表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/107

第73話 最強のカード

「おはようございますマサトさん。サルディが待ち侘びてますよ。書類が出来ているとか言ってました」


受付のミレーナに軽く手を上げ、素通りしようとしたら言われた。受付嬢って暇なのかな?伝言役にされている。


「ありがとうミレーナ。寄ってみる」


エントランス横の扉を潜ると、色鮮やかなスカートの舞う事務室。心が安らぐ、桃源郷にいるような気分だ。心なしか空気の匂いが違う。いや、間違いなく違う。


「マサトさん、こっちこっち」


中央付近でサルディが手を挙げている。色とりどりのブラウスと、華やかなスカートの中、身を小さくして戦闘服の男が通る。


ラルクさんとミルディさんが言ってたな。下から適当に二、三人選んで来いって。サルディを連れて帰ったらなんて言ったかな。お前じゃ無理だから返してこいとか言ったかもな。


「マサトさん、なに笑っているんですか?」


「いや、なんでもないよ。それより、書類が出来たって聞いて来たんだけど」


蒼白竜の素材を会社に納めるのに、譲渡書を持って申請するのが良いらしい。わずかではあるが、会社に入る素材量が増えるとの事だ。


面倒だが、貴重な素材。是非、手続きしてくれと総務からも言われた。


「はい。これ。二階の管理部の三番に提出して下さい。探査員登録証絶対に忘れないで下さいね」


そういって封筒に入った書類を差し出された。


「おっけー。了解した」


そう言って封筒を受け取ろうと手にしたが、渡してくれない。


「あ、ありがとう」


「違います。中身の確認はしないんですか?」


ちょっと厚めの封筒の中身。紙切れ一枚ではなさそうだ。


「確認しないとダメかな?サルディの仕事を信じているから大丈夫だ」


嘘である。面倒な役所の書類なんか見たくない。


「確認の必要はありません。私の仕事は完璧ですから。でも、昨日残業して作って、朝イチで課長に確認してもらいました。マサトさんの出勤時に間に合うようにです」


な、なるほど。怒っているのかな。でも、譲渡申請を勧めてきたのはサルディだ。


「あ、ありがとう?」


「違います。私が頑張って作った書類を見ないとダメです。そして、微笑みながら。さすがはサルディだ完璧だね。ありがとう。こう言うのがベストです」


昨日のカルナスさんの、去り際の笑顔を思い出して耐えた。繋がりのなかった開発部と仲良くなれたのは良いことだ。


「そうだったねサルディ。とりあえず書類を渡してくれないかな。とても美人な君の完璧な仕事を見てみたいんだ」


笑顔でそう伝える。サルディはようやく封筒を離してくれた。


「あばよっ、サルディ!ありがとさん。またなんかあったら頼むなっ!」


飛ぶように事務所を後にする。


「ちょっと!マサトさんっ!」


サルディの声がしているが、知ったことか。探査員は逃げ足も一級品なんだぜ。


素早く廊下を駆け抜けようとした。


「グエッ!」


首が急に締まった。同時に足を払われて廊下に押し付けられた。


咳き込みながら顔を上げると、ミルナスさんだ。逃げる俺の襟首を掴みとったらしい。


「な、なにするんですか。酷いじゃないですかー」


「廊下を走るんじゃない。子供かお前は」


書類はミルナスさんが持っている。


「で、おまえ何してたの?」


倒れた俺を封筒でパタパタと叩きながら聞かれた。


「いや、個人分の魔獣素材を会社に譲渡する手続きを」


「素材って蒼白竜のか?会社に譲渡するのか」


「そうです」


立ち上がり首をさする。どうやって掴んだんだろう。というか何処に居たんだ。ぜんぜん見えなかった。


「なるほどね」


そう言って俺を上から下まで眺める。


「おまえ、これ持っていくなら礼服着て行け。もしかすると、もしかするかもわからん」


「え、礼服!?なんすかそれ、怖いんですけど」


監査庁に礼服なんか着て行く理由があるのか。行きたくなくなってきた。


