第59話 とたてぐも
蒼霧の災害から帰ると休日を与えられた。
日課のジョギングを終えて帰宅。せっかくなので朝から学校へ行こうと準備をしていると、窓際からシマが呼んでいる。
「なんだ、シマどうした?」
「あなあけて」
「でいりぐち」
シマが窓際の壁を叩いて言う。
「いや、ダメだろ。言いたいことはわかるけど、ここ会社の寮なんだぞ。勝手に壁に穴とか開けたら怒られるよ」
気密性が高い新築の寮の部屋。文字通り虫一匹通さない作りで、シマは出入りするのが大変らしい。
「きょかでた」
「そうだんすみ」
誰に相談したんだ。俺だってそんなこと誰に聞けば良いのかわからん。総務の人かな?程度だ。
「いつ、誰の許可を得たんだよ」
「あかつき!」
「あかつきって誰だよ!?」
知らん人の名前が出てきたぞ。総務の偉い人とかなのか?というか、お前会社に出入りしてるのかよ。
「アカツキとは私のことです。マサトさま」
と、声がした。寮の管理をしている精霊だ。言われてみたら納得だが、これだけ強い精霊。そりゃ名前もあるのか。
「この寮は暁邸と名付けられております。ゆえに、私の名前はアカツキとなっています」
「な、なるほど。しかし、アカツキ。壁に穴とか開けて良いのか?」
「問題ありません。ごく小さな穴ですし、退去時に塞ぐのも容易いと考えました。それにシロさんは問題ありませんが、シマさんは出入りの度に扉を開けると住民が怖がるという問題が発生しております」
ん?怖がると?
「シロさんは扉から出入りする姿が視認できますが、シマさんは小さすぎて視界に入りません。謎の怪現象だと騒ぐ住民が出てきました」
「な、なるほど……それもそうか」
「はい。説明してありますので、現在の住民は驚かなくなっていますが、寮という性質上、住民が入れ替わります。その度に」
「おっけー!アカツキ、言いたいことは理解した。あとはこちらでやるようにする。施工する上で何か注意点はあるかな?」
「直径10mm程度までにして頂けると助かります。また開けっ放しは虫などの侵入の原因となります。シマさんがうまく開閉できる機構を取り入れて頂けると助かります」
なるほど。もっともな話だ。
「シマ、アカツキはこう言ってる。何か考えはあるのか?」
「ばっちし」
「みせる」
「つつほしい」
筒状の物が欲しいらしい。そう言われても……見回すとキッチンにネギがある。青い部分は中身がないし、ちょうど良い大きさだ。
「シマ、これでいいかな?」
ネギを見せてやる。
「みじかくして」
「これくらい」
そう言って10cmくらいの距離をぴょんと飛ぶ。言われた通り切ってやる。10cmのネギの筒だ。
「ちょっとかかる」
どうやら時間がかかるらしい。
「んじゃ、俺はシロと飯食ってくるよ。何か必要な物はあるか?」
「いらない」
要らないらしい。ネギを机の上に置いてシロと食堂へ行った。
食堂でいつものように飯を食う。シロは餌をあげたがるスタッフさんたちに任せる。シロが可愛くて良かった。本当に手が掛からない。
「マサトさん、シロさん連れて帰って良いですか?お留守の時だけでも良いんです!ひとりで机に座ってご飯を食べてる姿が可哀想なんです」
ひときわシロにご執心のお姉さんが言ってきた。たぶん可哀想は嘘。可愛すぎて、ただ連れて帰りたいだけだ。
「いや、シロ触れないでしょ。どうやって持って行くつもりなの?」
「これがあります!」
そう言って腰袋を取り出す。どこで探したのか俺が使っている物と同じだ。
「えぇ〜。そんなんで騙されないよ。シロ結構頭良いんだよ」
「お願いします!試すだけ。一回試してダメなら他の手を考えますからっ!」
諦めるわけじゃないのか……
「ほら、シロ。新しい腰袋だよ〜。中に入りな〜」
シロの目の前でお姉さんの用意した腰袋を振ってやる。
当然だが、まったく興味を示さない。いや、そりゃそう。腰袋が好きなわけじゃないのよ。
「えぇ〜。悲しいっ。シロちゃん、これなら一緒にお散歩行けると思ったのに……」
お姉さんは涙目になっている。うーむ、留守の時はきっとお世話になりまくっているのだろうに、この塩対応はどうかと思うな。
シロを掴み丸めて、腰袋に放り込んでやる。お前、少しは感謝の気持ちを持て!
