遺跡までの地図が描かれていた。
ガンテツが追っていた、騎士団調査隊の失踪地点だ。
地図の隅には四つの記号。
その下に、古代文字で一文が書かれている。
《第七減算者の墓》
俺より前にいた《-1》の使い手。
その墓が、俺たちを待っていた。




