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第74話 KTSに選ばれた者

「済まないね。手続きに足を運んでもらったのに、呼び出してしまって」


監査庁の応接室にいる。


目の前にはこの都市で最もつよつよと言われる監査庁アルカディア支局のトップ。すなわちテルク・アルガン支局長がいる。そしてその隣には震えるほどの美人が座っている。まっすぐこちらを見つめていた。


俺の隣に座るサルディが、小さくなっていた。驚くことに怯えている風にさえ見える。


どうしてこうなった?俺はただサルディと監査庁デート。ちがう、個人分配される素材を会社に譲渡する手続きにきただけなのに……



フレイア監査官とELC契約をした翌日。ミルナスさんの助言に従い、礼服を着込み監査庁を訪れた。サルディがついて来たがるので一緒に来た。


華やかさに全振りしているような、KTS事務方の姿ではない。心なしか、フォーマルな格好をしている気もする。


それはさておき、事務方として優秀であるサルディの案内があるのは単純に心強かった。なにせタクナ曰く、監査庁は探査会社など一撃で倒すとの話だ。俺の不用意な発言でせっかくの職場が吹き飛んでは困る。


そう思って監査庁に訪れた。


「マサトさん、こっちですよ〜。二階に窓口があります。きょどってないでちゃんと着いてきて下さいね。それとも不安なら手を繋ぎましょうか?」


激ヤバつよつよ女子のサルディは相変わらずだった。手を引かれそうになりつつも、窓口に書類を提出するまで、お母さんの如く振る舞っていた。社歴はサルディが上だが、歳は俺の方が上だ。なんでお母さんモードになれるのかわからん。


「マサト・シロミネ様ですね。そちらの椅子におかけになって少々お待ち下さい」


窓口の方に言われ席についた。


「なにか変ですね。書類を見もしないです。いつもは、しつこい程に不備がないか確認してから待たされるんですけど……」


「サルディの作った書類に不備がないってわかっているからじゃないの?」


さりげなく褒めておく。昨日、騙し討ちのように逃げ出した失点を取り戻しておかないとだ。


「マサトさん。もっとストレートに褒めてもらって良いんですよ。サルディはとても綺麗だね、とか言ってみるのはどうですか」


この子、探査員だったら14等級の徽章つけてそう……遠い目で、静かに働く監査庁の方々を見つめた。


すると、横合いから声を掛けられた。


「マサト様、お待たせして申し訳ありません。斎女課のカトエラと申します。支局長がお会いしたいとの事です。譲渡手続きを終わらせる間でかまいません。少しお時間を頂けませんか」


息を飲むような美しい女性が、微笑みながらこちらを窺っていた。


逃げ出そうとしたサルディの手を掴めたのは、探査員として経験を重ねたからだった。


そして、今に至る。


「マサトと申します。以前、一度お目に掛かってますよねテルク支局長」


そう言って端末を差し出す。名刺交換代わりに個人タグデータを交換する。


「ああ、憶えていてくれたとは。あの時は挨拶もしないで大変失礼をしたね。少々忙しかったものでね」


テルク支局長も端末を差し出してきた。


「私は、斎女課のカトエラと申します。お会いできて光栄ですわ。マサト様」


カトエラさんも同じように端末を出してきた。データリンクをしつつ、横のサルディを肘で突いてやる。


驚愕の表情で俺を見るサルディだが、しかめ面で顔を振って端末を出す様に促す。


「さ、サルディと申します……」


恐る恐る端末を出すサルディの手は震えている。


どうした、サルディ!?会敵と同時に戦意喪失してどうするんだ。ヤバい相手ほど強気でいかないとダメなんだぞ。


「ああ、あなたがサルディさんですか。以前、ガレル課長から頼もしい事務の女性が入社してくれたと聞いたことがあります。お目にかかれて嬉しいよ」


テルク支局長は自分の端末に浮かんだサルディのパーソナルタグに目をやりながら、にこやかに言う。


「は、はい……」


だめだ。サルディが負け確なので、俺が戦おう。俺も恐怖に震えそうではあったが。


「それで、支局長という高い地位におられる方が末端探査員である私になんのご用でしょうか。失礼ですが、まったく見当がつきません」


俺の言葉には、支局長でなくカトエラさんが答えてきた。


「私は、お礼を申し上げようと思いましてここにおります。フレイア監査官とELC契約をして下さってありがとうございます。本来ならフレイア監査官を連れてくるべきなのですが、規則でそれが叶わないので、せめて私がと」


細くやわらかなプラチナシルバーの髪。ふんわりとしたボリュームは、思わず触れたくなるほどの柔らかさを感じる。しかし彼女の整いすぎた容姿の与える強烈な印象。それをやわらげるのに、どれだけ効果があるのか疑問に思う。


