第84話 従量課金契約
街道を走っている。紅嶺から紫嶺へと向かう小街道だ。道は未舗装なのだが、どういう仕様なのか、轍やぬかるみなどもなく舗装路とそこまで変わらない。
大街道と違うのは、見通しが悪い森の中を切り拓いて通した道になっていることか。そういえば、ヴェルナの家から森を抜けて出た白峰への街道もこんな感じだった。
森は時々きれて草原に出たりする。ずっと同じ風景が続かないのは飽きなくてありがたいが、不思議な光景だ。植生で片付けられる気もしない。
「なぁ、フレイア。なんで、ところどころ森が切れるんだ?草原になる理由がわからん」
V-REXを走らせながら声にしてみた。
〈…………。〉
返事がない。
そう。フレイア監査官は絶賛お怒り中なのである。厨二病の話から何故かカナンの話になり、カナンはクソだと主張したところ口論になった。まぁ考えてみたら、神学校を卒業したような神職。しかも、数少ない上級職である斎女相手にカナンはクソだと言い張るのは不味かったか。
〈怒ってなどいません〉
怒ってはいないらしい。プンプンちゃんだ。
〈プンプンちゃんってなんですかっ。そもそもあなたが、遠回りの選択を平然と〉
「待てフレイア。前方を索敵しろ。商隊が見えるが様子がおかしい」
遥か遠くに見えるが、魔獣に襲われている風に見えた。
〈索敵を開始します……。丙種の群れと乙種が数体かと、種の判別は……灰牙犬と。黒牙狼を確認〉
アクセルを開ける。
見えてきた。商隊の護衛探査員二名が戦闘中だ。
「優先撃破目標をナンバリング。非戦闘員の安全を優先」
〈了解しました。視覚を解放してもらえますか〉
走行中だが目を閉じた。一拍置いて開き、フレイアに視野の操作を委ねる。
〈1、2、3……4、5。後は状況変化に応じて対処して下さい。もう一度、指定を繰り返しますか?〉
「不要だ。感謝する。状況が大きく変化しそうなら声をかけてくれ」
アクセルをさらに開けてロックした。車体に取り付けた弓を手にして立ち上がる。V-REXならではの安定性。膝下だけで車体を固定する。
フレイアのオーダーに従い脅威度の高い個体に狙いをつけて矢を放つ。
走行中の二輪車から放たれた矢。初速を保ち減速などさせない。エイナルさんから言われた。
「なんで空気の壁に押し負けるんだよ。そんなのお前の世界での常識だろ。加算される速度を優位に保て。でなきゃお前は三流以下の一般人止まりだ」
初速300kmを超える矢は一番のターゲットに命中し消し飛ばす。
それを確認してから、次の矢をつがえる。エイナルさんたち二課の連中なら、的中を確認しないで次のターゲットだろうな。そう思いながら放つ。
なんとか次も命中し灰牙犬を爆散させた。
敵との距離が一気に縮まる。ここからの至近距離は、移動速度が速すぎてエイムが追いつかない。まだまだ訓練が足りないな。
ハンドルを握り直し、気持ちを接近戦に切り替えた。
丘を駆け下りてくる3番目以降のターゲットと馬車の間に車体を割り込ませる。リアをロックさせて真横になりながら、魔素駆動機をスイッチで殺し飛び降りる。
ちょうど3番目が飛びかかってくれた。でかい黒牙狼だ。もう少しすると一種になりそう。だが抜き放っていた白炎で迎えてやった。
二つになって馬車に飛びかかったが、もう脅威ではなくなっている。
4番目と5番目も同じように切り捨てた。
次はどいつかな、周囲を確認したが魔獣の姿はなく、散乱する魔素の光が立ち昇っていた。護衛の探査員は守るべき非戦闘員を俺に任せてくれたようで、既に掃討済になっていた。
