第57話 終息宣言
「こんにちはー!」
タクナと蒼霧探査に来ている。
大きな声で挨拶して入るが、事務所に人はいなかった。見慣れた感じなのだけど、清潔感と言うか洗練されていると言うべきか。白峰とも翠風とも違う雰囲気だった。
「おい、マサト。あれ見ろよ」
事務室からゲート状の開口部で緩やかに仕切られているガレージが見える。タクナの視線の先に魔素駆動二輪車が2台。
「おお、見せてもらおうぜ」
ガレージに入り近くで見る。会社でよく見るタイプと少し違う。丁寧に管理されているのだろう。傷どころか埃ひとつ積もってない。
いま発進する。そのための乗員を待っている。さあ起動しろ。
停車しているだけ。なのに、そんな風に見えた。
ガチャ。
ガレージのシャッター横の扉が開いた。
「おお、来てたのか。悪いな、呼び出しておいて待たせたみたいだ」
ベルセンさんが帰ってきた。
「なんだ、そいつに興味あるのか。乗ってみるか?と言いたいとこだけど、操縦徽章がないな。早く取れよ」
欲しいんですが、訓練機の正式名称すらクリアしてません。
「ベルセンさん、取得するのにどれくらいかかりましたか?」
意外なことにタクナが質問している。こいつ興味なかったのでは?
「俺かー。どんくらい掛かったかなぁ。なんせ昔の話でな」
「一年と四ヶ月十八日よ。私は三ヶ月七日」
ベルセンさんの背後から答えが返ってくる。ガレージの出入り口に、リエラさんが立っていた。
「だとさ、今もそれをネタにしやがる。マサト、タクナ、同期の女と争うなよ。負けたら一生言われるんだ」
レイラの豹顔が浮かんでくる。暇さえあれば、からかっている。すぐ怒るのが可愛くて。
「手遅れかもしれません……」
シャーってなるのが可愛いんです。
「女の子には優しくしないと」
困ったものを見つけたような表情でリエラさんは笑う。すっと表情を戻しベルセンさんに向き直る。
「私、行ってくるから。お茶の用意しておいた。冷たいのは保冷庫に入ってる。後、頼むわね」
ベルセンさんにそう言ってリエラさんは出ていった。
「タクナは6等級だろ。次は操縦徽章が条件になるぞ。取る目処は立っているのか?」
なんと!?
「いや、それが講習は受けてますけど、さっぱりです。同期でも持ってる奴がほとんどだから焦りますね」
「いや、タクナ。ちょっと待て。サイルとかカインはこれ乗れるの?」
聞き捨てならん!
「いや、レイラも持ってるぞ。操縦徽章付けてるだろ。あいつら」
「その操縦徽章ってどんなん?」
「そこからかよ……ベルセンさ〜ん」
呆れ切ってベルセンさんに丸投げするタクナ。
「ほら、これだよ」
ベルセンさんは、そう言って胸にたくさんついてる徽章のひとつを指差す。言われてみたら、なんか見たことある。ああ、フロラやラドさんの胸に同じものがあった気がする。しかし、何か違う。
「なんか操縦士のつけてるのと比べるとしょぼいですね……」
「いや、おまえ連中は特等を目指してるんだぞ。最低でも2等持ちだ。俺の4等徽章と一緒にすんなよ」
なるほど。よわよわな徽章なのか。ぜんぜん取得できる気がしないけど。それより、新たな疑問が湧いてきた。他にも彩り豊かな徽章がたくさんついている。
「他にもたくさんありますね。それも探査員等級を上げるのに必要になる技能章なんですか?」
「ん?他のやつかー。どうだったかなぁ」
戦闘服の胸を引っ張って徽章を眺めるベルセンさん。少し眺めてから言った。
「いや、必要と言えば必要だけど、後からついてくるのがほとんどだ。心配しなくてもおまえらならずらっと並ぶさ。それにそんなに良いもんじゃない。それより、おまえら白峰にいたんだろ。ガルバンさんとオニゾウさんの話聞かせてくれよ!」
胸の徽章をパッと離し、目をキラキラさせて訊ねてきた。
「え?社長とオニゾウさんですか?なんでまた」
「いや、そりゃ聞きたいだろ。俺が入社したときは二人はもう白峰だ。アルダさんからは、色々教えてもらったけど、今の二人がどうしているか気になるだろ」
タクナと顔を見合わせる。ここにも社長のファンがいるのか……。
