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第52話 げきやばつよつよ

エントランスホールの長い通路を抜けると天国であった。


洒落た自動ドアの向こうに広がっていたのは、眩いばかりのフロアだ。色とりどりのブラウスを纏った女子社員たちの群れ。それは、まるで社屋の底が、真っ白な輝きに満ちているかのようであった。


「川端康成はきっとこれを見たんだ……」


「なんだマサト。その川端なんとかって」


ふっ、6等級探査員さまが聞いて呆れる。雪国の書き出しも知らんとは。お前こそ幼年学校からやり直せ。


「たぶんちがう」


シマが突っ込んでくる。なんで蜘蛛のお前が、日本近代叙情文学の金字塔を知ってるのかを俺は知りたい。お前のせいでタクナ相手に気持ちよく知識マウントすら取れない。


まあいい。


「いいなシマ、手筈はわかっているな」


「かんぺき」


実に頼もしい。うまくいったらアルマに個人携帯端末をねだって買わせた件は見逃してやる。そもそも使えないだろ。さすがに。なんでも欲しがるな。


「タクナも良いな」


「おう、まかせろ」


端末片手に、親指を立てて見せる。


よっしゃ、これからKTS女子社員査定会を開催だ!


ことの次第はこうだ。


今日は育成校もお休み。ならばと意気込み、休憩室で教科書を開いてみた。


教えてくれる人がいるって素敵。あと、真面目な子供たちという環境も大切。


結局、会社の休憩室でぼんやりしていた。


少し離れた席で、ラルクさんがミルディさんに絡んでいる。最近子供が産まれたラルクさんは、独身組の天敵だ。端末で撮りためた赤ちゃんのホログラムを見せて、結婚と子供の良さを布教しやがる。


ミルディさんは、その防波堤を買ってくれている。もっとも、赤ん坊の可愛さにメロメロにされているだけにも見える。結婚ねぇ〜。相手によるのかな?


