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第80話 右手のヘルメット

酷い現場だった。到着してすぐに結界外に群れていた飛竜種の直上に降下した。ひときわ大きな一種に狙いをつけてだ。


さすがは一種。上空から落ちてきた俺に大人しく首を落とされてくれるわけもない。ただ幸いなことに逃げたり躱したりはしなかった。好戦的なⅠ類で良かった。


ブレスを豪快に吐いてきたが、趣味の悪い盾で防いだ。すれ違うタイミングで、片翼と片足を切り飛ばし勝負ありだ。飛べない歩けない段階で一種と言えど、ただの的だ。


降下した後も酷いものだった。蒼汐の結界は破られていた。教会に侵入した黒牙狼の一種は結界を維持していた街の神官を殺し、教会内にいた街の探査員を何人か倒したらしい。


蒼穹探査が到着し、簡易結界を張ったがその時は内部に乙種丙種問わず魔獣がぎっしりだったという。


結界内で暴れ回っていた一種は俺たちKTSで全て倒した。蒼穹探査の人たちも街の人々を守るので精一杯だったからだ。


結局、街人34名、蒼穹探査のベテラン1名、若手1名が死んだ。


別れ際のティーナの姿が痛々しくて、どう声をかければ良いのかわからなかった。けれど、放っておくわけにはいかない。


「ティーナさん、妹の誕生日にアクセサリーを贈ろうと思っています。何を選べば良いのかわからないので、帰ったら一緒に買い物に付き合って下さい。報酬としてティーナさんにも何かプレゼントしますよ」


後から思い出すと酷い言葉だ。少なくとも部下を亡くした探査員にかける言葉ではない。

けれど、ティーナは少し笑って頷いてくれた。


「うん、まかせて。あと、ありがとうね」


きっと、俺なんかにはわからないくらい、こういった凄惨な現場を見てきているのだろう。


俺ならどうするだろう。後輩やサイルたちの誰かを失うところに出会したら。嫌な考えはすぐに振り払った。


ヴェルナは言っていた。イメージした未来は現実になる、だ。目の前で誰かを失う想像なんか必要ない。危ない時は助ける。どうやって?それだけを考えてれば良い。


ソラの大型ヘリが二機到着し、後処理を始めたのを確認して俺らは帰路に着いた。


青黒く照らされる会社の窓は明るく光っている。一階の事務室こそ、半分以上は暗くなっているが、二階以上はまだまだ人が残っているようだった。


事務方も大変だな。ひらひらと華やかさに全振りしたような女子たちだけど、俺らを支える大切な仕事をしてくれている。汗まみれ血塗れで帰ることが多い俺ら探査員。だけど、嫌な顔なんかされたことがない。


エイナルさんはこれから報告書か。偉い人は大変だ。俺も馬鹿やってるわけにもいかないな。


〈お疲れさまでした〉


フレイアの声に少しホッとした。戦闘時は基本的に呼びかけてこない彼女の声。なんとなく日常に戻ってこれた気がする。


(今日は派手にやったけど、フレイアは大丈夫だったか?)


〈大丈夫です。お気遣い頂いてありがとうございます〉


自分が少し面白かった。便利なAIくらいに思って付き合っているが、相手は人間だということ。こういうタイミングで思い出す。


〈明日は休暇になるはずですが、間違いないですか?〉


「ああ、報告はエイナルさんたちがやってくれる。俺とタクナは休みになるよ」


俺の声にタクナが反応した。


「フレイア監査官、お疲れさん。今日は派手にやった。明日はゆっくり休んでくれ」


〈タクナ探査員に、お礼の言葉を伝えて下さい〉


「タクナ、気遣いありがとうだってさ」


俺の目をみて、大きく頷くタクナ。


「俺は帰るぞ。今日は朝から酷い日だった。特に朝だ。あれは絶対フロラが主犯だ。さっさと風呂に入って寝たい。お疲れさん」


タクナは笑いながら、グラウンドを後にした。


「なんですって!タクナさん、戻りなさい。もう一度最初から」


リーヴァーを格納庫に入れるのはセレナさんがやっているようだ。タクナの言葉が耳に入ったフロラが騒ぐ。


「フロラっ、お疲れさん!」


「もう!タクナさん全然反省してない……」


それはそうだろ。アイツは横で煽ってただけだからな。それが一番悪いと言えばそうだが。フロラもわかっているのだろう、タクナの背中を見て溜め息をひとつ。向き直った時は気分が切り替わっていた。


「マサトさん。お疲れさまです。飛竜に上空から切り掛かるとか、探査員って本当に凄いんだなって」


フロラは爽やかな笑顔で言うが、それをお前が言うのかと思った。現場に到着するや、一種が目視できます。真上を通過できますけど、誰が行きますか!と言ったのはフロラだ。


ヘリのキャビンを見回した。

タクナがふるふると首を振る。ミルナスさんを見ると、凄く嫌そうな顔だった。


「マサト諦めな。出番だと思って行ってきな」


エイナルさんが笑いながら言う。やっぱこの人は鬼だなと思った。


笑顔のフロラを眺める。髪が濡れている。額には汗が浮かんでいた。右手には脱いだヘルメット。


「どうよ、少しは見直した?格好良かっただろ」


「ええ、とっても!また一緒に出撃しましょうね。先行部隊はKTSの華ですもんね!」


絶対に嫌だ。


しかし、笑顔で頷くしかなかった。他になにができたであろうか。


社屋に戻り、エイナルさんたちとは別れた。帰って寝るか。


寮に戻り自室へ入った。何も言わずにアカツキが部屋の照明をつけてくれる。入居してからあまり変わり映えのしない部屋だが、割と散らかっている。


(フレイア?まだ開いてるよね?)


〈はい。閉じるタイミングを逸してしまいました〉


不器用な子だな。

とても賢い人だと聞いていたが、そんな一面もあるのが面白い。


(じゃあまだフレイアは監査庁にいるの?今日は帰るのが遅くなってしまってすまないね)


〈問題ありません。私は監査庁に住居があります。帰宅は数分です〉


リビングのソファーにゆったりと腰を下ろす。シロもシマも居ない部屋はなんとなく閑散としていた。静かな部屋も悪くない。


数分だろうか。少しだけ、彼女の声を感じていたくて雑談をした。


(フレイア、すまなかった。つまらない雑談に付き合わせてしまって。ありがとう。明日はゆっくり休んで下さい。おやすみ)


〈いいえ。マサトさんこそ、今日は朝から本当にお疲れさまでした。昼間のアレはどうかと思いましたけど。では、感応を閉じます〉


…………。


最後のセリフはなんだ。どうかと思うとはなんたる言い草だ。あれはフロラと止めないタクナが悪いんだ。


彼女の言葉が、少し笑っていたような気がしたのは気のせいか。


明日はプライベートでひと仕事しないといけない。アルマからシロを奪い返さないとだ。あいつ、隙があるとシロを持って帰りやがる。


そんな事を考えていたら、そのまま眠ってしまった。

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