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第82話 初めてのお使い

探査課オフィスの最深部。お洒落感を極限まで削り落とした三課のエリア。小上がりのちゃぶ台を囲み三人は真剣だった。


バレないようにタクナへ目配せをする。視線だけで頷き返してきた。


ラグナ課長の持つカードに手をやる。悲しそうな顔になる。隣のカードに触れても変わらない。ならばと、逆に触れると、花が咲く様に笑顔が開く。


これだな。カードを引いた。

案の定、ジョーカーが俺の手にきた。これで勝負は決まった。課長の負けはない。


携帯糧食を賭けてババ抜きをしている最中である。賭け金代わりの糧食は課長の前に山積みされている。


ラグナさんの尻尾はパタパタと畳を叩いている。精悍とはこの人の為にある言葉。そう思える程に現場では強い狼人がニッコニコである。


ラグナさんはこの単純なカードゲームが大層好きなのである。そして俺らはそれに付き合っている。


「あー!また負けたぁー。タクナが最後にこっちを引けば俺は上がったのに」


「そうはいかん。ねえ、課長。マサトも負けないとですよね!それにしても課長は強いですね。全然、負けないじゃないですか。参ってしまいます」


尻尾を千切れそうになるほど勢い良く振って頷くラグナ課長。


社内にいると、バカな犬のようなこの狼人13等級探査員。戦場では無類の強さを誇る。単騎としての強さはもちろん。戦域を常に見渡し、適時、的確な指示をする。


それだけじゃない、ヘマをやらかす部下のフォローも軽くこなす。まるで、そこでやらかすのがわかっていたようにだ。


まさに名将。


一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた獅子の群れに勝る。


俺は思う。この羊を率いる獅子とはラグナ課長のことだ。狼人だけど。この人の部下でいることが本当に誇らしい。


そんな人相手に、なぜ接待みたいなババ抜きをしているか。


こうなったのには訳がある。


普段、俺とタクナは訓練室かグラウンドにいる。頭のおかしな先輩方がたくさんいるので、訓練相手には事欠かない。KTSに入社して良かった反面最悪でもある。


その日も、ミルナスさんたちに、ぶちのめされて休憩室へとやってきた。もはや第二の部屋だ。


「あー!ちきしょー、ミルナスさん、なんなんだよっ。強すぎんだろっ」


「お前はまだマシだ。ミルナスさんは腕を切り落としたりしない。ヴァルバスさんは躊躇なくそれをやってくるんだ……あの大剣やべえよ。繋がらなかったらどうすんだよ……」


タクナは地下訓練室に詰めていた五課の先輩に二回ほどお世話になった。その日の当直はエリニナさんだった。なんだよ、当直って。しかも、新人が研修とばかりに毎日居る。


神官が常駐してないと死人が出るような訓練とは。


俺らが部屋に入っていくと、慌てて後輩たちが立ち上がる。今年の新入社員だ。


「お、お疲れさまです!」


声を揃えて挨拶するが、手を振って座らせる。休憩室で緊張してどうするんだ。俺らも先輩たちにそうされてきた。


そんな休憩室だが、社歴や年齢の隔たりなく憩いの場となっている。課長たちやベテランになると、どこに行ってるのか休憩室にあまり顔を出さなくなるが。


そんな中、ラグナさんはラナルナコンビとよくババ抜きをしていた。


ラグナさんはカードを持って休憩室に訪れては、ラナ・ルナさんに勝負を持ち掛ける。相手をするのが面倒な二人は嫌がるが、ラグナさんは何か賭けることで二人をゲームへと誘う。


そして負ける。必ず負ける。酷いものである。二人はゲームなどしていないかの様にずっと喋っている。ゲームに参加していない四課、五課の仲間と会話していることもある。


なのに毎回、あっという間にカードが無くなりラグナさんが負ける。


「はい、これで明後日のお昼ご飯も課長の奢り〜」


「え?もう一度やるの。なら翌日からは昼と夜の両方を賭けてもらわないとですよ?」


やりたい放題である。何度もそんな光景を見た。見かねた俺とタクナはある日、参戦することにした。


「俺らも入れてもらって良いですか?」


ラグナさんはとても嬉しそうにブンブンと頷く。尻尾もブンブンと振れている。


「へぇ〜。面白いわね。ラナさん強いわよ」


目を細め笑うラナさんが怖い。


「義侠心も過ぎれば身を滅ぼしますよ?」


口元をニヤリと歪めるルナさん。美しくも鋭い犬歯が光る。本当に神職なのかこの人。暗黒神官め。


結果、勝てなかった。


俺もタクナも必死で策を講じた。しかし、ラナルナコンビの悪辣な仕掛け、それ以上にラグナさんの弱さが酷くて、どうしても勝たせることが出来なかった。


それからしばらくは、休憩室での三課のババ抜きは、観戦者が出てくる始末。


簡単なはずだった、俺、タクナ、ラナさん、ルナさん。5人のうち4人がジョーカーを持って勝負が決まれば良い。緩い勝利条件だ。なのに達成できなかった。


ラグナさんの前に俺ら二人が連なるフォーメーションの時は、今度こそ勝ったと思った。


俺がキープすれば勝てる。万が一の時もタクナが止める。しかも、俺らのコンビネーションは長い探査員生活で研ぎ澄まされている。タクナへ渡ることなどない。決まったな、そう思った。