「なんもなきゃそれで良い。それに監査庁ってのは、本来改まった格好で行く場所だ。うちの連中はそんなこと考えもしないけどな」


そう言って封筒を返してくる。いや、なんかもう行きたくないです。


「私が一緒に行ってあげましょうか?」


いつの間にかサルディが後ろから覗き込んでいた。


「それだ!むしろサルディ一人で行くのもありかもだ」


「ダメに決まってるでしょ。本人が行くのが決まりなんだから!付いていってあげますから行きますよ」


サルディに手を引かれそうになったところで、ミルナスさんが止めてくれた。


「いや、サルディ。監査庁デートは後回しだ。マサトを探してここに来た」


ミルナスさんが?しかし、ナイスタイミングではある。サルディに酷い目に遭わされるところだった。


「なんですか用事って」


「アルダ部長がお呼びだ。一緒に来てもらう」


礼服に着替えて監査庁に行く方が、何十倍もマシに思える。たとえサルディにイビられながらだとしてもだ。



探査部長室にいる。


ミルナスさんの無慈悲な宣告の後、無言でサルディに助けを求めた。しかし悲しそうな顔で彼女は首を振った。


そして、今、部長の前にひとり座らされている。


ガレルさん、エイナルさん、ラグナさんに囲まれてだ。怖くて泣きそう。


「マサトきゅん、よく来てくれたね。アルダ、マサトきゅんに会えてとっても嬉しいなっ」


怖い、本当に怖い。見た目は、とても美しい少女にしか見えないが、部長はハイヒューマンだ。この場の誰よりも強いというのがビリビリと伝わってくる。


なのに、魔法少女みたいに話しかけてくる。


「あ、あの。僕は何かやってしまいましたでしょうか?」


ビクつきながら、なんとか口にした。


「んーん、そんなわけないよぉ〜マサトきゅんは頑張ってると思うよぉー」


ビジュアルと音声だけなら、とても可愛い。けど、この人はFMタイプだ。中には骨太なオッサンが入っている。怖い。


「部長、おふざけはそろそろやめて下さい。マサトが可哀想です」


アルダ部長がガレルさんを見た。二人の視線が少しの間交差する。先に自然を外したのはアルダ部長だ。


「んだよ、ガレル。つまらん奴だなお前は」


「楽しんでいるのは部長だけです。ラグナなんて鳥肌立ってます」


そう言うエイナルさんを一瞥し、腕をこすこすするラグナさんを見た。ため息を吐くアルダ部長。


ばさっ。


ローテーブルの上に書類が投げられる。


「マサト、おまえ偏向干渉契約は知っているな」


散らばった書類には、大きめの文字で契約書と書かれている。あとは細かい文字でぎっしり、同意内容やら特記事項とか、いわゆる読ませる気のない文書だ。


読み取れる文字は甲とか乙、名前を書くであろう欄くらいか。甲には美しい文字でサインが入っていた。


フレイア・カナリス


「現在、監査庁に契約者のいない斎女がひとりいる。おまえがその気ならELC契約を交わしても良いそうだ」


偏向干渉契約……俺がELC契約者になるだと。


監査庁でティーナに見せてもらったシーンが思い出される。同時に、白峰で見た、一種の討伐可否。タクナが相手にしていた甲殻熊の討伐許可を出したのはティーナだった。


「どうする?」


アルダ部長は先ほどと打って変わり、こちらを刺すような視線を向けている。


「どうするも何も受けますよ。逆に受けない理由が何かありますか?」


口元に笑みが広がっていたかもしれない。意識してなかったが、白峰でみた社長の歪んだ口元になっている気がした。


「契約するとどうなるかわかった上で、そう言ってるんだな?必要ならハイナス監査官を呼んで、細かい説明をするが」


「不要です。どこにサインすれば良いのか教えて頂ければ十分です」



一礼して部屋を出ていくマサトを見送った。


「そんな気はしてましたが、あっさりでしたね」


「少しくらい躊躇してくれた方が良かったけどね……」


エイナルの言葉に頷きそうになった。俺もそう思ったからだ。想定していたより朱路の件が効いてるらしい。


