第61話 レオスくん
「だいぶ良くなったじゃん」
肩で息をしながらミルナスさんの言葉を聞いていた。ミルナスさんはクレイモアを片手に涼しい顔をしている。
「そ、そんな風には思えませんが……」
訓練所で一課のミルナスさんから、手解きを受けていた。散々、痛ぶられてコテンパンにされただけなのに、良くなったと。わからん、上達している気がしない。
「おまえにはわからなくても、俺にはわかるんだよ。焦ることはないさ」
そんな風に評価してもらったタイミングで、照明が赤くなる。
「災害派遣要請。緋原にて魔獣災害が発生、規模はclass3と推定されます。乙種が複数体確認できるとの報告です。6等級以上の探査員は出動準備をして格納庫へ向かって下さい」
疲労し切っていたが、アラートを聞いて回復する。災害派遣だ。気合い入れて行くぞ。
「マサト、おまえとタクナは今回は留守番だ。行く必要はない」
そう言って出動準備を始めるミルナスさん。
「え?いや、全然やれますよ。災害派遣も少し慣れてきました。いや、慣れたからって油断はしないつもりです!」
「出撃させすぎだと、こないだの会議で議題に上がった。確かにここのところ出ずっぱりだ。今回は大人しくしておけ」
えぇ〜。一応6等級相当とされているし、格納庫に集合するのは、俺とタクナがだいたいツートップだ。やる気だけはある俺らだ。
不満そうな顔がバレたのか。
「んな顔するなよ。一回お休みするだけだ。だいたいおまえら、汐崎、紫嶺、霜野。ここ四ヶ月で三回も災害派遣に行ってる。誰も気が付かなかったけど、事務方が気がついてストップがかかった」
「部長が総務に、馬鹿なんですか?って言われたらしい。帰ってきたら、また訓練付き合ってやるから今回は大人しくしとけ。教えてやった練習しとけ。サボったら酷い目にあわせるからな」
「ミルナスさんこそ、気をつけて下さいね。せっかく腕を上げても披露する相手がいないと困ります」
「生意気言いやがって、俺が下手打つわけなかろ」
笑いながら背中を向け走り去るミルナスさん。
そんなに疲労してるつもりはないんだが……。まぁオニゾウさんの教えもある。大人しくタクナと訓練三昧しておくか。
窓から格納庫を窺う。ヘリの魔素駆動機が起動する。真核制御器が青い光を放ったと同時に収縮し、青く輝くリングが見える。高速で回転しているはずの光の環だけど、ここからではわからない。
見事だな。誰が操縦士なんだろう。
お、ミルナスさんだ。乗り込もうとして、誰かと揉めている。というか、あれラナさんとルナさんだな。11等級相手に喧嘩するとか、あの二人は……。
ラグナさんが間に入ったみたいだ。定員まで乗り込んだヘリが離陸していく。南西に頭を向ける。
日が傾きかけている。緋原に着く頃、名前の通り夕焼けに染まっているだろう。
みんな無事、帰ってきて下さいね。
飛び去っていくヘリが見えなくなるまで見送った。
さて、どっかで不貞腐れているタクナを探して訓練に付き合わせよう。さっきミルナスさんから教わった技を試してやる。
へたり込みそうだった。タクナも汗だくになっている。
ミルナスさんの技は決まった。頑丈さが売りのタクナも膝をついた。しかし、タクナはガレルさんから教わった技を仕掛けてきた。死んだらどうするんだ!と言ってやりたかった。
「お、おまえ、明日どうすんの?」
ぜいぜいと呼吸音をさせながらタクナが問うてきた。
「あ、ああ。あ、明日は予定ないから。朝から学校行ってこようと思ってる」
「な、なんかあんの?」
呼吸が苦しい。ムキになりすぎた。
「いや、暇なら魔素駆動機の練習付き合ってもらおうかと思ってただけだ」
「そんなもの俺とやってどーするんだよ。おまえとなんも変わらんよ」
同期の前衛で操縦徽章を取得していないのは俺とタクナだけだ。正直焦る。
「いや、おまえさっき、ヘリの制御器の起こし方が凄かったとか言ってたじゃん。俺は見てもたぶんわかんねぇと思う」
「そんなの微々たる差だよ。フロラが起こすところ見せてもらった方が百倍良いぞ。たぶんいるから教えてもらえ」
「それもそうか」
「そういうこと。俺はこれ以上おまえに差をつけられないようお勉強してくる。んじゃ俺帰るな。お疲れさん」
「おーお疲れさん。学校頑張れよ〜」
後ろ手に手を挙げて訓練所を後にした。明日は子供たちに混ざってお勉強だ。
翌朝、狂気溢れるジョギングを終え、シャワーを浴びて登校した。中高生に混ざり朝から登校は恥ずかしいのだが、どうしても受けたい授業があった。
今日は高等部一年の歴史Ⅲ。禁忌目録についてだ。
「というわけで、今見てもらったような火器を使用するのは禁忌に当たります。研究開発に関してカナン様はなにも仰いません。しかし、使用に関しては固く禁じています」
映像を見せられての授業は衝撃的なものだった。飛行機が引くデコイ。ミサイルが当たった瞬間弾け飛ぶ。ターゲットであるデコイは回避行動もしていたが、100発100中だった。
