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第88話 冒険者マサト

〈タートルライダー・ウラシマンの話をして下さい。約束しましたっ〉


早朝に緋原を出発した。今日は途中街に立ち寄らず、銀渓まで約650kmを走破する。結構な大仕事である。


〈マサトさんっ!わたしの話を聞いてますか〉


なのに、朝から監査庁の高級監査官に絡まれている。約束などしていない。努力目標だったはず。


〈努力目標とは、格好良いから高い目標を掲げよう。絶対に無理だと思うけど。という意味ではありません〉


そう?俺の会社では、そういう意味だったよ。掲げておくと、やる気があるように見えて上へのウケが良いんだ。あと、なんか仕事出来る感がある。


「いや、気が向いたらって言ったろ。気が向かないから今度な」


そもそも、タイトルしか決まってないのだ。というか、なんだよタートルライダー・ウラシマンって。戦隊ヒーローなのか?それともバイクに乗るあの単独ヒーローなのか。まずはそこの設定を煮詰めないとだ。


〈いつ頃、公開されそうですか?〉


「そうだなぁ〜。設定に三日程もらってそこから詳細なプロットを」


「いや、やらんわ!なんで作る流れになっているんだよ。浦島太郎は知ってるだろ。アレで我慢しなさい」


〈…………。〉


黙るなよ。


なんか凄く罪深いことを言ったみたいで、心が痛むぞ。


「それより、フレイア。大変なことに気がついたんだ。この問題を解決できるのは君しかいない!」


〈アルマ・シロミネさんへの連絡を忘れた件ですね。なんで忘れるんですか?大切な妹さんですよね〉


呆れ気味に言われた。あと妹分なのは認めるが妹ではない。


「細かいことは良いんだ。タクナはアルマに仕事のことを伝えているかな。蒼霧災害で留守にした時にあれだけ酷い目にあったんだから、たぶん連絡していると思う。フレイア監査官はどう思う?」


〈わたしが思うに、連絡なんて頭の片隅にすらないと思います。これまでお二人を見てきましたが、タクナ探査員とあなたは良い相方?だと思います〉


なるほど。連絡してないということか。


「よし!フレイア監査官。支援を要請する。アルマに電話して、俺とタクナは仕事でしばらく帰らんと伝えてもらおう」


〈…………別に良いですけどね〉


ちっとも良くなさそうだ。確かにELC監査官にそんな要請をする探査員がそう居るとも思えない。しかし、事は緊急を要するのである。俺は二度とあんな悲惨な体験はしたくない。


〈可愛いじゃないですか。心配させたお兄さんにたくさん甘えたかったんですよ〉


可愛いわけあるか。本気で店ごと買うのかと青くなったわ。あと、タクナの奴は絶対に許さん。何が好きなものを好きなだけ買ってやるだ。ふざけんなっ!


「とにかく連絡を頼む。あと、悪さするんじゃねーぞ、と釘を刺しておいてくれ。目を離すとすぐに悪いことしやがる」


〈不在の連絡はしますが、釘打ちはお断りします。あなたの記憶にある情報だけみても、アルマさんが悪いことをしてるとは思えません。むしろ、二人の悪兄の悪影響が心配です〉


フレイア監査官はアルマ派らしい。納得いかん。悪アルマの肩を持つとは。


黄昏れがてら空を見上げる。


蒼い空は遠く澄み渡る。少し冷たく感じる空気が、短い夏の終わりを感じさせた。空の遠さは銀渓までの距離と同じだが、旅路はまだまだ終わらない。


200km/hで走れば3時間で着くのに……


〈念のために言っておきますが、ダメですからね〉


俺には平然と釘を打つのな。


アルカディアから南へ450km。東に見える山脈から顔を出したアズール・ホエムが青黒くなる前になんとか銀渓の姿が見えた。


切り立った岩肌が渓谷を形作る。下を流れる川がアルカディア北のレジャーエリアを流れるものと同じとは。水飛沫が飛び散る激しい流れは、渓谷の岩肌に反射し重い音を立てていた。


山と谷の狭間に作られた街であったが、作りも大きさも標準的な都市外街と同様。つまり半径1.5km程度の円形の街だ。よくも、こんな山間に大きな平野があったものだ。


ふらつきながら、役場を訪ねた。


「こんばんは〜。お使いできましたKTSの者です。お家貸して下さい」


倒れ込みそうになりながらも、会社の看板を背負っていることを思い出し、なんとか我慢した。


「はいはい。お家ね……。随分と疲れているようね。どこから来たの?」


「緋原からです……」


「ひはらぁ〜!?なんでそんな強行しちゃったの?アルカディアならわかるけど、緋原からなら紫嶺で一泊するわよ」


どうやら、驚かれる程度にはアホな行為だったらしい。


「いや、なんか今ならやれる!とか思ったみたいです」


「馬鹿ね〜初めてなの?先輩からルート教えてもらわなかったのかしら」


対応してくれた女性は、台帳を確認しつつ、お使いが初めてなのか聞いてきた。いや、問われたというより確認なんだろう。


あと、ガレルさんたちは何も言ってなかった。好きなように回れ。お前はELC契約があるから、どこで何をしてても監査庁に問い合わせればわかる。計画書も必要ないぞ。


そんな風に放し飼い状態だった。独断専行を任されるとは俺も一人前になったと思ったけど、素直に教えを乞うておくべきだった。


「D-015に行きなさい。すぐ近く、教会のすぐ裏手よ。黒い屋根の平屋。木々に囲まれたお家だから、見逃さないでね。教会から真っ直ぐ南の最初の家」


「鍵は掛かってないから、すぐに休みなさい。本当に無茶して……」


「あ、あの銀渓探査さんの場所も」


「そっちは、明日になさいっ。声は掛けておいてあげるから。今日はもう休みなさい。死んじゃうわよ!」


すいません。無茶しました。ありがたく休ませてもらいます。


職員さんに頭を下げて、ふらつきながら教会裏の家へと足を運んだ。


〈マサトさん、入り口は左手です。もう少しだから頑張って下さい〉


(おう。全然大丈夫だ。いまから銀渓を一回り走ってこれるぞ)


