第55話 KTS蒼霧出張所
タンデムローターの大型輸送ヘリが轟音を立て中央公園に着陸するのが視界に入った。ほぼ同時にインカムが鳴る。
「みんな〜。インカム使えるようになったよー。あと、後続が戦闘に入るからキリのよいところで引き上げて大丈夫だよ」
ラナさんの呑気な声が耳に入る。気が抜けるなぁ。そう思いながら、襲い掛かる粘舌蛙の舌を切り飛ばす。すぐに再生するが、こいつはとりあえず放置。足元に近づいていた絡水蛇の首を断つ。
丙種だけど、数の暴力だった。避難扉を破壊しようと群がっていた連中はあらかた片付けた。最後に、舌を再生しようと口をもごもごさせていた粘舌蛙を白炎で二つに分けてやる。
美しいブルーの魔素を散乱させ、小さな真核が落ちる音がした。
「マサト、タクナ、聞こえたな。戻って良いぞ。途中の奴は無視していい。後発組にも仕事をさせてやれ」
ガレルさんだ。
「了解です。すぐ戻ります」
タクナが答える。俺も続こうとした。
「はいはい!ラナさん一回も魔術使ってません。二人に代わって戦いまーす」
「わたしも何もしてません。お茶飲みながらリエラさんにモフられてただけです。ひと仕事させて下さい」
この二人は……。
「却下だ。大人しく管制していろ」
ラグナさんがピシャリと跳ね除ける。
「ええー。課長が横暴すぎる!」
いや、ラグナ課長は人格者だと思う。なんせ、この二人を前に怒らずにいられるのだから。
初めての災害派遣の初戦闘は、先輩女子二人のせいで、締まらないものになった。
管制室、いや、教会へ入った。
そこにはかつて白峰で見た光景が広がっていた。長テーブルがいくつも持ち込まれ、モニターやら端末がそこいら中に組まれている。アイモニターやインカムが積み上げられていた。
壁際には多種多様な武器がずらりと並んでいるのも白峰で見た光景。あの時と変わらない。慌ただしく動く先輩方の姿も同じはず。
なのに何故だろう、蒼穹探査白峰支社とはならない。
KTS蒼霧支店。もしくはKTS蒼霧出張所。いや、規模だって人員だって同等。だけど、ちょっとずつ何かが違う。ひと言で言うとお洒落感に欠ける。
これがうちとソラの違いか……サリアとティーナが美人だからかな?ガレルさんを見て、そんな事を考えていた。
というか、なんでガレルさんは凹んでいるのだろう。何かのケースに座って項垂れている。そんな姿、初めて見た。
「マサトさん、お疲れさまです。KTS-97どうでしたか!?わっくわくでしたか?」
振り返るとヘルメットがこちらに向かって歩いてくる。
「あ、フロラ。来てたんだ。あのデカい奴はフロラが操縦してきたの」
「そうです!と言いたいところなんですけど、予備操縦士として乗ってきただけなんです。私、操縦出来ます。って勇気を出して言ったんですけど、ダメと言われてしまいました」
ものすごくしょんぼりしている。
「そうなんだ。で、なんたらS-97って俺が乗ってきた奴のことだよね。わっくわくなの?」
「そりゃそうですよ!KTS-97リーヴァーですよ!アルカディアで所有しているのはウチだけなんです。最高速度は500km/hにも達します。それに二重反転のメインローターと推進プロペラを組み合わせた従来のヘリとは異なる推進姿勢制御がもたらす異常な動作はSTH-47とはまったく違って」
いけない。このちびっ子にしか見えない内気な女子のスイッチを入れてしまったらしい。俺の乗ってきた高速型のヘリは、フロラにとって何か特別なものらしい。
「そ、そうなんだ。わからないけど、すごいんだね。帰りは乗って帰ったら?急ぎじゃないから俺は47の方で良いよ」
とりあえず止めなきゃ。このまま喋らせたら、操縦士並みの知識を叩き込まれる。探査員だって、それくらい知っておかないと!とか言われる。
「それがですね、課長が言うんです。私をリーヴァーに乗せるなって……初めて操縦させてもらった時ちゃんとやれたんですよ?上空で魔素駆動機を停止、オートローテーションからの駆動機再起動。一気に最大出力、そのまま捻りを加えて三回転。背面飛行だって少しやれました。みんな凄いって言ってくれたのに……課長に意地悪されてるんです。酷いですよね」
別なスイッチを触ったらしい。またしょげている。今度は少し機嫌の悪さが加わってしまった。
しかし、思う。フロラが魔素駆動二輪車を扱う様を初めて見た時を。ラド課長に俺もお願いしておこう。フロラにあの高速型を操縦させないで下さいって。
