第87話 昔話
照明が落ちた斎女課の部屋。三人の斎女のためだけに用意されたものとは思えない広さ。正面の超大型モニターはアルカディアの青い夜を映していた。
モニターに向かい設置された三台のリクライニングチェア。そのうちのひとつがわたしの物だ。
偏向感応のため専用に作られたその椅子を、深く倒して仰向けになっている。探査員の感覚を長時間受けるため、楽な姿勢を取っている。身体を深く包み込むような造り。
瞳を閉じて契約者の視覚を受ける。本来なら私には契約者であるマサトさんの見ているものが映し出されているはず。
しかし、私の見ている光景は真っ暗だ。
「あの……マサトさん?聞いてますか」
「んぁっ、なんだフレイア。き、聞いていたぞ」
まさか眠っていたとは言わせない。わたしが一生懸命、話していたのに、寝ていたですって?
「あなたが、秘密を打ち明けろと言ったから、わたしは頑張って話したというのに寝ていたのですねっ」
「そ、そんなことはない。ちゃんと聞いていたとも。カルフィス君を奪い合ってノエリアちゃんを泣かせた話だったよな」
それはかなり最初の方のエピソードだ。しかも微妙に事実と異なる。
この人は本当に……。
「いや、さすがは監察官だ。非常に為になる話だった。俺も探査員として身が引き締まる思いだ」
わたしの話のどこら辺に、探査員生活の助けになる部分があったのか問い詰めたい。
「もういいです。マサトさんの性格はわかっていますから」
「い、いや、寝てないよ?これホント」
笑いそうになるのを堪えた。それは知っている。私に隠し事なんか出来ない。彼もそれはわかっているはずだ。
わたしの中にあった澱。全てを話したことで、それが軽くなった気がした。そして全てを聞いたのに、聞かなかったふりをしてくれる。
わたしが答えを出さないといけない。寝ていたふりで、それを教えてくれているみたい。
隠し事を暴くな。自分の嘘は方便というんだ。いつも屁理屈ばかり。
でも、なぜだろう。これからは、彼の嘘を少しは見逃してあげなきゃ。そんな気持ちになったけど、今は彼の気遣いに合わせておかなきゃ。
「もういいですっ。そんなところで眠らないで下さいねっ!感応は開いておきます、明日は勤務時間になったら叩き起こします。おやすみなさい!」
彼には伝わらないわたしの気持ち。小さく呟く。ありがとう、聞いてくれて。
プンプンちゃんだ。生真面目で頑固なのは子供の頃からかよ。
感応開きっぱなしで眠れるのだろうか。夢とか見ても伝わるのだろうか。折角なので怖い夢でも見てやろう。
バルコニーのテーブルに置いたティーポットはすっかり冷めていた。バカみたいな理由で100kmの旅が3倍になった。
便利なAIのように付き合っているが、彼女は人である。多感な時期を悩んで過ごした女の子だった。彼氏のひとりも作れない地味で可愛げがない、クソ真面目な彼女の姿を想像した。
青い夜に浮かぶ大きな月と、黒い地平線に乗ったアズール・ホエムの蒼黒い姿。
カップに入った冷め切ったお茶をひと息に飲み干す。さて、俺も寝るとするか。
アルカディアから西微南へ100km。そこから500kmに渡り連なる山々、アルカナム山脈。最高峰A3は標高5425m。街道から見える山々の頂は、剥き出しの切り立った岩肌を見せている。
〈なんで、桃が川を流れる音がドンブラコなんですか。絶対にそんな音しませんよね?〉
アルカナム山脈が作る雄大な風景を左手に見ながら、V-REXを走らせている。茜丘から緋原に戻る途中である。そして絶賛、フレイアに絡まれている最中。
「いや、おまえ。そんなところに引っ掛かるなよ。桃はドンブラコと流れるんだ。これは地球の常識よ。それより、この大きな桃を婆さんが拾ってからが、一大スペクタクル。ピーチボーイ・ザ・ヒーローの始まりよ」
〈失礼しました。桃はどんぶらこと流れる。記憶しました。続けて下さい〉
まったく情緒に欠ける監察官だ。
「とにかく、流れてきた大型の桃を婆さんは拾うわけよ。で、家に持ち帰る」
〈ちょっと待って下さいっ。先ほどマサトさんは、桃の大きさを直径1m程度とされました。この桃の重量は推定500kgになると思われます。老婆が一人で自宅に持ち帰るのは困難だと思います〉
これである。ちっとも話が進まない。
「あのなぁ、フレイア。婆さんは歴史に名を連ねるほどに優秀な探査員だったんだ。天征徽章なんか束にしてもっている。桃くらい片手でヒョイだ」
〈そうでしたか……老いてなお自身に掛ける強化魔法がそこまでとは、本当にすごい探査員だったのでしょうね。頭が下がります〉
