第77話 ELC契約者
ダンジョンの奥深くに佇む女。
整った容姿、若く見えるが纏った雰囲気がそれを否定する。圧倒的なまでの強者の佇まい。人が立ち入ることのない魔獣の領域においても、危険など何もない。そんな立ち振る舞いを見せる女の視線の先には一頭の竜がいた。
赤黒い光沢を放つ凶悪な竜。このダンジョンが生まれた時から、ここを己の領域とした古い竜。それなのに巨体を出来る限り目立たぬような姿勢で小さくなっている。
「エルド、ここはどう?わたしもう疲れてきちゃったわ。ダメ元でここにするのはどうかしら?」
竜を気にすることもなく、暗闇に向けて言葉を発する。
「お前が言い始めたことだ。そんないい加減な態度で事が成就するなら、我は貴様と契約する羽目にはならなかっただろうな」
闇の中より重い声が響く。
「ダメなの大丈夫なの?答えだけちょうだい」
竜に近づいて興味深そうに眺めていた。
「すこし待て。いまハッキリする」
「ねぇ、エルド。この子連れて帰っていいかしら?模様がとても美しいわ。大人しそうな気性だし」
連れて帰ると言われた竜は一瞬身体を震わせた。
「ダメに決まっているだろ。ここにコイツが居ることに意味がある。それと、ここはダメだ。次に行くぞ」
「そ。つまらないわね」
女は答えて暗闇へと消えていく。かなりの時間が経過したのちに、赤黒い竜がようやく動き出す。
女が消えた闇は、洞窟内の灯りを反射し岩肌を晒していた。
青空の中へ飛び出す。上空でブレスを吐く体勢だったヒポグリフ。驚いてる様子だ。タクナの尻尾カタパルトと俺のコンビネーションはいよいよ円熟の極みに達している。空から一方的にブレスとか許すわけない。
飛び掛かる俺に巨大な鉤爪が襲いかかる。文字通り鷲掴みに来たが、躱して翼を切り落としてやった。
「タクナ落としたぞ!逃すなよっ」
片翼を切り落とされたヒポグリフが墜落する。そこには、大剣を構えるタクナがいた。
鉤爪でタクナの大剣を掴み振り回そうとする。しかし、そうはいかない。タクナの大剣は白鋼二型に蒼白竜の素材を惜しみなく注ぎ込んだ特注品だ。大剣が鉤爪を切り裂く。
驚いたヒポグリフが慌てて離す。残念、躊躇しないで大剣ごとタクナを投げ捨てるべきだったな。
タクナと視線を交わした。よしいける。
〈────!〉
フレイア?
タクナの大剣は一刀でヒポグリフの首を断ち切っていた。噴水のように噴き出す血を頭から浴びるタクナ。
それをスローモーションのように眺めながら、深く差し込んだ白炎を捻る事で心臓を完全に破壊した。
首を断ち切られ心臓を貫かれたヒポグリフがゆっくりと崩れ落ちた。その向こうに返り血で真っ赤に染まったタクナが、残心を取っている様が目に入る。
「おれ、この仕事が終わったらミカにプロポーズしようと思っているんだ」
残心を解いたタクナは、ヒポグリフの身体から剣を引き抜く俺にそう言い放つ。
「うん良いと思うよ。血塗れのお前に対してミカちゃんが何て言うかは知らんけど」
「ちがーう!俺を血塗れにしやがったろくでなしを遠回しに非難してるんだ。アホかお前は?お前が心臓を停止させる。俺が首を断ち切る。その順番で行くってのがお約束だろ!」
「わかってるって。けど、お前が少し早かったんじゃね?」
俺を観察するかのようなタクナの視線。しばらく俺を睨みつける。
「おかしい。帰るぞ。良いよなフレイア監査官!」
俺に言うのでなく、フレイアに許可を取るタクナ。
〈了解致しました。調査は十分とのことです。戻って下さい〉
「終わりにして良いってさ〜」
フレイアの言葉を伝えてやる。
「よし、なら戻るぞ。今からなら陽が沈む前に翠風に戻れる」
「了解。で、魔素駆動機どこ停めたっけ?お前憶えてる?」
自信なさげに、アズール・ホエムを見つめるタクナ。いや、俺も流石にそっちから来たのは憶えている。
〈……。とりあえず北東へ進んで下さい。近くまで行ったらまた指示します……〉
実に便利だ。フレイアとELC契約をして以来、俺もタクナも迷子の心配をしなくなった。というか、現在地の掌握とか完全に無視している。
便利だなぁ〜フレイアって。
〈…………。〉
魔素駆動二輪車までは最短かつ安全なルートで戻れた。
二人で白峰で森や山に入っていた頃なら、戻るルートでタクナと散々罵り合っていた場面だ。あの頃は、自分たちと街道の位置関係は把握こそしていたが、街道に戻るルートがどれだけ困難なのかは把握していなかった。目の前に立ちはだかる高い岩壁に立ちすくみ、互いを罵倒するのは日常茶飯事だった。
今は安心安全なフレイア・ナビ子がある。
ELC契約まじサイコー。
「マサト、翠風までどうする?」
魔素駆動二輪車に跨ったタクナが挑発的な視線を送ってくる。凶悪な紫色の制御リングが起動している。