「マサトちょっとこっち来い。三課の先輩に紹介しておく」
ラグナさんに呼ばれた。
「ふ、フロラ。ごめん課長に呼ばれたから行くね。いつかリーヴァー?に乗れると良いね」
「はいっ!もちろんです。課長とは諦めず交渉を続けるつもりです。初任務の時はマサトさんを運んであげますね。期待してて下さい」
絶対に嫌だ。
「マサト、タクナ。ベルセンさんと、リエラさんだ。おふた方は三課の先輩になる。挨拶しろ」
見るからにベテラン探査員感あふれる男性と女性を前にしていた。普通に二人とも怖い。
ベルセンさんはガルバン社長とオニゾウさんを足して割る。そこに威圧感を掛ける。きっとこんな感じの人になる。
リエラさんはとても綺麗な女性だけどめっちゃ冷たそう。笑顔なんか絶対に見せてくれなさそう。
二人の胸にある14等級階級章が恐怖に拍車をかける。
「ま、マサトと申します。白峰からアルカディアに来てKTSでお世話になっています」
「た、タクナです。同じく白峰出身です。マサトと三課に配属されました」
「よ、よろしくお願いしますっ」
二人揃って頭を下げる。とにかく怖い。KTSのトップ探査員でいながら、最前線に身を置くことを選択した強者。まるで抜き身の刃物を首筋へ当てられているようだった。
何を言われるんだろう。舐めてんのかっ!とか言われていきなり蹴り飛ばされたりしないよね?
頭を下げたまま言葉を待った。
「いや、二人とも頭あげてよ。よく助けに来てくれたね。後輩に会えて嬉しいよ。知っての通り、外でばっか仕事しているから会う機会も少ないかもだけど、俺たちも三課なんだよ。これからよろしくね」
「私はリエラ。弓が得意よ。よろしくね」
なんか想像と違う。普通の言葉をかけてくれた。二人とも雰囲気ほど怖い人ではないのかもしれない。
公園内は災害派遣隊の野営地となっていく。教会は管制室に、役場がミーティングルーム。噴水を中心に炊事場などが作られていく。中心部を囲むように、探査員が眠るためのテント。仮設トイレが公園外れに建てられる。
白峰で見た光景を、今度は自分たちの手で作る。野営地完成後、人員21名を残してヘリは帰った。これから襲撃が沈静化するまで24時間体制で迎撃する。
「あ、ダリルさん。残留組なんですね。何班ですか?」
休憩するためにテントに戻ると、ダリルさんが居た。テント内は簡易的なパーテーションで区切られ、ベッドが8つ設置されていた。ダリルさんはどうやらお隣らしい。
「3班だね。だから少し寝ておいた」
深夜組なのか。夜間は大変そうだ。
「ダリルさんは災害派遣の経験あるんですよね」
「うん、あるよ……。あのさ、マサトくん。その言葉遣いやめない?僕ら同期なんだし、歳もそんな違わないよね」
突然、ダリルさんに言われた。
「え?いや、そうですけど、ダリルさん都市の探査会社でずっと働いてたんですよね。なんか先輩感があって……」
「いや、マサトくんたちこそ街の探査会社で働いてたんでしょ。普通そっちの方が先輩感あるんだよ」
「いや、それはベテラン探査員の人が多いってだけで、俺らは下っ端だったし」
「それこそ、僕だって新人だった時期があるんだよ。それに実戦経験でいったらお話にならない差があるんだよ」
確かにKTSに入ってからは、毎日現場に出たりはしていない。
「なにより、僕は気を使わないでいい同期が欲しいんだよね。サイルたちとそうなるには、まだ時間がかかる」
確かに。サイルとカイン、レイラ。三人は俺たちを、良く言えば先輩扱い、悪く言うと進級したら、留年したクラスメイトが居たみたいな態度である。ダリルさんもそこが気になるらしい。
「お、おう。そうだな、だ、ダリル。これからよろしく頼むな」
「ぎくしゃくしてるなぁ〜。マサトくんもタクナくんも、戦闘以外は割とダメだよね」
言われてしまった。気にしてるのに。
「う、うるさいですよ。そ、それとダリルも君付け禁止ね。性格とか口調とかそんなの言い訳だからね」
「おっけー、マサト。タクナにもちゃんと伝えておいてね。僕は飯行ってくる」
俺と違い呼び捨てのハードルは軽く越えてみせた。考えてみたら、ダリルは実戦経験を積んだサイルたちみたいなものか。基本スペックが高いんだろうな。
笑いながらテントを出ていくダリルを見送った。恐ろしそうな先輩ふたりと挨拶した後に、気楽に付き合えそうな同期ができた。悪くないね。これから少しの期間、蒼霧での生活が始まる。