テーブルに置かれた契約書を見る。マサトとフレイアのサインがされている。


フレイアの奴も躊躇しなかったな。契約を持ちかけたときを思い出す。


「蒼白竜を討伐した探査員ですか。わかりました。私は大丈夫です。先方に確認して下さい」


そう言って、あとはいつも通りだった。ミルダのやらかしを顔色ひとつ変えずに伝えてきた。


この邂逅がどうなることか。願わくば互いに良い結果をもたらしてくれんことを望む。カナン様に心の中で願っておいた。



朝のジョギングを終え、風呂に入り朝食を取った。シロを丸めて放り投げ遊んでやる。シマは昨日から帰ってない。休日だが、時計ばかり気にしていた。


ELC契約を結んだ。初めて偏向干渉の開始時間が近づく。シロを巣に戻してリビングへ移動した。


契約後、ハイナス監査官から細かな説明をしてもらったが、あまり内容は入ってこなかった。細かいことは本人に直接訊けば良い。



時間だ。瞑っていた目を開いた。


〈はじめましてマサト二等級探査員、監査庁斎女課監査官フレイア・カナリスです〉


おお、すごい脳に直接記憶が刻まれるようだ。シマの喋りとも違う。不思議な感覚。


〈まずは偏向干渉に同意してくださって感謝します。ご挨拶代わりに能力をお見せしたいと思いますがよろしいですか〉


実演してもらうのはティーナの時以来だな。


(お願いするよ)


〈では目を閉じて下さい〉


黙って目を閉じた。


〈目を開けてもらいますが、なにも見ようとしないで下さい。よろしいですか?〉


なにも見るなとは難しいことを言う。


(やってみよう)


〈では、ゆっくりと目をあけて下さい〉


どうなるのかな。何もみないよう意識して瞼を開く。眼球が上を向いたのがわかった。思わず目を閉じる。


もう一度、ゆっくりと開いた。瞳を上下左右に振る。問題ない。普段と変わらない。いったい何が起こった。


〈あなたの視覚に干渉しました。あなたが意識していなければ、視野を操作することが私には出来ます〉


(ほう。なかなか恐ろしいね。でも、本番はこれからだろ)


〈その通りです。これを受け入れられる人が希少です〉


(やってみてくれ)


〈ミルディさんの手を掴めなかったことと、彼女の最後の表情があなたの〉


「やめろ、監査官。これはELC契約に必要な行為なのか?」


〈失礼しました。あなたの表層の思考で、もっとも強い記憶を読み取りました。能力を知ってもらうためと思いましたが、不適切な行為でした〉


忘れられないのと、指摘されるのがこれほど違うとはな。呼吸を整える。この程度で狼狽えてどうする。


(監査官、表層の強い記憶と言ったな。深層の弱い記憶も拾えるのかな。やって見せてくれ)


〈幼年学校、いや小学生ですね。隣の席の仲の良かった女の子に見せびらかしたぬいぐるみ。彼女が欲しがりました。あなたは彼女にそれを渡さなかった。夏休み前の話です。休み明け、彼女が転校したことを知って、なぜぬいぐるみを彼女にあげなかったのだろう。今でも心に残しています〉


(恐れ入った。よくもまぁそんな記憶を掘り起こせるものだ……)


〈必要ならあなたが思い起こせない記憶も見つけることが可能ですよ〉


なるほど、ティーナがどこか人と距離を取ろうとする理由がわかった。まぁいい。それにティーナと違い、俺はカナンが嫌いだ。


〈マサト探査員……その独り言のような思考も私には伝わります。そして私は聖都カナルディアの神学校を卒業しています〉


(そりゃ失礼。他に紹介したい能力はあるかな?)


〈いえ、あとは追々で良いかと〉


なら、こちらの番だ。


「フレイア監査官、質問をひとつ良いかな?」


〈質問は不要です〉


〈あなたのその目に映したと同時に討伐可否をお伝えできます〉


なるほど最高だな。


タクナ、俺らは最強のカードを手に入れたぞ。二度と仲間を死なせない。もし仮に討伐が許されなかったとしても。


糞ったれなカナンに死ぬほど文句を言ってやれる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