第5話 一生恩に着ろよ
おぉー凄い。
獣脚類?2本足で歩き回る3、4mほどのトカゲのような生き物が放牧地にいる。太い前脚は四つ足にもなれるのか、地面の草を食んでいる。
頭絡や鞍がついてる奴もいる。牛や馬みたいな家畜なのだろうか。
放牧地と畑、農耕地帯を抜けると街並みがはっきりしてきた。中世ヨーロッパ風はどこ行った。石作りの家屋は見られず、むしろ現代日本の洋風住宅。広々とした敷地に家々が立ち並ぶ。
異世界凄いな……どんな都市計画立てるとこうなるんだろう。美しく開放的な住宅地。綺麗に舗装された道路。いや、これ日本なら憧れの住宅地になるぞ。
中心部へ近づくと公園や商店、公共施設などが見えてくる。
初めての異世界の街、白峰をきょろきょろと歩く。行き交う人は少ないが、聞いていた通り多くの種族が共存しているみたいだ。
あまりジロジロみるのも失礼だから、盗み見るように住民を確認する。人間、エルフ、獣人、リザードマンまでいる。皆一様に洗練された衣服をまとい、清潔感に溢れている。
なんと言うか文明レベルは地球より上に感じた。
中心地は公園があり、中心には教会と思しき立派な建物がある。子供の姿は見えないが、人々が思い思いにのんびりしていた。
公園周辺には商店が立ち並ぶ。その中の一軒に目が留まった。ショーウィンドウに色とりどりの卵が並んでいる。
「なぁ、シマ起きて。あれ見てみ」
夜番をしてくれていたシマは、すっかり昼夜逆転してしまった。胸ポケットを軽く叩き起こす。
「たまごやさん」
「いやそうでなくて、アレなんだと思う?泉で拾ったのもアレと同じかな?」
シマは並んでいる卵を見て、こちらに向き直る。
「やすもの」
「え、そうなの?拾った卵は高価なのか」
シマの言葉が気になり卵たちに近づく。
「おいシマ……結構なお値段だぞ」
卵には種類など記載された値札があり、高い物だと百万円を超えていた。
「シマ!あれみてみろよ。えらい値段ついてるぞ」
「ごみ」
いや、いくらなんでもゴミはないだろ……
大小さまざまな卵たちを眺めていると声が掛かる。
「何かお探しですか?よろしければお手伝いしますよ」
「いや、探しているという程では」
「あぶない!」
シマが警告を発し、髪の中に潜り込む。何が危ない!?シマの切迫した様子に身構える。
「つよい」
なんだ何がくる。整備された街に入り気が緩んでいたか。背中の長剣に手をかける。
店員であろう女性は、身に迫る危険に気づけないのだろう。不思議そうにこちらを見ている。
「シマ、どこだ。何が来る」
初の市街戦だ。この女性も守らなくては。緊張が高まる。
「そのこ」
ん?今なんて。その子?
「そのこあぶない」
「つよつよ」
店員さんを見つめる。店員さんも見つめてくる。
この子の何が危ないのだろうか。頭を叩きまくり、食べられる!と騒ぐシマ。
「ちょっと失礼しますね」
店員さんに微笑みかけて、少し離れる。
「なに言ってるんだ?あの子が危険って、どういうことなんだよ。正体は魔獣とかなの」
「ほしょくされる」
「ししょうまるのみ」
「しおしお」
何言ってるんだこいつ。
シマが言うに、あの店員さんは大変つよいメスらしい。俺なんか簡単に倒され交尾前に丸呑みにされると言う。
少し離れた場所からこちらを見ている店員さん。実に愛らしい。あの子がつよつよ?
