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第56話 蒼霧の釣り人

「お、マサト。これから行くのか。俺も付いて行っていいかい?」


まだ深い霧の立ち込める早朝。夜通し駆除作業をしていた三班との交代のため、準備をしていたら声をかけられた。


ベルセンさんだ。


「え、いや。お二人は休んでもらっておけと指示されてますが」


三課の先輩だが、今は蒼霧探査の人として対応するようにと命令されている。派遣隊として、地元の探査会社の人を働かせるのはNGだ。


「あぁ、そうなんだけど、俺たちも三課なんだ。後輩と一緒に仕事する機会は出来るだけ作りたくてな。やりにくいか?」


「いえ、そんなことありません。ぜひ、一緒にお願いします」


最初、恐ろしげに感じたベルセンさんだったけど、話してみてわかった。とても穏やかな人だ。社長ともオニゾウさんとも違うタイプの凄腕探査員。一緒に現場に出たら学ぶことも多いだろう。


「そうか!なら一緒に行こう。受け持ちは南側でいいんだよな。街の案内もしてやれるぞ。蒼霧、ちょっと面白い作りだろ?」


とても嬉しそうなベルセンさんだった。


「ミルナスさん、マサトです。現場に入りました。どこか優先すべき場所があれば指示を下さい」


インカムから一課のミルナスさんに交代を伝える。


「おーありがとー。特にないかな。強いてあげると寒くて死にそうだ。住宅地はあらかた片付いてると思う。農耕地は手が回らなかった。それくらいだな」


「了解しました。お疲れさまでした」


三班は大変だ。アズール・ホエムの夜明けの日蝕がある。災害時は、アオギリが作っている街の結界は失われている。日蝕による馬鹿げた嵐をまともに受ける。ダリルもきっと震えていたことだろう。


ふとベルセンさんを見るとインカムをしていない。


「ベルセンさん、インカムは持ってらっしゃらないんですか?」


「それがな、ラグナの奴がくれなかったんだよ。持ってたら現場に出るだろうって。酷い奴だよな」


課長、取り上げても現場に出てますよ。


「そ、そうでしたか。課長もこんな時くらいは、ベルセンさんに休んでもらいたかったんですよ」


「それはわかるけどさ、久しぶりに新人が来てくれたんだ。俺も先輩面したいだろ」


そう言って長剣を振るうベルセンさん。少し先にいた砕顎鰐が二つになる。


凄いな。ちょっと試し振りをしただけのようだった。なのに飛ばした斬撃の鋭さ。音もなく砕顎鰐が切られていた。


「それより、マサト。その喋り方はどうにかならん?ラグナの奴が失礼のないようにとか言ったんだろ。けど、そんな風に距離を作られると悲しくなるぞ」


街路樹から襲い掛かる絡水蛇を切っておく。この重さの蛇が器用に登るものだな。


「いえ、課長ではなくガレルさんです。絶対に逆らうな。恐ろしいことになる。帰り間際、そう言ってました」


ガレルさんが言うような人とは思えなかったので言ってみた。


「あの野郎……。いや、マサト。そんなことないんだぞ。そりゃガレルが新人の頃は、俺も少し気性がアレだったけど、流石にいまはそんなことないからな。それに、アイツがアホだから悪いって話でもあるんだぞ」


慌てて言い訳をするベルセンさん。あのガレルさんをアホ呼ばわりか。凄いなこの人。


雑談しながら、農耕地へ向かう道を進んでいく。時々現れる討ち漏らしを、交代で処理していった。


農耕地に着くと、まだ結構な数の魔獣がうろついている。熱に浮かされた災害発生時とは異なり、執拗に避難口を狙うような個体はいない。しかし、片付けないと農作業は無理だ。