「えっとぉ、普段はなんか縁側で日向ぼっこしてる猫みたいでしたよ」
俺がだらしなくゴロゴロしている社長の様子を伝える。
「オニゾウさんは、ガチガチのマニュアルを押し込める鬼教官でした」
タクナが思い出して嫌そうな顔をしてオニゾウさんの話をする。
「そうそう!そういうのが聞きたいんだよ!アルダさんの話はもう人間離れした戦闘ばっかでな。それはそれで、盛り上がるんだけどな」
こんな話が聞きたいってどんだけなんだ。あの二人が凄いのか、ベルセンさんがアレなのか判断に迷う。
「あの、こんな話でよければいくらでもしますけど、アルダさんって探査部長のことですか?あの人強いんですか?なんか可愛らしい女の子ですけど」
入社試験の合否発表で見た堂々とした姿は確かに凄みがあった。けど、なんか強い探査員っていう感じがしない。
「そう、部長のことだ。アルダさんは、ガルバンさんたちの現役姿を知ってる最後の探査員なんだ。あー。都市外にはまだいるのかな〜。いや、とにかくガルバンさんから手解きを直に受けた最後のひとりだ」
「おまえらが来るまではな」
わからん。アルダ部長と接点がなさすぎる。けど、ベルセンさんが楽しそうなので白峰での話を思いつく限りした。
「ただいま」
小一時間、ベルセンさんと話していたらリエラさんが戻ってきた。
「おう、どうなった?」
「明後日の一班で終息宣言を出す事になった。ラグナがアルカディアに出発したわ」
二人の会話を他人事のように聴いていた。
「ようやく終わりだ。ありがとな」
ベルセンさんに言われて実感がわく。リエラさんは、会った時と変わらない冷たい表情をしていたけど、最初の印象とは違って表情とは逆の優しい人だった。
蒼霧への災害派遣、最後の勤務の朝。
強烈なダウンバーストが吹き下ろす。常人なら立っていることも出来ない強烈な大気の移動。そんな中、放牧地でひとり立っている。
アズール・ホエムが作り上げるサファイアブルーの光の環を見ていた。
住宅地、農耕地と復旧済み。放牧地はまだ結界外だが今日の昼をもって防御結界が広がる。
災害直後は一班として朝から昼過ぎまでを担当していた。次に二班として午後から夜間を担当した。そして今は三班として朝の日蝕を見ている。
蝕の作る闇と青い輝きの中、放牧地に大型の砕顎鰐が現れる。白炎を振るい切り捨てた。邪魔するな。日蝕後の気象変動は憂鬱だけど、今はとても気分が良いんだ。
陽光が呼吸も出来ない程の濃霧を作り出し、それをサーマルブラストが払い除ける。朝日が蒼霧をはっきりさせた頃、インカムが鳴る。
「おはよーさんマサト。交代だ。今日の朝飯は蒼霧西食堂の自慢の逸品だ、期待していいぞ」
ミルナスさんからだ。
「良いですねー。昨日の焼き魚最高でした。今日も楽しみです」
「だろ。あの魚、街長たちが釣ってくれたらしいぞ。蒼霧に来て、あれを食べないで帰るなんてとんでもないってな」
ミルナスさんが笑いながら言う。あれわざわざ釣ってきたのか。ベルセンさんも参加してそうだ。
美味い朝飯に胸を弾ませ、野営地に戻った。
炊事場に建てられた大型のテントは四方が解放されているタイプ。そこにいくつもテーブルが置かれている。
「マサト、こっちこっち」
ダリルが手招きしている。タクナも隣に座っていた。
「おはよーさん。どうだった?」
「日蝕見てた」
「なにそれ」
「こいつ、なんかアレが好きみたいなんだよ。昔からそう」
不思議そうに言うダリルに、タクナが答える。
「俺の世界じゃあんなもの見れないんだよ。お前らは自分たちの幸運を自覚しろ」
「へぇー。でも、それならそれで違う朝の光景が見られそうだけどな」
む。ダリルはさすが鋭いな。日本の夜明けが懐かしくもある。
「帰る方法が見つかったら連れてってやるよ。どっちが綺麗かその目で確認しろ」
俺はサファイアブルーの光の環に一票入れておくけどな。
「はい!おつかれさま。お替わりたくさんあるからね、たんとお食べ」