いや笑えない話かもしれない。会社の先輩が、結婚してどんどんやつれて行く姿を思い出した。結婚式で見た花嫁は、大変可愛らしい女性だった。シマの警告には一定の重みを置く必要があるかもしれない。
けれど今は卵屋さんの話を聞こう。
卵屋さんの話はなかなかに興味深かった。
そして今、ついに憧れの冒険者ギルドの前に立っている。心なしか肩のシマも緊張気味だ。
簡素でありながらも、気品を感じるギルドの看板にはこう書いてある。
【白峰役場】
役場かー。卵屋さんに教えてもらったギルドに到着、冒険者じゃなく探査員というらしい。
たのもー。
落ち着いた光に照らされた、こじんまりした事務所。中には3名程の職員が静かに仕事をしていた。
こちらに気がついた女性がやってくる。
「こんにちは入植手続きですか?」
微笑みながら言う耳は尖っていた。うぉーエルフだ!そう口にしかけるが踏み止まった。
「あ、あの。探査の仕事を探して……」
「あぁ探査員の方ですか、それなら公示板にありますよ」
そう言って入り口側の壁を指す。多くの紙が貼られている。おぉーあるじゃないか仕事!これなら安心だ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑むエルフ女性の美しいことよ。やっぱ異世界最高だな。
意気揚々と依頼書を見に行く。初めはやはり薬草採集だろうな。イキってゴブリン退治なんかする新人は大抵酷い目にあう。
白峰役場 公示板
案件番号 WHP-P-023-0021
発令日 023年4月3日 / 有効期限 023年4月17日
発注 白峰農業組合
案件種別 魔獣討伐 / 緊急度 優先
対象区域 白峰外縁部 北東農耕地帯一帯
対象魔獣 丙種I類三種 灰牙犬 推定8〜12体
備考 群れでの行動を確認。詳細は窓口まで。
参加資格 探査会社登録法人に限る 指名競争入札
必要等級 4級以上 3名以上
報酬 480,000
応札期限 023年4月10日
提出書類 法人登録証明 履行能力証明 実績要件証明
提出先 白峰役場 産業振興課 魔獣対策係
公園にでも行こうかな。滑り台で遊んだら楽しそうだ。
異世界半端ねぇな……
なんだよ、あの依頼書。指名競争入札ってなんだよ。役所かよ。提出書類欄みて震えたね。
いきなり詰んだ。ベンチに座り空を見る。夕暮れの公園が妙に愛おしく感じてきた。
「このままここで暮らすか……」
公園デビューしちゃうかな、住み心地が良さげな場所を探す。すると離れた場所で黄昏れるリザードマンの姿がある。
おおーリザードマンだ、すげぇ。でも頭抱えてるなぁ。アイツも詰んだのかな。妙に親近感が湧いてきた。
あ、倒れた。詰みリザードマンは抱えていた頭を離すとベンチから崩れ落ちていった。
おいおいおいっ!なんだアイツ。慌てて駆け寄る。
「お、おいっ!大丈夫か!」
起こしてやろうと肩を抱えるがビクともしない。こいつデカすぎ。重い。
リザードマンは呻く。
「だ、大丈夫……ただ腹が……」
カバンの中の携帯糧食を思い出す。残り僅かだけど、お互い詰み仲間。奢ってやらない手はないな。
「んだよ、はらぺこボーイかよ。ほらこれ食え!」
「い、良いのか……お前も詰んでんだろ?」
「いいから食え!公園のベンチにお前みたいなデカい餓死体とか、遊ぶ人いなくなるわ」
「ひでぇ野郎だ……」
笑いながら携帯糧食を受け取った。
陽も落ちた公園のベンチ。詰んだ男2人。
「俺はタクナ。飯ありがとな」
「俺はマサト。一生恩に着ると良いぞ」
流石は異世界印の携帯糧食、一本くれてやったらタクナは息を吹き返した。これ金が出来たら買い溜めしとこ。
「一生なんかあるか。でも、ここは感謝しとく」
「感謝なんかいらん。けど、なんとかならん?」
「なんとかなる奴が行き倒れかけるかよ」