腰袋から顔を出して不満そうな顔をするシロ。
それに反して花が咲くような笑顔を見せてくれるお姉さん。美人の笑顔って良いよね。
制服のベルトに腰袋を装着してうっきうきだ。くるくると回っている。嬉しそうでなによりだ。
「シロちゃん!このままお姉さんのうちの子にならない?」
シロは袋に潜って腰袋の紐を締めてしまった。
「えぇーシロちゃんお姉さん傷つくぅ〜」
「まぁまぁ、一歩前進という事で今日のところは見逃してやって下さい」
お姉さんを慰めておいた。シロはあとで説教だな。
とりあえず、シロは食堂に置いて部屋に帰った。
「シマーどうだー。出来たかー」
机の上のネギに話しかける。
「できた」
「かんぺき」
ネギからシマの声がする。
どれどれと、ネギを持ち上げ両端を確認すると糸で作った蓋がされている。ほうほう、これは確かに見事ではある。しかし、出入りはどうするのだろう。
「シマ、出てこられるのか?」
すると片側の蓋がパタンと開いてシマが飛び出す。うぉ!凄いぞ。蝶番仕掛けになっているらしい。
「どう?」
「すごいでしょ」
うん。確かに凄い。
「でも、これお前サイズの虫とかなら開けられるんじゃね?」
ふふ〜ん。そんな声が聞こえた気がした。
「ぎゃく」
「あけてみて」
出入りを見せてくれたネギの端とは逆側を開けろと言う。どれどれ、と指先でこじるが開かない。ならばとナイフの先でこじ開けようとするが、まったく開かない。ネギは傷つくが形を保っている。
「シマ、なにこれ?」
「うちがわ」
「いとでこてい」
内側から糸で蓋を固定しているとのことだ。
「こわれない」
「じしんさく」
な、なるほど。両端に蓋を作ることで片側はシマの糸でガッチリ固定する。普通の生き物にそれを破る術はない。これは凄いかもしれない。
「アカツキ、見てた?これなら大丈夫だと思うけど、どうかな?」
「完璧だと思います。穿孔した両端にその加工を施して下さい。あとは戸締りを忘れないようにお願いしますね」
「ちなみに外壁の厚さってどれくらいか知っているかい?」
「アルカディアでの魔素蓄放熱建材は100mmの物が使用されています。一部150mmもありますが暁邸の外壁は100mmです」
なるほど。まったくわからないけど、名前からすると夢のような魔法建材だな。
「シマ、いけそうだ。後でお前用の出入口作ってやる」
「ふふ〜ん」
ひっくり返らんばかりにドヤ顔のシマだ。しかしこれだけは言っておこう。
「お前ハエトリグモだろ?徘徊性なのになんでこんなこと出来るんだよ……それともトタテグモにジョブチェンジしたのか?」
トタテグモはシマとは逆の引き篭もり体質だ。
「すもはれる」
「こんどみせる」
スーパーハエトリグモだな。おまえって。
壁に穴あける道具用意しないとな……会社にドリルとかあるかな。
整備部の建物に顔を出す。
「こんにちは三課の新人のマサトと申します。お忙しいところ恐縮ですが相談したいことがあります」
整備部の人を見つけ声をかけた。
「おぉ、知ってるぞ。育成校に通わされている新人だろ〜。腕は確かだけど馬鹿だって聞いてる」
はい。本当にそうなんですけど、言い方……。
「悪い悪い。傷つけるつもりはなかった。俺はヴァイスだ。一班の班長やってる。魔素駆動二輪車の整備がメインだな。お前らとはよく喧嘩する仲だ。で、なんの相談なんだ」
喧嘩する仲と笑いながら言うヴァイス。こういう人、結構好きかも。
「はい、あの仕事とは関係ないプライベートな話なんですけど、寮の壁に貫通孔を開けたくてドリルみたいな物をお借り出来ないかなと」
ちゃんと目的を話す。でないと適切な工具は借りられない。
「いや、お前大胆なこと言うな〜。大丈夫なのかよそんなことして」
まぁそうなるよな。
「いや、暁邸なんですけど一応アカツキの許可はもらってます」
「おお、そうなのか。なら良いのかな……あんまり聞いたことないけど。どの程度の穴を開けたいんだ?」
「直径10mm以下くらいの穴ですね。深さは100mmくらいになります」
「んーわかった。用意するからちょっと待ってろ」
ヴァイスはそう言って奥へ姿を消す。なんとかなりそうで良かった。
少し待つとヴァイスはケースに入ったドリルを持って来てくれた。
「使い方わかるか?異世界にも似たような物はあると思うが。取説入ってるからそれ見れば大丈夫だろ」
「はい!ありがとうございます。助かります」
「返すのいつでも良いから慎重にやれよ。それと勢いよく貫通させると、外側に切削粉が落ちるからそれも注意するんだぞ」
ずいぶんと親切に色々教えてくれる。やはり良い人ばかりだなハルモニアって。
「まぁなんだ。俺の胸の内だけに留めておくよ。頑張れよ」
むっ。やはりアカツキの許可だけだと不味いのだろうか……まぁ開けてから考えよう。最後にヴァイスにもう一度頭を下げて寮へ戻った。
ドリルケースを持って、うっきうきで帰る三課の新人マサトの後ろ姿を見ていた。
「若いっていいなぁ〜」
「なんの話ですか?班長」
突然話しかけられて驚いた。
「おお、なんだよ。びっくりさせるなよ」
「いや、逆になんでそんなに驚くんですか?」
確かにそうだ。しかし、マサトと約束しちまったからな。男の約束だ。勝手に話す訳にはいかない。代わりに言ってみた。
「なぁ、探査員ってやっぱ凄い連中だよな……新人だからって甘く見ちゃいけねぇんだなってな」
「班長、何を今さら言ってるんですか?その凄い探査員相手に、よくも壊しやがったなこのボンクラどもがっ!とか、よく言いますよね。毎回思いますけど怖くないんですか?」
言われてみると確かにそうかもしれない。しかし、今回の件でわかった。連中、馬鹿呼ばわりされるけど、やっぱ俺ら一般人とは馬鹿ひとつ取ってもスケールが違うんだって。
「そうだな。今度から壊した奴の頭にレンチを投げつけるのはやめておくわ」
ほとぼりが冷めた頃、マサトに聞いてみよう。狙った女の子はいったい誰なんだってな。
アズール・ホエムのような巨大な心臓をした漢の成功を願い、今夜は酒を傾けるとしよう。




