第66話 脱兎のサリアと生贄のエリア
アルマを追い返してから、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「おはようございますマサトさん。気分はどうですか?」
「悪くないですね。とても良い天気だ。走ったら気持ち良さそうです。走って来ても良いですか?」
エリアは黙ってカーテンを閉めた。
「気分はどうですか?」
とても素敵な笑顔だ。震えがくる。
「だ、だいぶ良くなりました。右手はいつ動きますか?」
「すぐにでも。神経回路の正常性を確認しているだけですから」
そう言って、少し黙って俺を見てくる。
「まぁ良いでしょう。いま動くようにしてあげます」
右手に繋がるケーブル。その機器を停止した。とたんに右側に引っ張られたように感じる。右手が戻ってきた。
ケーブルが繋がったまま、右手を目の前に持ってくる。何度も腕を翻して確認する。
「ちょっと待って下さい。外しますから」
自由になった右手は何の問題もなさそうだ。
「どうですか?なにか違和感ありますか」
「なんの問題もありませんね」
「ならテストしますか。腕相撲しましょう。わたし結構強いんですよ」
ベッドの上のテーブルに肘をつくエリア。なにを言い出すのだろう。このうさぎさんは。
黙って手を組んでやる。
「れでぃーごうっ!」
エリアの手はふわふわしているし、なんか良い匂いもするし。でも、強いとは一体……。
全体重をかけんばかりに頑張っているエリア。
「マサトさん、たいへんです。腕がピクリとも動きません。いま先生を」
怪我をさせないように、優しくゆっくり力を入れてやる。なんの抵抗も感じない。簡単にエリアの手をテーブルにつけてやった。
「姉さんより大人気ないです。負けてくれても良かったんですよ?」
「ああ、すいません。なんか信じられなくて」
腕を眺める。こんなに完璧に再生させることが出来るのか。カナンの力を借りる奇跡か。
「いつでも完璧に治ると思って、無理しないで下さいね。カナン様の奇跡はいつでも、誰でも、どんな時にでも起こせるとは限りません。フロラさんは苦労されると思います……」
「フロラはどんな状態ですか?」
どれだけ酷いのだろうか。
「元気ですよ。けれど再生の奇跡は起こりませんでした。彼女は右手と右足を失ったままです。義手義足が用意されています。日常生活を送るのに不自由はないでしょう。けれど、私がマサトさんに勝てなかったみたいにはいきません。操縦士はもう無理でしょう」
エリアを黙って見つめる。ポーカーフェイスが苦手な子だな。そんなに辛そうな顔をしなくても良いだろう。
あと少し、ほんの一瞬。いや刹那早ければ彼女は無事だったはず。社長、ウスノロを治すにはどうしたら良いんですかね。
午後になると、同期たちが見舞いという名の騒ぎに来た。それは良い。珍しく四課と五課の女子たちも居るからだ。特に五課のエルフの神官ちゃんは素晴らしい。美しさと可憐さそして神秘性。これでもかと言わんばかりの属性持ちの女の子だ。名前を覚えていないのが悔やまれる。向こうはマサトさんと言ってくれるのに。この子なんて名前だったかな……
流石にこの場で聞ける程の根性はない。タクナじゃあるまいし。そして問題はその空気読めないランキング1位のタクナだ。
「おまえ、なんだその面。俺を笑い死にさせる気か?」
「うるせぇな!俺だって好きでこんな面になったわけじゃねぇ」
タクナの顔面には大きくバッテンがつけられていた。左の額から右の口元にかけて深く長い傷跡。そして同じく額中央付近から左目の上を通り短い傷が走る。
タクナは性格ゴミだが、ツラは割と整っているリザードマンだ。少なくとも不細工からは縁遠い。見方によっては凄味が増して歴戦の探査員に見えなくもない。厨二病患者ならキャッキャッするだろう。
しかし、俺はこいつと長いこと一緒にやってきたせいで、顔にバツ印がついたようにしか見えない。
「おまえ、誰にどんな理由でダメ出しされてんだよ。早く謝ってこいよ」
「マサトさ〜ん。さすがにそれは言い過ぎだと思うぜ。タクナさんだって好きでこんな風になったわけじゃないんだしさー」
カインがタクナをフォローする。しかし、俺が笑うより、おまえのフォローの方がタクナにダメージ入ってるぞ。
「カイン、おまえの方が酷いこと言ってるぞ。状況的に」
ダリルがカインを諌めている。悪意なくタクナの傷を抉るカイン。おまえやるなぁ。
