第53話 子供の質問と災害派遣要請
「マサトさん、学校の勉強どうですか?」
変わった場所で見慣れた人に声をかけられた。群青色の戦闘服は操縦士の証。ちびっ子にしか見えないこの女子は、俺も引くほどの大型魔素駆動二輪車を玩具のように扱う。
いつものように休憩室で同期と駄弁っていたら、フロラがやってきたのだ。
「珍しいね、フロラがここに来たの初めて見たよ」
さり気なく椅子を引いて、爽やかに片手で薦めるサイル。そのイケメン糞スキルはどこで学んだんだ。俺にも教えろ。
「ありがとうサイルくん。マサトさんに聞いてこいって課長に言われたの」
座りながら、ここにきた理由を話す。課長?
「課長ってラドさんのこと?ラドさんがなぜ俺の勉強を気にする?」
ダリルさんが自販機に向かう。ガコンという音がする。
「えっとね、育成校の操縦士科の先生に会ったらしいの。どこって言ってたかな、なんか有名なお店だった気がするんだけど……なんて名前だったかな」
ダリルさんは、考え込むフロラの前に飲み物を置く。む、ダリルさんも気遣いが出来るタイプなのか。大人しい人なのに侮れん。
「あ、ありがとうございますダリルさん」
タクナに目配せする。俺らも負けてられない。普段は格納庫にこもって、休憩室に来ることのない同期を歓迎するんだ。
「ほら、フロラこれ食え」
そう言って机の上に積み上げた携帯糧食の一本を滑らせるタクナ。鮮やかにフロラの前で停止する。いいぞ、なかなか格好いい。
「あ、ありがとうタクナさん。でも、これはいいかな」
タクナと二人でショックを受ける。馬鹿な、こんなに美味いのに要らないだと?
「それ、喜んで食ってるのマサトさんたちだけだと思う」
カイン、なんてことを言うんだ!ガレルさんとエイナルさんも買っているのを見たぞ。それにみんな買うから休憩室の自販機コーナーに置いてあるんだぞ。
「マジか!これ美味くね。サイルも好きなんだ
ぞ。俺らとサイルはこれで知り合ったんだ」
そうだタクナ、もっと言え。サイルも言ってやれ。顔を見ると目が合う。逸らされた。あれ?
「それで、マサトさん。育成校の方はどうなの?こないだ等級上げに行ってくるって、出て行ったわよね。わざわざフロラが来てくれたんだから教えてあげなさいよ」
どういうつもりかサイルを問いただそうと口を開きかけたところで。レイラの言葉にフロラを思い出した。
小さなフロラがいつもより小さく見えた。
「ごほんっ!お前ら、そんなんだからフロラや同期の女子が俺らに近寄らないんだぞ。俺らと絡むのは暴れ猫みたいなレイラだけだ」
お礼を込めてレイラを軽くディスっておく。今にも飛び掛かってきそうな風に牙を剥いているレイラ。しかし、彼女は見た目と強気な性格に反してとても優しい子なので、フロラのために口を噤む。うんうん、後が怖いね。
「いや、それが育成校なんだけどさ」
ラド課長に言われ、わざわざここまで来てくれたフロラに説明を始めた。
育成校で一般常識を学ぶため、カリキュラムを相談したいと、あらかじめ学校長を訪ね相談した。リザードマン女性の先生は、話のわかる優しい方だった。アルマを姉扱いしてくれただけのことはある。話を聞いたのち、後日、その場を設けて下さった。
行ってみると学校長を皮切りに、各教科担当、副担、各学年主任、中等科教頭、高等科教頭、教務主任、進路指導主事、図書室長、実技訓練総括、財務管理担当、総勢40名。大きめの教室内に教師がすし詰め。
「ささ、マサトさん。万全の体制を取りました。マサトさんが当校で学び、探査員等級を駆け上るために、私たちは全力でサポートします。まずは、どのように学びたいか、彼らに投げかけて下さい」
