第89話 男子って
(…………。)
〈頭を抱えて蹲って泣いても良いんですよ?〉
「なにを言っているのかな。フレイア監査官。私はKTSの探査員だよ。蹲って泣くなど最後にやったのは、立ち歩きが出来るようになった頃だよ。ちなみに、人前で涙を見せたのは、アレが最初にして最後だったがね」
〈幼稚園で、近所に住む女の子に虐められ、いつも泣いていましたよね。あと小学生の時に怪我をして病院で〉
うるさいですわよ。
「あー。それにしても勿体無いことしたー。勢いに任せて砕くなんて勿体無いことしたー」
なんと言うか、金ではないのだ。凄いお宝を所有しているという満足感で良かった。なんで投げちゃったかなぁ〜。
〈また探せば見つかりますよ。ほら、銀渓探査さんに行きますよ。同期の子たちが派遣されているのでしょう〉
同期なんか知らないよ。もう見つからない、あんな綺麗な石。悲しい。
〈そんなことありませんよ。またきっと見つけられます。まずは仲間と会って話でもしましょう〉
フレイアが悪いんだ。クスクス笑って俺を揶揄ってくるから、悔しくなってつい投げてしまったんだ。
〈はいはい。そうですね。私が笑ったから投げちゃったんですよね。ほら、もう銀渓探査さんが見えてきましたよ。あとちょっとですから頑張りましょうね〉
フレイアに宥めすかされ銀渓探査までやってきた。そして、目にしたのは衝撃の光景だった。
(デカくね?あれどれくらいあるかな)
〈そうですね、おそらく200〜250g程度。1200ct前後になるかと〉
銀渓探査さんの社内のあちこちに、美しい正八面体結晶の原石が転がっていた。入り口付近に置かれた下駄箱の下に無造作に積まれた原石。そこには、10円硬貨大からゴルフボール程度の石がゴロゴロと積まれている。
その中にひときわ大きい原石。硬球くらいの大きさ、透明度が高く淡いブルーに光るダイヤモンドがあった。
(なあフレイア、あれ地球なら幾らすると思う?)
〈さぁ、わたしの地球の知識はマサトさん由来のものを超えません。なので、見当がつきません。もっとお勉強しておいてくれたなら、多少なりとも価値を算出できたのですが……〉
やかましい。無教養で悪かったな。
銀渓探査の社長さんは女性であった。組合で長いこと活躍されていた神官。穏やかな性格、ハイナス監査官を思い出させる、真の神官である。どっかの暗黒神官とはまるで違う。
「あの子たちも、もう直ぐ出勤してくるはずです。久しぶりに会うんでしょ。楽しみにしていましたよ」
「はぁ、そうですか。まぁ元気にやってるならどうでも良いです」
社長さんが、俺の同期どもについて言及しているが、正直まったく入ってこない。
(フレイア、あれサファイアだろ?あんな巨大で綺麗な淡いブルーダイヤとか聞いたことない)
〈サファイア、コランダムの結晶は正八面体になりません。他にも正八面体結晶の鉱石はありますが、銀渓での産出鉱石群を考慮するとダイヤモンドで間違いありませんね〉
マジかよ……地球ならあれ一つで死人が出るぞ。
「マサトさん、ダイヤモンド鉱石に興味があるのですか?良くありませんよ。そんな物に現を抜かすのは」
あまりのことにどうしても目線が行ってしまい、社長さんに気づかれてしまった。
「あ、いや、失礼しました。そこいらじゅうにダイヤ鉱石が転がっているので、つい気になってしまって」
「はぁ〜。本当に困ったものです」
深いため息を吐かれてしまうが、表情からみると俺に対してのものではないらしい。
「どうされたのですか?何か問題を抱えてらっしゃるなら、ぜひお聞かせ下さい」
お仕事モードに入り社長さんの話を聞いてみた。
社長さんはまたひとつため息をつき、呆れ顔で話をしてくれた。
「なるほど……それは困りましたね」
話してくれた問題は割としょうもない。いや、かなりダメダメな話だった。
だが、しかし。わかる。実に共感できる。男子たるもの、そうでなくてはならない。そう思った。
〈ゴミ屑みたいですね、男子って〉
黙らっしゃい!女子供に何がわかる。
ひっつめ髪のお堅い監査官にロマンというものの在り方。それを、どうやって理解させるか。考えていると、騒がしい女どもが追加された。
「あー、マサトさんだー!おひさー。なんで、昨日来なかったの〜。疲れているなんて言い訳はないんだからねー」
「お久しぶりですねマサトさん。もう巡察任務に就いてらっしゃるって凄いですね。タクナさんもですか?」
同期のふたりティエリナとカレナである。四課と五課。もうひとり五課の女子が出向してきているはずなのだが。
「二人とも久しぶり。タクナは北を回っているよ。ミディアルは?」