「マサト、池見えるよな。面白いだろ。あのデカい湖と繋がっているんだぞ」


溜め池のように農耕地に点在する池を指してベルセンさんが説明してくれる。池から顔を出した粘舌蛙は白炎の斬撃で青い魔素散乱になった。


「え?じゃあ普段からこんな風に池から魔獣が顔を出すんですか?危険なのでは」


「いや、そうはならんのよ。蒼霧周辺にはⅠ類がいないんだ。だから普段はアオギリの通常防御結界で防げるんだ。見に行こうぜ」


そう言って池に向かうベルセンさんに付いていく。


簡単な柵の向こうは、青白い光が溢れていた。霧の中から姿を見せた池は、想像していたものではなく、澄んだ水を湛えている。


シロの卵を拾った泉を彷彿とさせる美しい池だ。


「あそこ見てみ、岩があるだろ。あそこの奥にデカい開口部があってそこが湖に繋がっているらしい」


ベルセンさんが向こう岸を指差す。入り組んだ岩が邪魔で上からは確認できないらしい。


「魚がいますね……」


結構な大きさの魚の群れが見える。


「おう、釣ることできるぞ。俺は記録もってるんだ。魚拓取って役場に飾ってある。街長と競っていてな。それに美味しいんだぞ。こんな時でなきゃ一緒に釣り出来るんだけどな」


めちゃくちゃ楽しそうな話だ。


「リエラの奴は、釣りなんて馬鹿馬鹿しいとか言って小型の弓を作ってな。矢に糸をつけて射るんだ。あいつは趣ってものをわかってない。マサトはどう思う?」


笑いながら長剣を振るい、向こう岸にいた砕顎鰐を魔素散乱させるベルセンさん。


こんな感じの池が大小合わせて12箇所あるらしい。


朝の陽光が霧を晴らす。蒼霧を見渡すと、美しい池が青く光を放つかのように輝いていた。


「ベルセンさんは、なんで都市外にこだわるんですか?」


あまり聞くべき事ではないかもだけど、思わず口にしていた。


「んー。どうだ?蒼霧、綺麗だろ。他の街もそれぞれ美しさを持っている。カナン様に護られている都市にいたら、目にする事は出来ない風景だ」


ベルセンさんは目を細め蒼霧を見ていた。


「そうですね、とても綺麗な街だと思います」


「マサトのいた世界はどうだったんだ?美しい自然と整備された都市。どちらが人気だった?」


答えられなくて、ベルセンさんを見た。おっかない見た目なのに、不思議と優しげな雰囲気だった。


「まぁ、街にいる一番の理由は、会社にいると息が詰まる。面倒なことばっか言いやがる。ガレルやラグナに押し付けて悪いとは思ってるけどな」


そう言って、大声で笑う。


「マサトの世界の話も聞かせてくれよ。魔獣が居ないんだって。なら人々は平和に暮らせているんだろうな。羨ましい話だ」


平和だったかな。自分の周りはそうだったかも。


「そうでもなかったかもですね」


しかし、そう答えていた。あとは朝の光に照らされる美しい蒼霧を見ていた。ベルセンさんは、それ以上は聞いてこなかった。


昼過ぎまで一緒に農耕地の魔獣を討伐し、公園に戻ってきた。


「今日はありがとな。やりにくくなかったか?よければ明日はリエラを連れて行ってやってくれよ」


「いえ、とても勉強になりました。明日はリエラさんから学ばせてもらいます」


「リエラは人見知りがすごい。慣れるまでは怒ってるみたいに見えるかもだが、そんなことないから普通に接してやってくれな」


「はいっ!お疲れさまでした!」


格好いいな。ベルセンさんの背中を見送ってから、炊事場へ向かう。飯当番だ、と言ってもマニュアル通りに作るだけ。どんな馬鹿でもそれなりに食えるものが出来るレシピだ。アレンジは禁止されている。