校長先生と並んで教壇に立たされ、真剣な眼差しを向ける教員たちに向かう羽目になった。
なにか一言口にするたびに、教員たちは蜂の巣を突いたように議論を交わす。結論づいた場合は良い。ペンディングするまでの激論は、余計なことを口走ってしまったと小さくなるばかりだった。昼前に着いた筈なのに、終礼を告げるチャイムが鳴るまで続いた。
最後に校長先生は仰った。
「ペンディングした案件は担当各員が責任を持って結論まで持っていって下さい。後日、マサトさんの承認を仰ぐようになさい」
「マサトさん、それでよろしいですか?」
こくこくと頷くだけだった。
後日、育成校から寮に届いた謎のダンボールは大きさの割にずっしりとしていた。開けてみると鈍器のような分厚い本と小冊子が二冊。
先生方がまとめてくれたカリキュラムだ。
【エグゼクティブ・サマリー】とはなんだ。20頁もあっていいのだろうか。あとエグゼクティブってなんだろう。僕は今年入社の一等級探査員だよ。同期の落ちこぼれなんだ。シンプルに概要で良いんだ。
【一般常識・総合学習指導要領】に至っては200頁にも及ぶ。KTSが馬鹿ばっかだから、現役探査員向けのビジネスチャンスと新規事業を立ち上げたのかな?
美しく装丁された指導要項は、本棚に飾っておこう。頭が良さそうに見えるかもしれない。
【実装・運用マニュアル】だけを熟読して、授業を選ぶことにする。
そして初授業が操縦士科だった。
「はい、今日はここまで。みんな、大丈夫? 魔素駆動機を動かすための、一番大切な基礎の部分だからね。学年が上がるごとに応用、実践ってどんどん難しくなっていくから、今の基礎を絶対におろそかにしちゃダメだよ」
先生がまとめ終わったタイミングで、授業終了のチャイムが鳴った。
「起立っ!礼っ!」
日直の号令に全員が一斉に椅子を引き、立ち上がり頭を下げる。当然、俺もそれに倣う。机ってこんな小さかったっけかな。
先生が出ていくとざわつく教室。まさか都市に来て、中学生に混ざってお勉強するとはな。しかも一年生。まだ子供だ。
マニュアルを取り出し、記載されていたクラスの席次表を覗き見る。
「ド、ドルフくんで良いかな?さっきの授業でわからなかったことを聞いてもいい?」
マニュアルには、こう書いてあった。子供たちとは率先して仲を深めるようにと。雑談の中から学ぶことは多い、そして新たな疑問を生み出す糧になる。
「はっ、自分はドルフで相違ありませんっ。マサト一等級探査員殿!」
色々言いたいことがある。まず一等級探査員って言わないで欲しい。数字がデカい方が偉いんだよ。俺より下の探査員はいないんだ。そして6mmの小さな蜘蛛と同じ階級だ。
「ありがとうドルフくん。名前、憶えてなくてすまないね。あと、僕はそんな偉い人ではないんだ。むしろダメ寄りな大人だ。だから、もっと普通にしてくれると嬉しいかな」
「そうよードルフ!そういう丁寧すぎる態度は逆に失礼になるのよ。たしか慇懃無礼?よくないわよ。ね、マサトさん!」
「うっせーよマイラ!失礼だぞ」
うんうんこの子はマイラちゃんね。憶えたよ。ありがとうドルフくん。
「えぇー。マサトさん、普通にした方が良いよね?それよりマサトさん彼女いる?やっぱり美人なの?私、探査員の彼氏欲しいんだ〜。なにをポイントに彼女選んだの。教えて教えて」
「マイラっ!マサトさんは、いまドルフに話しかけたんだろ。あっち行けよ」
別な男の子が参戦してきた。休み時間だけど、席を立ったらダメだよ。俺が名前わかんなくなっちゃうから。君はどこに座っていた子かな?
