第65話 Class7魔獣災害対応検証会議
朱路の魔獣災害のデータを見ている。
当初、Class3と予想された。
探査員5名と操縦士1名が殉職した。
無事だったのはガルバンさんの紹介状を持ってきた新人2人とエリニナ。あとは命を取り留めた新人操縦士1名。
「部長……」
エイナルが何か言い淀む。ガレルは不貞腐れたように映像を眺めている。
蒼鱗蜥を抑えている間に、蒼白竜が好き放題だ。見事な連携だな。
また1人やられた。
こんな事になるとはな。
いや、そんな事もあるのは知っている。過去に何度も見てきた。ただ自分がこの椅子に座ってからは初めてだ。
「部長」
いま蒸発させられたラルクは3ヶ月前に子供が産まれたばかりだった。生意気に、KTS探査部のトップとして恥ずかしくない出産祝いを希望致します!なんて抜かしやがった。
女房もウチの職員だ。同期入社だって後から聞いた。総務部長に、ウチの主力を持っていくとは、君ら探査部は本当に迷惑極まりない。なんて言われた。
その締まりのない顔をなんとかしろ、そう言ってやった。そんな嬉しそうに嫌味を言われても反応に困ったからだ。
また1人やられた。マサト、泣くんじゃない。その状況でミルディは助けられなかった。それこそ俺が居ても無理だったかもしれん。
「部長!」
なんだよエイナルうるせぇな!
顔を上げるとソラの探査部長とサリア。支局長までいる。後ろの監査官はこないだ俺を呼び出して怒鳴りつけてきた奴だ。よくみりゃフレイアまで居るのかよ。
全員神妙な顔してて笑える。何しに来やがった。香典なら社葬の時ってのが慣習だ。
「部長、全員揃ったのでお願いします」
ディアナが俺に言う。コイツっていつから俺の副官やってたっけな。どうでも良い事が頭に浮かんだ。
「あぁ」
意識がようやく切り替わった。
「みんな悪かったな、待たせたみたいだ。始めるとしようか」
クソみたいに簡単に、俺の部下6名を奪っていった朱路魔獣災害Class7。反省会の時間になっていたようだ。
悠然とする蒼白の竜めがけ、月白を振り抜いた。
ブレスは避けろ。間合いを詰めろ。月白の斬撃をデカい的めがけ飛ばす。避ける。切る。それだけを繰り返す。斬り落としてやる。
途中、何度も目が合う。無機質な瞳。まるで機械だ、なんの感情も読み取れない。たぶん俺も同じ目をしている。
どのくらいの間、やり合ったのだろう。気がつくと、蒼白竜は身体を横たえていた。
ヘリが何機も目に入る。周囲で多くの探査員が駆け回っていた。KTSはもちろん、ソラの徽章と組合のARC徽章も見えた。みんな忙しそうだ。
聴き覚えのある声がしている。誰だっけ、直立した長い耳が見えた。ああ、サリアか。また助けられたのか、進歩しねぇな俺は。
タクナはどうしました。口を開こうとして声が出ないことに気がつく。なるほど、声が出ないわけだ。爪が掠めたと思ったのは、がっつり腹を削られていたのか。代わりに手を上げようとしたけど、右手はなかった。
崩れ落ちそうになったが堪える。タクナがまだ戦っている。助けに行かないと。さすがのあいつも、あれはキツいはず。
サリアの叫ぶ声が聴こえる。見上げるとティーナがいる。なんだ、俺は倒れているのか。目覚めたら悪夢だった。そう期待して目を閉じた。
「知らない天井……」
いや、やめとこう。知らないのは当たり前だ。ここは病院だろう。悪夢じゃなかったか。
「気がつかれましたか?お名前を伺えますか」
ベッドサイドに白衣の兎人がいる。端末とペンを片手に心配そうに覗き込んできた。
「KTS一等級探査員マサト・シロミネ。朱路魔獣災害対応中、甲種Ⅰ類二種:蒼白竜と遭遇。交戦するも敗北。蒼穹探査のサリア・フライトおよびティーナ・ファディン両名に命を救われ、現在は病院で治療中。合っているよな」
「俺からも質問を良いかな?」
看護師なのか医師なのか若い兎人は困り顔をしてしまった。意地が悪かったな。
「申し訳なかった。意識に問題はありません。治療してくれてありがとうございます。タクナ……同僚のリザードマンなんだが、無事かどうか知りたい」
謝罪が足りなかったのか、違う何かが原因か。兎の看護師さんは俺を責めるような表情をした。
「タクナさんは無事です。初日に退院されています。先ほどロビーですれ違いました。大声がうるさかったので叱っておきました」
なるほど。タクナらしいな。まったく奴にデリカシーというものを教えるのは大変だ。病院では静かにしろ。
「マサトさんの怪我は26時間後には完治します。後遺症も残りません。治療費はKTSが支払い済みです」
「朱路災害での犠牲者は1264名。KTSの先行部隊の生存者はマサトさん、タクナさん、エリニナさん。あとは……フロラさんも一命は取り留めています。それと蒼白竜はマサトさんが単独撃破しています。負けたというのはお好きになさって下さい。ですが、記録はそうなっていますし、私もそれを支持します」
どうやらかなり怒らせてしまったようだ。フロラも助かったのか。口振りからすると無事ではないようだが……。
「お、お詳しいですね?災害医療に慣れてらっしゃる方ですか」
「ご挨拶が遅れました。私はエリア・フライトと申します。監査庁病院の看護師を兼任している監査官です。あと姉がお世話になっています」
慣れない事はするものではない。えらいもの相手に八当たりをしてしまったようだ。サリアの妹だと!?