端的に言えば、恐怖を感じるほどの美貌である。


「私は蒼白竜を撃破した若い探査員に興味を持ってしまってね。悪いとは思いつつも、訪れたら教えて欲しいと職員に頼んでいたんだよ」


にこやかに答えてくれるテルク支局長。とても穏やかで柔らかい物腰だ。ゆえに、恐ろしい。強い魔獣ほどゆったりと獲物を観察してくる。


ひたすら身を縮ませるサルディを横目に、目の前の二人を相手にした。



「つ、疲れた……精神的ダメージがすごいです」


突然のボスエンカウントだった。


応接室から出ると、サルディは疲労困憊。


「そっか?お茶をご馳走になっている間に手続きを終えられて良かったじゃないか。なかなか気が利く人たちだったと思うよ」


「マサトさんって大物ですよね。わたし、入社二年なんですよ。支局長やカトエラ様とタグ交換とかありえないです。マサトさんなんて、今年入社のはずなのに……」


サルディらしからぬ澱んだ目で見られてしまった。


エントランスロビーに降りる広い階段を並んで降りて行く。いつも溌剌としたサルディが萎んでいる。


「サルディ。なによ、そんなしょぼくれて」


「わたし、忘れてました。探査課の人たちってみんな優しいから。でも、やっぱり普通じゃないんだなって……」


白い目で見られた。しかし、そこに目力はない。応接室からの退出の際、外まで案内するというカトエラさんを、とにかく断れ!と見てきた瞳の力強さはどこへ。


そんなに悪くなかった。支局長は、アルダ部長を呼んでこいっ!とキレたりしなかったし、カトエラさんも、ELC契約はなかったことに!などひと言も言ってない。俺たちは勝ったと言える。


「いや、サルディさ〜」


サルディに結果が上々だと伝えようと口を開いたところ、聞き覚えのある声が。


「マサトくん発見!ティーナ、マサトくんが居るわよ〜。かわいい子連れてるけど、どうしましょうか」


一難去ってまた一難。蒼穹探査のお偉いさん登場だ。


「あらマサトくん。なにしてるんですか。ELC契約したって聞きましたよ。お暇ならお茶しません?暇がなくても付き合ってもらいますけど」


断ろうと口を開いたが、サルディが青い顔で首を振っていた。今回は迎え撃つのか……基準がわからないな。


例によって監査庁レストラン。お昼前なのに今日は人が多い。いつも流れる小さなBGMが聴こえない。


サリアとティーナ。俺とサルディで向かい合わせに座る、二人とサルディは面識がなかったようで、タグ交換した。支局長とは違った顔で緊張していたが、そこはわからなくもない。他社の13等級とか怖いよね。


「それはそんな徽章付けているならそうなるわよ〜」


サリアたちに、譲渡手続きにきただけなのにと伝えたら言われた。


「そうなんですか?ティーナさんのとお揃いですよ」


ティーナの徽章を見ながら、自分の胸を指差す。俺のと同じ星一個だ。


「マサトくん……全然違うわよ」


「呆れた……」


二人に白い目で見られる。な、なにが違うんだろう。


盾と剣を中心に据え、その左右を月桂樹風紋様が囲む。中央に星章を配している。天征章と呼ばれ竜を討伐した者に与えられる。


サルディから新たな制服を渡されたとき、そう教えてもらった。少なくともティーナの徽章とは同じものだ。


「マサトくん、ちゃんと見て」


ティーナが胸の徽章を指差している。胸大きいですね。いや、違う。同じ物にしか見えない。サリアの胸も見る。サリアも同じくらいかな。エリアさんはどうだったろう。入院中にもっと良く見ておけば良かった。