「なによー男子どもこそあっち行きなさいよ。マサトさんの質問には私たちが答える方が良いでしょ。馬鹿なんだから間違ったこと教えそー」
マイラのお友達も追加される。収集つかなくなりそうな予感。なんでこうなるんだ。戦闘服にKTSの徽章がついてるからだろうな。千切ってしまいたい。
「あ、あのマサトさん。探査員と操縦士って結婚すること多いって聞いたことあります。KTSだとどうですか!?」
兎人のこの子はノエーラちゃんだね。クラスに一人の兎人だ。可愛い子兎だね。質問の答えはわかんないけど、サリアさんは独身だね。
「マサトさん、探査科の先輩に認めてもらえるような操縦士になるためにはどうすれば良いですか!」
「いや、まず俺は操縦士ではなくて」
「ねえ、マサトさん!綺麗な操縦士と可愛い操縦士ならどっちが好き?わたしどっちに向いてると思う?」
「うるせーぞ女子ども!マサトさんにそんなくだらないこと聞くなよ!俺らはもっと大切なことを教わりたいんだよ!」
いや、俺が君らに教えてもらいたいんだよ。君たち俺が馬鹿だから、ここに学びに来ているって聞いてるよね?
「ねぇねぇ、マサトさんっ!魔術士と神官と操縦士の三人の女子がいたら誰を選ぶ?」
「マサトさん!KTSや蒼穹探査みたいなトップ探査会社を狙うのと、民間操縦士になるのはどちらが良いと思いますか?俺は社会的地位を考えると〜」
という感じだった。
タクナは腹を抱えて爆笑している。尻尾を踏んづけてやった。
「い、いやおまえ勘弁してくれよ。笑い殺す気か、や、やめろ本当に頼むから……」
苦しそうだな。死ね!
「た、大変だったんですね」
フロラが心配してくれている。少し笑ってない?
「なるほど、興味深い質問ね。マサトくんなら、三職の誰を選ぶの?職種より大切なのは等級よね。わたし9等級だけど、どう?」
ラナさんの声に驚いて振り返る。ギャラリーが出来ていた。
「あぁ、部長に話させたのが悪かったのかー。そりゃ育成校もそんな対応になるか。俺かエイナルが言うべきだった。悪かったなマサト」
ガレルさんとエイナルさんまでいる。
「たしか、ラド課長の奥さん、五課の探査員だったわよ。探査員と操縦士の結婚例だし、神官と魔術士の誰を選ぶの回答にもなるわ。やっぱり癒しの神官が最強なんじゃないかしら?」
癒しの回復魔法を暴走させ攻撃にするルナさんも参戦してきた。
「それよりその子、可愛い操縦士と綺麗な操縦士のどちらに向いていたんですか?」
サルディもいたか……。
「たいへんだねぇ、マサトくん。まぁ僕も育成校育ちだから、その子らの気持ちはわかるよ。聖護庁の神職者になったつもりで答えてあげな」
エイナルさんも笑いを堪えていた。
「いや、みんな酷くないですか。あの子たちの質問にちゃんと答えてあげられる人いるんですか?」
抗議の声をあげたところで照明が赤く点灯した。同時にアラート音が鳴る。
一拍をおいて放送が入った。
「災害派遣要請。蒼霧にて魔獣災害が発生、規模はclass2と推定されます。丙種が大挙しているとの報告です。5等級以上の探査員は出動準備をして格納庫へ向かって下さい」
「繰り返します」
「マサトくん、なにボサっとしているの。行くわよ。準備しなさーい」
ラナさんの声に我に帰った。先輩方はもう居ない。
「いや、ラナさん。俺は1等級で出動出来ない……」
「どうでも良いわよ等級なんて、ほら行くわよ!タクナくんも用意して!格納庫前に集合!」
白峰の災害を思い出した。あの時、サリアたちに助けられた。今度は俺が街を救う番だ。