大外を回っても10kmない。四時間もあれば大丈夫だろう。


〈そんなこと言いませんから、早く休みましょう。本当に無茶して……〉


ん!閃いた。今ならタートルライダー・ウラシマンの話が出来そうだ。


「フレイア、タートルライダー・ウラシマンの話が降りてきた。今からお話ししてやるぞ」


〈はいはい。V-REX1700で700kmも走行したウラシマンは、あっという間にお爺さんになってしまったんですよね。良いからシャワー浴びてご飯を食べて下さい〉


そんな直接的なオチにする予定ではないのだけど……


まぁ話をしないで済むならそれで良いか。フレイアにナビされながら、家に入りシャワーを浴び、そのあとベッドに倒れ込んだところがその日の終わりだった。



目が覚めた。我ながら頭の悪い強行軍は、昨夜の記憶を危ういものにしていた。しかし、こうしてベッドで目覚めたところをみると、しっかりと行動出来ていたらしい。しかも、シャワーも浴びて、戦闘服も洗濯し干してある。


なるほど、どれだけ疲れていてもやるべき事はこなす。俺もすっかり一人前ということか。


頷きながら、洗濯済みの服に袖を通した。フレイア監査官はまだ寝ているのか、感応反応がない。


ふっ。


生真面目だけが取り柄の監査官殿も、時に寝坊することもあるのだな。大声で名前を叫ぶ誘惑に駆られたが、若い女子に寝起きドッキリをするなど紳士のやることではない。やめておいた。


家を出て外縁部まで歩く。外周を走りたかったけれど、見慣れぬ男が戦闘服で走り回ったりするのは良くない。都市と違って街は繊細なのである。すぐに通報されて役場で説教されそう。


少し歩くと渓谷が見えてきた。


なるほど、確かに銀渓だ。日の光を浴びた岩肌はキラキラと輝き、白銀色の谷を作り上げていた。


なんで、あんな色に光るのだろう。不思議に思い周辺の石を拾い上げた。黒っぽい石には光を反射する細かい何かが無数に含まれて、角度を変えるとキラッと光る。


なにこれ……お宝かな。


足元は全て同じ鉱石みたいだ。他の石も拾ってみる。よく見れば光る結晶らしきものは細かいものだけでなく、ある程度の大きさのものもある。大きいのないかなと思い手当たり次第に石を拾って捨ててを繰り返した。


「おお、これデカいじゃないか」


思わず独り言を口にするほど大きな結晶が入った石を見つけた。親指の爪くらいの透明な結晶。少し黄色がかっているが中々良い大きさだ。


取り出したくて、近くの岩にガンガンと結晶を含んだ石を叩きつける。探査員の力は馬鹿に出来たものでなく、結構簡単に砕けてくれる。


調子にのって叩きつけていたら、岩の方が大きく砕けた。そして砕けた岩から500円玉ほどの大きさの八面体の結晶が転がり落ちた。


「うぉっと。こいつの方がデカいじゃないか。しかも、透明度が高い」


綺麗な結晶だなぁ〜。拾い上げて眺めていた。


〈ダイアモンドですね。良質な結晶です。売ればお金になりますよ〉


なんだと?


〈おはようございますマサトさん。昨夜、わたしは大変だったんですよ。脱ぎ散らかした服を洗濯機に入れさせて、眠りにつきそうなあなたを起こして洗濯物を干させてと〉


「フレイア待て。いまなんと言った?」


〈昨夜はわたしは大変だったんです、よ?〉


クスクスと笑うフレイア。こいつ、分かっていてやっているな。


「その前だ監査官。この結晶がなんだって?」


〈ダイアモンドですよ。マサト探査員。いや冒険者マサトさんとお呼びしましょうか〉


フレイアが言う。


彼女の言葉に渓谷をもう一度眺める。動くたびにキラキラと切り立った岩肌が光る。


「この渓谷全体がダイヤの鉱床なのか?」


恐る恐る訊ねた。


〈はい。その通りです。ダイアモンド採掘は銀渓での主要な産業になっていますね。マサトさんが手にしている結晶なら役場に持っていけば3万円、いや5万円くらいになるかもしれませんよ〉


さらにクスクスと笑うフレイア。


手元のダイヤモンドの原石を眺める。宝石なんてまったく詳しくない。しかし、透明度が高くて素人目には見事な物に見える。この塊からブリリアントカットされるダイヤの大きさを想像した。いや、そもそも天然結晶標本としても価値があるのでは……


〈そうですね。地球でオークションにかけたら、幾ら付くのか想像も出来ません〉


「ハルモニアなら幾らだって?」


〈見事な結晶です。おそらく切削機械の先端部などに最適な大きさかと。3万〜5万円はくだらないかと思いますよ〉


谷に向けて大きく振りかぶった。


「チキショーーーーー!異世界なんて大嫌いだーーー!」


力の限り腕を振るい投げられたダイヤモンドの結晶は、岩にぶつかり砕け散った。光を浴びた破片がキラキラと輝いていて美しかった。


〈あーー!勿体無い。売却したら美味しい物を食べ放題だったのに〉


異世界半端ねぇな。久しぶりにそう思った。

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