「助かったよ。手が回らなくてどうしたものかと困っていた」
護衛の探査員の一人に声をかけられる。おそらくだけど、街の探査会社の人だな。
「いいえ、余計なお世話かと思ったんですが、練習中の弓を試したくてつい手を出してしまいました」
「弓かー俺は苦手だったわ。練習とはいえ大したもんだったよ。おかげで、こっちに集中できた」
やはり街の人だった。
「KTSのマサトと申します。どちらへ向かわれるんですか?」
頭を下げて名乗っておく。都市で働くようになって街の探査会社の人に自然と敬意を持つようになった。みなさん、大先輩だ。
「俺はドルセン。紅嶺行ってから、都市経由で黒瀬に帰る予定だよ。あっちの豹頭はバリニナだ」
向こうで素材拾いをしていた豹人の女性探査員を見やる。バリニナさんは軽く手をあげ作業に戻った。
〈マサトさん、真核の交渉してみてはどうですか?〉
確かに。南側は街道の便が悪いから長い道のりになる。入手できるチャンスを無駄にするのはよろしくない。
「あのドルセンさん。素材なんですが、俺の倒した黒牙狼の真核だけ譲ってもらうことは可能ですか?」
「ん?構わないけど、そんなの要求するということは、マサトはお使いの最中なのか?」
街の人もお使いと言うのか……
(聞いたか?フレイア。やはり、この任務は)
〈都市外探査会社現況巡察任務です〉
はい……。
「ええ、巡察任務の最中です。なので真核があるとありがたいなと思いまして、不躾なお願いで恐縮ですが」
「いや、全然構わないよ。自分の倒した分なんて言わずに全部持っていきな。おい!バリニナ!ちょっと来てくれっ!」
バリニナさんがドルセンさんの声に顔を上げてこちらへ歩いてきた。
「あら、腕の良い探査員だと思ったら後輩じゃない。私はバリニナ。正直、困っていたから助かったわ」
「マサトです。現況巡察任務中です。余計とは思いましたけど手を出してしまいました」
先輩かよ。頭を下げて、様子を窺った。まともな人だと良いんだけど……。見た目は、わりとNG、めっちゃ猛獣感がある。ガルバン社長という年嵩の豹人のイメージが強いせいかもしれないが。バリニナさんと比べたら、レイラなんか仔猫だ。早く翠風から帰ってこないかな、シャーさせたい。
「バリニナ、乙種の真核をマサトに渡してやってくれ。お使い中だから、欲しいんだってよ」
「んー。わかった。いくつあるかな……」
バリニナさんは引き摺っていた袋を漁る。ひょいひょいと乙種の真核を放り出している。いくつ出てくるんだよ……
「10個あった。はいっ!」
そう言って渡してくれるが、流石に看過できない。
「多くないですか。全部、黒牙狼ですか?」
俺が倒したものを含めると12頭だ。
「そうなのよ〜。いつもは多くても2〜3頭が良いとこだから、ちょっと驚いたわ」
(フレイア、どう思う?)
〈多いですね。なにかあるのかもしれません。カナン様へ伝えます〉
フレイアと会話しているとバリニナさんが、俺を凝視していた。
「ふ〜ん。アルダに次ぐ二人目の天征単騎章持ちが、ELC探査員だとは思わなかったな」
凄いな。今の一瞬でフレイアとの感応を見抜いたのかな。
「それに冗談みたいな階級章が付いてて、聞かずにはいられないわ。なにやらかすとそこまで降格させられるの?」
ぐぬぬ……良いじゃないか。四等級探査員に天征章とELC徽章が付いていたって!
