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第64話 無機質な瞳

北に向けて走る。インカムからの指示を受けて。


「もう見えるはずよ。30秒で会敵するわ」


エリニナさんの管制下で街の外縁を目指す。


「こっちは見えたわ。予測通り、三頭。真ん中が一種よ。大きい個体……。気をつけて」


ミルディさんは時計塔から見ているはず。俺らの視界にも駆ける姿が入ってきた。


「確認できました。蒼鱗蜥で間違いないですね」


白く輝く鱗は角度によって青みを帯びる。構造色がもたらす複雑な色をした蜥蜴。


「マサト、とりあえず俺が行く。おまえは警戒しておけ」


珍しく緊張感を含むタクナの声。


「タクナ、気をつけろよ。フィルよりちょっと手強そうだ」


忘れるな。飲まれたら負ける。最初に教えられたことだぞ。


「確かにそうだ。フィルもあれくらい貫禄をつけさせないとだ」


笑いながら応じるタクナ。


体長3mいや4mはあるか。蜥蜴とは名ばかり、どう見ても竜だ。ひときわ大きな個体が一種か。青黒く輝いている。


タクナに気がついた一頭の蒼鱗蜥が進路を変えた。やる気みたいだ。ゆったりとした動作、次の瞬間、タクナが吹き飛んでいた。目で追うのがやっと。


タクナが膝をついている。突き飛ばした蒼鱗蜥は、その場に留まりタクナを見ているだけ。


「タクナっ!大丈夫か、怪我は」


蒼鱗蜥を警戒しながら声をかける。


「ま、マサト。とりあえずおまえは全て避けろ。一発でお陀仏になるぞ。よくても内臓が口から全部出る」


無事みたいだが、嫌なこと言いやがる。


残る二頭、通常個体がこちらへ向かってきた。甲殻熊や夜爪豹と違い表情がない。まるで機械だ。人を殺すためだけに作られているように見える。金属より硬く、皮よりも柔らかい装甲を纏っていた。


無表情なソイツはこちらへ歩いてくる。警戒するそぶりも見せないで。


動きを捉えるのがやっと、回避できたのは偶然だったかもしれない。速い。あの図体で夜爪豹より速いのか。その上、コイツはブレスもある。


こりゃ大変だ。出会いたくない乙種ナンバーワンは伊達じゃない。機械みたいなそいつの目を見つめた。



その時、空が輝いた。


青白い光の束が上空を通過する。


一瞬の後、地面がビリビリと振動を伝える。続いて空気が轟音を運んできた。鼻をつく刺激臭が辺りを包んでいた。


俺たちなど存在しないかのように空を見上げる蒼鱗蜥。


影が地表を進んでくる。ひどくゆっくりに感じた。しかし、影の主は青白いとしか認識できなかった。


振り返った。ここから公園まで、いやその先までも綺麗に見通せる。青白い閃光一発で街が撃ち抜かれていた。


影の主は中央公園の上空にいた。


「……マサト、戻ってきてくれ」


インカムを振動させるようなラルクさんの声。


街を睥睨する竜が浮いていた。


「蒼白竜……」


タクナの唾を飲む音が聞こえた気がした。


「いけよ、マサト」


「ここは俺がなんとかする。お前は、アレをなんとかしてこい」


タクナを見る。奮い立たせるような、いつもの軽口ではない。単なる役割分担。


タクナを囲む蒼鱗蜥からはなんの感情も読み取れない。それでも分かった。視線の先の蒼白竜を見るその目は、もう、勝った。そう確信しているかのようだった。


それでも、行くしかない。


「あ、待てっ!これ持ってけ」


お気に入りの趣味が悪い盾を放って寄越す。


「うちの最高傑作らしいぞ。試してこいよ」


細長い木の葉のようなKTSの盾は傷だらけだ。


「わかった。あと任せた」


蒼鱗蜥が視線を戻す。三頭六対の眼はタクナに狙いを定めたようだった。


タクナが飛び掛かるのに合わせて背を向ける。俺には追撃の気配すらなかった。



「ラルクさん、そちらに向かってます。指示を下さい」


マサトの声がインカムから入ってくる。しかし、指示などなかった。何度も斬撃を飛ばすが無駄だった。頭上に浮かぶ蒼白竜はこちらを気にすることもなく街を見下ろす。


咄嗟に戻ってこいと言ってしまったが、二人には逃げろと言うべきだったのかもしれない。


蒼白竜の胸が青く輝く。次の瞬間に光が地面を叩く。爆風が襲いかかってくる。ほんの刹那の時間、照射されたブレスは地面を綺麗にくり抜き、シェルターの天井を露出させた。何が出来る。


