第76話 古の竜
瀟洒な佇まい。綺麗に刈り取られた植え込みと小さな噴水。フェンスこそないが、その空間は許された者しか立ち入れない雰囲気を出していた。
SWU白黎女子学生寮。その前を何度も往復する俺。背中に白炎、腰には月白、ベルトには何本かの大型ナイフ。KTSと背中に大きく書かれた戦闘服をだらしなく着崩して、寮の前を行ったり来たり。
日本なら通報され、言い訳する機会も与えられず逮捕される。
しかし、ここはハルモニアだ。多少変な目で見られている気もするが大丈夫。
「アルマめ、いったい何をしているんだ。アイツちゃんと勉学に励んでいるのか?そろそろ登校する時間のはず。非行に走ったら白峰のみんなに顔向けできん!」
思わず口にしていた。
「マサトくん、何言ってるの?白峰のみんなに顔向けできてないのは、私の方だよ。現在進行形で」
アルマ登場だ!お前を待っていたんだ俺は。
「よし、捕まえた。とりあえず来い。話はそれからだ!」
アルマの腕を掴み、KTS独身寮へ連行する。
「ちょっと待ってよ。何事なの?わたし、今日試験なんだけど!」
「大丈夫だ、アルマ。試験には追試がある。優秀なお前だ、追試を受ければ問題ない」
しかし、今、俺は大変なピンチに陥ってる。お前の力が必要なのだ。四の五の言わずついてこい。
「ただいまー。アルマ捕まえてきたよ」
最初抵抗していたアルマだが、周囲の反応に負け、途中から諦めて大人しく着いてきた。抵抗する女子を柄の悪い探査員が連行しているのは、ハルモニアでもアウトらしい。
流石はアルマだ、気遣いが出来る。KTSの悪名を高めなかった功績を讃えようと思う。
拉致したアルマを部屋に連れ込む。先に話をしたタクナが待っている。
「おーアルマ。勉強頑張ってるか?悪い遊びとかしてないだろうな。お前は友だちとかに唆されて、流されて悪さをするタイプだ。気をつけるんだぞ?」
タクナがお叱言を言う。本当にそれ。シマとつるんで悪さしている。むしろアルマが悪いまであるが。しかし、ここはフォローするべき状況だ。
「馬鹿言うな、アルマがそんな事するわけないだろ。成績優秀だと学校から、連絡が入るほどの優等生だ」
「そういえば、学校に顔を出したときに、偉そうな人に言われたわ。アルマさんは本当に素晴らしい学生だ。教鞭を取ると身が引き締まると言ってた。派手なリップサービスだなぁと思ったけど、本気だったのか……」
「ほう。タクナもそんな経験をしていたとはな。偉いぞアルマ、追試頑張るんだぞ」
誇らしく思い、頭に手をやる。いっぱい撫でておこう。
「…………もう良い。何の用なの」
褒めてやったのに、ものすごい不満そうなアルマ。
まぁいい。アルマはお年頃の女子だ。俺らにはわからない感情の機微というものがあるのだろう。それより、今はこれだ。
「コレを見ろアルマ!」
ドンッとテーブルの上に大きな卵を置く。ラグビーボールくらいの大きさ。
「なに」
「これ」
シマが感染ってるぞおまえ。本当に勉強大丈夫なんだろうな。
「しろ!」
「たまごにもどった!」
なぜか自慢げに言うシマ。
「えぇ〜。これシロちゃんなの!?なんでぇー」
「というわけで、シロが卵に戻ってしまったんだ」
「なにが、というわけなのよっ。ちゃんと説明しなさいっ!」
ちゃんと言われてもなぁ。とりあえず昨夜のシロの様子から語ってみた。まぁいつもと変わらない様子だったのだが。
部屋に戻ると、ベッドの上に毛布やらタオルが積み上げてあった。そして俺が部屋に入ってきたことに気がついたシロが、毛布の下から飛び出してくる。
ひとっ飛びで胸にくっ付く。そして、毛布の山を指してパクパクする。何が言いたいかはわかる。要するに遊べと言っているわけだ。
シロとは色々な遊びを散々やってきたが、これが一番謎である。シロを毛布の山の頂上から転がしてやるだけである。
