第86話 フレイア・カナリス
わたしがそれに気がついたのは、幼年学校も残すところあと2年という時期だった。
その日の授業は性教育だった。知っていることばかりだったが、クラスメイトは違ったらしい。特にクラスのみんなを驚かせたのは、ハイヒューマンの生殖相手はヒューマンに限る。という内容だったようだ。
授業が終わり帰り支度をしていた。わたしと同じくハイヒューマン。MFタイプのノエリアちゃんが走り寄ってきた。
「ねぇねぇフレイアちゃん。聞きたいことがあるのっ!フレイアちゃんはカルフィスくんのこと好きなの?」
一瞬固まってしまった。意外な名前と質問内容に戸惑ったからだ。
カルフィスくんはクラスのヒューマンの男子だ。成績も優秀だが、一番の特徴はスポーツが得意なことだ。足が速い。
もっとも、それはヒューマンに限った話で兎人はもちろん。わたしたちハイヒューマンには及ばない。
「か、カルフィスくん?えっとぉ、好きだよ?」
彼はヒューマン種だし、わたしはそう答えた。するとノエリアちゃんは、ガックリと項垂れてしまった。
「うそぉ〜ショックっ!じゃあ諦める……」
何にショックを受けたのか理解できなかったが、諦めるのは良くないと思った。
「ちょっと待ってノエリアちゃん。意味がわからないよ。何を諦めるの?」
「えー。カルフィスくん」
まるでわからなかった。今の質問とわたしの答えのどこに、諦める理由があったのか。そもそもカルフィスくんを諦めるとは?
しかし、今はそれは良い。大切なお友達が項垂れて諦めるなんて言葉を口にしている。これは見過ごせなかった。
「の、ノエリアちゃん。諦めるなんて簡単に口にしちゃダメだよ。頑張ろ。何か道はあるはずだよ!」
ノエリアちゃんは、わたしをジットリとした目で見つめた後に言った。
「いや、勝ち目ないから良いよ。それよりレナちゃんのことはどうなの?」
レナちゃん!?
レナちゃんはクラスどころか、学校一の美少女とされるヒューマン種の女子だ。優しくて明るく、誰にでも分け隔てなく接する素敵な女の子だ。
「れ、レナちゃんも大好きだよ?」
「酷いよー!フレイアちゃんFFタイプなのに女の子も好きなんて酷すぎるっ!フレイアちゃんのバカァーーー!」
そう言ってノエリアちゃんは走り去ってしまった。
後にひとり残されたわたし、理解出来ないことに遭遇したのはアレが初めてだったのかもしれない。
しかし、バカとは一体なんたる言い草なのだろう。わたしは成績で、ノエリアちゃんに負けたことは一度もない。というか、入学以来、誰かに負けたことがない。
中等部へ上がった。
周りは誰それが好き。誰と誰が付き合っている。そんな話一色だった。さすがのわたしも、その頃はあの時のノエリアちゃんの質問の意味は理解出来ていた。
というか、あれからノエリアちゃんに懇々と説明された。それはもう長い時間をかけて。
「ねぇ〜フレイアぁー。カルフィスくんと付き合わないの?絶対にフレイアのこと好きだと思うよー。目がハートになってるもん」
「気のせいだよ。カルフィスくん何をやってもわたしに勝てないから、必死なだけだと思う」
幼年学校の時もそうだったけど、カルフィスくんはどんな時でもわたしに張り合ってきていた。結果はまぁわたしの全勝だったけど。いや、それを言うなら、何かでわたしに勝る相手の方が少ない。
隣のクラスのリザードマンのセンハイトくんにウェイト勝負では負けた。一歩及ばなかった。悔しいので、今は毎日トレーニングしている。
「フレイア、おまえ本当にFFタイプなのか?俺と同じFMタイプなんじゃねぇーの。因子調査もっかいやってもらえよ」
失礼な口振りのハイヴァンを睨みつけるノエリアちゃん。わたしは気にならないけど。
「フレイアの因子調査は、わたしが何回も見てる。驚きのF因子の塊だった。こんなにM因子がない人初めて見たってお父さん言ってた」
ノエリアちゃんのお父さんは、医学博士だ。医学部で教鞭を取っている。娘は生物の授業でありえない誤答をやっているけど。
おじさん大丈夫ですか?娘さんがおじさんの権威を落とすような酷い答えを連発していますよ。
あと、入学時の因子調査の結果を見て、姉がのけ反っていた。
「えーフレイアちゃん。何この数値っ!お母さーん、フレイアちゃんが大変だよー!男心が1ミリも理解できない女の子になってる〜」
姉ながら、大きなお世話だと思った。
「まぁ、フレイア。悩みがあったら俺にも相談しろよ。男心の一つや二つ教えてやるからな」
ハイヴァンの言葉には少なからず、イラっとさせられた。しかし、次の授業の剣技はとても気分爽快になったので、それは良かった。
ハイヴァンは医務室で気がついた時、授業の記憶がなかったみたいだけど。
高等部に入ってすぐ事件があった。
なんと姉が彼氏を家に連れてきたのだ。わたしは狼狽した。お姉ちゃんは、わたしだけのお姉ちゃんだ。なんだ、コイツは。何をしにきた。
お姉ちゃんの彼氏はあろうことかハイヒューマンだった。しかもMMタイプだ。
奴はわたしを見て言った。
「ふーん。ユレノアから聞いてた雰囲気とは随分と違うね。儚くて繊細でガラス細工みたいな私の天使。そっと触れないと壊れてしまいそう……。そう言ってたが、躾の出来てない猛獣みたいな子だ」
敵だな。完全に敵だ。
普段は口も効かない父と目を合わせた。初めて父と心が繋がった気がした。
「勝負しなさい、この盗人が!わたしに勝てないようなら、お姉ちゃんは諦めてもらうわっ!」
コテンパンにされた。それはもう盛大に負けた。わたしがここまで派手に負けるのは、父とアルダ叔父さんくらいだった。
父は負けたわたしを見て、ションボリしていた。泣きべそかいてる暇があるなら、剣をとって戦ってよ。わたしが倒れたんだから次はお父さんの番でしょ!