良いわけないかぁ〜。少し遠くを見た。
天征章は強さの証かと思っていたけど、俺の場合は人間性に対する疑惑を生んでいる。降格などされてない。昇格してないだけだ。
言い訳をしようと口を開こうとしたら助けが入った。
「いやー助かったよ。丘から魔獣たちが駆け降りてくるのを見て、背筋が凍っていたんだ。爆散するのを見て何が起こっているのかわからなかった。ありがとう」
馬車の具合を点検していた商人さんが、会話に混ざってきてくれた。
「いえ、そのままでも大丈夫でしたよ。僕が介入したのは、苦手な弓の練習がしたかったからです」
実際、そうだろう。二人で10頭の乙種を相手に傷ひとつない。街の探査会社の人とは。腰袋に入れた黒牙狼の真核の重さが、二人の実力を物語っている。
商人さんとドルセンさんと情報交換を済ませている間、バリニナさんが面白いものをみるような目をしていた。ひとしきり話をしたタイミング。待っていたかのように。
「ねぇ、マサト。蒼白竜はどうだった?」
胸についた天征章を見ながら言われた。
「おいっ、バリニナ!おまえ、そんなこと聞くなよ」
ドルセンさんが気を使ってくれるが、バリニナさんは構う様子も見せず俺を見つめる。
「なに言ってるのよドルセン。私の後輩なのよ。悲惨な災害だったからって、それをトラウマにするほど柔なわけないわ」
「そうでしょ?マサト」
社長と同じタイプかな。お使いのエリアに白峰が含まれるタクナが少し羨ましくなった。社長たち元気かな。
「ええ、バリニナさんの仰る通りです。でも、お気遣い感謝します」
ドルセンさんにお礼を言う。KTSじゃないってとても大切なんだな。人間的には。
苦笑しているのが顔に出ていないと良いんだけど。
「バリニナさん。期待に応えられなくて申し訳ないんですけど、憶えてないんですよ。気がついたら目の前に横たわった蒼白竜がいた。そんな感じです」
あの時のことを思い出して答えた。
「ふーん。そうなんだ」
「でも、期待には応えてくれたわよ。倒したことを憶えてない。あなた、強いわね。いや、ものすごく強くなるわよ」
そうだと良いんですが。久しぶりにラルクさんたちの顔を思い出した。
「戦闘の記憶はありませんが、収穫はありましたよ。その時の生き残りが大剣使いなんですが、素材で作ってもらった剣がとても良いそうです。お二人は黒瀬探査の方なんですよね。相方、いやタクナがお使いに伺う予定です。戦利品の大剣持ってますから見て下さい」
俺の言葉に返すことをせず、しばらく黙っていたバリニナさん。
「そう。わかった。楽しみにしておくわ。マサトも今度来なさいよ。あなたの口からガルバンさんの話も聞きたいわ。あんなに迫ったのに、お前みたいな凶暴な女は絶対に嫌だとか言って、相手にもしてくれなかったのよ。酷くない?」
社長が凶暴判定するとかこの人相当だな。美人ではあるのでもったいないとも思った。
「では、みなさん道中お気をつけて」
「マサトもな。紫嶺から緋原、その先の茜丘までは平和だと思う。問題は紫嶺から銀渓だ。最近、あまり通行がないんだ。だから何があるかわからん。注意してくれ」
「ありがとうございます。またお目に掛かる日を楽しみにしてます。それでは」
V-REXに跨りバイザーを閉める。黒瀬へ帰る商隊は、俺が走り去るのを見送っていた。
街道は森を抜けて丘陵地帯を貫いている。緑の丘が続くのを見ると色々と思い出す。碌な思い出じゃないのが少し悲しい。
〈……。マサトさん、朱路の件は〉
「大丈夫だよ、フレイア。問題ない」
忘れたわけではない。忘れられるわけもない。けれど、大丈夫だ。
〈申し訳ありません。出過ぎた干渉でした〉
妙なことを気にする。なんでも答えてくれる優秀AIなのに、答えを知っていることを聞いてきたりもする。
そんなことより、俺の育成校の昇級試験の手助けをだな。
〈お断りします。何度も言いますが、カンニングですよ?私がそのような行為の手助けをするとお考えですか〉
「手伝ってくれても良いだろ!AI内蔵で俺はかつての常識知らずではなくなった。さっさと昇級したいぞ」
〈24時間感応を開いてるわけじゃないんですよ。私がいないときは、お馬鹿さんに戻るおつもりですか?〉
馬鹿とはなんだ。まったく失礼なAIだな。
〈そうですね、従量課金するなら検討してあげましょう〉
つまらんことを知っている。実にやり辛い。上手いこと言いくるめられないのが、これほどキツいとは。
なぜか、楽しそうなフレイア監査官とは逆。たぶん俺は不貞腐れていると思う。