シロは何度やっても、楽しいらしく転げ落ちた後は、もう一回もう一回と楽しそうに戻ってくる。自分で登って転がれば良いと思うのだが、これは一人でやるものではないらしい。
転げ落ちる先には、シロが作ったタオルの堰があり、そこに当たると良いらしいがルールが全くわからん。良かれと思い、方向を定めたりすると怒られる。ちゃんと当たったのに、戻ってくると手を叩かれる。何度言ったら理解するんだ。と言わんばかりの表情だが、何度やってもわからんのよ。
そんな謎遊びをシロが疲れてやめるまで繰り返した。
ここからが、いつもと少し違った。
普段は俺が後片付けをしてる最中に、さっさと巣に戻り寝てしまう。後片付けもしなさいっ!とやらせてみようとした事もあるが、シロは座り込んでそっぽを向いて片付ける気配もない。毎回そうなので、諦めていた。
その日は、巣に戻らず後片付けするのをじっと見ていた。片付ける気になったかなと、やるか?と聞くが、そっぽを向いてしまう。仕方なく片付けを始めると、またじぃっと見てくる。
変なやつだな。思いながらいつものように俺が全て片付けた。眠ろうとベッドに横になったら、シロがこちらにやってきた。
「なんだ?一緒に寝るのか?潰されるなよ」
そう声を掛けて毛布を捲ってやると、入り込んでくる。たまに有る事だが、その日は胸の上に乗っかってきて丸くなった。
乗ってくるのは初めてだな。そう思いシロを撫でながら、俺は眠りについた。
そして朝になると、毛布の中にデカい卵が落ちていたのである。
「というわけだ。どうだ、アルマ。何かわかったか?」
「シロちゃんと仲良くて悔しい。私にもそんな風に懐いて欲しい。というより、自慢?自慢したいの!?」
お前が詳しく話せって言ったんだろ。それに今の話のどこに羨ましがる要素があったのかわからん。
「いや、なに言ってるのかわかんねぇから。それより、シロの卵問題に戻れよ。専門家としての見解を聞きたい。もしまた孵化に時間がかかるなら、今度こそ換金アイテムとして売り払うことも検討せねばならない」
いや、さすがに今となっては売るつもりはないが。孵化したら知らん人が飼い主になってたとか可哀想だからな。
「でっかくなる!」
シマが主眼と側眼、四つをキラキラとさせて言う。
「ほう。デカくなるのか、どれくらいだ?フィルたちくらいか?」
タクナがシマに聞いている。いや、流石にそんな大きくなられたら寮じゃ飼えないぞ。
「これ卵じゃないよ」
卵を抱いて考え込んでいたアルマが言った。
「なにそれ、卵じゃ無いならなんなのよ。デカい魔獣の卵にしか見えないぞ」
アルマは難しい顔をして卵を見つめる。
「強いて言うなら繭かな?中にいるのがシロちゃんなのは間違いないよ。寝てるみたい」
寝ているだと?あと繭ってなんだ。羽化するのか。
「なんだかわからん。どうすりゃ良いの。また持ち歩く必要あるのか?」
寝る時に珍しく乗っかってきたくらいだ。持って歩けということか。この大きさの代物を持ち歩くのは少し大変そうだが、何か適当な背負い袋でも用意するか。
「んーん。それは必要ないよ。魔素吸収とかしてないから。それが魔獣の卵とは大きく違う点。ただ寝ているだけみたい。スヤッスヤだね」
寝てるだけって……今までも寝まくってるだろ。なんで、こんな変な寝方してるんだろう。
「ほっといて良いのか?」
「うん。部屋に置いとけば良いよ。ベッドの上で蛹化したなら、そこが良いんじゃないかな」
「いや、待って!雰囲気的にすぐ羽化する気がする。羽化した時が擦り込みのチャンス……。ちがう、羽化した時に一人じゃ可哀想だから私が連れて歩くよ!」
本音が入ってるぞ。おまえ、いまさら擦り込みなんか効くかよ。おまえとタクナには十分懐いているよ。ぜんぜんそうは思えないかもだけど。
「よし!そうと決まれば、リュックが必要になる。わたし持ってないから、今から買いに行こう」
拳を握りやる気に満ちたアルマ。
「いや、背負い袋なら俺のやつ貸してやるぞ」
