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第75話 凶暴で愛想がない

「おはようございます」


誰も居ない部屋に挨拶をして入室する。同時に息を吹き返すように、ゆっくりと照明が室内を照らしていく。


「おはようございますフレイア様」


「おはようイツキ」


斎女課の管理精霊に挨拶を返し、雑巾でテーブルを拭いていく。


「清掃は昨晩も定刻に行われています。フレイア様が掃除なさる必要はないかと思いますが、何か行き届かない点がありますか?」


毎朝のやり取り。もう二年も続いている。オルフィア様も毎朝やっていたと仰っていた。イツキは真面目すぎる。


「いいの。これは私がやりたくてやっているの」


いつものように答える。


「でも、オルフィア様がお掃除をサボるようになりました」


イツキはオルフィア様に厳しい。わからなくもないけど。


「オルフィア様から私が引き継いだのよ。オルフィア様の前は、誰がやっていたか憶えている?」


少しの間の後。


「カトエラ様が、なさっていました。あの頃のカトエラ様はとても可愛らしかったですよ。今は鬼婆さんになりましたけど……」


「イツキ……なんてことを言うの。カトエラ様はそんなお歳じゃありません。それに、どうしてそんな悪い言葉を使うの?」


理由は思い当たるが聞いておく。


「オルフィア様が良く口にしています。カトエラ様が酷いとか鬼だとか」


オルフィア様は本当に……。


正面の大型モニターが起動すると、屋上からのアルカディアの風景が映し出された。


本来はELC契約者の視界を映し出すための物だが、そんな用途に使われているのは見たことがない。


「今日はアルカディアを夕刻まで映そうと思います。ご希望があればそちらに繋ぎますが、ありますか?」


「いいえ。アルカディアの風景は大好きよ。ありがとうねイツキ」


「どういたしまして。それよりフレイア様はKTS探査員と契約なさったと聞きましたよ。どんな方ですか?これから、フレイア様が大活躍なさるかと思うと私は本当に楽しみで」


イツキは本当にお喋りだなと思う。毎日、同じ事を聞いてくる。私が来る前も、きっとこうしてオルフィア様と毎朝お喋りしていたのだろう。


私と話すようになってから、寡黙になられても困る。誰かが出勤してくるまで止まらない、イツキとお喋りを楽しんだ。



シュルシュルと空気を裂く音がした。視線をやらずに飛来した物を掴み取る。手にしたのは果実だ。


「おー。流石はKTSの探査員だ。ノールックとは恐れ入った!」


毎朝、決まったタイミングで投げつけられたら、ノールックにもなるわ。


「毎朝、ありがとうさん。ちょうど良い水分補給だ」


少し走る速度を落として、果実を掲げてお礼を言う。


朝早くから農作業をしてる方たちとも顔馴染みになってきた。甘い香りのする果樹園を抜けるとき、採れたての果実を投げつけられるのだ。


「それ今朝一の良いやつだ。皮ごと食べられるから、途中で食べな。芯は硬いから、畑に放り投げて良いよ」


お礼を言って走り出す。齧ってみるととても瑞々しくて甘い。酸味も運動中にありがたい。


少ししてタクナとすれ違う。奴も別な果実を齧っていた。次はそいつを投げつけられるのか。互いに笑いながらすれ違う。大体定位置になってきたな。


いつものようにクールダウンする。狂気の50kmジョギングは90分で落ち着いた。限界を見極めるならば、まだいける。しかし、これは体力維持のためのルーティーン。呼吸を整え、寮のエントランスをくぐる。


シャワーを浴びて食事をとる。果物は大量に取っているので、野菜と肉を中心に注文する。当然、炭水化物も大切だ。とてもありがたいことに、寮のレストランのシェフは、そこまで考えて食事を作ってくれる。食後に時折、面談じみた会話まである。


KTSという太い客に対する範疇を超えた仕事ぶりだ。おそらくだけど、探査員という職種に対するリスペクトがあるのだろう。期待を裏切らないように頑張っていこう。


食事を終えて部屋に戻ってベッドに寝転んでいるとシロがやってきた。遊んで欲しいらしい。


よしよし、遊んでやろう。ベッドに登ってきたシロを丸める。そして丸まったシロを天井に投げてやる。


スナップを効かせ回転をつけてやると大喜びなのである。天井ギリギリまで投げるのが高得点らしい。加減を間違え天井にぶつかりそうになると、シロは身体を開き天井に張り付く。張り付いたまま、こちらを睨んでくる。


そして落ちてくる。そのまま、口をパクパクさせてくる。怒っているのは目を見ればわかるのだが、なにを言ってるのかはまったくわからん。


そんな風にシロと遊んでいた。


〈おはようございます、マサト二等級探査員。何をされているのですか?〉


「見ればわかるだろう監査官。シロと遊んでいるんだよ」


〈今日は勤務日だと伺っておりましたが、ご自宅のようです〉


まぁそうだ。自宅にいる。昨日、遅くまで訓練室でタクナと戦っていたところにラグナ課長が現れた。しばらく俺らの模擬戦の様子を伺っていた。ひとしきり剣を交わして、反省会をしながら休憩をしていたところ。


「おまえら明日休め。仕事はない。あと戦闘禁止」


それだけ言って去っていったのである。ラグナさんが会社であんなに喋るのを初めてみた。


〈そういうことならばゆっくりお休み下さい。私はこれで失礼します。監査庁を通さない緊急出動の際は連絡を下さい。では感応を〉


「ああ、待った!監査官っ」


せっかくなのでシロを紹介しておこう。


「謎魔獣のシロです。凶暴で愛想なしですが、可愛いペットです」


「シロ、フレイア監査官だ。挨拶しなさい」


シロの前脚に両手を差し込み、顔の前に持ってくる。でっかい丸い黒目が大変キュートである。


しばし、見つめる。


〈はじめましてシロさん。斎女監査官フレイア・カナリスです。どうぞよしなに〉


「シロ、フレイア監査官がよろしくってさ」


ジィ〜とシロと見つめ合う。相変わらず何を考えているのかわからんトカゲだ。


プイッ!


「あっ、おまえ失礼だぞ。フレイア監査官は割と偉い人らしいぞ。俺が怒られたらどうするんだよ!」


なんでこいつ、こんなに愛想ないんだろう。シマの時といい可愛げなさすぎるだろ。


〈マサト探査員、私は希少な能力を有しておりますが、高い地位にはありません。そうでなくとも、お気になさらず〉


なるほど、人間が出来ている。俺なら、無礼な畜生だ。処分したまえ言いそうだ。


〈シロさん、よろしくおねがいしますね。では感応を閉じます。お疲れさまでした〉


監査官との偏向感応が閉じられる。まぁ繋がっていても監査官が返事をしなければ、俺にはわからんが。にしても、シロの態度はない。こいつ、散々人に世話になっておきながら、この態度はないだろ。説教だな。


「シロ、お前の態度には父さんガッカリだ」


シロにこんこんと説教をしてやった。シロはしつこい説教に、顔こそ背けているが大人しく怒られていた。

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