「マサトさん。朱路災害から二日経過しています。丸二日間意識がありませんでした。運び込まれた時は、助かるか微妙なほどの大怪我でした。姉もそうですが、ティーナさんが憔悴し切ってました。ついでに私も仕事として心配しました」
お姉さんよりつよつよかな、この子。
「すいません……」
反省しきり。演技もあるがしょぼくれた。少し俺を睨んでいたエリアだが、溜息を小さく吐く。
「お疲れさまでした……多くの方が亡くなりました。けれどマサトさんが助かってくれて良かったです」
そう言って俺に掛かっていた上掛けを直す。
「関係者の方には無事を伝えておきます」
エリア監査官は、調光を触り照明を暗くする。
「少し眠って下さいね」
そう言って出て行った。
ベッドの周りに設置された医療機器がかすかな駆動音を立てている。右手は再生しているが動かせない。機器のパルスに反応しているのか、ときどきピクリと動く。
窓の外は青黒く柔らかい夜だった。もう一度挑戦してみるか。目を閉じれば悪い夢だったんだって。
「起きろー。朝だよー」
元気な声に起こされた。カーテンの隙間から光の束が斜めに差し込む。
声の主が覗き込んでいる。
「おう、おはようさん。おまえ学校はどうした?」
呆れ顔で腕につけた小さな時計を見せられた。細い手首にぶら下がるようなだらしないバンド。見えないほど小さな盤面は6:20を指している。
「まだ学校なんて行く時間じゃありませーん。お見舞いに来てあげました。お姉さんらしいでしょ」
まだ姉言うか。
「おまえ、シマとつるんでまた悪さしてないだろうな」
「悪さなんかしてないよ!お仕事のお手伝いしてただけでしょ。人聞きの悪いこと言わないでよ」
じゃあなぜ、シマの端末のパーソナルタグを限界まで情報秘匿してるんだ。おまえの入れ知恵だということはわかっている。謎のフリーランス探査員とか格好いいよ〜とか吹き込みやがって。
シマの奴、すっかりその気になってるんだぞ。
二人並べて説教したのに、ちっとも反省してない。
「シマどうしてんだ」
「一緒に来たよ。受付で止められてた。虫は困りますって、押し問答してたよ。ここは俺に任せて先に行けっ!って言うから置いてきた」
「うん……そうだね」
もう突っ込むのはやめよう。二人とも人様に迷惑はかけるなよ。
「はい!どうぞ」
そう言って皿に入ったりんごを差し出してきた。何故かうさぎカットされている。
「あ、ああ。ありがと。でもまだ食ったらダメ言われてる。内臓をごっそり削られたからな。ていうか、なんでうさぎに剥いた?」
「好きでしょ?兎」
「別に好きではない……」
穴が開くほど俺を見てくるアルマ。
「じゃあ、ああいう人が好きなだけか。エリアさんサリアさんを可愛くしたみたいで良いよね」
「よし、帰れ!生きてるのがわかったからもういいだろ。シマを持って帰るのを忘れるな。間違っても窓から侵入とかさせるなよ。おまえが思う100倍、アイツは有能だ。不可能なんかないと思ってもいい」
腕を振ってアルマを追い払う。
「なによー。タクナくんみたいに酷い人相になってないか心配してきたのに!それにいつもより二時間も早起きしてきたんだよ。もっと構いなさいっ」
こいつ何言ってんだ。ほんともう帰れよ。
「タクナの人相ってなに?」
「会ってないの?悪者みたいな傷が残ってるんだよ。あの子、あれでお婿にもらってくれる人いるのかお姉ちゃん心配だよ〜」
傷が残るだと?なくなった腕が再生するのになんでだ。
「ふーん。タクナは元気なんだよな」
「うん。昨日、シロちゃんとシマちゃん連れて放牧地行ってきたよ。エルとフィル相手に取っ組み合いしてた。荷運び蜥蜴ごときに負けん!とか言ってた。馬鹿だよね」
仮想蒼鱗蜥かな?あいつ、どうやって三頭を相手に生き残ったんだろう。しかも一頭は一種だ。本当にすごいな。
「今朝も誘いに行ったら、ジョギングあるからって言われた。超元気だよ。人相悪いけど」
「そんなにか、会うのが楽しみになってきた」
「フロラさん?のお見舞いに行くから、その時に顔出すって言ってたよ」
そっか。フロラもここに居るのか。
シュンっ!扉を開く、空気を裂く音がした。
「ああ、良かった。ここにいらしたんですね。アルマさんですよね?お連れの方が受付で看護師長と喧嘩を始めて大変なんです。すぐに来て下さい」
「ええー。シマちゃんなにしてんのよー。悪さばっかりして〜。本当にみんな困ったことばっかりする!」
おまえがその親玉だろ。早く回収して帰れ。もう二度とくんな。
「あ、マサトくん。明日には退院するんでしょ。美味しいお店見つけたの。退院祝いにご馳走して、タクナくんは大丈夫って言ってたから予約しておいたの。じゃあ帰るね!」
そう言ってアルマは看護師さんに連行されていった。退院祝いになぜ俺が奢るんだよ。




