第81話 シロを返せ
ソファーで目が覚めた。習性とは恐ろしいもので、夜明け前だ。走りにいかないといけない。シャワーを浴びて身体を起こす。洗濯済みの戦闘服を出して袖を通す。考えてみると、基本これしか着ていない。下手な私服などよりウケが良いのが悪いと思う。
寮の外に出て、ストレッチしながら周回路まで身体を温める。サファイアブルーに輝く環を見て走り出す。今日はどこで何を投げつけられるだろうか。旬の野菜や果物が飛んでくる危険な道へと走り出した。
ゆっくりと息を整える。
ポケットにジャガイモと玉ねぎ。そして両手にデカいサツマイモを持っている。農家の皆様の殺意のこもった野菜は、持ちきれなくなるレベルで飛んでくる。
本当に恨まれているのかと不安になった。そこで聞いてみると、まったく危なげなくキャッチするので最近はムキになっているとの事だ。今度から袋でも背負って走ろう。
寮に戻ると、食堂に行って野菜を渡す。
「マサトさん、いつもありがとうございます。料理長、気を利かせてマサトさんの差し入れで賄い作ってくれるんです」
「へぇーそれはよかった。殺す気か!って勢いで投げつけられるんだ。必死でキャッチしている甲斐があるよ」
「あらそうなんですか。なんか申し訳ないです。料理長も唸るほどの野菜です。私たちは、とても美味しい思いさせてもらっているのに」
笑いながら受け取ってもらった。本当に感謝されているらしく、少し気分が上がる。
食堂スタッフさんと別れ部屋に戻る。いつもなら休日は大浴場でゆっくりするのだが、今日は忙しい。シャワーで済ませる。
「アカツキ、端末とリンクしてアルマの現在地を表示して」
「かしこまりました。アルマ・シロミネの現在の位置を表示します」
端末から広がる3Dマップを睨みつける。まだ寮にいるらしい。さてどうしてやろうか。寮に逃げ込まれたら面倒だな。登校中を襲撃してやるとしよう。
「あるま」
シマちゃんが呼んでいる。たぶん窓開けてだね。
「なにー。もう出るの?」
「しごと」
「まどあけて」
やっぱりだ。このところ、毎朝早くに出かける。帰ってくる時間はまちまちだけど、たいてい夜遅い。
「わかったー。今日はどこ行くの?帰り遅い?窓閉めて学校行って大丈夫かな?」
「…………。」
聞きすぎた。
「ごめん。どこ行くの?」
「たんまつ」
シマちゃんの端末を開いて、通話履歴を見せる。
「これ!」
「生産管理局のね。わかった。昨日のARC建設組合のは終わったって連絡して良い?」
「だいじょぶ」
「たちあった」
「かんぺき」
シマちゃんから、完璧以外の声を聞いたことがない。大丈夫なのかしら。でも、立ち合いがあったなら、連絡は不要ね。
それにしても、こんなに小さいのに自立してて凄いなぁ。私もみんなのように誰かの役に立てるようになれるだろうか。
シマちゃんを持って窓際に行く。
「いってくる」
窓枠に捕まり手を振るシマちゃん。お尻からキラキラと糸を出す。
「じゃあね」
そう言ってふわりと舞い上がっていった。
「べんきょう」
小さな身体はすぐに青い空に消えていく。
「がんばるー」
シマちゃんの声だけが脳内に響く。不思議生き物。
それにしても良いなぁ。空飛べて。マサトくんたちは飛んでるヘリから飛び降りたりしてるらしいけど、あれは違う。落ちてるだけだ。人間なのかな?とは思うけど、羨ましいなんて1ミリも思わない。
しばらく空を見つめていた。
さて、シロちゃん連れて学校に行こっと。
ベッドルームに戻り、壁に掛けたリュックを手にする。
「シロちゃーん。お姉ちゃん学校行くから一緒に行こ〜」
そう声をかけるけど、いつも出てこない。隠れているんだ。ベッドが不自然に膨らんでいる。
「見つけたっ!」
ガバッと布団を剥ぎ取る。するとシロちゃんくらいの大きさにタオルが積まれている。
むむむ。
ベッドの下を覗き込むと、白いものがある。寝そべって手を入れて触れてみるとシロちゃんだ。とりあえず手の届いたところを掴んで引っ張り出した。
尻尾を掴んでいたみたい。抵抗するかのように四肢を床に付けている。
「シロちゃ〜ん。私のことそんなに嫌い?」
這いつくばっているシロちゃんがこちらを向く。シロちゃんおっきくなったなぁ。繭から出てきた段階ではひと回り大きくなったかな程度だったのに。
大きな黒い目が私を見ている。私もシロちゃんを見る。ここはきっと笑顔だな。そう思いニコッと笑ってみた。
するとシロちゃんは項垂れた。なんというか、溜め息を吐いている様子。そして、掴まれた尻尾を上下に動かす。放せのサインだ。
掴んだ尻尾をすぐに放す。放さないと怒られる。
「一緒に学校行こ。ひとりでお留守番寂しいよ。シロちゃんに悪さする人がいたら、私が守ってあげるから!」
一度だけ振り返ったシロちゃんは、私のリュックの方へトボトボと歩いて入って行った。
どうやら一緒に行ってくれるらしい。可愛いなぁシロちゃん。ここに住めば良いのに!