「二人とも不正とか、ラナさん許さないからね」


「ラナちゃん、そんなこと二人がするわけないでしょ!ね、大丈夫よね?」


俺の手からタクナがジョーカーを引くのを、悲しい思いで見ているしか出来なかった。ジョーカーはすぐにラグナさんへ渡った。


ラグナさん、引き弱過ぎるだろ……。


何事もなかったかのように、キャピキャピと笑いながら休憩室を後にする性悪コンビ。二人を見送りながら、俺とタクナはラグナさんへ言った。


「課長、あの二人はダメです!強過ぎます。いったん、相手にするのはやめましょう」


「そうです。奴らは人ではありません。代わりに俺らが相手をします。いつか二人をぎゃふんと言わせてやりましょう」


ラグナさんは、とっても嬉しそうにうんうんと頷き、尻尾をパタパタと振っていた。


それが、この三人でやる小上がりのババ抜きである。


現場において最も信頼できる人だ。統率されたなら育成校のひよっこだって竜を倒すかも。


もっと課長に勝ってもらいたい。成功体験の積み重ねが、あの悪逆非道な後衛二人組を倒すんだ。俺らはその日がくるまで、何度だって接待ゲームに付き合うぞ。


そう思いながらカードを切っていたら、サルディがやってきた。


「ラグナさん、アルダ部長がお呼びです。暇ならすぐに来て欲しいとのことです」


ちゃぶ台の上に山ほど積まれた携帯糧食。ラグナさんはその中から三本ほどを掴むと、サルディに渡す。突然、そんな物を渡されて驚いているが受け取るサルディ。


残りの山は、俺とタクナへ押し戻してきた。そして、にっこり笑い頷きながら去っていった。


「ラグナ課長、どうされたんですか?めちゃくちゃご機嫌じゃないですか」


受け取った三本の携帯糧食のうち二本を俺らに押し付けながらサルディが言う。


いや、三本とも食えよ。引き出しに入れとけ、残業の時にありがたいから。美味いんだぞ、それ。


ラグナさんが去った後、サルディを誘った。しかし、三課のババ抜きには関わるなと言われているらしく、逃げていった。


解せん。


タクナと二人で来るべき勝利の日に向け戦略を練る。


「敵は俺らの瞳に映り込んだカードを見ているんだ」


「それだな、あの引きの強さはこちらの手札がわかっている引きだ。どうする目を瞑って戦うか?」


んなわけにいくか。しかし、悪くはないな……


そんなことを真面目に検討していると、一課の方から呼ぶ声がした。


「おい、マサト!タクナ!ちょっとこっち来い」


見ると、ガレルさんが手招きしている。ラグナさんとエイナルさんも居る。別に怒られるようなことはしていないが。


タクナと顔を見合わせてみる。タクナも心当たりはないようだ。じゃあ行くか。


ちゃぶ台のカードを片付けてから、一課の方に向かった。


「お使いですか?」


カフェかよ、というようなお洒落なビッグテーブルに五人で座っている。俺とタクナが並んで座り、向かいに三人の課長だ。


「そう。お前らは他の連中と違って都市外街の探査会社に研修しにいく必要がない。よって前倒しで別の経験をしてもらう事になった」


「正式には都市外探査会社現況巡察任務というんだけど、それやってもらうことになった」


「はぁ、わかりました。で、そのお使いというのはどのような仕事ですか?」


聞いたことがない。ラナさんもルナさんもそんなことひと言も教えてくれていない。性悪だけど、色々教えてくれる頼もしい先輩ではある。なのになんでだろう。


「端的に言うと、各地の探査会社を回って色々話を聞いてくるってことだな。書簡とか持っていってもらう事も多いから、お使いと言われるんだ」


確かに災害でもなければ、都市外街に行くことはない。連絡が途絶するのは良くないということか。


「なるほど。俺ら二人で回って来いと言うことですね。わかりました。詳細を教えて下さい」


与えられた仕事に拒否などない。内容を教えてもらおう。そう思ったところで意外な言葉が。


「いや、お前ら二人だけど、それぞれ単独だ。そうだな、タクナは西から北を通過して東から戻れ。マサトは逆だ。東から南下して西から戻る。細かい立ち寄り街は、これから決めよう」


む。単独任務か。それは、緊張するな。


「あの、結構な移動距離になりますよね。荷運び蜥蜴で行っても良いですか?時間掛かっても良いんですよね?」


タクナが質問する。幸い、俺とタクナにはフィルとエルガディアがいる。使わない手はない。


「んぁ?荷運び蜥蜴だと。急いでやる任務ではないけど、そんな悠長な旅してどうするんだよ。魔素駆動二輪車使って行けよ。六課には話してある」


マジか!ソロツーリングじゃねーか。お使い最高だな。

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