翌日は、リエラさんが現れた。ベルセンさんの時と同じく、雑談しながらの駆除作業だった。


空気を裂く音、すぐ側の木に矢が突き立つ音がした。


「油断したらダメだよ」


小ぶりな絡水蛇が木からぶら下がっていた。正確に真核を貫かれたのだろう、すぐに魔素散乱している。


注意するリエラさんは、最初に思っていたような冷たい人ではなく、ちょこちょこ笑ってくれる。


正確に魔獣を貫くリエラさんの弓。派手なエフェクトもなく静かなものだった。


不思議に思い聞いてみた。


「入社試験で見た試験官の射る弓はものすごい威力でビビってしまいました。リエラさんの弓は静かですね。何が違うんですか?」


「試験官?エイナルくんのことかな」


「そうです。追撃試験の時に経験しました。殺されると思いました」


逃げるエイナルさんを追う試験だと聞いた。しかし、全く近付けない。掠っただけで肉を抉るような矢が、絶え間なく襲ってくるのだ。思い出すだけで汗が出てくる。


「こういうの?」


そう言って、軽く矢をつがえて放つ。


放牧地際にいたデカい砕顎鰐が爆発音と共に弾け飛んだ。胴体の部分が消し飛んでいる。


それ。それが受験生に向けて放たれまくった。追撃どころじゃない、逃げるのに必死だった。


「そ、そうです。リエラさんも使うんですね」


「私が教えたの」


聞いて驚く、エイナルさんに弓を教えたのはリエラさんだと言う。無駄が多くて良くない射方だけど、注意を引くには最適とのことだ。


「マサトくんも使う?教えようか?」


弓か、簡単な訳ないけど覚えたら戦術に厚みが出そうだ。それに教わるなら基本が大切になる。リエラさんなら間違いないだろう。


「ぜひお願いします」


「じゃあ帰ったら教えるね」


少し楽しそうな顔している。なるほど、とても優しい人だ。ラナさんたちが懐く理由がわかった。


昼も過ぎ、放牧地あたりに近づいたタイミングでインカムが鳴る。


「一班のみなさ〜ん、交代の時間だよ〜。中心住宅区の避難指示が解除されたから、街防隊と一部住民の方が戻ってるからね。粗相のないようにして下さいね〜。あーリエラさんだ〜!やっほー!」


ラナさん……管制役はもう少しちゃんと。それにリエラさん、インカムしてないから。やっほー言っても。リエラさんを見る。


「ん?」


不思議そうに見返される。


「あ、いや。交代の時間だってラナさんが……」


そう言って中央公園の教会を見る。時計塔がなんとか見えるが、それだけだ。


「ああ、ラナちゃんね」


リエラさんも時計塔に視線をやる。少し見つめて、手を大きく振った。


「ラナちゃん手振ってるわ」


ニコニコしながら口にする。


「え?リエラさん見えるんですか」


「私は弓使い」


自分の眼を指差して微笑むリエラさん。


「まさか、あの時計塔にいるラナさんを狙うこととか出来るんですか……」


1km以上はあるんだぞ。


「出来るけど……やってみる?気は進まないけど」


そう言って弓に矢をつがえる。


「この距離だと、たぶん避けられちゃう。気乗りしない……」


気乗りしない理由は避けられるからなのか。


大きく弓を引く、後退りしたくなるほどの力が込められていくのがわかる。


「リエラさん、やめておきましょう!たぶん俺がラナさんに怒られる気がします。いや、絶対にそうなります。それに万が一気が付かなかったら大変なことになります」


「ヘッドショットじゃないから大丈夫。ルナも下にいるし」


弓を引いたまま言う。


「マサトく〜ん。なんでリエラさんは私を狙っているの?マサトくんなんか言ったでしょ」


インカムから、不満そうなラナさんの声。


「リエラさん!バレましたっ!やめましょう。完全に避けられます」


引いたままこちらに顔を向けるリエラさん。こちらも少し不満そうな表情だ。


「マサトくんが騒ぐから……」


そう言って、ようやく弓を下ろしてくれた。なるほど、ワンチャンないなら止めるのか。うちの先輩方ってやっぱすごい。馬鹿ばっか言われるのもわかる気がする。


「失礼なこと考えてる?」


なぜわかるんだろう。とにかく先輩方の機嫌を損ねるのは危険だ。特に女性。


「まったくそんなことは考えていません」


リエラさんに正対してそう答えた。目が合わないように気をつけながら。

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