第71話 得難い資質
見事なものだな。
目の前で細剣を自在に操る姪っ子の姿がある。僅かな隙を作ってやると的確にそこを突いてくる。長時間に及ぶ激しい訓練だが、呼吸も乱してない。
かわして、攻撃後の一瞬の停滞を斬りつけてやる。予期していたかのように剣で弾く。そのまま、首を獲りに突きを繰り出してくる。身内相手とは言え、殺しにくる攻撃を躊躇なく選べるのも高評価だ。
いや、もしかすると本気で殺しに来てる?フレイア?アルダ叔父さんだよ〜。
少し心配にはなったが、身体ごとかわす。勢いでこちらに晒した背中、フレイアの肩甲骨あたりにクレイモアを当ててやった。
かいてもいない汗を拭う仕草をひとつ。姪っ子でなきゃ生意気だとこづいてる。
「どうですか?」
1時間にも及ぶ剣戟の後とは思えない。
「見事だな。それだけ剣を扱える奴はうちの探査員でも、そんなに大勢はいない」
試合ならな。
「そうではなくてです!」
わかってるよ。でも、冷たい現実を可愛い姪に伝える辛さも理解して欲しい。
「変わらんな。お前じゃ探査員には絶対になれない。綺麗な剣舞だと思う」
性格的に向いてないってわかってるだろ。もう何年も前から続いてるやり取りだ。進学する時に諦めただろ。
「最後の突きは殺す気で放ちました」
やっぱりか!お前、散々可愛がってきたろ。なんで叔父さん殺せるんだよ……悲しい。
「相手が俺だからだろ。お前は、自分は殺せる。だから身内である俺に殺意を込められた」
黙ってしまった。あぁもう!こうなるから嫌なんだよ!
「お前に命は奪えんよ。たとえそれが大切な物を守るためでもな」
なんで探査員に憧れてんだろうな〜父親の影響でもなさそうだし。
「なんの理由も、それこそ大義もないのに魔獣を狩るのが俺らの仕事だ。そういう意味でお前は新卒のペーペーにも勝てないよ」
優し過ぎるんだよ。お前は。だから監査官になったんだろ。なんで急に剣の稽古つけてくれ言い出すんだよ。
「でも、わたしっ!わたしは……」
顔を上げて必死に何か伝えようとしてきた。
「私がどうした?言葉ですら、刺し貫けないお前だ。相手の身体に剣を突き立てるなんて無理だ。あきらめろ」
俯き唇を噛み締めている。
嫌ぁーー。フレイアが泣いてしまう。こんな役やりたくない。義兄さーん。娘の教育を投げ出さないで下さいよ!俺が傷を負ってます。大怪我してます。辛いです。
剣のヒラで軽く頭を叩いてやる。
「何があったか知らんが、お前の個性だ。中々得難い資質だ。大切にしろ」
そう言って背中を向けた。このままだと、抱きしめて良い子良い子してしまいそうだ。
フレイアを残して部屋に戻ると、フェムト本部長が窓際に立っていた。
「少し厳し過ぎやしないか?」
そんなこと言われるとは意外だった。
「では、本部長はアイツが入社を希望したら採用するとでも?」
「アルダ……そういうことを言ってるわけじゃない」
同じことだ。命を断ち切る剣なのにそれが出来ない。どれだけ磨いても役に立たない。
「それより、社長のことを聞かせておいて下さいよ。今夜、サファイア・クラウンを予約しておけと仰ったのは本部長です。予備知識なしでお食事会とか嫌なんですが」
「んー。奥さんが二人いらっしゃる。就任の際にお会いしたが、とても可愛らしい方たちだった。君と一緒だな。話も合うだろう」
なんの役にも立たない情報だな。そういう事ではなくて。
「それよりアルダ。二等級で天征章を手にした奴。チラッと見たけど、ちゃんと会わせてくれよ。出来れば剣を」
「お断りします。あいつは仲間を失ったばかりです。入社以来、目にかけてくれた先輩たちです。本部長に会わせるなんてとんでもない」
不満そうな顔をしないでもらいたい。少しは自覚してもらいたいものだ。ご自身の影響力というものを。
「アルダは過保護なのか厳格なのか分かりにくいな。フレイアくんも溺愛しすぎなのかな」
当たり前だ。フレイアはカナリス家の至宝です。それに厳し過ぎと言ったばかりじゃないですか。
「過保護なのかもしれませんね」
「斎女課にいるのだろう。契約者なしで何しているんだ」
それも頭が痛い。テルク支局長は結局、契約者のいないまま斎女課に放り込んだ。気持ちはわかるが、姉さんにビビりすぎだ。
「さぁ、監査庁の考えることはよくわかりませんね。ただ、契約者探しは必死にやって……」
契約者探し?うちは馬鹿しかいないからと外されているが、良いんじゃないか?
「…………。」
「おいアルダ?どうした?」
「フェムトさん……良いかもしれませんね。さすがは本部長だ。ゴミみたいな社長の情報に関しては忘れることにしましょう」
「おまえさ、一度は言ってみたかったセリフを言わせてもらうわ」
「君は、私を誰だと思っているんだね?」
本部長が何か言ってるが、それどころじゃない。フレイアは?