結局父は戦わなかった。お父さんなら勝てた相手なのにっ。
カナリス家を震撼させた大事件であったが、わたしの高等部生活は変わり映えしないものだった。
「おい、フレイア!今週末空いてるよな。いや空いてなくても空けろ。南西高の男女と遊びに行くことになった。ノエリアが伝手を駆使して取り付けたんだ。お前も面子に入っている。わかったな」
ハイヴァンが唾を飛ばさんばかりに言ってくるが、わかるわけない。なんで、わたしがそんなものに参加をするのだろう。
「えぇ〜。なんでわたしが……。強い子いる?」
「よし、阿呆のお前に俺が丁寧に答えてやる。まず、なんでお前がという問いに対してだ。お前は餌だ。南西高の可愛い男女をまとめて釣り上げるために、レアなFFタイプであるお前が参加すると言ってある。食い付きは抜群だったとノエリアが言っていた」
わたしは珍魔獣かな。あとノエリアが酷すぎる。親友を餌にヒューマンを釣り上げるとか、かつて「フレイアちゃん酷い!」と泣きながら去った彼女はどこに行ったのだろう。
わたしの心情などまったく気にしないでハイヴァンが言葉を続ける。
「次に強い子がいるかという質問に対してだ。居るわけないだろ。俺らはハイヒューマンだ。まともにやってヒューマンが勝てるわけない。ましてや、お前はうちでも指折りの強者だ。お前に勝てる相手がウチにどれだけいる?いや、勝負になるのはセンハイトくらいだ。なのに、強い子いるかだと?馬鹿も休み休み言え」
ハイヴァンに馬鹿と言われた。ショックだ。
「わかったか。とにかく週末は空けるんだ。細かい話は後で連絡する」
「あ、待って。ウチは誰が参加するの?」
ハイヴァンが指折り名前を挙げるが、我が校のハイヒューマンほとんど全員じゃないの。みんなそんなに恋人が欲しいのか〜。あれ?2人足りないぞ。
「バルセンとエルレーンは?」
「お前には本当に呆れる。あの2人はMMタイプだぞ?連れて行ったら女子は全員奴らのものだ。連れていくわけないだろ」
あっそ。その理屈なら、わたしはFFタイプだから男子は全員わたしのものになると思うんだけど。
ハイヴァンが真剣な顔でわたしを見ていた。
「出来るならやっても良いぞ。他の連中が騒ぐだろうけど、俺とノエリアが黙らせる」
なんでわかったんだろう。顔に出ていたのかな。思わぬハイヴァンの言葉に驚いた。
「いいよ別に。餌にされて少し拗ねただけだから」
「おまえさ、なんでFFタイプに育ったの?こうなるってわからなかったのかよ……」
ふざけてばかりいるハイヴァンが、いつになく真面目な顔している。わからなかったよ。まだ小さかったもの。
なんでFFタイプになったのかなぁ〜。一瞬母の顔が浮かんだけど、流石にそれは恥ずかしかった。お姉ちゃんなら、父に憧れました!とハッキリ言いそうだけど。ヒューマンに進んで、当たり前に恋をして結婚した姉。
高校時代はノエリアとハイヴァンが頻繁に開催する集団お見合いのような、遊びの餌にされ続けた。ノエリアは取っ替え引っ替え男女区別なく遊んでいたので、ハイヴァンと怒っておいた。節操が無さすぎる。
わたしは、ヒューマンのお友達がたくさん出来て楽しかった。惹かれる男の子には出会えなかったけど。
高等部を卒業してまた事件があった。
わたしの大学入学を見届けた父が、ある日突然、都市の外へと出奔してしまった。
わたしは少なからずショックを受けた。これまで男性を好きになれたことがない。それを母に相談しようかと思った矢先のことだったからだ。
父のことが大好きすぎる母が、良くも父を手放したものだと驚いている。
もしかするとわたしのせいなのかも。父とはあまり折り合いが良くなかった。きっかけは些細なものだった。幼年学校に入学する際、母は長い時間をかけ、わたしの髪を可愛らしく結って整えてくれた。
とても嬉しかったわたしは褒めてもらいたくて、父にも見せに行った。そして、ガサツな父は褒める代わりに、わたしの頭をわしゃわしゃした。
あの時の絶望感は今でも良く憶えている。そして頑固なわたしは、そこから父と距離を置くようになった。いつしか、それが当たり前になってしまった。
姉と父が居なくなった家は、どうしようもなく寂しく感じた。母と二人になった。
母に聞いてみたかった。なんで父を好きになったのか。父が出て行ったのはわたしのせいなのか。大好きな父が居なくなって寂しくないのか。
しかし、父の居ない家でそれを聞くのが怖かった。
ただ、わたしは生涯独身なんだろうな。それだけ、なんとなく感じていた。




