第7話 卵屋のアルマ
獣の息遣い、駆ける音が背後にある。
荒れる息をなんとか整えた。意を決して振り返った時は、まさに1頭が飛び掛かる瞬間。
右手の白炎をそこに合わせる。顎下に刺した剣先が灰牙犬を腹まで引き裂く。そのまま左に振り下ろし、次の奴の首筋を断ち切ってやる。3頭目は間に合わなかった。右腕に噛みつかれるが、腰のナイフを抜き顎下から脳を貫く。
すぐにタクナの元に戻る。タクナに襲いかかる群れの1頭を後ろから切り捨てる。こちらに気がついた周りの灰牙犬が襲いかかってくるが、白炎を左右に翻し2頭を切り捨てる。
大剣を避けられなかった2頭が身体を引き裂かれ吹き飛ぶ。あっという間に残り4頭になった灰牙犬は、背を翻そうとする。近い方の1頭の首を落とし、隙を突かれ逃げた背にはナイフを投げた。灰牙犬が悲鳴を上げた時に、タクナが残りの2頭を粉砕していた。
呼吸を整えながら周囲を警戒する。タクナも警戒しているが、俺とは違い呼吸は乱れていない。
終わったと思った時が命を落とす瞬間なんだ。オニゾウさんは何度も口にしていた。ようやく息は整った。緊張を保ったまま、タクナへ声を掛ける。
「タクナ、怪我は?」
「大丈夫だ。何箇所か歯型が付いたが問題ない」
「よし、何頭倒したか確認頼む」
タクナが落ちた真核を数えている。
「お前が引っ張ったのは全部で6頭だよな。なら20頭だな」
「おっけー。依頼書より多かったな。周り確認したら帰ろう」
「了解」
灰牙犬の寝床は血と臓物が撒き散らされている。何か動物を食べた後だろうか。周辺を探ると数頭の仔犬を見つけた。一瞬、日本にいた頃の自分が浮かぶが、消し去って始末していった。
「残り何頭いた?」
互いに見回って、合流したところで確認した。
「4頭だな。1頭は仕留め損なった」
「了解。リベンジするガッツがあるなら将来受けて立つとしよう」
生き物の命をあっさり奪う。当然、逆もある。
「帰るか」
「そうだな。依頼達成としよう」
役場で見て愕然とした灰牙犬の討伐案件。
こうして白峰探査(有)の新入社員2名がこなした。
「おつかれさん。どうだった?」
「振り回すことばっか考えてました。もう少し受けに回る方が良かったと思います」
「もう少し踏み込めたら、と思いました。足がすくみました」
俺らを門前払いした鬼爺いに報告する。
「そうだな。よくわかってるじゃねぇか。良いところもあったぞ。戦い終わってからも、気を抜かず警戒を続けていた。あれはなかなか出来ることじゃない。いっぱしの探査員っぽかったぞ」
見てたのか。まぁそりゃそうか、新人なんかなにやらかすかわからないもんな。街の治安を守る大切な仕事だ。
「そりゃ、あれだけ言われたら気をつけますよ」
答えながらも気持ちは軽くなった。
「言われてすぐ出来るのはすげぇって話だよ。とにかく、悪くなかった。後は、帰って風呂入って飯食って寝ろ。お疲れさん!」
「お疲れさまでした!失礼します」
「はいはい、お疲れさん、また明日ね」
会社を出るがまだ夕方にもなってない。
「たまごやさん」
「え、今から行くの?大丈夫だよ、期限までちゃんと待ってくれるよ、なぁタクナ」
「あぁ、そこは大丈夫だ。でも、見に行こう」
そして、卵屋さんに来た。
「おたから!」
「いらっしゃいませ。お仕事帰りですか?お疲れさまです」
「すいません、お邪魔します」
「お預かりした卵ですね」
くすくすと笑う。
「すいません、こいつが騒ぐので」
襟元に隠れるシマを摘まみ出した。隠れながら言うなよ。みっともないぞ、つよつよ。
「こんにちはシマちゃん、卵見に来たの?持ってくるね」
めちゃくちゃ優しい店員さんに話しかけられてビクッとしてる。お前本当に最強なのか?
