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第70話 社葬

「2分ほど早く到着しそうですが大丈夫ですか?」


助手席に座るグラディア筆頭秘書官が運転手に尋ねている。


「大丈夫ですよ。このあと信号に引っ掛かります。KTSの門目掛けてアクセル全開などしなければ、定刻ピッタリに着けられます」


「失礼しました。少し神経質になっていたようです」


グラディア様にしては珍しい。常に冷静でおられる方というイメージしかない。


「フレイア様、初めての経験になりますが大丈夫ですか」


車のミラー越しに心配そうに尋ねられた。


「はい。大丈夫だと思います。ただ、いまだに私のような若輩で良かったのかとは思っています」


横に座るテルク支局長と監査局長の顔を横目に見ながら答えた。


「心配いらないよ。斎女が会葬することに意味がある。それに何度も機会があるわけじゃない。経験しておいてくれたまえ」


一度に六名もの探査員が亡くなる社葬など、滅多に行われるものではない。


「はい……」


支局長の言葉に小さく応える。


こんな日なのに気持ち良いくらいの晴天だ。窓の外を流れる景色には、子供を連れた母親たちの笑顔があった。


車が会場へ入る。社葬会場には参列者たちが既に席を連ねていた。停車すると礼服姿のKTS職員が助手席のドアを開ける。


グラディア様が降りて、私のドアを開けて下さる。仕方ないとはいえ大先輩に開けさせるなんて恐れ多い話だ。


ゆっくりと降りて、周りを見回す。続いて降りるテルク支局長にグラディア様が手を差し出す。私は監査局長をお手伝いする。


局長を先頭に参列者の間を抜けると、どよめきが上がる。人の多い場所は苦手。いつもこうなる。FFタイプのハイヒューマンはそんなに珍しいのだろうか。珍しいのだろうな。でも、毎日、見ている私にはわからない。


祭壇前の先頭に私たちの席が用意されている。一番最後に会場入りして一番先頭とか、慣習とはいえ偉そうに思えて仕方ない。


でも、私は斎女として弔意を表しにここに来ている。私個人の感情などどうでも良い。胸を張っていないと。


局長が囁くように声を滑り込ませてきた。


「叔父上の隣の男が現在のKTS本部長だ。いずれ交誼を深めることになる相手だ。憶えておきなさい」


言葉にしないで頷いておいた。亡くなった方を弔うための席で何を言い出すのやら。それに何度言われようが、私は監査庁のトップなど興味ない。


KTSの本部長よりも気になる人がいた。真っ直ぐ遺族に正対している。礼服に身を包み微動だにしない。


どこかで見た気がする。ああ、今回の災害対応検証会議の記録で見た人だ。蒼白竜を討伐した探査員。


とても不思議だ。あの人はなぜ立っていられるのだろう。今にも崩れ落ちそうなくらい慟哭しているように見える。なのに、瞬きもせずに立っていた。


アルダ部長の言葉で式は開始された。

本社からやってきた社長や本部長の弔辞が読まれているが、あまり聴いてなかった。


ラルクさんの奥さんはどの方なんだろう。ミルディさんの旦那さんは?あのミルディさんを射止めた人だ。きっとめちゃくちゃカッコ良い人に違いない。ドルヴァンさんも既婚者だったはず。あの人、どうやって結婚したんだろう。聞いておけば良かった。


そんなことを考えて遺族席を見ていた。


しかし、どうしてこんな立ち位置なのだろうか。アルダ部長はわかる。続く本部長も納得だ。その後、エリニナさん、タクナ、俺へと続き最前列だ。支社長やガレルさんたちより前にいる。


参列者たちが、一人ずつ献花台に花を添え遺族に頭を下げ席に戻る。一人残らず献花を終えたら、遺族の方々だ。花ではなく故人に献げる物を持ってくると聞いた。


あれは……。


あの人、絶対にザイロウさんのご家族だ。あんなもの持ってこさせるのはあの人しかいない。俺ら新人には優しくて頼り甲斐があったけど、同期や上役からはすこぶる評判が悪かった。曰く、アイツに関わると碌な目に遭わないって。


