第58話 ただいま
「あ、マサトさん、タクナさん。よかった。留守中にお姉さんが訪ねてらっしゃいましたよ。ちゃんと連絡しておかないとダメですよ」
蒼霧から戻り会社の廊下を歩いていると、受付嬢のミレーナに声をかけられた。姉だと?
「いや、俺らに姉なんか」
「待て、タクナ。心当たりがある」
タクナを制止した。
「アルマだ」
「いや、無理あんだろ……お前はまだしも、俺とアルマが姉弟って無茶苦茶だ」
その無茶をやらかすのがアルマだ。
「お二人と比べると、ずいぶんと可愛らしいお姉さんですね。心配させたら可哀想ですよ」
口元に手を当てクスクスと笑っている。
災害派遣で蒼霧に行って、20日以上留守にしていた。当然、発つ前に声などかけていない。
これは面倒なことになったぞ……。
「タクナ、後始末は任せたぞ」
「あーー!マジかよ。汚くねぇ?お前も一緒に怒られろよ。てか、泣くかもしれんぞ」
「泣かないとは思うけど、万が一の時は、なんでも買ってやるって言え」
たぶんめっちゃ怒ってると思う。
「とっても心配して三回も訪ねてきましたよ。可哀想になって、帰還日が決まったら教えてあげるって言ってお友達になりました」
なんだと!?
「すると、昨日戻ったというのは連絡済みですか?」
「もちろんです。わたし、アルマちゃんのために探査課を毎日訪ねました。マサトさんはいつ帰りますか?って聞くために。おかげで私とマサトさんはどんな関係だって噂になってます」
実に楽しそうだ。シマの鑑定によるとミレーナは、やばやばつよつよだった。
「アルマちゃん、今頃首を長くして待ってると思いますよ。早く連絡してあげてくださいね」
ミレーナは笑いながら去っていった。なるほど、圧倒的強者だ。にしても、アルマめ、やりやがったな。
「タクナ、頼んだぞ。サリアとティーナ相手に、世話になった礼をしたのは俺だ。偉い人相手は今後も任せろ。お前は偉くない奴担当だ。適当言って煙に巻け」
そう言って逃げた。泣くにしても怒るにしても大変なことになる。悪いが逃げさせてもらおう。騒ぐタクナを置いて寮に帰った。
逃げやがった……脱兎の如く。マサトは飛ぶように寮へ向かい、あっという間に消え失せた。
あーまったく。
まぁいい。少なくともカードは2枚手に入れた。これを組み合わせれば、なんとかなるだろう。
端末どうしたんだっけか。記憶を辿る。休憩室の机に置きっぱなしだ。
休憩室に向かうと入り口に配置された、忘れ物コーナーを覗く。個人端末が綺麗に並べられている。俺と同様、緊急出動に出た人たちのものだろう。
他に色々ある中に携帯糧食もある。これは持っていけよ。いや、俺らのだった可能性があるか。一本取って封を切る。
端末を持ってソファーに腰を下ろす。携帯糧食を齧りながら、作戦を組み立てる。よし、これでいける筈だ。
『遅いっ!すぐ連絡しなさい!そもそも、何も言わないでこんなに留守にするっていうのはどういうことなのか説明しなさいっ!いや、今すぐ出頭しろっ!』
カンカンだな。まぁ泣かれるよりは良い。その場合の対応は困難を極めた。最悪、高いところから吊るす手段を取る羽目になった。アルマはあれをやると大人しくなるのは実証済みだ。
とりあえず、アルマも泣くのはやり過ぎだと思っているようだ。これならプランAでいける。あと出頭ってなんだ?あいつ本当に監査官なのだろうか。
「落ち着けアルマ。事情は詳しく説明しよう。で、どこに出頭すりゃ良いんだ。学校か?」
『えっと、学校かな?カフェテリアにしよう』
「了解だ。15分後に着く」
返答を待たず通話終了する。相手の要求を飲むのはここまでだ。後はこちらの都合で動いてもらう。
昼下がりのカフェテリアは学生たちで混み合っている。怒りマックスなアルマは、人目も気にせずプンプンだ。
「さあ、説明しなさいっ!三週間もどこで何をしていたか洗いざらい白状しなさい!お姉ちゃんは怒ってます」
最初から全開だ。
「いや、知ってるだろ?蒼霧で魔獣災害があってそれに行ってたんだよ」
「そういうことを言ってるんじゃないの!なんで、ひとこともなく三週間も居なくなっているのかって聞いてるのっ」
どこで何してたか聞いたのはお前だ。
「まぁ落ち着け。それは悪かったと思っている。それに関しては、マサトが何でも買ってやると言っていた。何が欲しい?」