庭で俯きながら、地面を足でぐりぐりしている。何してんだあいつ子供か。
叔父さんにコテンパンにやられた。広い庭は美しい緑の絨毯で敷き詰められている。あんな人なのに、芝生の手入れが趣味とかどうかしている。言葉さえ貫けないか……悔しくて芝生をぐりぐりしていた。
「おい!フレイア!話があるからちっと来い」
顔を上げると叔父さんが手招きしている。
昨日、局長が仰っていたKTSの本部長さんもいる。なんだろう。ミノムシみたいな気分なので放っておいて欲しいのだけど。
「それでフレイア、最近はどうなんだ?」
リビングのソファーで叔父さんと本部長さんと対面している。
最近、どうだもなにも先程稽古をつけてもらいました。
「コテンパンにされて気分悪い」
「そうか。それは大変だったな」
「……。」
「フレイア?その目で人を見るのは良くないと思うよ」
「気をつける」
大丈夫。こんな目で見るのは叔父さんだけ。あとオルフィア様か。
「ときにフレイア、仕事の方はどうかな?うまくやっているかい」
「……。先輩方のおかげでなんとかやれてる」
「そうかそうか。先輩たちと仲良くするんだよ」
なんなんだろう。この会話……
「そういえばフレイア、姉さんは」
「なんなんですか、叔父さん。さっきからっ」
叔父さんの隣のフェムトさんが興味深そうに私たちを見ている。
「い、いや、そのだな。フレイア。順を追って話をしようとだな」
なんですか、そのしどろもどろした態度は。上司の前よ。しっかりして!本部長さんが目を丸くしてるよ。
私は意を決してフェムトさんに向き直る。MMタイプってすごく扱いにくいイメージある。
「フェムトさん。不躾で申し訳ありません。ひとつお尋ねします。私の叔父は大丈夫なんですか?こんなんでKTSアルカディア支社の探査部長などという重責を担っているのでしょうか」
さっきまで人に偉そうに説教してたのに、剣を手放したらすぐこれだ。叔父さんだらしなさ過ぎ。
「いや、フレイアさん……君の心配はとんでもない的外れなものだよ。私はいまとても興味深いものを見ている。ぜひもっと見せてくれたまえ」
フェムトさんは、実に楽しそうだ。叔父さんが実はダメダメなのを知っていたのだろうか。
俯いていた叔父さんが急に立ち上がる。フェムトさんを見下ろして言った。
「本部長、そろそろ帰って下さい。お帰りはあちらです」
「えぇー。なんでだよー。もっと見せろよ」
フェムトさんの腕を掴んで立ち上がらせる。そのまま引き摺ってリビングを出ていく。
「アルダ。もうちょっとだけ!あと少し見たら帰るから!それに大切な話がまだ」
「いいから帰れ!本社までいま帰れ!」
「酷いぞアルダっ、お前、俺を誰だと思って」
「フェムトさんこそ、自分をなんだと思っているんですか……自覚が……」
二人の声が小さくなって行く。
叔父さんはフェムトさんにあんな態度をとって、大丈夫なのだろうか。KTSの探査本部長に対して取っていい態度とは思えない。
お客様が居なくなったので、ソファーにゴロンと寝転ぶ。いつ来ても綺麗なリビングだ。時間を刻む時計の音。
「ただいまぁ〜」
玄関から男の子の声。ミルダちゃんだ。
「おかえりなさい」
「あ、フレイアちゃん。パパいる?先生が話あるから連れてこいって怒っててさー」
「叔父さんは、本部長さんを連れてどっか行った」
ミルダちゃん、またなんかやったな。
「ふーん。フレイアちゃんはなにしてるの?最近、来なかったのに」
「ん。剣の稽古つけてもらって、お説教タイムの待機中かな」
私のことは良いから、なにをやらかしたのか話しなさい。
「フレイアちゃん大変だよね〜、パパに付き纏われて。私ならグレちゃうね」
いや、ミルダちゃんはすでに結構やらかしていると思う。
「よし!私がパパにビシッと言ってあげるよ。今日こそ私は、父を越える!」
ズボンが半分落ちてなければ、ワンチャン格好良いセリフに見えたかもね。
「やめなさい」
鬼と化した叔父さんを宥めるのは割と大変。半べそかいたミルダちゃんを抱きしめながら、抜き放たれたクレイモアを納めさせるのは結構怖い。
「それより、今回はなにしたの?」
ミルダちゃんが脱ぎ散らかした制服を片付けながら、聞いておく。事と次第によっては、叔父さんへの報告プランを練る必要がある。
「なにもしてないよ。なのに先生が怒った」
そんなわけない。
MFタイプって割と安定した性格になるはずなのに、ミルダちゃんと来たら……。まあ叔父さんもアレだからな。親子ってそっくりになるんだな。
チラッと母の姿が浮かぶ。私はあんな風になれそうにないけど。
着替え終わったミルダちゃんが、リビングに戻ってきた。レザージャケットにシルバーのアクセサリーがじゃらじゃらと。完全装備。遊びに行く気だな。
「フレイアちゃん!わたし出かけてくるね!パパに、さっきの件を伝えておいて」
何を伝えろと?
「じゃ行ってくるね。フレイアちゃん愛してる!」
何が愛してるだ。そうやって男女問わず手を出して……今回の件もきっとそれだ。
「はいはい。行ってらっしゃい」
叔父さんも大変なんだな。帰ってきたら優しくしてあげよう。