献花を終えた遺族の方は、俺らの方に向かってくる。部長の号令で、全員敬礼をする。何を言われても何をされても、黙って受け入れろ。そう言われている。


一人の女性がアルダ部長と本部長に軽く頭を下げ、エリニナさんの前に立った。楽しげに話している。なるほど、きっとあの人がラルクさんの奥さんだ。優しそうな女性だ。


俺とタクナの前にくると、俺らを見て微笑んだ。何も口にせずにそのまま進み式場を後にする。


ひとりの男性が俺の胸を見て、驚いた顔をした。


「君がマサトくんか。家内……ミルディから聞いていたよ。今年の新人に変な子がいるってね」


この人がミルディさんの旦那さんか。普通の人だ。なにも口にせずに黙って見つめ返した。


なにを思っているのか、笑いながら頷いて立ち去っていった。


先輩方のご家族は式場を後にしていった。残された献花台には、多くの花に包まれた少しの遺品が残されている。


アルダ部長の言葉で敬礼を解いた。続けて腰から身体を折って頭を下げる。来賓が退場するまでこの姿勢だ。監査庁から要職者が四名も参列すると聞いていた。


車のドアが閉まる音。少しして社葬の終わりを告げるアルダ部長の声が聴こえた。


あっさりとしたものだった。本社から三人も参列するために来たというのに。


本部長とやらに支社長が挨拶をしていた。MMタイプのハイヒューマン。見た目は惚れ惚れするほど整った容姿。しかし、それよりも内包する強さにビビる。まったく勝てる気がしない。


事務方が後片付けを始めたので手伝おうとすると声をかけられた。


「マサトくん、お疲れさまです。調子はどうですか?」


ティーナとサリアだ。私服でもない、もちろん戦闘服でもない。ビシッと着こなされた礼服は、階級に見合った迫力があった。助けてもらったお礼を言ってなかった。


「お疲れさまです。朱路ではまた助けてもらいました。お礼を言うのが遅くなって申し訳ありません」


そこまで口にすると不満そうな顔をするティーナ。咎めるような口調はサリアだ。


「マサトくん。忘れちゃったの?私たち探査員同士に」


「礼は不要、でしたね。では、参列して下さってありがとうございます」


サリアの言葉を捉えて、お礼を口にした。


「ティーナさんも、ありがとうございました」


まだ少し不満そうな顔のティーナ。わからん。


「葬儀に参列するのは私たちの義務でもあるわ。そんな言葉で片付けたくないけどね」


サリアは献花台を見ながら呟いた。


言葉につられて俺も視線をやる。遺族の手によって置かれた物は慰霊碑に納められる。花は一緒に添えられる。敷地内にある慰霊碑はそうして引き継がれている。


気がつくとサリアがこちらを見ていた。俺の胸の徽章を一瞥して、つまらなそうに視線を外す。


そう言えば同じ徽章はサリアの胸にもある。俺のと違って星が三つもあるけど。今の感じから、聞くべきではないんだろうなとは思った。


しかし、あえて聞いてみた。


「サリアさんの時も仲間が死んでますか?」


俺の目を見て、少しの間があった。


「いいえ、仲間は死んでない。ただ、街の人に犠牲者が出たわ。でも、私が見たのはそういう訳じゃないわ」


そこで言葉を切った。


「凄い徽章がついてるなって思っただけよ」


「憶えていませんけどね」


「それは残念ね。英雄みたいだったわよ。白峰に行った時、ヘリの中で部下たちが凄いって言ってた。今回は言葉もなかったわ」


英雄か……そんな称号に興味はないけど、次は最初から挑んでやろう。


「先輩方が徽章をたくさん胸につけているのを見て羨ましかったです。つけてみると案外つまらないものですね」


「そうね」


「小徽章なんて、探査員を落ち込ませないように監査庁が授与するって話があるくらいよ」


ティーナが静かに言う。


「そうそう。大切なのは大徽章!2等級になったじゃない。おめでとう」


「ありがとうございます。ただ、これ微妙なんですよね。なんか監査庁から圧力が掛かったって」


1等級に天征章を授与するとか前例がない。せめて5等級に上げろと言われたらしい。


「えぇ〜それで2等級なの?前例がないって意味じゃ同じだと思うけど……」


「部長が突っぱねたらしいです。うちじゃ馬鹿に5等級なんかやらない。四の五の言わず天征章と威征章を寄越せ言ったとか」


サリアとティーナの表情。


「なんて言ったらいいのか……KTSって感じの話ね」


「中途半端ですよね〜。それで2等級とか。結局、屈してるじゃないですか。最後まで拒否すりゃ良かったんですよ」


実に微妙な気分だ。2等級用の試験を作ってくれていた、育成校の先生たちに申し訳ない。


「マサトくんって本当にKTSって感じですね」


臭いものを嗅いでしまったかのようなティーナ。


その表情をされると少し凹む。


でも、先輩たちに近づけた気もするから、それでいっか。

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