「ミルディやめなさいっ!」


エリニナの声に時計塔を見るがミルディは居ない。こちらへ向かって走ってきている。


「やめろミルディ!」


防御魔法なんかで防げるのは一回程度だ。その一回が何かを変えるかもしれない。わかるが、それでおまえはどうなる。


すくむ足はなんとか動き、ミルディの元に走っていた。


「後ろにっ!」


ミルディに掴まれて、背後にやられる。ほんの一瞬の間だったが、魔法障壁は青白い輝きを放ちブレスを空に向かって弾いていた。崩れ落ちそうになる彼女を支える。


こいつには随分と助けられてきた。ミルディの身体が力を失う前に光は終わっていた。なんとか一回は防いだが、それだけだ。


俺はもう折れているのだろうか。


「ラルクさんっ!」


マサトの声が響く。走り寄るマサトの必死な顔が見えた。ああ、こいつを呼び戻したのはこれかな。よくも戻ってこれたものだ。最近、生意気なことを言うようになった新人。頼りにするようにまでなっていたのか。


お前ら二人はきっとすげぇ探査員になる。結局、恋人の世話はしてやれなかったな。


マサト、頼んだぞ。



蒼白竜の胸が青白く輝く。ラルクさんと目が合った。抱えていたミルディさんを、俺に放り投げてきた。


ミルディさんが俺に向けて手を伸ばす。


掴め。必死で手を伸ばし掴めた。けれど、軽い手応えだった。掴み取れたのは、光に飲まれるミルディさんの表情だけだった。


夢を見ているようだ。まるで現実感がない。自分が失ったものが信じられなかった。こんなに簡単に……


二人を消し去った閃光はシェルターを貫通している。


カットモデルみたいだな。多くの人が亡くなったはず。なのに、穿たれた穴をそんな風に眺めた。


「フロラ……」


エリニナさんの呟きをインカムは拾ってくれた。ヘリに目をやる。フロラが走り寄るのが見えた。何をする気かわかってしまう。


「やめろ……」


ヘリに向かう。ラルクさんは託してくれたのに。ミルディさんは精一杯、手を伸ばしてくれた。


「情けねぇな俺は」


蒼白竜の胸が輝くのがわかる。


光より速く走ったんじゃないか。向かってくる閃光の先端を見た気がした。フロラを押し倒して盾を構える。頼むぞ最高傑作。ブレスが止むのをただ待った。


たぶん、一瞬のことだろう。青白い光に包まれていたのは。振り返るとヘリは一部を残して消滅していた。フロラは右半身がなかった。


社長、ウスノロはどうすれば治りますか。


彼女を抱え上げる。軽いな。人の重さとは思えなかった。意識はない。息があるのかもわからない。けれどまだ温かい。


それに、なにより、彼女の身体はここにある。


エリニナさんの元に運び込んだ。しゃがみ込む彼女にフロラを渡す。


「頼みます」


助かるとは思えない。死体を運んだだけに過ぎないのかもしれない。


「教会と役場は狙われると思うので、公園の端っこにいて下さい」


「マサトくんは?」


渡されたフロラを抱きしめているエリニナさん。


「ああ、俺はあいつを倒してきますよ」


シェルターに追撃をかけるだろう蒼白竜。背にしたまま、後ろ手に指した。


八つ当たりで悪いとは思うが、討伐させてもらうぞ。恨みなどない。助けられなかったのは俺がウスノロだからだ。


感情をフラットに保て。熱くなれば勝てるわけじゃない。冷静にならなきゃ勝てないぞ。何度も言われた。


空に浮かぶ災厄に月白を抜いて見せる。


「こいつは神にも届くらしいぞ。お前にはどうかな」


蒼白の竜が初めてこちらを向いた。無機質な瞳はまるで機械のようだった。

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