「マサト、全部で良いよな」
「うん。保護費で食費大丈夫だろ、早く返そう。シマの様子から毎日来る事になりそうだ」
金をまとめるタクナ。猫みたいな社長にお願いして、給与は日払いにしてもらった。早く卵を取り戻さないと、シマが不安定になる。
昨夜いつものように庭に放り投げたら、投げる角度と方向が悪かったと意味不明な抗議をされた。そんなもの気にしたこと一回もないよ。
「はい、シマちゃん」
カウンターの上に卵を置く。
「それで卵屋さん、この卵なんでした?」
「わかんない」
「わからない卵によくあれだけ積みましたね」
「……いや、その前に卵屋さんってなんですか?」
卵屋さんをじっと見つめる。卵屋さんもこちらを見ている。
「おい、マサト……魔獣商な」
「そうでした。魔獣商の卵屋さんの店員さんですね。失礼しました」
「アルマと申します」
「あ、これはご丁寧に。私はマサ」
「知ってます」
魔獣卵預かり証を突きつけられた。確かにマサトの名前がある。
「大変失礼を……こいつの名前はタク」
「タクナさんも存じております」
マジか。すげぇな異世界の卵屋。なんでお宝の事だけわからんのだろう。
「あのねーマサトさん。白峰は現在入植受付期間なの。人口は3500人を切るくらい。そんな小さな街で、あれだけ騒ぎを起こした人を知らないなんてあり得ないよ」
急に口調が砕けたな。望むところよ。
「マジか。アルマはその発信源というわけか」
預かり証を見ながら言う。
「そんなわけないでしょ。2人の名前は、卵預けるからお金貸して、とか言われる前から知っていました」
「具体的には噴水前に正座させられて、街長に怒られてたあたりから知ってる」
「素行の悪そうな若い男2人がうろついてるが、アレはなんだ?白峰探査に就職したらしい。それなら安心だ。というのが現在の2人の評価」
マジかよ。異世界半端、いや異世界関係ないな。どう考えても俺らが悪い。
「なんかごめんなさい」
タクナを見る。
「なんか悪かったです」
シマは……卵の上で前歩脚を2本あげて叫んでる。何やってんだよ。お前もだぞ、ちゃんと謝れよ。
シマが落ち着きを取り戻したのでアルマにお礼を言って外に出た。
「まだ役場やってるかな。シルフィーナさんとこ寄ってかね」
役場に入り挨拶をすると、噴水事件の時に顔を赤くして怒っていた街長が帰宅する所だった。
「はい、こんにちは。2人とも悪さしてないよな?ダメだぞ。若いからって無茶やるのは」
「街長、しつこいと嫌われますよ。年寄りはこれだから、って言われます」
助け舟を出してくれるシルフィーナさん。あいかわらず震える程に綺麗な人だけど。
「それは、そうだね。悪かったね2人とも。ゆっくりしていきなさい」
そう言って笑いながら帰っていった。
小さな応接コーナーに座りお茶をご馳走になっていた。
「じゃあ2人とも無事、ガルバンさんのところで働く事になったのね」
「社長ってあんなんで良く探査会社やってますよね」
「あーそれは俺も思った」
「あんなんでって?」
「いや、なんか縁側で丸くなってる猫みたいじゃないですか」
何を言われたのか理解できないって顔してる。ハルモニアに猫は居ないのかな。説明しようかな、そう思った瞬間シルフィーナは吹き出す。
「そうね、猫みたいよね」
笑いながら言う。
「なんか変なこと言いました?」
「んーん、言ってない。確かにそうね」
「はい、シルフィーナさん。書けたよ、これでいい?」
「見せて。ほらマサトくんも書いて書いて」
入植申請書を提出して役場を後にした。ほぼ全てが記入されたタクナはまだわかるが、ほとんどが空欄ばかりの俺。2人まとめてシルフィーナが保証人になってくれた。
「シルフィーナさん、こいつ噴水で水浴びするような奴ですよ。いいんですか?」
「お前だって浴びてたろ。しかも気分爽快って顔してた」
「もうやったらダメよ。オニゾウさんに言い付けちゃうからね」
揃って嫌な顔をする俺らを見て、シルフィーナさんは満足げに頷きサインしていた。
でかい月が帰り道を光らせる。微かに反射しているのか道が発光しているようだ。
「なんか道光ってね?」
「そういう風に作ってあるからな。そうしないと蝕の暗闇の時に困るだろ。マサトの世界は違うのか?」
「道路は光ってなかったな……綺麗だな」
「そっか。まあ幹線だけだ。他は流石に手が回らん。とりあえず風呂入って飯にしようぜ、腹減って気持ち悪い」
タクナはさっさと家に入った。振り返ってみた。淡い光が中心部へ円を作っている。
美しい光景にしばらく見惚れていた。