「そらそうだ」
不毛な会話。けど、公園デビューは避けられそうな気がした。
街灯の灯りだけが静かに光る。公園にダメな感じの男が2人。
「マサトはなんで詰んでるのよ」
「んー。俺さここじゃない世界から来てるのよ」
「あ、こいつシマって言うの、俺の世界から一緒に来た」
シマを摘み上げタクナへ見せる。
右の歩脚をシュタッと掲げるシマ。
「ちっさ!俺はタクナ。よろしくなシマ」
「うん」
「喋んのかよ、すげぇな」
胡乱げにシマを見ていたタクナが少し驚く。
「にしてもマサトもハードな状況だな。そら公園で頭抱えるわ」
「いや、お前も抱えてたろ。というか信じるのかよ。他の世界からとか。良くあんの?」
「いや、聞いたことない」
「驚かねぇの?」
「腹いっぱいになったらそうするわ」
寂しそうに腹を撫でる大トカゲ。携帯糧食まだあったよな。最後の2本。
「ほら、食えよ」
「悪ぃからいいよ」
「俺も食うから食え。俺が腹減ってるの」
「恩に着るぜ」
「おう、一生着ろよな」
「一生はねぇだろ。毎日着替えないと」
少しおかしくて2人で笑った。
白い光だけが丸く照らす。
「お前はなんで行き倒れかけてたのよ」
「あー俺かー。大変な事に巻き込まれてな……」
遠い目で暗闇を見つめるタクナ。街灯が横顔に影をつくる。
「アホなの、お前?」
タクナの話はこうだ。いい歳して仕事せずゴロゴロしていた。探査会社を営む父親は我慢の限界を迎えたらしく、タクナを文字通り家から叩き出して言った。この穀潰しが!出てけ!
と、ここまでは良い。よくある話だ。
追い出されたタクナは、一念発起。クソ親父を見返してやる!そう思い、隣街に行った。
そこで酒場の女の子に入れ込んだ。鼻の下を伸ばしせっせと通い、気がつくと貯金は0。結婚しよう!とサラちゃんのヒモ計画にワンチャン賭けた。当然夢破れフラれたタクナは傷心のまま白峰へと流れ着いたと。
「いや、だってさー。タクナくんだけが私をわかってくれる……とか言うんだよ。そらその気になるだろ」
「ならねぇよっ!」
「たくなかわいそう」
シマはなんで同情してんだよっ!
「シマはいい奴だなぁー」
「たくなつよつよがんばろ」
シマはなんで泣きそうになってるんだよ。こいつの話、泣くとこ一個もないからな!
住宅の灯りも消えた公園。アズール・ホエムが優しく青く照らす。
「マサトは探査員やりたいのか、すげぇ長剣持ってるけど」
「剣はすげぇけど、俺がイマイチなのよ」
「なにそれウケる」
お前だけには笑われたくねぇよ。
「お前こそガタイ良いんだから探査員とかなれるだろ、親父さんの会社とか興味なかったの」
「探査員って危険な仕事だぞ。どれだけ腕利きでも死ぬ時はあっさりだ」
「そっか……でも、俺ほかにやれそうなことないんだよなー」
「やればいーじゃん」
「いや、そんな簡単じゃないだろ。役所で見てきたよ。履行能力証明書ってなんだよ。怖ぇよ」
「そんなもの俺だって知らんよ。探査員がそんなもの知ってるわけないじゃん」
「でも、提出書類?そこに書いてあったぞ」
「そういうのは探査会社の事務方がやるの。探査員は腕っぷしと根性でなんとかなる」
「両方とも自信ねぇな」
「んだよ、しょうがねぇ奴だな。よし!明日、いや今日か。探査会社行ってみようぜ!」
「探査会社?ここにそんなものあるの?」
「当たり前だろ。探査会社がなくて街はどうなるんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ。わかったら寝ろ!明日、探査会社いくぞ」
そう言ってタクナはシマを植え込みに放り投げる。
「わーい」
シマが楽しそうだ。お前ら仲良しだな。
青い夜にでかい月が浮かんでいた。
続きは本日18時に4話投下予定です。よければまたどうぞ。