そんなことを考えていたら、ラルクさんと目があってしまった。


「おい、マサト!お前もこっちに来い。うちの子の可愛さを見せてやるから」


「ラルク、やめなさいよ。子供自慢も度が過ぎれば逆効果よ」


すかさずミルディさんが止めに入ってくれる。まじ天使。旦那さんと別れて結婚して下さい。


「いや、まぁそうだけどなミルディ。結婚はさておきKTS探査員ともあろうものが彼女の一人や二人だな」


「ラルク、奥さんに言いつけるわよ。マサトくん、彼女は一人にしなさいね?」


ミルディさん、笑顔が少し怖いです。


「いや、ミルディそんな甲斐性なしは一人も得られないんだぞ。三人落とす気で挑んでようやく一人だ。お前が思う以上に男は厳しい戦いを強いられている」


腕を組んでうんうんと頷くラルクさん。


「女だってたいへんなのよ。周りは全員敵なんだから」


ミルディさん、きっと本当なんだろうけど、あなたが言うと夢も希望もなくなります。女子は甘くてふわふわしているものだと信じたいんです。少なくとも独身の間だけでも。


そういえばミルディさんの旦那さんって何している人なんだろう。探査員でないのは、これまでの付き合いで知っている。


いよいよ加熱するラルクさんとミルディさんの恋愛闘争論。二人とも探査員脳だ。恋愛ってもっと甘酸っぱいものだよ?たぶんだけど。


「ミルディさん、旦那さんって」


訊ねようとしたらラルクさんが被せてきた。


「マサト!今から下いって適当に2〜3人見繕ってこい。ミルディが話をつけてやる」


「マサトくん、二人までよ。14等級になったら三人までは許してあげるわ」


どうして、そうなったんだろう。


「いや、正直ひとりでも持て余しそうなんですけど」


二人の様子に少し引きつつ答えてみた。


「マサトくんっ。そんなんで一人前の探査員になれると思っているの!?甘いわよ。三兎を追わぬもの一兎も得られずよ」


ハルモニアにはそんな諺があるのか〜。もしかしたら探査員だけに伝わるものなのかも。それに最初、彼女は一人にしろって……。


「わかったなマサト。下に行って目星をつけるまで休憩室は立ち入り禁止だ。とりあえず出ていけ」


二人に追い出された。うちの先輩はみんな頭おかしい。


途中でタクナと会ったので、経緯を話した。


「ふむ。なるほど。マサト、俺らに足りないのはラルクさんやミルディさんの言うことなのかもしれないぞ。二人は先輩な上に既婚者だ。一家言ある」


んなわけあるか、お前に足りないのはもっと基本的な何かだ。


「幸い、シマが帰ってきている。あいつはエキスパートだ。うちの女子を鑑定してもらおうじゃないか」


む、それは確かに。


「なるほど……悪い考えじゃないな。よし、シマ持ってくるわ!お前は作戦立案頼む」



そして、今に至るわけだ。


「シマ、わかっているな。片っ端から行くぞ。まずは右奥からだ。タクナは記録頼む」


タクナが頷くのを確認。


白峰で受けた初めてのD案件を思い出す。オニゾウさんは言っていた。領域に変化を与えるな、空気になって観測しろだ。今回は魔獣と交戦する心配は不要。楽なD案件だ。


「よし開始しろ」


シマへ作戦開始を告げた。


「つよつよ」


「よし、次だ」


「やばい」


「ふむ、やばいのか。そうは見えないが。いや今は記録が先だ。次はどうだ?」


「やややばつよ」


なるほどなるほど、ややヤバくて、つよか……わからん。いや考察はあとだ。今はデータ収集をするのみでいい。


「次いけ」


「げきやばつよつよ」


「マジか!タクナ聞いたな。激ヤバつよつよが出たぞ」


「おう。こんな身近にいるとはな……事前に知れてよかったな」


「お二人とも、何してるんですか?」


背後から突然声をかけられた。飛び上がりそうなほど驚いたが、なんとか立て直せた。


サルディだ。大型端末を胸に抱きしめ、不思議そうにこちらを窺っている。


どうやって誤魔化そう。こんな近くにくるまで気が付かないとは気配隠蔽スキル持ちか?さすがは我々KTSが誇る事務員だ。スペックが違う。


「いや、お前ら女子の査定を」


おそらくだけど、夜爪豹の攻撃速度を上回ったと思う。俺の力の全てを速度に変え、タクナの左膝裏に蹴りを叩きつけた。さしものタクナも不意を突かれ、ゆっくり崩れ落ちる。


おまえは何を口走るつもりだった?事務方を全員敵に回す気か!紙にデリカシーって書いて毎朝飲ませるぞ。


「タクナさんっ!」


突然倒れたタクナに驚き、声をあげるサルディ。

不意打ちへの抗議をしようとするタクナの尻尾を踏んづけて黙らせる。


ややデリカシーに欠けるシマでさえ、今のはない。そう思ったのか器用に頭を横に振っている。呆れられてるぞタクナ。


「大丈夫だよ、サルディ。タクナは時々こうなるんだよ。現場では頼りになるんだけど、会社では気が抜けるのかな。みんな優しくて綺麗だからかもね」


そう言って誤魔化す。うまくできていれば良いんだけど。


「ええっ!タクナさん何か持病的なものが。大丈夫ですか、病院へ」


「大丈夫、大丈夫。心配いらないから。もしかするとサルディに心配して欲しくてわざとやっているのかもだ」


タクナが非常に不満そうな顔をしてるが、自業自得だ。構ってちゃんのレッテルを受けろ。


「そうですか?本当に大丈夫ですか、うちから医療機関も紹介しますよ」


心配そうにタクナを気遣っている。


「いや、ほんと平気だから。サルディは本当に優しくて心配りができる素晴らしい女性だね。しかも美人だ。タクナが倒れるのも無理ない」


笑顔でそう伝えると、サルディはようやく心配するのをやめてくれた。


「もう、マサトさんはお世辞がお上手ですね。年下ですけど、私の方が先輩なんですからね」


少し照れてるらしい。うん可愛い。


「じゃあ、なんかあったら声掛けて下さいね。私が探査員のみなさんと事務方を繋ぐ橋ですからね」


「はい。本当にサルディが担当で俺らも嬉しいよ」


完璧だったな。タクナのヘマのフォローも楽じゃない。


事務室へ戻ろうとするサルディが振り返る。


「あ、マサトさん。私は親しい人からのあからさまなお世辞は好きなんですが、距離のある人からのそれは嫌いなタイプです。まぁ、マサトさんが私に距離を取ってないと考えると、先ほどまでの言葉も嬉しくなりますけどね」


汗が出てきた。


「だから、15点のお世辞に免じて、何をやっていたのかは忘れてあげますね。今回だけですよ?」


とても良い笑顔でそう言われた。


シマやばい。激やばつよつよがここにいるぞ。先に教えて欲しかった。てか、あいつどこ行った。俺らを置いて逃げやがったな。

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