「タクナさん、落ち込まないで下さい。わたし、ちょこちょこと回復魔法試してあげますから。いつか治る日がくると思います」
エルフの神官ちゃんに優しくされている。ちょっと羨ましいぞ。
しかし、不思議だな。俺の右腕も腹も綺麗に元通りになる。そうかと思えばフロラは命だけしか取り留めなかった。タクナのように顔面に派手な傷が残ることもある。カナンの奇跡ってなんなんだろう……。こんど育成校で聞いてみよ。
その後は、同期たちが騒ぐだけ騒いで帰っていった。エルフ神官ちゃんに優しくされたタクナが、少し鼻の下を伸ばしているのを俺は見逃さなかった。くそ、やっぱり傷なんか気になんかしてねぇじゃねぇか。ちょっとカッコ良いとか思ってる節もある。少なくとも俺なら思う。
「じゃあ僕ら帰りますね。早く元気になって下さい」
優等生らしくサイルがまとめて帰って行った。明日、退院するから会社で会うけどな。
玄関に見慣れぬ靴が二足ある。ひとつはたぶんティーナさんの物だ。もうひとつがわからない。姉のものだろうか?こんな靴を買うだろうか。鋭く尖ったつま先。高いヒールのエナメルパンプス。見下ろす私が写っている。
「ただいまぁ〜。お姉ちゃん、誰かお客さん来てるの〜?」
声をかけながらリビングへ向かう。扉が開くとそこにはあってはならない光景が。ものすごい異物がある。
「あーおかえりエリアちゃん。お邪魔してます」
笑顔で頭を下げるティーナさん。これは想定していた。問題は敷かれたラグにうつ伏せになって足をパタパタさせている人だ。なるほどあの靴はこの人か。
「お邪魔してるわ。私のことは気にしないでくつろいでね」
色々と言いたいことがあるけど最初に出た言葉は。
「お姉ちゃんどこ?」
「ん、サリアはどっか行っちゃった。監査庁かな?」
ティーナさんが答えてくれた。そっか監査庁かー。ならしょうがない、ってならない!
「オルフィア様!?ここで何をされているんですか?」
わたしの問いかけに不思議そうな顔を返してくる。心を鷲掴みにするような蠱惑的な表情だ。FFタイプハイヒューマンって……
しかし、負けてはいけない。
「オルフィア様!こ、こ、で、何をされてらっしゃるんですか!」
「ごろごろしているわ」
悪びれる様子など微塵もない。
「わかりました。カトエラ様に連絡します。不良斎女がウチで契約者と一緒にだらけてます。って!」
「あーーー!やめてーー!おーこーられるぅー」
ようやく起き上がりこちらに向き直る。
「それより、エリアちゃん。マサトくんの様子どうかしら?」
ティーナさん、すこし大人しくしてて。それにマサトさんが気になるなら病院へ行きなさい。
「ティーナさん。なんでオルフィア様を連れ歩いているんですか?ELC契約者と斎女が会うことは禁止されています!」
「禁止はされてないよ〜非推奨ってだけだよー。お堅いな〜エリアちゃんは」
ダメだ。この不良斎女はカトエラ様に回収してもらわなければ。端末を取り出し連絡を。
オルフィア様の手に端末がある。凄いなぁ〜ハイヒューマンって。私だって監査官として最低限の訓練は受けている。なのに手にした端末を奪われたのが見えなかった。
「エリアちゃん。カトエラ様はダメよ。テルク支局長なら良いわ」
「支局長なんかに連絡しても、事態は解決しません!返して下さい!私には報告の義務があります」
オルフィア様に手を差し出し、端末を返せと要求。
「エリアちゃん酷いこと言うわねー。支局長はアルカディアで一番の権力者よ?そんな風に言って良い方ではないわ」
その一番の権力者の言うことを聞かないのがあなたです。
「わかりました。カトエラ様に連絡するのは許してあげます。端末も返さなくて良いです。けれど私はこれからフレイア監査官にお会いしに行こうと思います」
「やーめーてー!フレイアに白い目で見られるのはもっと嫌ぁー。それにフレイアは、即カトエラ様に連絡するわ。事態は悪化するわ。話をさせて!私がなぜここでティーナと一緒にだらけていたかを。深い訳があるの」
端末は返ってきたが、オルフィア様が縋り付いてきた。この人は本当に斎女なのだろうか。全監査官の頂点にいる人の態度とはとても思えない。
どうせ深い訳などない。単なる気紛れだ。白い目でオルフィア様を見つめてやる。不遜な態度だが、知ったことか。
「ねぇ、エリアちゃん。それはさておき、マサトくんどうだった?」
くっ……姉が居ない理由がわかった。逃げたんだ。許さないからね。




