第67話 また会社で
退院の朝、フロラの様子を見に行った。
「フロラー、マサトだけど入っていいかい」
「どうぞー」
返事と同時に扉が開く。
一瞬ドキッとした。フロラの右腕と右足が剥き出しになっていたからだ。
「あ、義手と義足ですよ。ドキッとしました?」
シマにフロラの査定を頼んでおくべきだったな。内気な大人しい子だと思っていたが、潜在能力は、ヤバつよ、くらいあるのかもしれない。
「うん。回れ右しなきゃって思ったよ」
苦笑いで、白状した。
消毒液の匂いがする清潔な個室。病院の匂いって異世界でも変わらないんだな。ベッドに座ってこちらを見ているフロラ。
「いつ、入ったの?具合の方はどんな感じ」
「昨日です。具合はとても良いですね。まだ調整前なので色々不具合はありますけど、腕相撲くらいなら出来ます。勝負しましょうか」
なんで異世界女子は腕相撲を仕掛けてくるのだろう。勝てるわけないでしょうに。
「いいよ。やろうか。こっちも新品の右腕だ」
ベッドに掛かる机に肘をつく。フロラが俺の右手を義手で握ってくる。凄いな、義手だと分かっているのに、違和感がない。あと腰まで見える右足が目の毒。本当に義足なの?この生足。
「マサトさん、そんなところに気を取られていたら負けちゃいますよ?」
なぜバレるんだろう。あと、バレてることを教えないで欲しい。
「失礼。ついね。じゃあ勝負だ」
「では行きますよぉ〜。3、2、1、今!」
可愛らしい掛け声とは逆に押し込まれる。マジか!慌てて力を入れる。
「むむむぅ〜」
「これ、こんなに力入れて大丈夫なの?」
「むぅ〜。だ、大丈夫です。最新型の超高級機です。課長にドン引きされました。部長は笑いながらオッケーしてくれました。それに壊れても保証期間です。思い切りやりましょう!」
しばらく付き合って、最後は押し込んでやった。
「あーさすがに勝てないのかー。イケるかと思ったのに、探査員ってやっぱり凄いんですね」
「腕は問題ない?」
「平気ですよ。もう少しフィードバックを強めにしてもらいます。調整の参考になりました」
それからしばらく雑談をした。フロラは普段と違ってコロコロと笑う。つられて俺も結構笑った。笑うっていうのは良いものだと思った。
「じゃあ、俺は行くね」
フロラが俺を見ている。なんだろう。
「マサトさん、助けてくれてありがとうございました。青い光に飲まれると思った時に飛び込んでくれた姿。ものすごく格好良かったです」
見てたのか。もう一歩早ければ。俯きそうになった。
「マサトさん、また会社で」
フロラはとても良い笑顔でそう言った。
なんとなく、会社に向かって歩いていた。フロラの笑顔を思い出す。
足りないのはイメージだ。なぜ助ける自信を持てないのだろう。手は掴めたのに。
エントランスから三階へ向かおうとしたところで、受付のミレーナに捕まった。
「マサトさん、おかえりなさい。大変でしたね。また会えて嬉しいです」
「そりゃ光栄だ。ミレーナに会いたくて、生きて帰った甲斐がありますよ」
軽口を叩いたが、思った以上に優しい微笑みを返された。
「総務のサルディに、マサトさん来たら、制服持って来てと伝えてって言われてます」
「ふーん。なんだろう。昇格させてくれるのかな?」
「たぶんそうですよ。戦闘服はもちろん礼服も忘れないでって言ってました」
「おっけー。ロッカーに置いてあるから、すぐに持っていくよ。ありがとう」
階段を上がっていたら後ろから声がかかった。
「おう、もう大丈夫なのか。休んで良いって言われてるだろ。何しに来たんだ」
バッテン印のタクナだ。
「お前も、休みもらってるだろ。何してんのよ?」
「やることないから来てみた。休憩室に誰か居るかなって」
二人で休憩室を覗き込むとラナさんが居る。普段なら回れ右だけど、とりあえず入った。
「お疲れさまです!」
元気よく挨拶をする。
「あーマサトくんだー。おかえり〜。ラナさんに会えなくて寂しかったでしょー」
ぜんぜん。今の今まで忘れてました。
「はい!久しぶりにお会いできて嬉しいです!」
疑わしい視線を送ってくるラナさん。いや、なんていうか普通に怖いんです。
「ねぇ、なんでそんなに敬語ガチガチなの?わたしってそんなに怖いかな?」
「いや、そういうわけではないです」
「そお?なんか凄い壁を感じてるんだけど……」
じっくり眺められてしまう。駄目だもう白状しよう。そう観念したとき。
「いや、ラナさんにはなんの含みもないです!俺ら白峰出身なんですけど、狼人の元KTS探査員の婆さんがラナさんと同じ魔術士で〜」
そこまで言ったタクナは、ラナさんと婆さんを比べていることの不味さに思い至ったようだ。いや、もうそこまでいったら最後まで言うしか。しかし、それを聞いたラナさんの態度は想像したものではなかった。
「えぇー。白峰の女性魔術士ってクローディアさんのこと!?私にクローディアさんの面影重ねちゃってるの!?嫌だもう。お世辞が上手な子たちねー。しょうがないわね。なんか飲む?もう困っちゃうなー。で、で、私とクローディアさんってどっか似てるの?いや、私なんてクローディアさんの足元にも及ばないのはわかってるけど、もしかしたらちょっとくらい似てるのかなって、狼人だし、どっか似てる?もう〜困るぅ~。あ、コーヒーでいい?それとも、あぁいいわ。好きなの押して!何本でもいいわよ〜。あ、携帯糧食はダメよ。そんなもの食べたら病気になります」
えっとぉ、なんというか割と似てますよ。たぶんクロさん若い頃は、きっとこんな感じだった気がします。あと病気にはなりません。クロさんみたいなことを言う。
ずっとラナさんのターン。いかにクロさんが素敵なのかひたすら喋る喋る。呆れるよりも感心した。
「というわけで私はKTSに入社したのでした!いい話でしょ?泣けたでしょ〜」
どこに泣く要素があったのだろう。
俺もタクナも、なぜ、今日はラナさんのいる休憩室に入ったのだろう。相槌を打つだけなのに疲れた。
「では、ラナさんは行くわね。後輩に慕われるのも大変なのね〜」
この人、本当に凄いな。
「は、はい。お疲れさまでした」
タクナと揃って頭を下げる。ラナさんは俺たちをちょっと眺めて言った。
「二人にお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
何を言い出すのかわからなくて怖い。タクナもちょっとビビっている。
「は、はい。なんでしょうか。俺らに出来ることなら良いんですが」
「大丈夫!簡単だよ〜」
ラナさんはニッコニコだ。尻尾を振っている。
「もし私に万が一のことがあった時、二人は笑っていて欲しいの。悲しむんじゃなくて笑ってくれたら嬉しいな。ダメかな?」