ヘリや航空機まで持つハルモニアの魔法文明がなぜ火器を持たないのか。やはり持っていた。なぜ使わないのか。カナンが禁止しているから。
「過去にこれを魔獣討伐に使用しようとした歴史があります。使おうとした人たち、探査会社と開発者など関係者は全員神罰を与えられました」
神罰……。全員死んだということか。
「これは禁忌ゆえに口頭で教えます。皆さん、心に刻んで下さいね」
「先生、質問があります」
思わず声をあげていた。
「はい、マサトさん。なんでしょうか」
クラス中の視線が集まるのがはわかったけど、聞いておきたかった。
「口頭で教えるとの話でしたが、いま教わったことを私がノートに取ったりするのは不味いんでしょうか」
「いいえ、大丈夫ですよ。ただ、授業体系としてこれを組み込むのはどうなんだ。という聖護庁の意見に明確に反論できなくて、こんな形で教えています」
だから教科書に記載されていないのか。
「それに、これら禁止されている火器は魔獣討伐に使用できないだけで、人や動物に使うぶんにはなんの問題もありません。古い時代の記録には、もう少し小規模な火器を使用した傷害事件の記録もあります」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
興味をもって受けにきた授業だったが、想像以上の内容だった。
授業が終わり、次の教科を受けるために廊下を歩いていた。
「あっ!」
ひとりの生徒が、俺を見て声をあげた。なんだろう。そう思って見ると、こちらへ走り寄ってきた。
「マサトさんですよね!俺、ソルファスって言います。武器屋でお世話になりました!」
「おお!あの時の子か!なんも世話はしてないけどね」
言われてみたら確かに見覚えがある。タクナと二人で大剣買いに行ったときだ。後ろに付いて回っていた子供のひとりだ。
「あの、レオスにも会ってもらえませんか。リザードマンのやつです」
タクナの大剣振り回していた子か。
「良いけど、なんかあったのかな?」
「えっと、なんて言えば良いのかわからないんですけど、あいつ俺らの学年で一番強いんですよ。けど、最近俺に負けたりして」
ん?ん?なにがどうした。
「うんうん。それで」
「マサトさんならきっとあいつが何で弱くなっているのか、見ればわかるかもって!」
いや、わかんないよ?君らのKTSへの信頼が強すぎる。俺なんか昨日、ミルナスさんにズタボロにされたばっかだよ。
「お願いしますっ!」
「あ、はい……」
深々と頭を下げるソルファスくん。返事に選択肢などなかった。
そして昼休み。校庭にはこないだ武器屋で会った面子が集まっていた。
「す、すいません。マサトさん!ソルファスの奴が無茶言って。お忙しいのに、わざわざ時間作ってもらって申し訳ありませんっ!俺、大丈夫ですからっ!」
開口一番、平謝りのレオスくんである。
「いや、ぜんぜん暇だから気にしないで。けど、ひとつ聞いていいかな?」
「はいっ!なんなりと!」
とても聞きづらい。
「なんで、ふたりとも俺のこと知っているの?」
「え?いや、そりゃみんな知ってますよ」
意外なことを聞かれたのか、レオスくんもソルファスくんも驚いている。
ふたり、いや全員が知っている理由を聞いて、いよいよ追い詰められた気がした。
レオスくんとソルファスくんが言うに。俺がここに通うことが決まって、全校生徒が集められたそうだ。そこで、校長先生は言ったらしい。
あのKTSから現役の探査員の方がいらっしゃいます。経験豊富で優秀な方です。なのに、それに満足することなく、さらなる上を目指すために本校を学舎として選ばれました。先生はお会いしましたが、向上心に溢れる素晴らしい人格者でした。みなさん、こんな貴重な機会は二度と巡り会えません。マサトさんから多くのことを学んで下さい。
という趣旨の話を30分も、ぶちかましたと。
頭を抱えて蹲りたかった。しかし、瞳を輝かせるこの若き探査員の卵たちの前でそれは許されない。なんとか気持ちを立て直し、レオスくんの悩みに向き合った。
「ど、どうですか?」
「こいつ、こんなに弱くないんですよ!俺ごときが勝てる相手じゃないんです」
レオスくんがソルファスくんに打ち負かされてるのを見た。不安そうに聞いてくるレオスくん。そんなレオスくんをフォローするソルファスくん。二人はとても良い友人なんだろう。それくらいしかわからん。
腕を組み目を瞑る。考えろ考えるんだ。なにもわからないけど、レオスくんが悩んでいることだけはわかった。
「レオスくん。明日の昼は空いているかな?」
「は、はいっ!大丈夫です」
「なら明日、またここで会おう。その時、君の抱えている問題がなにか教えてあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
全員が一斉に頭を下げてきた。
重々しく頷いて、俺は学校を後にした。午後の授業を受ける気分ではなかったからだ。
とりあえずタクナだ!やつはリザードマンだ。レオスくんのことならなんでもわかるはず。
飛ぶように会社に帰った。