席についたと同時にトレイに乗せられた定食が置かれる。街が復旧してから、蒼霧の食堂が三食賄ってくれるようになっていた。
昨日は和食風な焼き魚定食だったが、今日は洋風みたいだ。大きな魚の切り身に野菜たっぷりの煮込みがかけられている。
「ありがとうございます。頂きます」
挨拶をして温かい朝食に手をつける。美味いっ!美味すぎる。
街防隊の人たちも、一緒に食事をとっている。騒がしい朝食は、蒼霧が日常を取り戻しつつあることを示していた。
「マサト、リエラさんから会社に顔出してくれって言われてる。飯食ったら行くぞ」
先に食事を終えたタクナから言われた。こいつ、二回もお替わりしやがった。美味いので俺も、もうワンセットは行きたい。
「んーわかった。ダリルは何すんの?午後まで暇なんでしょ?」
「僕は商店街でお土産探しする予定。出かけに彼女に連絡したら、蒼霧土産よろしく言われた」
ふむ。リア充は爆発しろ。
「なんでそんな嫌そうな顔するの?マサトたちも彼女のひとりやふたり作りなよ。KTSの社章はそのために付いてるって説もあるんだよ?」
「うるさい。ヤバい女しかいなくてビビってるんだよ」
たぶんダリルの彼女もヤバい奴だ。見たことないけど。
「黒牙狼の一種を軽く倒す探査員が、女子相手にビビるとか意味がわからないよ。じゃあ僕は行くね」
トレイを持って立ち去るダリル。いや、黒牙狼倒すの大変だったよ。かなり必死だったよ?
「あいつ6等級なのに、危機察知能力に問題ありだな。簡単に捕食されるタイプだ」
タクナに言うと、腕を組んで重々しく頷いた。
「都市育ちはこれだから。シマに教育してもらうか?同期としてほっといたらダメな気がする」
残念だが手遅れだろう。
「ほっとこう。他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ぬ、という格言が俺の世界にある」
「弱すぎるだろ、馬如きに蹴られて死んでどうするんだ」
そういう意味じゃない。
食事を終えてタクナと蒼霧探査へ向かった。すれ違う街人がみんな挨拶をしてくれる。なぜかこそばゆい。
午後には迎えのヘリが着く。昼過ぎには撤収だ。
蒼霧探査には、ラナさんとルナさんもいた。リエラさんにもふられている。というか、たぶんあれはもふられに行ってるな。リエラさんが困っているように見えた。
「おう、おつかれ。お土産やるから持って帰れ」
そう言うベルセンさんの横にKTS印の大剣が立てられていた。
「おおーマジですか!こいつレア武器なんですよ。本当にもらって良いんですか!?」
タクナがはしゃいでいるが、レアな理由を考えろ。ベルセンさんですら、苦笑いしてるぞ。
「街の許可はもらっているよ。邪魔だから持っていってもらえまで言う人もいた」
「はい、マサトくんはこれね」
リエラさんが弓を渡してきた。練習で使っていたものだ。
「え、良いんですか?これはタクナのと違って使える人はたくさんいると思いますけど」
「いいの。それは私の弓だから。もう使ってないからあげる」
それはそれで貴重なものな気がする。けど、ありがたく頂こう。
「ありがとうございます!大切に使います。ヘボですけど」
「すぐに上手くなる。困ったらエイナルくんに聞きなさい」
リエラさんの表情は相変わらずだ。でも、大切な弓をくれた。それはなにより気持ちを物語っていた。
「ええーーー!リエラさん、ラナにもなんかちょうだいよー!マサトくんばっか狡い」
「わたしも何か下さい。私も可愛い後輩ですよ」
この二人の先輩女子は……雰囲気というものはないのだろうか。ぶち壊しだ。
撤収は速やかに行われた。別れを惜しむ間もなくヘリに乗り込む。来た時とは違う大型のヘリだ。
操縦士が気を利かせたのか、蒼霧の上空を大きく旋回する。眼下に見える丸い街は、こうしてみると小さな集落にさえ見える。しかし、そこで暮らす人々の生活は、街の大きさで測れるものではない。
白峰を撤退した時のサリアたちも、こんな気持ちだったのだろうか。
今度会った時に聞いてみよう。
ヘリは夕陽を浴びながら蒼い霧の街を背に帰還する。