「マサトさん……どこ見てるの?」


サルディがなんか言ってきた。失礼な、徽章に決まってる。


「サリアさんの徽章は星が三つもありますが、ティーナさんのとは同じ星ひとつです。なにが違うかわかりません!」


胸なんか見てませんアピールしておく。


「私たちがつけてる天征徽章は正式には天征群騎章っていうの。複数人で竜を討伐すると与えられる。私は統率したから星みっつ。ティーナは参戦しただけなので星がひとつ」


ふむふむ。俺も星みっつが良いな。なんか強そうだ。


「マサトくん……あなたのは天征単騎章と呼ばれるものよ。竜を単独討伐したという証。めったに見られるものではないわ」


なるほどなるほど。


「でも、見た目かわりませんよね。色も形も同じに見えます」


よく見比べたけどわからん。わかったのは、ややティーナの方が大きいくらいだ。


「ねぇ、マサトくん。どこ見ているの?」


ティーナに言われた。


「当然、徽章です。違いがわかりません」


「まぁね。でも比べると違うのよ。盾の形状が単騎章の方が縦長なの。星章も違うし」


そうなのか。正直、ほとんど変わらない。まあ徽章のデザインなどどうでもよろしい。


ひとつわかったのは、徽章をネタに女性の胸を公然と凝視できる。監査庁の粋な計らいだと思う。収穫もあったし、2人に挨拶をして帰ることにした。


「マサトくん、ELC契約者仲間ですね。これからもよろしくお付き合い下さい」


別れ際にティーナが笑いながら言った。


「よろしくお願いしますね、先輩」


軽く返答したけど、彼女の心の内はどうだろう。前にELC契約の実演してくれた時を思い出した。


今度こそ監査庁を後にした。訓練がてらサルディを抱えて会社に戻ろうと提案したが、却下された。大人しく地下鉄で帰る。


疲れ切った顔のサルディがぼそりと呟く。


「もうマサトさんと一緒に監査庁にくるのはやめます」


なぜだろう。わからないがこれからもサルディにはお世話になる。元気を取り戻してもらわないとだ。


「サルディはとても綺麗で気配りも出来て素晴らしい女性だよね!」


これでどうだ。ストレートな褒め言葉が良いと散々言われている。完璧だと思う。


「…………。マサトさん……今じゃない」


見たことない冷たい目で見られた。



会社にもどり、訓練所で汗を流した。なんとなく、身体を動かしたかった。シャワーを浴びて涼みがてらグラウンドに出てみた。


陽は沈み、夜が会社を淡く光らせる。青い夜は地球と違い沈黙を降らせる。


ガタンッ。


格納庫から聴こえた小さな音。シャッターの隙間から灯りが漏れている。


誰も居ないはずの時間、予感めいたものを感じて足を運んでみた。


そっとドアを開けて覗くとやはりだった。


コンコンッ。


開けたドアをノックした。


「おかえりフロラ。もう出て来れるの?」


見つかってしまったか。そんな表情を浮かべる私服の小柄な女性。


「明日から出社しようと思ってます。もう十分休みましたから」


何をしていたのか、隠そうとせずにこちらに向き直る。


ゆっくり近づいて、フロラの手にしていた物に視線を落とす。アルマが可愛がってるバイクのような小さな車体。小柄なフロラによく似合うそれは、操縦徽章を得るために俺らが使うものだ。


パイプ椅子を引き寄せ座った。


「BZ-Ⅳ試すの?」


スタンドで立っている練習機を撫でるフロラ。


「いいえ、もう試しました。やはり制御リングは起こせませんでした」


わかっていたんだろう。静かに淡々と答える。


「フロラ、続けるんだ。操縦士」


右半身のほとんどが失われるような大怪我だった。本当によく助かってくれた。けれど、失われた手足は再生しなかった。カナンの奇跡は再生を許さなかった。


「入社したばかりの頃。課長が私の制御リングはルガンドさんのにとても似ているって言ってたんです。嬉しかったなぁ」


「ルガンドさんの起こしたリング見たことありますか?静かなのに、恐ろしくなるほどの力が溢れていました。怖いくらい綺麗でした」


「へぇー。それは一度見ておきたかったね」


操縦士でない俺には違いなんかわからないだろうけど。



「私ね、こんな性格でしょ。だから育成校でも目立つことなく、いつも教室の隅っこにただ居るだけ。そんな子供でした」


そうかもな、なんでこんな大人しい子がKTSなんかに居るんだって思ってた。


「それが操縦士としてKTSに採用されたんです。クラスメイトたちの驚愕と羨望の視線が、とても面白かったです」


クスクスと小さく笑っている。


操縦士科の子供たち、ドルフやマイラの顔を思い出した。操縦士ではない、常識なしだから席を並べていただけの俺。なのに、いつも尊敬の眼差しを向けていた。


「マサトさんKTS入社に関するアレ知ってますか?」


それまで淡々と抑揚のない声音が、少し色を帯びる。


「アレって、KTSの入社試験に受かるにはって奴?」


「それです。答えは、KTSに選ばれた者が受かるっていうの。意味わかりませんよね。試験官は全員KTSの人なのに、なにそれって思いますよね」


クスクスと笑いながら返してくる。うん、頭悪いとしか思えない。


「探査員の人たちと違って私たち操縦士は抽選でKTSに入社した。だから本当に意味わかりませんでした」


フロラは格納庫の奥にある魔素駆動二輪車を見つめる。V-REX1700、化け物みたいなゴツい奴だ。


「マサトさん、さっきの禅問答みたいな答えの意味、今はわかるんですよね」


彼女の横顔をただ見つめた。


「私はKTSに選ばれたんですよ」


「操縦徽章を取り上げられたくらいで、辞めたりしません。また取れば良いんです」


立ち上がり右手と右足をこちらへ見せてくる。義手義足にはまったく見えない滑らかな動き。しかし、真核制御器の操作は……。


「そっか。挑戦するんだ」


どれだけ困難な道を選んだのか想像することもできなかった。


「ええ、私はKTSの操縦士ですから」


まっすぐな視線をこちらへ向けてくる。


「勝負しましょうか?マサトさんが制御リングを起こすのが先か、私がルガンドさんのリングを披露するのが先か」


「面白いね。ハンデは大きいけど、俺に勝てるのかな?」


フロラの右半身に視線を送り挑発してみた。


「そういうセリフはTRX-Mk.Ⅴの正式名称くらいサラッと言える人だとサマになるんですけどね〜」


返してきた言葉は笑みを含んでいる。


「上等だよフロラ。ぎゃふんと言わせてやる」


立ち上がりフロラを指さしてやる。


「人を指差すんじゃありません。私はマサトさんの先生ですよ!」


指した手を叩かれる。


二人して笑った。


操縦士ってすげぇな。


操縦士科の子供たちに会うのが楽しみだ。あの時は答えられなかった質問の答えを見たよって伝えよう。

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