シロちゃんを背負っていつもの道を歩く。背中にシロちゃんがいるだけで何か楽しい気分になっていた。
「おはようアルマくん。今日も可愛らしいね。男子たちが気の毒だ。飾り気を排除してもなお人目は引く。しかし、優秀さゆえに声をかけることが出来ない。僕が学生だったら、唇を噛み締めて悔しがるね」
会う度にこんな事を言う人はルドラ教授だ。学部長なのに、つまらないことばっか言う。
「ルドラ教授。おはようございます」
「魔素駆動機のタイラ教授が、来年からアルマくんをウチに寄越してくれと直談判にきたよ」
「はい。私にも直接話がありました。お会いする度に熱心に誘って頂いてます」
タイラ教授は、目を三角にして私を勧誘してくる。
魔素駆動機か。都市間の交通には欠かせない機関だ。
「研究室どうしが奪い合いなど久しく目にしてなかったよ。あまりしつこいようなら、私から注意しておくがどうするかな?」
そんなことばかりすると、来年私のいく研究室がなくなってしまうかもしれない。
「いえ、大丈夫です。私自身がまだフラフラとしているのが問題だと思っていますから、誘って下さることには感謝していますので」
「そうか、なら静観しよう。君がどこを選んだとしても、その研究室は祝杯を挙げて大騒ぎになるだろうけどね」
「正直、私はよくわかってません」
頑張って勉強しているけど、そんなにかな。評価されてるみたいで悪い気はしないけど。
「ん、お友達が待っているようだね。私は退散しよう。ファミーナくんは問題ないけど、ミレィナくんには伝えておいてくれ。夜の繁華街で見るより、昼の校舎でもっと姿が見たいとね」
ミレィナったら。遊んでばっかり。なのに成績がそんなに変わらないって頭良いなぁ。
「何か困ったら相談にきなさい。あと君はミレィナくんを少し見習うといいよ」
最後のひと言は微妙すぎてなんて答えたらよかったのか。かろうじて頭だけは下げておいた。
「アルマーおはよー。凄いね相変わらず。ルドラ教授と並んで通学とか意味わかんない。学部長だよ?」
「アルマちゃん。おはよう。教授と何話してたの。びっくりするからやめて」
ミレィナこそ相変わらずだ。ファミーナは、苦笑いを浮かべていた。
「おはよう」
「学部長だろうがなんだろうが先生であることに変わりはないわ。それより繁華街で夜遊びしていることを憶えられているミレィナの方が不味いと思うわよ」
「え?ほんと?な、なんて言われたの」
急に及び腰になるのが可愛い。
安心させようとしたところで端末のタグが浮かぶ。秘匿通信だ。
発信者:マサト・シロミネ
所属:KTS[4等級探査員]
発信地:SWU敷地近く住宅街
相対位置:南方向112m
ステータス:正常[臨戦態勢]
げっ!マサトくんだ。ヤバい!でも100mとか逃げられるわけない。それになんだステータス、臨戦態勢って初めて見た。
ど、ど、どうしよう!タグを目の前に躊躇していた。
「アルマ、なぜ出ない?」
ひぇっ。どうやって通信を開いたの!?私なにもしてないのに!
