↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/116

第90話 ゴミ屑だなって

赤を基調に黒の差し色が入った丈の短いドレス。まとった女が不満げに声を上げる。


「ねえエルド、今度こそ当たりよね。私はもう疲れてきたわ」


「お前がやりたいと言ったんだ。我はそれに付き合っているだけだ」


暗闇から重量を含んだ声がする。しかし、空気を重く震わせている割に、やや力強さに欠けていた。


「なんか、こんなに大変だとは思っていなかったのよ。もっと気楽にちゃちゃっとやれるかなって」


唇を尖らせ、言い訳がましく女は応えた。暗闇はそれに答えず、静かに辺りを調べている。


「エルド、このキラキラとした石はなんなの?こんなに大きくて綺麗な透明な石は初めて見たわ」


二人の周囲、握り拳大の無色透明な鉱石が床も壁も天井にまで大量に含まれる。


「ダイアモンドと呼ばれる石だ。超高圧下で炭素が取る結晶構造だな。かなり硬いのでお前らの世界では切削工具に使われていると聞いたことがある」


「へぇーこれがダイヤなの。もっと小さいものだと思っていたわ」


女は壁の岩から石を掴み出す。子供の頭ほどの塊は、美しい正八面体だった。


「常人なら立ち入ることが出来ない深淵部だ。上に行くまでに劈開したりすり潰されたりして小さくなるのだろう」


つまらなそうにエルドと呼ばれた者が答える。


「ふーん。それにしても暑いわね〜。ダンジョンはもっと涼しいものでないとダメよ」


それだけ地下深くに到達している。エルドは答えようとしたが、思い直し沈黙を続ける。何を言っても女は不満に繋げそうだったからだ。


それが良くなかったのか。女の興味は他に移った。


「ねぇ!エルドっ。あの子とっても綺麗ね。今度こそ、連れて帰るわ。良いでしょ!」


指差す先には、水晶のように白銀に輝く竜がいた。いつでも戦える体勢を取ってこちらを窺っている。あからさまな敵意こそ向けてきてないが、警戒心を持っているのが見て取れた。


「絶対にダメだ。お前は死にたいのか?」


「なによ。あの子、エルドより強いの?」


負けるわけない、しかしそんな単純な話ではない。手を出してはダメな相手というのが存在する。面倒だなとは思ったが、ここらで一度ナリアに説明しておく必要があるかもしれない。


エルドヴァリスはゆっくりとした動作で、ナリアルディスに向き直った。



渓谷を川伝いに下る。流れが急な渓流だが、所々に岩に遮られた淀みがある。流れに砕かれた岩から転がり落ちた金剛石の結晶が。


「マサトさん、何しているの?川に魔獣なんか居ないよ。こっちこっち。私が見たのはあの斜面からチラッと見えたんだよ」


岩から転がり落ちた金剛石の。


〈なにが金剛石ですか。ダイヤ拾いなんかに気を取られてないで、ちゃんと仕事をして下さい〉


おのれ……淀みに溜まった石を少し拾ってみたいだけなのに。


ティリエナとカレナを連れて魔獣出没原因の調査中である。しかし、会ったこともない銀渓探査の爺いどもを驚かせたい。若きホープが年寄りたちの業績を軽く凌駕する。そんな素敵なサクセスストーリーを思い描いて何が悪いのだ。


〈そのわけのわからない自己顕示欲というか承認欲求を、なぜ仕事面で発揮しないのですか……〉


(それは無理。だって爺さんたち普通にすげぇから。経験と知識が半端ない。探査員として勝つなんて無理ゲー)


「ねぇ、まさかとは思うけどマサトさんもダイヤ集めしたくなってるの?」


ティリエナがそう言いながら、沢から山に登る道を歩いて行く。


「マサトさん、ガラハさんたちみたいに原石集めに夢中になったらダメですよ」


カレナも同じこと言う。ガラハさんとは、社長の旦那でこの騒ぎの中心人物だ。俺がデカい原石を突き付ける予定の相手だ。


「二人とも何を言ってるんだ。そんな子供みたいな真似するわけないだろう。人間歳を取ると童心へ帰ると言うけど、本当に困った人達だよ」


山道を登りながら口にする。カレナの足がおぼつかないので手を貸してやった。


「老齢で自信を失くしてしまうのかな。群れの中でのヒエラルキーを確認したくなるのかもね」


「へぇー。男の人って大変なんだね。歳を取ってもそんな風に立ち位置を確認しないといけないなんて」


感心したようにティリエナは頷いていた。俺は違うアピールをさりげなくやったが見事に決まったな。


ちょっと待て!いまカレナが掴んだ岩に巨大ダイヤの原石らしき物が見えたぞ!


