第60話 ふりーらんす
会社の休憩室でぼんやりしていた。
今日も格納庫でフロラに特訓してもらったのだが、魔素駆動機は無反応だった。だいぶ上達している、とフロラは言ってくれたが、本気なのか慰めているのかすらわからん。
目の前にタグがポップした。
発信者:サリア・フライト
所属:蒼穹探査[13等級探査員]
発信地:蒼穹探査株式会社内
相対位置:南南西方向約8km
ステータス:正常
いったいなんだろう。とりあえず出てみた。
「マサトくん?こんにちは、少しご無沙汰ね」
「あ、はい。ご無沙汰しております」
「ほんとよ。ちっとも連絡くれないなんて。監査庁で食事中、私に向けてくれた熱い視線はからかっていたのね。酷いわ、私本気にしたのに……」
「サリアさん、俺も色々学んできてます。一番の収穫は通信の終了させ方を学んだことです。今から成長ぶりをお見せしたいと思います」
そう言ってタグを閉じる。相手のペースに飲まれてはいけない。うちの先輩方から学んだ。主にラナルナコンビからだ。
着信音と共にタグがリポップした。すぐに出る。
「やるようになったわね。即断即決ぶりはお見事と言いたいところだけど、今のは本当に少し傷ついたわ、酷くない?」
「すいません。でも、サリアさんが毎回からかってくるからですよ」
そうでなきゃ、他社の13等級相手にこんなことするわけない。恐ろしい。
「もう、サリア代わりなさいっ。マサトくん、ティーナです。ちょっと話があって連絡させてもらったの。サリアがごめんなさいね」
ティーナのパーソナルタグがポップした。ほんとすごいなこの端末。どうなっているんだろ。
端末の向こう。サリアの声がする。ティーナが妬いてるー。マサトくんとおしゃべりしたいのねー。騒いでるのが丸聞こえだ。
何かが蹴り飛ばされたらしい。理由は不明だが大きな音の後、サリアのタグが消えた。
「ごめんなさいマサトくん。ちょっと騒がしくて。あのね、シマさんのことで少しお話ししたいの。込み入ったお話になりそうだから、会って話したいかなって」
シマだと!?
「し、シマがなんかやらかしましたか!?そ、そちらにお伺いすれば良いですか?」
「違うの。違うの。シマさんはなにもやってない。いや、やってるのかしら?と、とにかくマサトくんが慌てるようなことは何もないわ。ただ、ちょっと手続きで困っているというか」
手続き?サリアさんはいざ知らず、ティーナさんはちゃんとした探査員だ。
「とりあえずそちらに伺います。もうすぐ退勤時間です。1時間後くらいで大丈夫ですか?」
「うん。私たちは大丈夫。本来、私たちがマサトくんのとこに出向くべきなんだけど、私たちが何人もKTSさんにお邪魔するとアレだから……」
アレか……。まあわかる。うちの先輩方がどんな風かわかった今なら、ティーナが口籠るのが。
というか、何人も?いったいシマのやつ何をやったんだろう。
地下鉄で中央駅まで、そこから徒歩で10分ほど。目の前にはこれでもかと言わんばかりに、美しく機能的な建造物がある。うちと違い、事務所と探査員は分けているらしく、ビシッとしたスーツに身を包む男女が出入りしている。だらしなく戦闘服を着崩したガラの悪い人間など皆無だ。
いや、俺がいたか……。とりあえず戦闘服のジッパーをいつもより上げる。あと腕まくりしている袖を元に戻す。他になにかあるだろうか、蒼穹探査と書かれた壁に映る自分の姿を見直す。
「マサトくん、ありがとう来てくれてっ」
黄色い声は、状況を一瞬忘れさせてくれた。
「あ、ティーナさん。迎えにきてくれたんですね。申し訳ありません。あまりに綺麗で入るのを躊躇ってました」
「え?綺麗ってわたしのこと?久しぶりだからってからかわないでください」
いや、そんなこと言ってない。まぁ相変わらず美人ではあるけど。
「マサトくん?のっかってお世辞言う場面よ」
「すいません。一等級なのでそんな高度な技術はもってません」
戦闘力に差がありすぎて試合にならない。
「なら今後に期待しましょう。等級なんてすぐに上がるでしょうから。とにかく、いらっしゃい。こっちよ」
流れるような自然な動作で腕を組んでくるティーナ。ソラの13等級が強すぎる。
吹き抜けの広々としたエントランスに入ると、受付嬢が揃って立ち上がり頭を下げる。すいません。僕はたぶんあなたたちより下っ端です。
ティーナはご機嫌で、社内を案内してくれる。なんで呼び出されたんだっけ?ここに転職するのかな。
「はい、ここが今回の目的地です」
そう言って連れてこられたのは、役員が使うような豪華な応接室だった。
部屋には大きなソファーセットとローテーブル。壁際には同い年くらいの探査員と思われる人が四名ほど立っている。その四人を睨みつけるような形でサリアがソファーに座っていた。
もう帰りたいかも。