「ミディアルさんは、今週病院に詰めてもらっているんです。うちの医師は高齢で、最近思うようにカナン様の奇跡が行使できなくなっているんです。それなのに、あの三人は本当に……」
社長さんが代わりに答えてくれた。
「私と交代で病院でお医者さんしているんです。本当に勉強になります。マサトさんがまた死にかけたりしたら、良い塩梅で助けてあげられます」
カレナは得意げに口を挟むが、俺が死にかける想定はやめて欲しい。
「それでねー。私はやることがなかったんだけど、最近ちょこちょこ魔獣を見かけるの。丙種の弱っちいのばっかだけど」
社長の抱える問題を、ティリエナが具体化してくれる。
彼女曰くこうだ。
銀渓探査に派遣されて以降、二日に一度程度のパトロールに同行していた。銀渓探査の前衛組の爺さん三人について回っていたらしい。
最初の頃は平和もいいとこで、観光気分で毎日案内してもらっていた。そんなある日、事件は起こった。事件?いや、事故かもしれない。
ティリエナが見たのは、ひとりの爺さんが河原で500円硬貨くらいのダイヤの結晶を拾った。俺が拾ったものと同じ程度の大きさ。それを、他の二人に自慢をしたらしい。当然、一緒にいたティリエナとミディアルにもだ。カレナは病院当番だったらしい。
ティリエナとミディアルは、拾った爺さんに言った。
「へぇー、凄いですね〜。そんな綺麗な結晶初めてみました」
今になって思えば、あの時の他の二人の爺さんたちの目がキラリと光っていたようだったと。
最初のダイヤ結晶を持ち帰った日から一週間ほど経過した日、単独でパトロールに行っていた爺さんが、結晶を持ち帰った。最初に拾った爺さんのよりも少しだけ大きかった。
三日後、先に拾った二人よりも、少し透明度が高い物を持って帰った爺さんが居た。
あとは推して知るべし。競い合う様に、いや原石集めを競っているらしい。酷いもので山に籠って週一くらいでしか帰って来ない。
平和が売りの銀渓だからこそ出来る真似であるが、いい歳した爺いどものやる事なのだろうか。夏休みにデカいクワガタを捕まえて、自慢し合う小学生男子だ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。超楽しそう。
「それでね、今週に入って今まで見ることのなかった丙種をチラホラと見掛けるようになったの。そこで私たち三人がスパッと調査に行くって言ったんだけど、社長がダメって……」
恨めしげに社長を見るティリエナではあるが、社長は動じない。
「ダメに決まってるでしょ。他所からお預かりしている大切なお嬢さんたちに何かあったらどうするんですか。しかも、ウチの馬鹿な爺いどもが遊び呆けているせいで」
「でもでも、今まで銀渓で一度も観測されたことがない灰牙犬とか風烈兎とか出たんだよ。何か変です。調査しておかないと、何かあってからじゃ遅いと思います」
お前はその口の利き方はどうにかならんのか。お婆ちゃんに甘える孫娘か?ティリエナを睨むと、カレナの後ろに隠れてしまう。
しかし、口調はともかく、言っていることは割と正しい。
(フレイア、どう思う?)
〈調査すべきだと思います。何もなければそれで良いですが、何かの予兆だとしたら看過できません〉
だよな。銀渓で灰牙犬とか聞いたことない。紫嶺の黒牙狼大量発生もあった。因果関係は無いかもだけど調査はすべきだと思う。
「社長、差し出がましい事を言いますが、俺が調査に行くのはどうでしょうか。巡察任務中ですし、これもあります」
胸のELC徽章を指し示し、社長の返事を待つ。
「えぇーーー!マサトさん狡いよー!私たちも行きたーいっ」
お前は子供かっ。遊びに行くんじゃないんだぞ。
「社長っ。マサトさんは同期ですけど、経験は私たちなんかと比べ物にならないほど豊かです。マサトさんと一緒なら調査に行っても良いですよねっ」
カレナも参戦してきた。なんで、そんな調査に行きたいんだろう。
「う〜ん……そうねぇ。マサトさんなら、非の打ち所のない方。確かに調査は必要……マサトさん、申し出に乗ってお願いしても良いかしら?この子たちも連れて行って経験を積ませてくれると助かります」
え、ティリエナたちもくるの?それはちょっと、ダイヤ探しやりにくいじゃん。
〈どこに何しに行く気ですか?マサト探査員?〉
そこいらへんの渓谷にダイヤの原石探しかな。俺も綺麗なでっかい原石欲しい。
〈支局長にアルダ叔父さんを誘って食事にでも行く様、進言してみたい気分になってきました〉
「当然ですよ社長!同期と助け合っての任務は俺も望むところです。ティリエナ、カレナ。最悪の想定をして準備に掛かれ、すぐに出るぞ」
あーあ、俺も爺さんたちと原石バトルしたかったなぁ〜。