V-REX1700。夕闇の迫る会社で、小柄なフロラがオモチャのように扱った凶悪な機体だ。大柄なタクナが跨ってなお、巨大に見える。俺の憧れの魔素駆動二輪車だ。
翻って俺の跨るマシンは、YFX-R6。タクナの駆るマシンよりパワーこそないが、なんといっても軽量化がすごい。それでいて最新素材を惜しみなく注ぎ込んでいるので、強度もすごい。なにより速い!とても良いマシンだ。そうとても良い。
タクナのV-REXを恨めしげに見る。
「ダメだぞ。お前には絶対に乗らせるなってラドさんから言われているんだ」
「納得いかん……」
そう納得していない。俺もタクナも同じ四等操縦徽章だ。曰く、出力1800以下の魔素駆動機取扱免許証持ちだ。苦労したが、互いに時期を同じくしてなんとか習得できた。
操縦徽章は大徽章だ。階級章の隣についたそれが誇らしい。なんの役にも立たない天征章や威征章などと違い実用的なのだ。胸についたそれが誇らしかった。
胸を張って徽章を見せつけるように、格納庫を進んだ。そしてV-REXに跨ろうとした。
「あ、それはダメな。お前は絶対に壊すから」
ラドさんに止められた。
その後は、酷いものだった。なぜ、俺はダメなんだとラドさんに噛みつきまくった。相手が六課長だということなんか、綺麗さっぱり忘れた。反抗期の中学生の如く、ずりぃ!俺も乗りたい!と駄々を捏ねまくった。いや、今思うとレオスくんやソルファスくんと比較する気にもならない態度だった。あの子たちは大人だ。
根負けしたラドさんは言った。
「他のに騎乗して実績を積んだら考えてやる」
そして今、俺はタクナから勝負を挑まれている。
(フレイア、聞こえていたな。どう思う?)
〈…………。馬鹿なのかな?と思ってます。馬鹿げた提案をしてくるタクナ探査員に対してではありません。それを聞いてくる貴方に対してです〉
馬鹿とはなんだ。あのバッテン印のリザードマンを見ろ。勝ち誇った顔していやがる。奴に天誅を下してやるんだ。
「勝負なんかせんよ。ガキじゃないんだ。大人になれよタクナ」
ぎゃふんと言わせたい心を抑え、努めて冷静にそう答えた。勝負に熱くなり、派手にやらかす絵が浮かんだからだ。
「お前ってELC徽章が付いてからつまらん男になったよな」
ぐぬぬぬ……。フレイアに言われたからじゃない。俺は安全運転に努めてV-REXの騎乗許可をもらうのだ。なんとしてもそれに乗りたいんだよ。
「言ってろ。俺が前、行くぞ。追い越し禁止な」
YFX-R6の魔素駆動機を入れる。制御器を起こすと、蛍光ピンクの制御リングが展開。意識を集中して安定させる。操縦士たちの起こすリングと比較するとダメダメだ。俺もタクナも六課の連中に及ぶ日がくるのだろうか。
ヘルメットのシールドを展開する。車体を起こしスタンドを払いアクセルを開けた。駆動機の甲高い音がくぐもって聞こえる。雑にクラッチを離してフロントが浮き上がる。気にせずギアをセカンドに入れフロントが落ちた。そのまま、街道を翠風目指して走った。
コイツだって良いマシンだ。旋回性能は抜群だ。会社のグラウンドでミルナスさんとセレナさんが勝負しているのを見た。ミルナスさんが乗ったV-REXをセレナさんがコイツで追い回していた。
ピッタリと背後につくセレナさんを、直線で振り払うミルナスさん。セレナさんはコーナーで距離を詰めてまたピッタリ背後につく。そして最終コーナーで僅かに膨らんだミルナスさんを内側から抜き去ってそのままゴール。
録画データを見ているかのように、毎回同じだった。
悔しがるミルナスさん。まだまだね、100回やっても私が勝つわね。そう言い放つセレナ特級操縦士。タクナめ、今に見ていろ。俺もあんな風になってやる。
翠風目指して街道を走る。陽は傾き、魔素駆動二輪車の影を長く伸ばしていた。
〈あ、あのマサトさん。先ほどの戦闘での件ですがっ〉
突然のフレイアだ。
(なんだ?トドメを刺すタイミングの事か?)
〈そうです……余計なノイズを送ってしまいました。申し訳ありません。タクナ探査員にも〉
(不要だ、フレイア。それに俺が反応したのは俺の責任だ。君の問題ではない)
フレイアが命を奪うことに対して忌避感を強く持つことは知っている。これまでも時折感じた。しかし、それを受け取るかどうかは俺が決めることだ。
〈申し訳ありません……〉
ふっ。
ヘルメットの中で笑ってしまった。
「それも不要だと何回言ったかなフレイア。君は十二分に役に立ってくれている。謝罪など口にするな」
謝罪するなら、育成校の昇級試験の答えを教えてくれないことを詫びて欲しい。
〈それはダメです。テストなんですよ?ご自分の力で頑張らないでどうするのですか〉
カンニングはダメらしい。監査官ってお堅いなぁ〜。夕日とタクナを背に、アクセルを大きく開けて速度を上げた。緑に包まれた翠風が見えてきた。