最初のカードを切る。このままアルマのペースに乗せられたらダメだ。
「え?ほんと?何でも良いの!?」
「もちろんだ。家でも車でも、何でも買ってやろう」
俺の金じゃないからな。ここは景気良くいこう。
「えぇ〜さすがにそれは悪いよー。けど、この間、友達と見たアクセサリー。高いけどとっても可愛かったんだ。あれ買ってもらおうかなぁ」
「なんだ、そんな物で良いのか?いくらでも買ってやるぞ。なんなら、お友達の分も買ってやるぞ」
資金は潤沢にある。いくらするのか知らんけど、青くなるのはマサトだ。
「そお?じゃあ買ってもらおうかな、他にも素敵なのがいっぱいあったんだ。新しく出店したクラフトワーカーさんのお店でね、値段は高いんだけど、本当に綺麗で可愛いのばっかなの」
そうかそうか。店ごと買ってやろう。職人さんは喜ぶし、アルマも喜ぶ。ウィンウィンの関係とマサトは良く口にするが、こういうことを言うんだな。
「違うっ!危なく騙されるところだったよ。私は怒っているのっ」
「なんだ、要らんのか?好きなだけ買ってやるんだぞ?」
「要るよ。それは買ってもらう。それだけじゃ収まらない程に怒っているんだよ〜」
ここまでは想定内だ。次のカードを切る時だ。様子見など愚の骨頂、畳み掛けて一気に息の根を止めるのがプロだ。
「それがな、アルマ。ひとつ耳寄りな情報があるぞ。マサトにまつわる大切な話だ。ひとことで言うと、お前の心配がマサトの人生に彩りを与えるかもしれん。ミレーナを知っているか?」
「うん!KTSの受付の人だよね。すごい綺麗な人だよねー。私もあんな風になりたい。お友達になってくれたんだよ。優しくて綺麗ってすごいよね!」
綺麗なのは否定しないが、俺とマサトはまったく違う印象を持っている。シマの鑑定に間違いなしだ。
「そのミレーナだけどな、お前が何回も俺たちの帰りを聞いただろ?ミレーナはそれを気にしてくれてな。マサトはいつ帰ると探査課に毎日顔を出していたらしいんだ」
「え、そうなの?お仕事忙しいのに、なんか悪いことしちゃった。ミレーナさんに謝っておかなきゃ……」
大丈夫だ。あの感じだと、たぶん、のりのりだったはず。しかし、彼女のイメージのために、それは言わないでおく。マサトと違い気配りができる男だからな。
「そうだな。謝るのもいいかもだ。ただな、彼女はとても優しい女性だ。アルマの心配に共感してしまったらしい。毎日帰りを確認するうち、彼女の心にマサトを想う気持ちが生まれたらしくてな。お前のおかげでマサトに春がくるかもしれんぞ」
チェックだ。アルマはこの手の話が大好物だ。連絡しないで災害派遣に行ったことなど、完璧に忘れる。
「えぇっ!ほんと!?まさかだよ、ミレーナさんがマサトくんなんかに、ありえないよ〜」
「それがあるんだよアルマ。実際、会社中で噂になっている」
その後も虚実おり交ぜて、アルマの恋バナに付き合ってやった。何度か飲み物を追加注文する羽目になったが、それくらいは俺も身銭を切ってやった。
「そっか〜。ミレーナさんがねー。そうなったら良いけど、あのマサトくんだからなぁー。無理だとは思うなぁ」
よし、時間はかかったが任務完了だ。アルマはすっかり機嫌を直した。さて、帰ろう。
「というわけだ、俺は帰るぞ」
「うんわかったー。後でマサトくんに、買ってもらうものリストを送るね」
さすがにそれは忘れないか。
「そうすると良い。マサトも喜ぶはずだ」
少し人気が減ったカフェテリア。席を立ったタイミングでアルマが口を開く。
「タクナくん、まだ言ってなかった」
「おかえりなさい」
笑顔のアルマだったが、瞳は真剣だった。
「ああ、ただいま」
「……心配かけて悪かったな」
少しだけ気圧され言葉を続けた。
「心配なんかしてないよ。帰ってきた二人をどうやって困らせてやろうか。そればっかり考えてたよ」
こいつ……。
「どう?困った?」
真剣な表情で俺を見上げている。アルマの頭に手をやる。すっぽりと収まる頭をぐりぐりと撫でる。
「ああ、ものすごく困ったぞ。マサトなんかダッシュで逃げたくらいだ」
「なら良かった」
陽が沈むまで歩いた放牧地での約束。
今度は俺らがアルマに迷惑を掛けないとだ。それはマサトに任せるか。あいつなら必ず何かをやらかすはずだ。
飽きるまで頭をぐりぐりした。アルマは迷惑そうな顔をしていたが、されるがままだった。




