第83話 ポンコツ探査員
V-REX1700。探査会社が持つ最高出力を誇る魔素駆動二輪車だ。
それにいま、俺は跨っている。魔素駆動機が起こす凶悪なパワーを真核制御器で抑え付けている。紫に輝く制御リングは目にすることができない速度で回転する。
「マサトくん、私の話を聞いてくれていたかな?」
傍のセレナ特等操縦士が不安そうに話し掛けてくる。
「もちろんです!V-REXは本当にすごいですよね」
もちろん聞いてなかった。いや聞いたところで、
憧れのマシンに跨った俺には何も入ってこない。
「聞いてなかったのね……まぁ良いわ。マサトくんが制御を誤るなんてのはなさそうだし……」
すいません、セレナさん。駆動機の振動が俺を狂わせるのです。
「おい、マサトよ。頼むから本当に壊すなよ。そいつ、うちに三台しかないんだ。しかも絶版車なんだからな」
ラド課長までお見送りに来てくれた。うんうん、実に素晴らしい。お使い最高だな。
「マサト。遊びに行くんじゃないんだぞ。都市外探査会社現況巡察任務だ。わかっているな。マニュアル叩き込んだんだろうな」
「もちろんです、ガレルさん!一言一句違えず記憶しています!」
フレイアがですけど。
〈…………。〉
「まぁ良い。お前は、ELC探査員だ。本来ならお使いに出すような人材ではないんだぞ。なんでかその等級でELC契約してるから、しょうがなくなんだ。それもわかっているな?」
当然です、ガレルさん!なにもかもわかっています!
「ガレルさんがなんか言ってる。V-REXやっぱ凄ぇ。アクセル全開とかしたらフロント浮くのかな」
「…………。もう良い。フレイア監査官、ご覧の通りです。阿保すぎて、嫌になるかもしれませんが、この任務の間だけでもよろしくお願いします」
〈マサトさん!ガレルさんにちゃんと向き合って下さい。上司ですよ!〉
「うるさいなぁ。ちゃんと対応出来てるだろ。ガレルさんなんか阿保なんだからアレくらいでちょうど良いんだよ。脳みそ筋肉で、難しいことなんかわかんねぇんだから」
(心配するなよフレイア。ガレルさんは一課のトップだ。言葉なんか不要だよ。ハートが伝えるんだ)
「が、ガレル!ハルバートなんかに手をやるな!落ち着け。お前らしくないぞ」
ラドさんの必死な声がする。もう出発して良い?
「ふ、フレイア監査官。もう行って下さい。あとは、こちらで対処しますから!」
セレナさんも必死だ。
〈……。マサト探査員、出発して下さい。進路は南です。外周路を通って都市外へ出て下さい〉
「おっけーフレイア!では、みなさんマサト4等級探査員、これより都市外探査会社現況巡察任務を遂行します!」
アクセルを開けて丁寧にクラッチを繋いだ。強大なトルクはそれでもタイヤを空転させる。暴れる車体を抑え付けて格納庫からグラウンドに飛び出した。
〈マサトさん、そっちじゃありません!南門から出て下さい。あなたはそれで街中を走るつもりですか!何に乗ってるのか理解できてますかっ〉
ふむふむ。フレイアの言うことは一理あるな。V-REXが市街地を通るなど、都市民に不安を与える可能性がある。よし、南だな。車体を倒し後輪をロックさせ滑らせる。方向を変えてグランドを横切り南門へ向かった。
速度制限がないオーバルコースは一周90kmを超える。見た目は大きなカーブだが、走る感覚は直線のようだ。車体はほぼ垂直。最外縁周回路は利用する人も少ない。
いやっふぅぅーーー、俺は風っ!