まったくもう。
緋原までの道のり約500km。任務の性質上、俺は風、するわけにもいかないのでゆっくりと走行中。
「話を続けるぞ?」
〈はい。お願いします。地球。いや日本ですね。文化の源流となる古い伝承を知るのは楽しいです〉
呑気にソロツーリングを楽しんだ。
「そして、赤鬼の首に大剣を突き付けてチェリーボーイは言った。貴様はなぜわからん!青鬼が村人を襲った理由がっ!その言葉に崩れ落ちる赤鬼。全てを悟った赤鬼の目からは滝のように涙が溢れ出す。そう、青鬼は全て赤鬼のために、村を襲い人々を殺し壊滅に追い込んだ。罪は青鬼にあらず、赤鬼のために犯したものだった」
〈なんという、悲劇っ!こんなに悲しい救いのない伝承が……。犬と猿と雉はどうしたんですか?〉
どうしたんだっけかな。第二章くらいから、忘れていた気がする。あいつら吉備団子を貰うところがピークだったからな。
〈マサトさん、緋原が見えてきましたよ。お疲れさまでした〉
ん、おお。なんとか日が暮れる前に着けたな。ハルモニアで野宿とかマジで嫌すぎるからな。良かった。
〈お話もたいへん興味深かったです。途中からピーチボーイでなく、チェリーボーイになっていたのと、ラストに泣いた赤鬼が混ざっていましたけど、良かったですよ〉
(…………。)
〈いや、本当に面白かったですよ?よくもまあ桃太郎をそこまでめちゃくちゃな話に出来るものだと感心してました。即興だから、わたしもドキドキして聞かせてもらいました〉
明らかに笑っている。おのれフレイアめ。全部、知ってて泳がせていたとは。偏向感応の真髄を見た気がする。
街が見えてきたのでアクセルを開けた。とにかく、街に逃げ込もう。そして借りっぱなしにしていた家に帰り、風呂に入って眠ってしまおう。
隠すこともせずに、クスクスと笑うフレイア。チキショウ。俺だけ記憶が丸裸とか不公平すぎるだろ。
借りっぱなしにしていた家に入り、乱暴に服を脱ぎ散らかしてシャワーを浴びた。流石に少し疲れていた。
500kmの距離を、平均時速50km以下に抑えて走ったのだ。街道の安全確認も任務に含まれる以上、それ以上の速度で駆け抜けるわけにもいかない。
疲れてはいたが、飯は食わないとだ。背負い袋から携帯糧食を取り出して齧る。日持ちするように作られたそれはほとんど水分が含まれない。もしゃもしゃと噛み砕き、飲み込む。
〈マサトさん、任務中とはいえ毎食それはどうかと思います。自炊されたらどうですか?〉
「面倒くさい。料理苦手。レシピも知らん。以上!」
口の中がパサパサしてくるので水を飲む。
〈面倒くさいはさておき、残りの二つはわたしが解決できますよ。お料理は得意です。わたしが食材選びの段階から感応で指示しますよ〉
手にしていた携帯糧食を落としてしまった。なんだと、こいつマジか。つまり、俺は指示通りに手を動かすだけと。フレイア便利すぎだろ。
「しかし、却下だ。危険な匂いしかしない。何を企んでいる?」
探査員の危機察知能力を侮ってもらっては困るな。
〈人聞きの悪い事を言わないで下さい。何も企んでなどいません!〉
(正直に白状しろ監査官。何が条件なんだ?)
〈条件だなんて大袈裟なものではありません。ただ、明日の道のりでタートルライダー・ウラシマンのお話を聴かせてもらいたいなって〉
嫌なこった!またクスクスされるんだ。
〈笑いませんからっ。ピーチボーイ面白かったです。ウラシマンも是非聴かせてください〉
「いや、日本昔話なんかよりフレイアがハルモニアの童謡を話せ。あるだろ?ハルモニア人なら誰もが知っているような話が」
なんで、日本の昔話なんかせにゃならんのだ。しかも、知ってる人間相手に。
〈ありますけど、わたしはマサトさんのように面白おかしく話すことは苦手です……〉
いや、俺も別にウケ狙っていたわけじゃなくて、記憶をなんとか繋ぎ合わせて。
「面白くなくて良いよ。ハルモニアの常識のお勉強だ。なんか話せ」
落とした糧食の埃をササっと払い口に放り込んだ。モシャモシャと噛み砕きながら、ベッドに潜り込む。
〈じゃあ、わたしがお話したらウラシマンのお話もしてくれますか?〉
面倒くさいな。でも、まあ対価は必要か。
「気が向いたらな」
〈う〜。約束ですよ〉
はいはい。約束約束。嘘ついたら、ハリセンボン釣りに連れてってやるよ。
〈じゃあ話しますね。これはカナン様と白き竜のお話です……〉
フレイアのお話を聴きながら目を閉じた。心地良く脳内に響く、鈴の音のような声。疲れ切っていた身体は、すぐに意識を手放したようだった。