いや違った。光の加減で、金属鉱石が光っただけだ。クソつまらん。デカいダイヤモンド欲しい〜。


〈…………。〉


渓谷から登り山道。なにが楽しいのか、ティリエナが先頭を歩いている。お前は後衛職だろ。


山道のど真ん中、目線より少し高い位置が光った。光の元を辿る。そこには今まさに網を吐き出そうとする魔獣の姿があった。


白炎を抜いて斬撃を飛ばす。森に溶け込むように巣を構えていた鋼糸蜘蛛が二つになって落ちた。


「え?マサトさん、今のなに!?」


後ろを歩いていたカレナが驚いて声を上げるが、俺も驚いていた。


「フレイア監査官、銀渓で鋼糸蜘蛛の観測記録はあるか?」


鋼糸蜘蛛は先手を取れば、大して脅威ではないがそれでも乙種だ。銀渓で乙種が観測されたなど聞いた事がない。カレナの声に、驚いて立ち止まったティリエナが振り返る。こちらへ戻るよう合図をした。


〈いえ、記録はありませんね。そもそも銀渓で観測されている魔獣で危険度が高いのは、刃鎌蟷螂程度です〉


(裂羽鳥の記録もあったはず。いずれにせよⅠ類とはいえ丙種だ)


「ねぇ、マサトさん。私いまヤバかった?」


ティリエナが不安そうな顔で聞いてきた。言われてみたら、乙種との戦闘経験はないのかな。


「ヤバいわけねぇだろ。何のための三人組だ。俺が先に気がついただけだ」


今さら単独の鋼糸蜘蛛如きで危機に陥ってたまるか。奴は熊とタッグを組んだ時にヤバいんだ。


「鋼糸蜘蛛の糸は場合によっては凶器になる。けど、獲物を感知するための糸を浮かべている。空気がきらめくからそれを辿れ。落ち着いて対処すればティリエナの方が確実に仕留められるよ」


礼など要らん。それより、空気が光るよりも岩肌が不自然に光ったのを見逃さないで教えて欲しい。そう思ったが、口にしないだけの分別はあった。


〈褒め称えましょうか?〉


やかましい。思ってもいないことを口にすんな。


それにしても確かに変だ。ティリエナが見たという灰牙犬も鋼糸蜘蛛も、もっと北が生息地だ。白峰の北に聳え立つ白玲峰周辺に多く見られる魔獣だ。


「マサトさん、フレイア監査官はなんて仰ってますか?」


カレナは初めての乙種遭遇に思うところがあるのか、周囲を不安そうに警戒しつつ訊ねてきた。


「フレイア監査官、どう思う?」


改めて声にしてフレイアに問う。


〈カナン様に報告しました。引き続き原因を調査するようにと。ただし現場で危険度が高いと判断するならば、撤退するようにと併せて指示がありました〉


二人を見てフレイアの言葉を伝える。


「カナンは調査続行を望んでいる。ただ不安なら引き返しても良いそうだ。どうする?」


二人が顔を一度見合わせる。小さく頷いた二人に問われる。


「マサトさんは、どう思う?私たち二人は足手纏いにならないかな」


何を言っとるのだ。この同期女子は。


「あのな、俺ひとりじゃ遠距離範囲攻撃とか出来ないし、大怪我しても治療も出来ない。足手纏いどころか、安心感しかねぇよ。タクナと二人で仕事してた時とか酷いもんだった。基本血塗れだ」