通信を強制的に開いてやった。アルマは驚いているが、出来るんだよ。知らなかっただろ。お友達の前だ、秘匿通信にしてやったことに感謝しろよ。
「は、はい。アルマです……」
それはわかっている。なぜ出ないか聞いたんだ。
「お前の姿は目視しているぞ。学部長と並んで歩いているところからだ。どうやっても逃げられんぞ。シロ持ってるだろ?」
アルマは慌てた様子で俺を探すために校内へ目をやっている。阿呆め、そっちは北だ。南北もわからないのか。
「アルマ、お前に選択肢を与えよう。素直に俺の元にきて、ごめんなさいしてシロを返すか」
「お友達の前で組み伏せられて、めちゃくちゃ叱られた上でシロを強奪される。どっちを選ぶ?」
お友達にペコペコと頭を下げてから、北に向かうアルマが見えた。だから逆だって、そっちじゃない。
通学路にあるカフェにいる。お腹を空かせた学生を捕まえるためなのか、早い時間から営業している店だ。店内には、優しいクラシック風のBGMが控えめに流れている。コーヒーの香りが香ばしい。暗褐色に染められた木の空間は、大樹の洞に迷い込んだかのよう。
そんな素敵空間だが、目の前にアルマを置いて絶賛説教中である。
「おまえ、毎回言ってるけど、留守中に上がり込んでシロ持って帰るなよな!帰ったらシロがいない俺の悲しみを考えているのか」
ちなみにシロはテーブルの上に座っている。繭から出てきてすくすくと育った。現在、柴犬くらいの存在感はある。
「えぇー!だってシロちゃん一人で何日もお留守番とか可哀想じゃん!それに今回は私が孵化に立ち会ったんだよ」
「もう私のシロちゃんと言っても言い過ぎじゃないと思うっ」
こいつ、噛み付かれたことを飼い主認定だと思っていやがる……
シロが繭から出てきた日の話だ。
アルマがいつものように繭入りのリュックを背負ってみると何かが違ったらしい。もしかしてと、ゆっくりリュックを下ろし中身を確認するとデカくなったシロが入っていたと。
嬉しくなったアルマは。
「シロちゃん!私がお母さんだよ!」
ガブリッ!
覗き込んで声をかけたら、鼻を噛まれたようだ。
鼻に大きな傷が出来て、治療用のテープを貼り付けたアルマが興奮して語っていたのを思い出す。鼻に絆創膏って……夏休みの小学生男子か。
「そんなわけあるかっ!冷たい泉に沈んだシロの卵。優しく両手で拾い上げた日のことを今でも想い出せる。シロは俺のだ」
シロが何か言いたそうな顔しているが無視だ。
「とにかく、シロを勝手に連れて帰るな。あと、連れ回すな。それと変な首輪をつけるな」
なんかキラキラした派手な首輪が付いていた。
「嫌ですぅ〜。シロちゃんもお留守番よりは、私と一緒の方が良いよね〜?あと、その首輪はシロちゃんと一緒に買いに行ったの。取り上げたらガブガブされるからね」
そう言ってシロに話しかけるが、シロは知らん顔だ。サンドイッチを食べ終わり、載っていた皿を齧っているところだ。
皿を齧っている?
「あ、こらっ、シロ!皿は食べるなっ!ここはお店なんだぞっ」
慌てて取り上げるが、既に縁を齧り取っていた。皿を取り上げられて不満そうに俺を見るシロ。両手は皿を持ったままの姿勢だ。
「もう、齧ったならしょうがない。残さず食べるんだぞ……」
諦めてシロに皿を返してやる。あまり高価な食器でないことを祈ろう。
「いや、そもそもシロは一人でお留守番なんかしてないぞ。寮のあちこちを勝手に歩き回って、割と好き勝手している。女子の大浴場で泳ぎ回ったり、食堂でマスコットのように可愛がられている。寂しいなんて無縁の優雅な暮らしだ」
正式な住人の俺だって女子の大浴場なんか入ったことはない。けしからん話だ。
「とにかく、シロちゃんが落ち着くまでは私が預かるの。孵化、いや羽化?してからまだそんなに時間経ってないんだからね」
「シロちゃんも私と一緒の方が良いよね」
皿を齧っているシロの頭を撫でてそう言う。シロは首振ってるぞ。アルマは気がついてないけど。
「それは良いとして、フルーツタルトも頼んでもいい?」
良いわけあるか!叫びだしそうだった。
結局、シロはアルマが持って行った。あとフルーツタルトと紅茶のセットまで頼みやがった。
皿の代金は見逃してもらえた。渋いマスターと可愛らしいリザードマンの女性スタッフが会計をしてくれたのだが。二人は笑いを堪えながら、お皿のお代は結構ですと。
育成校に行ってレオスくんとソルファスくんを捕まえて模擬試合しよう……そうしないといけない気がした。