〈やっほー俺は風、じゃありませんっ。マサト探査員、出発時の対応は、いったいなんですか。見るに堪えませんでした〉
「なにが?みんな温かく俺を送り出してくれたよ。やはり持つべきものは理解ある先輩方だ。KTSに入社して本当に良かったと思う」
ガレルさんは何か言っていた気がするが、まぁ一課の課長となれば、注意のひとつも言わなきゃならない立場なのだろう。
〈マサト探査員。あなたは都市外探査会社現況巡察任務をなんだと思っているのですか〉
お使い?みんなそう呼んでいた。
「そりゃ、都市外街の抱える問題などを把握して、都市で解決できる問題は速やかに解決するために聴き取り調査をする。道中の危険に対応できる我々探査員に任せられた極めて」
〈お使い、じゃありません。なんですか、その軽い認識は。この任務は監査庁だけじゃありません。聖護庁、公奉庁の三庁の案件なんです。もう少し真面目に取り組んで下さい〉
そっちを拾うのかぁ〜。声に出した方にして欲しかった。
〈私に建前など通用しないと何度言ったら〉
「おっ、フレイア監査官。東の関所だ。ここまで10分かかってないよ。やはりV-REXは素晴らしいね」
〈関所ではありません。東方入出都管理所です〉
拾うのはそっちではない。V-REXに関して熱く語りたい。
(フレイア監査官、V-)
〈お断りします。魔素駆動二輪車の性能など私はまったく興味がありません。それと速度を出し過ぎです。200km/hの危険性をあなたは理解していますか?〉
〈走行時の風速は50m/sを超えます。そして万が一、車体もろとも衝突した場合、その運動エネルギーは空気抵抗を無視した単純計算で、あなた自身が高度800m以上から落下した場合に相当します。車両から離脱できたとしても150mから落下するのと同等です。死にたいのですか?〉
ハルモニアの日蝕がもたらす嵐はもっと凄かった気がする。あと災害派遣時に降下する高さは時にそれくらいになる事もある。フロラの操縦するリーヴァーから落とされるのに比べたら。大丈夫じゃね?
〈…………。〉
黙ってしまった。
「ま、まぁ、フレイア。心配させて悪かった。相手がいる場合もあるしな。今後、気をつけるよ。それより関所だ。いよいよ都市外だ。何か気をつけることはあるかな?」
減速して入出都管理所に横付けしながら聞いた。
〈知りません。マサト探査員にとって都市外に危険なんかないんじゃないですかね〉
拗ねてしまったらしい。
〈拗ねてなんかいませんっ〉
そうだ、拗ねてはいない。監査官ともあろうものが子供みたいに拗ねるわけない。失礼だぞ。
〈…………。〉
「巡察任務ですね。お気をつけて」
探査員証を提示して出都理由を告げると、管理官がにこやかに対応してくれた。
さて、まずは紫嶺を目指すぞ!
〈……。マサト探査員、紫嶺は南の大街道沿いです〉
「え?じゃあなんで俺は東に居るの?」
〈知りません。何も考えないで外周路を走っているから、気が変わって汐崎から行くのかと思ってました〉
ふむ。俺は現在、アルカディアを中心に東西に走る大街道を東に向かって走っている。しかし、本当は南北の大街道を南に向かわねばならなかったということか。
「たしか東の紅嶺からは紫嶺への街道があったはず。それを利用しよう」
〈本気ですか?紅嶺まで150km。そこから紫嶺までは180kmになります。引き返して南門から紫嶺へ向かえば100kmです〉
「フレイア監査官、街道周辺の治安を維持するのも大切な仕事だよ。大街道を進めば、確かに早く目的地には着く。しかし、それでは紅嶺から紫嶺の小街道は誰が確認するんだい?遠回りに思えるかもしれないが、これは必要な道のりだよ」
「人生とは最短距離を走るだけではない。時には大きく廻り道をする。それが大切なんだ」
〈まさか東の入出都管理所に戻るのが恥ずかしいなんて理由ひとつで、230kmも余計に走る人がいるなんて。KTSって本当に凄いですね〉
心を読むなよ……。いま、俺が良いこと言っただろ?
〈マサトさん、私はあなたの思考の一番強いものが最初に入ってきます。それが、恥ずかしいから嫌、でした。そして、よくもまぁ思ってもいないことをペラペラと言葉にできますね。そこは素直に感心しています〉
アクセルを開ける。過去も現在もそして未来だって置き去りに、ただひたすらV-REXを走らせる。速度があがる。視界が狭く、しかし思考は研ぎ澄まされる。
俺は今、自然と一体になる。風だ。世界を切り裂く風になっている。
〈厨二病というのは、中学生くらいの時に罹るものでは?〉
うるさい。俺は罹らなかったから、いま発症しているんだ。男は辛い時に厨二病になるんだ。お前のせいだぞフレイア!