「そっか。じゃあ、もう少し頑張ろう!引き際はマサトさんが判断してね。今みたいに、何かやらかしそうなら、先回りして注意してくれると助かる」


やはり、俺の同期たちは優秀なんだな。恐るべき成績で育成校を卒業しているのは伊達じゃない。


「ああ、わかった。二人とも少し気を引き締めていこう。あと岩肌が不自然に光ったりしたらすぐに教えてくれ」


「ねぇマサトさん……。カッコ良く決めたいとか思わないの?さっきまでマサト株はストップ高を記録してたのに」


〈私も同感ですね。幼年学校児童みたいなメンタルを発揮するところじゃありません〉


ダイヤモンド欲しいんだよ……。俺も爺さんたちと張り合いたい。でっかいクワガタは男児のロマンなのに。


それからも森の中を進んでいった。おそらく銀渓の猟師さんが利用しているであろう山道。踏み固められた道は獣道の様相。しかし、途中で遭遇した魔獣は灰牙犬が一頭だけ。ティリエナが気がつき、俺に確認したあと処理した。


本来群れを作る灰牙犬が一頭ポツリと現れる。色々と変である。魔素の残滓を辿り森を進む。当然、道中で光る石がないかは確認していた。


進んでいくと突然、開けた場所に出た。木々はなく深い下草が生えている。開けた先に、岩肌が剥き出しになった崖がある。高さは20m程度か、周囲を見回すが景色は同じだ。ここで行き止まりかな。


「マサトさん、これ山にぶつかったんだよね。登ってみる?私は自信ないけど」


ティリエナが崖を見上げて不安そうに言ってきた。カレナも同じようだ。


崖上は一度平坦になっているようだが、その後は切り立った岩山になっている。


うーん……ここまで全く原因らしきものが見当たらない。崖上に登るのは俺なら容易いが、流石に二人を置いていくわけにもいかない。


「とりあえず休憩しよう。ここまで、緊張して歩いてきた。思ってる以上に疲労しているはずだ。俺は原因究明のため少し辺りを散策する。遠くには行かないから、休んでいてくれ」


女子を気遣う素敵な年上男性。しかも、自身は休まず任務を続行。これは高ポイントだな。


「ダイヤ探しに歩き回るんでしょ。ずっと岩肌ばっか見てたもんねー」


「マサトさん、仕事してるのか遊んでいるのかわからなくて困ります」


俺の株価がストップ安だ。どうしてこうなったんだろう。格好つけてみたはずなのに。


「ダイヤ探しに行ってくるから、ちょっと待っててね!」


開き直っておいた。


二人が適当な場所に腰を下ろすのを確認して、俺は崖に取り付いた。さあ、巨大ダイヤよ。その姿を見せておくれ。


キラキラと光る岩肌を丁寧に見て回る。本当ならティリエナにお願いして、派手な魔法をブチかまして削岩してもらいたいが我慢した。


あと、フレイアが何か言いたそうだけど、休憩時間だから何も悪いことはしていない。


む、何か見たことない光が見えた。岩の隙間が確かに光った。奥は暗くて良く見えないが、手前側の岩に何かが埋まっている。


白炎を抜いて構えた。目を閉じて精神を統一、開くと同時に白炎を振り抜く。派手に爆音を上げ、岩を砕いてやった。


砕いた岩の後はポッカリと暗闇が広がっていた。しかし、それはとりあえず良い。俺を止めた石を探す方が先だ。周囲に散らばる岩の破片を片っ端からひっくり返して確認するとあった!


ゴルフボールくらいの大きさ。正八面体ではなく六面体ではあるが透明度の高い結晶があった。しかも、一部が桜色に輝いていた。


「おおーすげぇ。ピンクダイヤかな。フレイア、どう思う?」


〈ゴミ屑だなって思ってます〉


「ゴミ屑なわけないだろ!レアな結晶だぞ。お宝感が半端ない」


まったくロマンを理解しない女はこれだから困る。


〈いえ、わたしがゴミ屑だと言ったのはそのダイヤに対してではありません〉


では、何がゴミ屑なんだ?そんなことを思ったタイミングでティリエナたちがやってきた。


「ねぇ、すごい音がしたけど何してるの。山とか勝手に切り拓いたらダメなんだよ」


切り拓いたりしてないわ。ちょっと削っただけ。言い訳しようとしたら、カレナが穴をジッと見ている。


「どうしたカレナ、なんか光っているのか!?」


「光ってないよ。それより、これって入り口じゃない?」


「入り口ってなんのよ」


カレナの後ろから俺も覗き込む。奥が見えないほどに深い闇が広がっていた。


〈ダンジョンの入り口みたいですね……〉


フレイアも驚いているらしく、口調にはいつものキレが欠けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。