「マサトくんいらっしゃい。悪いわねわざわざ足を運んでもらって。ティーナの彼氏気分で社内をお散歩したことに免じて許してね」
ティーナを見ると、パッと離れる。もう何も言うまい。役得だったのは事実だ。
「えっと、どのようなお話でしょう?」
立ったまま訊ねる。座ったら帰れない気までしていた。
「まぁまぁ、座ってちょうだい。飲み物は何にする?なんでも用意するわよ。ない物はこの子たちが買ってくるから心配しないで」
そう言って壁際の四人を指す。ん?知ってる顔があるぞ。
「あれ、ラシルさんですよね?以前、シマを連れて帰ってくれた」
「そう!このラシル6等級探査員とその一味が今回の問題の首謀者なの。とにかく座って座って」
ご機嫌なサリアと対称的すぎるラシルたち。
「よくわかりませんけど、ラシルさんたちも座ってもらえますか?でないと、とても席に着けません」
「そう?立たせておけば良いと思うけど」
「帰って良いですか?良いですよね」
そう言ってなんとかラシルさんたちも席に着いてもらった。
事の次第を説明された。頭を抱えたくなったが我慢した。ここで俺が頭を抱えたりしたら、ラシルさんたちが気の毒すぎたからだ。
端的に言うと、シマがラシルさんたちの仕事を手伝った。その報酬を支払わねばならない。しかし、どこに支払えば良いのかわからない。そんな適当な仕事をシマにやらせたラシルたちは蒼穹探査的に許せない。ということらしい。
突っ込みどころが満載で、何もかも忘れて帰りたくなった。しかし、ソラ的にそれは許されないみたいだ。
「えっと、まず複数回という事ですが、どうやってシマと連絡を?」
「はい。シマさんの携帯端末に連絡して依頼しました」
アルマが買い与えるからだ。大変なことになっているじゃないか。
「しかし、シマは通信受けられないでしょう。いったいどうやって?」
「若い女性が通信に出てくれます。タグは出ないので名前はわかりません」
アルマじゃねーかよ……。あいつ何やってるんだよ。
「最初、シマさんの端末ですか?と聞いたら、そうですよ〜お仕事の依頼ですか?と。たまたまダンジョンの仕事があったので、面白半分に手伝って欲しいと伝えました」
「なるほど、それで?」
なんか聞くのも嫌になるくらい、その後の展開が見えてくる。
「日時と場所を指定しろと。依頼内容はそこで聞くと言われ、指示通りにしました」
「そこにシマが現れたと」
「はい。そしてダンジョン攻略に行くと伝えたら、わかった。と、一言」
頭を抱えても良い気がしてきた。
「それで、シマちゃんのおかげでラシルたちの攻略がサクサクと進んで、私たちがおかしいと気がついたの」
サリアが口を挟む。
「いや、でも、シマが受けたんだから別に良いのではないかと」
「だめよ!外部に発注したなら、ちゃんと契約しないと。シマちゃんは探査員登録証をもったれっきとした探査員なのよ。こんなこと監査庁に知られたら、私たち大変なことになるわ」
ああ、俺のせいでもあるのか……いや、探査員登録証なんか発行した監査庁が悪いんじゃないだろうか。
「まぁ契約はいったん置いといても、支払いがされてないのはとんでもないわ!」
「僕らもさすがに何回も手伝ってもらっているので、料金について話をしたこともあるんです」
ラシルさんが答える。
「シマはそれに関してなんと?」
「支払いはいつもの口座に。とだけ。監査庁と金融局に問い合わせしたのですが、シマさん名義の口座が見つからなくて」
それはそう。口座なんかあるわけない。というか、あいつそれを言いたいだけなんじゃないか?なんだよ、いつもの口座へって。あいつ本当にどこでそういう知識を得てるんだ?カナンか?カナン様が教えているのか?
まぁ、それは後での話だ。とりあえず、あいつはただ働きとか気にする蜘蛛じゃない。いや蜘蛛だから気にしないのか。
「えっと、ちなみに報酬はおいくらくらいになる計算ですか?」
すると、戦闘服を着ていないひとりの男性が書類をこちらへ差し出してきた。
わーお。シマのやつ稼いでるなぁ〜。
「高くないですか?」
「いえ、弊社の規定に則った正規の報酬になります。高額に感じるのはシマさんが独立した個人探査員だからそう感じるのかと。ここから諸経費などを引くと一般的な金額になるかと思います」
諸経費なんかないだろ。アルマに電話番の小遣いやるくらいだ。というかアルマめ許さんぞ。
「聖護庁あたりに寄付してしまえば良いんじゃないでしょうか。あいつ金なんか要らないと思いますよ?」
「絶対にダメ!もし最終的にそうなるにしても、シマさんが寄付するべきよ。それに、流石にマサトくんがそれを決めたらダメだと思うわ」
今度はティーナが言ってくる。まぁそれもそうか……
ソラの面々をゆっくりと見回してから、ポケットの端末を取り出した。アルマが管理しているだろうシマの端末を鳴らした。
組織に所属しないでもやっていけるのか、あいつ本当に有能な蜘蛛だな。