「絶対にいや。あんな貧乏臭いの持って歩けるわけないでしょ。それにシロちゃんは女の子なんだよ。可愛いのに入れてあげないと!ささ、二人とも準備して買い物にいくよ」
こいつ、言葉を選ぶとかないのか?周りとやっていけているのだろうか。学校でハブられてそう。
「いや、別に俺らは良いけど、おまえ追試あるだろ。今からでも受けに行けよ」
「追試じゃないから!本試験だから!」
アルマがキレた。
「あー俺はパス。シロが問題ないなら、シマとフィルたちのとこに行ってくるわ。繭とかなってたら困る」
なるわけあるか。毎朝のジョギングの時に並走して、隙あれば突っ込んでこようとする。エルはそんなことしないのにフィルだけだ。暴れ荷運び蜥蜴になったのはタクナのせいだ。
「シマも行くのか?着いて行ってもフィルたちと遊べないだろ」
「ぶかみにいく」
「ほうぼくちすんでる」
放牧地に部下が住んでいるので労いに行くらしい。毎日なら鬱陶しい上役の顔見せだが、偶になら励みになることもあると。お前ってなんなの本当に。あと、白峰の時から思っているが、部下とはなんなのだろう。
「まぁ、追試が良いなら。買い物行くか〜。タクナなんか買っとくものあるか?」
我慢ならないのかアルマが蹴ってくるが、効くわけもない。
「特にないけど、武器屋寄っていってくれよ。KTSの大剣の生産あるかもって伝えておいてくれ」
なるほど。早めに知っておけば、注文するにしても良いか。
「おっけー。寄ってくるわ。アルマ何してんだ。行くぞ」
俺を蹴っていたアルマが、ダメージを負って蹲っている。阿保だな、そんな本気で蹴るからだ。探査員舐めてんのか?
地下鉄で商業エリアに移動した。
アルマはシロをトートバッグに入れ持ってきている。リュックに入れて確かめるらしい。
ショッピングモールに向かう道。綺麗に整備された街路樹が木陰を歩道に落とす。
二人で並んで歩いていると、アルマが声を上げた。
「あ、もうちょっとで蒼の刻だよ。見て行こうよ」
時計を見るとちょうど正午になるタイミングだ。普段外縁部近くの住宅地にいる俺らからすると商業エリアは十分中央寄りだ。結構綺麗に見えるはず。
「そうだな。せっかくだから見ておこう」
小さな公園に入り二人で空を見上げる。アルマが時計を見ながらカウントダウンする。
「よん、さん、にー、いち。はいっ!」
周囲から音がするように、光が天空を走る。六角形の辺を複雑な経路を辿る。蒼光が輝きながら進んで行く様を眺める。
やはり、綺麗だな。しかし、進んで行く様子が見えるって光じゃないんだろうな。あれ、なんなんだろう。育成校で聞いてみよう。
そんな事を考えながら蒼の刻を眺めていた。あと少しで中央に光が集結する。そのタイミングで光が消え失せた。
「あれ?消えちゃった。こんなの初めてみた〜。なにこれ、マサトくん知ってる?」
知らん。俺よりおまえの方が詳しかろう。博学部とはなんでも知ってる人になるための学部だろ。
「知らんよ。わからんから、お前が勉強して俺らに教えろ。役目だろ」
「今日、思い切り邪魔されましたけどね……」
白い目で見てくるアルマ。まぁ、そう言うな。シロが心配だったんだよ。お詫びになんか買ってやるから。
「よし、アルマ。まずは飯だ。奢ってやるぞ!」
「え、ほんと?何食べようかなぁー。こないだ、友達がね新しく出来たお店の話」
相変わらずチョロい。こいつこんなんで大丈夫なんだろうか。兄さんたち心配だよ。
その日、ハルモニアからカナンの防御結界が消失した時間は蒼の刻から半刻ほどだった。
のちにClass9とされた魔獣災害。六つの街を消滅させ一つの都市に大きな被害をもたらした。
5万人の命を奪った古竜三頭の襲撃。そのうち一頭はアルドヴァーンという名であった。
このお話で第二章は終わりです。次話から第三章へと入ります。読んでくださっている方、ありがとうございます。とても励みになっております。




